Neetel Inside 文芸新都
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ジョーは、彼以外に動くものがいなくなった、神殿の広間を歩いている。
瓦礫の積み重なるその場所は、廃墟と化していた。
墓地の静寂と、荒野の寂寥感がその場を満たしている。
ジョーは、積み重なる建物の破片を踏み越えて、広間の奥へと向かった。
かつて聖壇のように見えた広間の最奥にあるステージは崩壊しており、崩れ去った壁の向こうに通路が見える。
断崖の狭間にある洞窟にもみえるその通路へと、ジョーは足を踏み入れた。
その通路には、神秘的ともいえる静けさがみちている。
ジョーは、通路を歩いていくうちに、さらにその奥にある階段を見出した。
その階段には、天井からの日差しが光の柱となって聳え立っている。
ジョーは、ゆっくりと階段をのぼりはじめる。
階段は緩やかなカーブを、描いていた。
その階段は、大きな螺旋をつくっている。
ジョーは、この階段がバベルの塔にも似たこの神殿の、最上階へと向かっていることを知っていた。
ジョーは、とても穏やかな気持ちで階段をのぼっている。
アルファが死んだ今、ジョーはより深くナイトヘッドと接続されていた。
もともとジョーの精神が安定しなかったのは、ナノマシンによってサイボーグ化された身体を脳が制御しようとして過負荷状態になっていたためだ。
本来であれば、ヘルダイバーのようにサイボーグ化されると何かを犠牲にする必要がある。
だからジョーは、精神の安定を欠くことになった。
けれど、今はナイトヘッドが脳の制御しきれない部分をサポートしている。
ジョーは、ようやく自分自身に戻ることができたのだ。
ジョーは、落ち着いた気持ちでひとり階段をのぼっていった。
いつしか、ジョーは傍らにフランソワーズがいることに気がつく。
フランソワーズは、ジョーと同じ十代の少女となり、腕には赤子の姿となったイワンを抱いている。
ジョーが向けた眼差しに応え、フランソワーズはやさしく微笑む。
彼女もまた、ジョーが意識の中でつくりだした幻にすぎない。
とはいえただの幻だともいえず、彼女の意識はソロモン第三神殿の一部であるナイトヘッドの中でエミュレートされている。
いうなればフランソワーズは死と同時に肉体を捨て、ナイトヘッドの中へ意識を移し替えたのだといえた。
ジョーは、フランソワーズとイワンを従えて階段をのぼってゆく。
いつしか、彼の後ろにはジェットとハインリヒも続いていた。
さらにその後ろには、ピュンマとジュニア、それとチャンとグレートもいる。
気がつけば、かつて共に戦った仲間たちが皆、幻の身体を携えジョーとともに階段をのぼっていた。
彼らが幻にすぎないことは、よく判っている。
しかし、ジョーは自分のこころがかつて仲間とともに戦ったときに、戻っていくように思えた。
ジョーは、仲間たちとともにソロモン第三神殿の最上部へと向かう。

そしてジョーは、ソロモン第三神殿の頂上へとたどりついた。
そこからは、真っ青な空を見上げることができる。
ジョーは、真っ直ぐ空を見上げた。
そこに広がるのは、異様な光景である。
青い空全体を、円盤状の飛行物体が覆い尽くしていた。
それは、かつて空飛ぶ円盤としてひとびとを騒がしたものとよく似ている。
けれど、ジョーはそれがナン・シップであると知っていた。
シャンバラから、やってきたものたち。
人類を滅ぼすため、南極の地下から地上へ出てきたものたちである。
(こいつはまるで、エイリアンアタックだな)
ジョーは、背後でジェットの発した声を聞き、少し振り向く。
ジョーの仲間たちは、ジョーと同じように神殿の頂上に並んでいた。
皆、一様に空を見上げている。
ジョーがふと気がつくと、目の前にアルファが立っていた。
そのアルファもまた、幻でありジョーの意識から生み出された幽霊のようなものだ。
(ジョー、君は僕を殺したわけだから)
アルファの幻は、ナン・シップに埋め尽くされている空を指し示す。
(僕のかわりに、この事態を収拾する義務があると思うんだ。そうじゃあないかな)
ジョーは、幻のアルファに対して頷きかける。
そして、背後に立っているフランソワーズとその手に抱かれているイワンのほうをみた。
フランソワーズはジョーにうなずき、イワンをジョーのほうへ向ける。
幻の身体として赤子を選んだイワンは、ジョーに向けて微笑みかけた。
「イワン、僕はシャンバラへ行きたい。テレポーテーションを頼む」
イワンは、フランソワーズの腕に抱かれたまま少し身体を動かす。
(エイリアンズ・バイブルには、シャンバラの座標位置もしるされていた。君を、送り出すことはできるが)
イワンの瞳が、青く輝いた。
(では、ジョー。君には、覚悟ができているというのだね)
ジョーは、みんなを見回す。
フランソワーズ、ジェット、ハインリヒ。
それにピュンマとジュニア、チャンとグレート。
幻となった彼らの瞳にもまた、決意を読み取ることができる。
これが最後の日、最後の時なのだと。
不思議と穏やかで、晴れ晴れとした気持ちにジョーはなる。
ジョーは、みんなに微笑みかけた。
そして、ゆっくりうなずく。
「では、やってくれ。イワン」
ジョーの意識は、闇の中へとのみ込まれていった。

そこは、広々とした部屋であった。
意識を取り戻したジョーは、自分が真っ白で伽藍堂の部屋にいることに気がつく。
何も設備や備品が置かれていない部屋であり、完全な白で塗りつぶされているため、どれほどの広さがあるのか判らない。
無限の広さを持つ部屋のようにも思えるが、随分と狭い閉ざされた部屋のようにも思う。
ジョーは、そこではひとりきりであった。
ここからは、神殿のナイトヘッドには接続できないらしい。
ジョーは、少し途方にくれたようにあたりを眺める。
部屋の中を眺め渡し、再度前方に視線を戻した瞬間、自分の前にひとりのおとこが立っていることに気がついた。
部屋に入り込んだ気配は全く感じなかったので、忽然と虚空から出現したのかと思える。
そのおとこは、小さなおとこであった。
身長は、子供程度だと思う。
目は大きく切れ長で、アーモンド型をしている。
そして、灰色の肌をした身体を、銀色のスーツに包んでいた。
ジョーが語りかけようとしたその瞬間、小さなおとこが語り始める。
「判っていると思うが、あまり時間はないんだ。さっさとはじめよう。ああ」
小さなおとこは、ため息をついた。
「そうだな、わたしのことはとりあえずグレイと呼んでくれ」
ジョーは、それが名前というよりは何か役職のようなものかとも思ったが、黙っていた。
「さて、ジョー・シマムラ。君がわたしたちのナン・シップによる人類への攻撃を中止させたいと思っているのならば、そうすべき理由をわたしたちに説明しなければならない」
ジョーは、うなずく。
「あなたがたシャンバラの民は、冷戦体制は安定しており核戦争はおこらないと考えていた」
グレイは、少し苦笑する。
「あまりに単純化しすぎているが、結果的にはそうだ」
ジョーは、笑みを浮かべる。
「では、もう一度冷戦状態と似た世界システムを構築すれば、もう少し猶予を与えてもいいという理屈にはならないかな」
グレイは、侮蔑的に唇を浮かべる。
「どうやってやる?」
「僕らは、人類に宣戦を布告します」
グレイは、馬鹿にしたように笑った。
しかしジョーは動ずることなく、真っ直ぐグレイを見つめている。
グレイは、皮肉な輝きを瞳に宿す。
「君たちが敵となれば、全人類が団結するというわけだな。でも、君たちは、全人類の憎悪と恐怖の対象となる」
ジョーは、微笑み続けていた。
そこには一抹の哀しみも、怯えも、そして迷いもないようにみえる。
それらを奥底に埋めることができるほどに、決意を固めていたということだ。
グレイは、そっとため息をつく。
「君の申し出は、馬鹿馬鹿しく検討に値しない」
ジョーの瞳に、一瞬緊張が走った。
グレイは、手をあげジョーを止める。
「しかし、君自身は尊敬に値する。君のくだらない申し出は、無かったことにするが、我々シャンバラの攻撃も凍結することにした。これは、我々の君個人に対する敬意の表明といっていい」
ジョーはそっと、ため息をついた。
「ありがとうごさいます」
グレイは、手をふる。
「いつまでも凍結というわけではない。君の今後の行動によっては、攻撃を再開する。こころして君は君の世界へ戻れ」
そして、ジョーの意識は再び闇にのまれた。

青い空のした、空虚な静寂に沈んでいる廃墟の街が広がっている。
ジョーは、神殿の上からその廃墟を見下ろしていた。
空を覆っていたナン・シップは、姿を消している。
テレポーテーションにより、ジョーはシャンバラからヨコスカベースのソロモン第三神殿に戻っていた。
彼のまわりには、シャンバラへ向かったときと同じように八人の幻影が佇んでいる。
神殿に戻ると同時にジョーの中にある、シャンバラであった出来事の記憶は、ナイトヘッドに同期をとられ書き込まれていた。
八人の幻影たちも、その記憶を共有している。
(で、どうするんだ、ジョー。やるのかい)
ハインリヒが物騒な笑みを浮かべているのをみて、苦笑しながらジョーは首を振る。
「君の思っていることは、しないよ」
ジョーの隣にたつジェットが、両手をひらく。
(しかし、行動しなければシャンバラの連中は戻ってくるんだろ。やるしかないんじゃないのか?)
ジョーは、肩をすくめた。
「まあ、結果的にそうなるかもしれないんだけれど。まず、やることがあると思う」
ジョーは、フランソワーズのほうを向く。
「君の歌をテレパシーにのせて飛ばしたとして、こころをコントロールしたりはせずただ単に聞かせるだけであれば、どのくらいのひとに歌はとどくだろう」
フランソワーズは、少し首をかしげる。
(そうね、ナイトヘッドに取り込まれてみてはじめて判ったのだけど、ここのパワーは思ったより強いわ)
フランソワーズは、笑みをうかべる。
(多分、全人類に届かせることができると思う)
「そうか、それなら決まりだな」
ジョーは、八人に向かい合い笑みを浮かべた。
「では、はじめようか」
フランソワーズは、イワンを抱いて歌を広げていく。
かつてノアが箱舟を用意した時代、世界を沈める大洪水をおこせるほどに雨が降ったという。
その世界を水に沈める雨のように、神殿のナイトヘッドによって増幅されたフランソワーズの歌は世界じゅうに満ちていった。
それが大気のように世界を覆い尽くしたときに、ジョーは語りはじめる。
ジョーの言葉は、世界を覆った歌にのって、全てのひとびとの耳へと届いた。
「みなさん」
そして、全人類が同時にジョーの言葉を聞いた。
「みなさんに、お伝えすることがあります。その日、その時がついにきたのだと」

       

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