Neetel Inside 文芸新都
表紙

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ジョーの声に、フランソワーズは笑みを返す。
フランソワーズはその顔がアルファと同じでありながら、全く違うものであるように感じる。
ジョーはアルファのほうに一瞥も与えず、フランソワーズの瞳を見つめていた。
「僕は、夢の中でずっと君の声を聴いていた。そして、僕を目覚めさせたのは君の歌だった」
フランソワーズは、ジョーに頷く。
彼女が、エイリアンズ・バイブルから組み上げたプログラムは一時的にでも効果をあげたらしい。
ジョーの精神は、安定している。
それがいつまで保つものなのかは、判らないが。
「ここは僕の神殿だよ、ジョー」
無視され続けているアルファが、不機嫌な声を出した。
「君を完成させた存在である僕に、何かいうことはないのかな」
ふたりは、鏡に映った像のようによく似ている。
ジョーは、ようやくアルファへ目を向けた。
「僕は、君のプロトタイプであり、君のバックアップでもあるようだ。けれど」
ジョーは、穏やかな笑みを浮かべる。
「僕は君が、僕の影のように思えてしまうんだよ、アルファ」
アルファのひとみが、昏くつりあがる。
「あんたは僕のほうこそが、不完全だと言うつもりなのか、ジョー」
ジョーは、落ち着いた眼差しでアルファを見つめる。
「もちろん、君のほうが優れているさ、アルファ。なにしろ僕は、もうすぐ狂って自滅してしまうだろうからね」
ジョーは、ふうとため息をつく。
「でも、不思議なことにね」
アルファの表情が、ぴくりと動く。
「君が僕を見る目には、なぜか妬みがあるんだよ」
アルファの顔から、表情が消えた。
フランソワーズは驚きを持って、ジョーを見る。
アルファはある意味、ジョーのクローンに近い。
だからジョーにしてみれば、アルファはもうひとりの自分なのだろう。
きっとジョーは、アルファのこころの中を見通すことができるのだ。
「アルファ、君はひとびとを家畜として蔑み、世界を破壊することさえ望んでいるようだ。でも結局のところそれは、自分の手に入らないものを貶めようとしているだけなんじゃあないのかな」
フランソワーズは、仮面のように無表情となったアルファを見つめた。
アルファからしてみれば、自分と同じ孤高の存在となるべきジョーが仲間を持っているというのは、許しがたいことなのかもしれない。
だからこそ、彼女やイワンを自分の手の内に取り込もうとしたのではないのだろうか。
「やっぱりあなたは、目障りだな。ジョー」
アルファの呟きは誰かに向けたものではなく、独り言のように聞こえた。
「あなたは、僕が完成するまでのリスクヘッジとして存在した、リザーバーにすぎない。僕が完成した今、あなたの存在に意味は無い。消え去るべきだ」
ジョーは、困ったように微笑む。
「そうは言っても僕は、はいそうですかと消えるつもりになれないな」
アルファの瞳が、冷酷にひかった。
「戯れ言は、十分だ」
フランソワーズは、一歩下がる。
大気が引き裂かれたように風が巻き起こり、ふたりのサイボーグは加速装置による超高速の世界へとはいった。
フランソワーズは見ることはできなかったが、二人が移動するときに発するソニックブームの轟音を聞く。
彼女は辛うじてジョーの発する音と、アルファの発する音を聞き分けることができた。
ただふたりが閃光のように、通りすぎていくのを感じるだけであったが。
フランソワーズは、スタームルガーMK1の形をしたレーザーガンを抜く。

ジョーは加速装置を作動させた瞬間、いつものように空気が固体化し海底にいるような重さを身体に感じた。
世界は結晶化して、静寂の海に沈んでいる。
ジョーは、高速化した意識の中で身体を動かす。
音速を越える速度であっても、今のジョーにとってはとてもゆっくりに感じられた。
ホルスターからスタームルガー型のレーザーガンを抜き、アルファのほうへ向けてかまえようとする。
アルファもまた、音速を越える速度で動いていた。
アルファの動く速度は、ほぼジョーと互角である。
どんなに加速装置の性能をあげたとしても、ひとの身体という形態をとる限り移動する速度には限界があった。
ジョーとアルファは、その限界のところで動いているため互いに相手を速度で凌駕することはできない。
しかし、アルファは人工的ナイトヘッドとして構築されたソロモン第三神殿のサポートを、受けている。
おそらく思考速度はジョーを上回っており、使用可能な武器も遥かに多いはずだ。
アルファの回りの空間が揺らめき、明けの明星の輝きを持った光が幾つも浮かび上がってくる。
アルファの脳内でナノマシンが動作し、ディラックの海に沈んでいたレーザー砲を浮上させつつあった。
十三門のレーザー砲が、ソロモン第三神殿からエネルギーの供給を受け、砲口の放つ輝きを凶悪なまでに高めてゆく。
対するジョーのレーザーガンは、高速で移動しているため狙いをつけることさえままならない。
ジョーは、死を覚悟する。
その時、突然声がした。
(ジョー、こっちだ)
ジョーは、声のした方向へと移動する。
ジョーのいた空間を、光の柱となったプラズマ放射が貫く。
衝撃波は、少し遅れてやってきた。
重たい波がジョーの身体を揺さぶり、山吹色のマフラーがちぎれそうになびく。
ジョーは、いつのまにか隣にジェットがいることに気がついた。
(よう、ジョー)
ジョーと同じように、マルーンレッドのコンバットスーツを身にまとったジェットが隣に立っている。
その姿は、かつて共に戦ったころの18才の姿であった。
ジェットは、高速言語でジョーに話しかけていた。
「ジェット、君は」
(そうだ。おれは死者であり、君が見ている幻影に過ぎない)
ジェットは再び、ジョーに行く先の指示を出す。
再び、プラズマ放射がジョーの身体を掠めて床を焦がした。
アルファは、少し怪訝な顔をしている。
おそらくアルファには、ジェットの姿は見えていない。
そしてなぜかジェットは、アルファがどこを狙っていつ撃つのかを理解していた。
そのことから導き出される結論はひとつだけだと、ジョーは思う。
(そのとおりだ、ジョー。おれは、ソロモン第三神殿の人工ナイトヘッドを構成するシステムの一部だ)
ジョーは、驚いた顔でジェットを見る。
「一体どうやって」
(フランソワーズだ)
ジェットは、にやりと笑う。
(彼女が戦闘ロボットを通じてセンターシステムをハックした時に、さらにその奥にあるナイトヘッド・システムにもウィルスを感染させたんだ。フランソワーズは全く、天才ハッカーだぜ)
ジョーは今度はアルファの近くに、ハインリヒが出現したことに気がつく。
ハインリヒは不敵な笑いを浮かべると、アルファの近くを指差す。
ジョーは、その地点めがけてレーザーガンを撃った。
それと同時に、アルファがレーザーの射線のほうへ身体を動かす。
ビームが、アルファの肩を掠め衝撃でアルファは片膝をつく。
アルファのジョーを見る眼差しには、驚愕の色があった。
ハインリヒは、嘲るような笑みを見せた。
(おれたちは死んだあと、その意識をこのナイトヘッド・システムへ吸収された)
ジョーは、高速で移動する。
(今はジョー、おまえとナイトヘッド・システムを接続するための中継役というわけだ)
ハインリヒは、苦笑めいた笑みになる。
(まあ、柄にもない役だがね)
ジョーを追って、十三門のレーザー砲がジョーの頭上に展開していく。
距離は、さっきよりも狭まっていた。
ジョーは、レーザー砲の狙いからのがれるため、さらに速度をあげようとする。
個体化したような空気が重く全身にのしかかり、ジョーの身体は軋みながら悲鳴をあげた。
その時、黒い手がジョーに触れる。
突然、ジョーは身体が軽くなるのを感じた。
ジョーは空気の壁を切り裂きながら、前方へ飛び出す。
背後にレーザー砲による光の柱が出現し、爆風がゆっくりと追いかけてくる。
ジョーは、傍らに黒人の少年がいるのを感じた。
ピュンマである。
(ジョー、君の身体に深海を移動できるだけの強度を与えた)
ピュンマは、ウィンクしてみせる。
ジョーは、ピュンマに笑みをなげるとさらに先へと進む。
レーザー砲は、さらに距離をつめてきている。
ジョーの頭上、2メートルほどの地点でジョーの動きを追尾していた。
この距離になると、避けようがない。
(ジョー、こっちね)
足元から、声がする。
チャンであった。
ジョーは、足元にむかって手を差し出す。
手の先から熱線が放射され、床の一部を蒸発させて穴をあけた。
ジョーは、その穴へ飛び込む。
背後で再び、爆炎が湧きおこる。
(危機一髪あるね、ジョー)
地面の中で、丸々と太って柔和な顔をしたチャンが話しかけてくる。
ジョーはチャンによって与えられた、熱放射能力で床下を移動する。
床下にある機材や鉄筋コンクリートを溶かし歪めながら、鉄筋の狭間を縫うように移動していく。
行く先に、頭をスキンヘッドに剃り上げて、猛禽のように大きな目をしたおとこがいた。
グレートだ。
(ジョー、光学迷彩を展開する能力をおまえに付加した。暫くはアルファの目を眩ますことができるぜ)
ジョーは、床下から空中へと飛び出す。
アルファが鋭い目でジョーを睨み、再びレーザー砲がジョーのまわりへと集結する。
ジョーは光学迷彩を使い、周囲の空気を揺らめかせ光を屈折させていく。
ジョーの姿は、歪んだ空気の中へと消えていった。
アルファの顔が、一瞬驚愕でつつまれる。
ジョーは、アルファに向かって走りながら、傍らから語りかけてくる大きなおとこの存在を感じた。
ジュニアである。
(ジョー、おまえの右手を鉄の装甲で覆った)
ジョーは、光学迷彩で身体覆って跳躍し、アルファに向かって突撃をした。
アルファの瞳が、驚愕で見開かれる。
ジョーは、ソニックブームを起こしながら装甲で覆われた右手をアルファに向かって差し出す。
音の壁が粉砕され、高周波の悲鳴をあげながらソニックブームがあたりを覆っていく。
アルファは、慌てて腕をあげジョーの右手を受けた。
アルファの身体は、右手をあげたガードごと吹き飛ぶ。
音速を越えて吹き飛ばされたアルファは、壁に激突した。
壁はミサイルを受けたように粉砕され、爆風がまきおこる。
アルファもジョーも、加速装置を停止した。
ジョーは、フランソワーズとイワンの側に立つ。
広間は、廃墟のように崩れ爆炎に覆われていた。
ジョーは、今や自分がひとりではなく、フランソワーズとイワンの三人でもなく、かつてのように八人の仲間と共にあることを感じている。
ジェット、ハインリヒ、ピュンマ、チャン、グレート、ジュニア、六人の仲間たちが自分たちともに並んでいるのを感じていた。
ゆらりと、廃墟と化した広間のステージからアルファが立ち上がる。
その顔には、既に笑みは浮かべられていない。
凍りついた無表情の仮面を、つけているかのようだ。
アルファは凍てついた瞳を煌めかせながら、ジョーのほうを向く。
「どうやらかつての仲間が、あなたに手を貸しているようだが」
アルファは、少し皮肉な笑みを浮かべた。
「所詮そいつらは、幽霊に過ぎない。それに、その能力は君だけのものではないよ、ジョー」
フランソワーズが、後ろから声をかける。
「気をつけて、ジョー」
アルファの周囲が、歪みはじめた。
どうやら、アルファも光学迷彩を使うらしい。
アルファは再び加速装置を作動させ、歪んだ空気の中へと消えていく。
ジョーも加速装置を作動させると、高速の時間流へ意識を推移させる。
しかし、光学迷彩に身を包んだアルファを見つけることができない。
「ジョーを、わたしの耳を使って」
高速言語を使うフランソワーズの声が、耳元でする。
ジョーは、レーザーガンをかまえながら意識を研ぎ澄ます。
フランソワーズの聴覚がジョーの意識へと流れ込み、ジョーは音を「視る」ことができるようになった。
アルファは、亜音速で移動することによって生じる音と逆位相となる音波を発して、衝撃波を相殺し、ノイズを最小限に抑えようとしていた。
それでも、アルファの移動することによって生じる微小な音を、ジョーは把握できる。
そして、移動する先も容易に予測できた。
ジョーは、自分の身体をもう一度光学迷彩で包むと、アルファの進行方向へと照準を合わせる。
アルファもおそらくは音でジョーの位置を把握するだろうが、光学迷彩によってレーザーガンの照準を合わせていることまでは判らないはずだ。
ジョーは、アルファを捉えたと思う。
そして、レーザーガンのトリッガーを絞る。
強烈な光の矢が、空間を切り裂く。
ふわりと雪片が舞う速度で、バッテリーが排出された。
ジョーは、生じるであろうと予測した爆発が起こらないことに、驚愕する。
アルファは、消滅していた。
イワンのテレパシーが、頭の中で響く。
(アルファは、テレポテーションを行った。君の後ろに、出現するぞ)
アルファはサイコキネシスで空間にディラックの海を出現させ、自分自身の身体をそこへ沈めたのだ。
ジョーは背後にサイキックの力が展開されていくのを感じて、身体を方向転換させようとする。
高速の時間流のなかで移動速度が亜音速に達しているジョーは、身体を翻すだけで個体化した空気の壁を粉砕する力を必要とした。
ピュンマによって与えられた、深海で活動できる強化状態であってはじめて可能となることだ。
ジョーは、視界の隅にディラックの海から浮上するアルファの姿をとらえる。
とても、近かった。
アルファの強化された拳が、繰り出される。
避けることは、できそうにない。
ジョーは、腕を鋼鉄の装甲で覆い、アルファの拳を受けた。
ジョーは、風に舞う木の葉となり、広間の中を吹き飛ばされる。
背中から激突した壁が崩れ落ちるのを、ジョーは感じ取った。
爆風が、ジョーの全身を包む。
一瞬、意識が闇にのまれる。
ジョーは、瓦礫の中で意識を取り戻す。
おそらく、ほんのコンマ数秒意識を失っていた。
だが、加速装置を使った高速の時間流にいれば無限に等しい長さといえる。
ジョーは、加速装置が解除された状態で立ち上がった。
ジョーの正面に、アルファが立っている。
アルファは、侮蔑したような笑みを浮かべていた。
「つまらないな。あなたはやっぱり、不完全すぎる」
ジョーは、苦笑した。
「だったら僕を殺して、さっさと終わらせることだね」
アルファは、すっと目を細めた。
アルファは、フランソワーズがトラップを仕掛けているのではないかと疑っていたようだ。
だが、今の攻撃でその疑いがはれたらしい。
「もちろん、そうするさ」
再びアルファは、加速装置を起動する。
ジョーも、同時に高速の時間流へと移行していた。
ジョーは、傍らにジェットの気配を感じる。
ジェットの持つ機能を作動させ、ジョーは両足からジェット噴射を放出しアルファの上へと飛翔する。
そして、ハインリヒから受け取ったモジュールを駆動させて、右手から7.62ミリ口径の銃口を突き出す。
ジョーは、アルファに向かって7.62ミリの銃弾をばらまいた。
アルファは、冷たい笑みを浮かべるとジョーと同じ高さへと浮上していく。
その周囲には、レーザー砲が凶星の光を放っている。

       

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