フランソワーズは、ジョーとアルファが姿を消したのを見届けるとイワンに高速言語で語りかける。
「わたしは、今ジョーと繋がっている。ジョーの視ているものが、見える。わたしの指定した場所にサイコキネシスのネットを展開してほしいの」
(やってみよう)
フランソワーズは、あえてさっきはトラップを仕掛けなかった。
アルファに油断させるためと、いえる。
しかし、それがどれほどの効果があるのかは判らない。
なんにしても、賭けである。
負ければ、死ぬ。
そういった類の、賭けだった。
フランソワーズは、空間の一点に狙いを定めスタームルガーの形をしたレーザーガンを、かまえる。
フランソワーズの思考は一部、ジョーと繋がっていた。
高速の時間流での思考は、断片のみしか読み取ることができない。
その断片ですら、理解するには彼女自身の脳をフルに稼働させる必要があった。
フランソワーズは、今まさに無数に飛び交う木の葉に混じる、たった一枚の花びらを特定する行為をしようとしている。

ジョーとアルファはドッグファイトを行っている戦闘機のように、互いの距離を保ちつつ高速で円を描いていた。
しかし、ジョーはアルファがサイキック能力を展開していることに、気がついている。
次のテレポートの瞬間は、近い。
その瞬間が、最後の戦闘になるであろうと思っていた。
ジョーは高速で機動しながら、ハインリヒがかつて使用していた66ミリのロケット砲をディラックの海に待機させている。
ソロモン第三神殿のナイトヘッドにアクセスしながらジョーは、サイキックが発動されるのを待つ。
ナイトヘッド経由でイワンの能力を駆使可能となったジョーは、アルファのむかう空間の一点が歪んでいくことを感じとっていた。
場の性質が変動してゆき、神殿の広場に虚数空間であるディラックの海が出現しつつある。
アルファは、時間加速装置を作動させたまま、そのディラックの海へと飛び込んだ。
それは、テレポーテーションと呼ばれる能力である。
ジョーはナイトヘッドが持つ演算能力を全開にして、アルファの出現ポイントをわりだす。
そして、そのポイントに向けて66ミリのロケット砲を放った。
計算どおりの位置にアルファは、ディラックの海を出現させる。
高速の時間流に意識をおいているジョーにとって、ミサイルの動きは蝸牛なみに遅く感じられた。
しかし、それは確実にディラックの海に照準が合わされている。
アルファが虚数空間であるディラックの海から、再び通常空間へ出現したときミサイルが炸裂した。
炎の球体が出現し、アルファを包み込む。
ジョーは、その火焔球にレーザーガンの照準を合わせる。
しかし、アルファは炎の中から出てこない。
ジョーは不吉な予感を背後に感じて、後ろを向く。
そこに、ディラックの海が出現しつつあった。
アルファは、ジョーの攻撃を予期していたのだ。
そして、十三門のレーザー砲も同時に出現しつつある。
ジョーは、身を翻そうとするが、既によけることが可能なタイミングではなかった。

フランソワーズは、思考を極限まで高速で作動させている。
ナイトヘッドにアクセスすることで、それはぎりぎり可能となった。
フランソワーズは、一種のトランス状態となっている。
身体の制御は失われており、顔は死人のように硬直していた。
ヘルダイバーとよぶサイボーグと似たような状態となっている。
脳の全ての機能を、ジョーたちの戦いを把握するために使用していた。
フランソワーズは、ノイズに近い情報の海に沈んでいる。
その中に稲妻となって浮かび上がる断片的な情報を瞬間で解析し、アルファの位置をつかんだ。
フランソワーズは、高速言語を使ってイワンに位置情報を送信する。
イワンは、神殿の広間にサイコキネシスのネットをはった。
そしてフランソワーズは、虚空に向かってレーザーガンを撃つ。

ディラックの海から再度出現したアルファは、後退しレーザー砲を避けようとするジョーを追尾していく。
しかし、一瞬だけアルファの動きが止まった。
その直後に、レザー砲が光の柱を出現させる。
爆風と轟音を巻き起こす光の柱から、ジョーは辛うじて逃れた。
しかし、バランスを崩し床に叩きつけられる。
アルファが、獰猛な笑みを浮かべながら追撃体制に入った。
その瞬間、光の矢がアルファの身体を貫いた。
アルファは、身体を切り裂かれる苦痛で絶叫をあげる。

フランソワーズは、自分の放ったレーザーガンの射線からアルファが出現するのをみた。
全身を炎に包まれたアルファは、よろめきながらフランソワーズに近づこうとしている。
アルファは傷つき、時間加速装置を作動し続けることができなくなっていた。
フランソワーズは、満足げに微笑んだ。
その瞬間、ジョーの絶叫に近い叫びがフランソワーズの耳にとどく。
「逃げろ、フランソワーズ! イワン!」
それが無意味であることは、フランソワーズには判っていた。
制御をほぼ失ったアルファのレーザー砲が、無差別の攻撃を開始する。
光の奔流が、神殿の広間を縦横無尽に駆け巡った。
至る所に、爆発と火焔が巻き起こり、広間は地獄の様相へ転じる。
凶悪な真紅の花が、漆黒の爆炎を纏っていくつも出現していく。
フランソワーズとイワンは、逃げる間もなく無差別にまき散らされるレーザー砲のビームに身体を貫かれた。
イワンは、身体を両断され炎につつまれる。
瞬く間に黒い犬の身体は、灰となっていく。
フランソワーズも、自分の胸に穴があくのをみた。
そして、意識が暗闇へ飲み込まれる。

フランソワーズは、ジョーの腕の中にいた。
こうしてその腕に抱かれてみると、彼女にとって自分がいるべき場所がここ以外にあったなどととても信じられない気持ちになる。
ああ、ようやく自分の居場所に戻ってきたのだという安堵の気持ちが、身を引き裂かれた激痛を和らげるような気がした。
遠くでジョーが、自分の名前を呼んでいるような気がする。
なぜあなたは、わたしを呼ぶの。
わたしはもう、どこへもいかない。
だって、ここだけがわたしの場所なのだから。
そういって、フランソワーズは微笑んだつもりになる。
現実には、苦痛で口を歪めただけなのかもしれない。
でも、そんなことはどうでもよかった。
そして、なんとか呟きをもらす。
「これからは、ずっと一緒なのよ。ジョー」
フランソワーズの意識は、闇に飲み込まれていった。

ジョーは静かにフランソワーズの遺体を床に横たえると、立ち上がる。
ジョーは、炎の中からゆっくりと歩み出てくるアルファに向かい合う。
その身体は、驚異的な速度で再生されつつあったが、戦闘力が回復するまでには至っていない。
もう、アルファはジョーの攻撃を防ぐことはできなかった。
アルファは、ジョーの前に立ち止まると真っ直ぐジョーを見つめる。
「ジョー、君は僕が君を妬んでいると言ったね」
アルファは、そっと首をふる。
「そうではないな。そうではないと思う。僕は、ずっと不思議に思っていただけなんだ」
アルファは、とてもナイーブな表情でジョーを見つめていた。
「君はなぜ、醜く愚かで不完全な存在である人類を、憎まないのだろうかと」
ジョーは、そっと微笑んだ。
「かんたんな、ことだよ」
ジョーは、独り言のようにそっと呟く。
「僕は自分が、人類以上に醜く愚かで不完全であると知っていたんだ、なぜならね」
ジョーは悲しげな目で、アルファをみる。
「僕らは完全であることを求めてしまう。神と戦うもの(イスラエル)の宿命として。でも人類は、不完全であることで、完成されているんだ。未来に向かってね」
アルファは、少し苦笑した。
「ジョー、どうやら僕は君の影らしい。だから、僕を殺すことは、君を殺すことに等しいんだ。それでも僕を殺すかい?」
ジョーは、無言のままレーザーガンのトリッガーを引いた。