Neetel Inside 文芸新都
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1947年7月
ニューメキシコ州ロズウェル

長閑な風景であると、言えた。
初夏の空は真っ青に澄みわたり、緑なす草原を穏やかな風が吹く。
バスケットにパンとワイン、それにハムでも積めておけばそのままピクニックでもできそうだ。
けれど、それをゆるさない厄介な存在が目の前にいる。
「少佐」
彼は、背後でトンプソンSMGを構える兵を手で制止すると、前へ進み出る。
簡単な、仕事のはずだった。
墜落した軍用Nクラス・ナン・シップの船体を回収し、基地に持ち帰るというのが彼の任務だ。
ナン・シップとは言え、成層圏の下層部を巡航し、そこから地上を調査可能な特殊レーダーアンテナを装備する、軍用哨戒飛行船である。
機密事項が、満載ではあった。
しかし、ニューメキシコの片田舎、牛や馬しか通らないようなこの牧場で、機密もなにもあったものではないはずだ。
彼は、思わず呟いてしまう。
「なぜ、事を厄介にするんだ」
目の前にいるのが、ひとであるという確信が持てない。
銀色の与圧服らしきものを着て、球形のヘルメットを手に下げているそいつは、身長5フィートほどに見える。
剥き出しになった頭部には、どこか東洋人風にも見える顔がついていた。
「クロキ軍曹、じゃあないよな」
ナン・シップのパイロットは死体が見つかっておらず、行方不明と聞いていた。
「やあ、マーカス少佐。手をかけてすまないね」
その銀色の小人が流暢な英語を話したことに驚愕し、彼は目を丸くする。
「質問は判ってる。わたしがどこから来て、何者かというのだろう」
銀色の小人は、切れ長で大きな目を少し細める。
気のせいか、とても顔色が悪い。
今にも倒れて、死にそうにも見える。
「わたしは、シャンバラから来た。名前は、そうだね、グレイとしておこうか」
グレイは、苦しそうに口を歪める。
「お察しの通り、わたしはもうすぐ死ぬ。君たちの飛行船、モーグル4号機の残骸と一緒に、是非わたしの死体も回収してくれたまえ」
彼は事態が自分の手にはおえない状況になりつつあることを感じていたが、かといってどうしようも無かった。
彼に十分な情報を与えないまま現場に送り出した軍の上層部を、こころの中で罵る。
「さて、時間が残り少ない。要件を、手短に言っておこう」
グレイは、苦しげな表情をしてはいるが、それでも鋭い目で彼を見つめる。
「わたしは君たちに、警告を告げにきた。君たちのモーグル4号機を借用してニューヨークまで行くつもりだったが、残念ながらここで撃墜されてしまった」
彼はこころの中で、撃墜とは穏やかじゃあないなと思う。
グレイは彼のこころを読んだように、頷く。
「わたしたちシャンバラの民は君たちの文明を滅ぼすことに、決定した。もしかすると、明日にもわたしたちの軍勢が襲来するかもしれない。ただ、それは50年後になる可能性も、ある」
彼は呆れたように、口を開きまた閉じる。
グレイの言うことを、全く理解できない。
グレイは、そっと切れ長の目を細める。
「もちろん、死にかけの小人が言うことを信じるほど、君はいかれてはいない」
彼は、苦笑する。
グレイが言うことがどうこう以前に、この状況を受け入れること自体がまともな神経では無理だと思えた。
グレイは、頷いてみせる。
「これから君に、ビジョンを見せよう。それを見て、判断するがいい」
グレイの、楕円形をした大きな瞳が彼を見つめる。
一瞬、その瞳が銃火のように鋭い光を放ったような気がした。
眩い光を受けたため、彼は一瞬目を閉じる。
再び目を開いたとき、そこには驚くべき景色が広がっていた。
先程まで見ていた、長閑な牧場は消え去っている。
彼は、空に浮かんでいた。
水色の絵の具で塗りつぶしたように鮮やかで青い空が、頭上を覆っている。
足元には地上があったが、そこは楽園であった。
少なくとも彼には、そう見える。
もし聖書に記述されているエデンが本当にあるとすれば、多分今足元に見えている世界なのであろう。
彼は、そう思う。
緑の木々に、宝石の鮮烈な色彩を宿した花々が咲き誇る庭園。
それらの庭園が、幾何学的な配列で建物が並ぶ都市の回りに、配置されている。
都市を構成している建物は、皆それなりの規模を持っているが、それらは彼の知るどのような建築様式とも合致しない。
流麗な曲線が組み合わせて造り上げられており、風や雨が岩を長い月日をかけて削り形作った自然物のようにも見える。
しかし、それらが人工のものであるのは疑う余地はない。
明らかに、都市全体が調和を持つように個々の建物が造られているのが判ったからだ。
彼は、空の上で目眩を感じる。
一体これは、麻薬の幻覚なのだろうか。
もしかすると、ここの空気はナンシップの残骸から漏れた薬物に満たされていたのかもしれない。
知らない間に、その薬物が混じった空気でも吸っていたのかとも思う。
けれどもその景色は、幻覚の持つ混沌とした異様さを、持っていない。
むしろ、非常に高度な知性によって造り上げられたものであろうと思える。
さらに、驚くべきものを彼は見ていた。
それは、太陽である。
その太陽は、彼の知るものとは別の、宙空に浮かぶ球体であった。
その気になれば、太陽の上を飛ぶこともできそうだ。
実際、その世界の空を何隻もの飛行船が航行していたが、太陽の上を通りすぎていく船もある。
この景色を見て、彼に想像できる答えはひとつしかない。
その太陽は、人工的に造られたものだ。
極東のファシストが支配する国へ、二発の新型爆弾が投下され街を破壊したときく。
その新型爆弾は、地上に太陽をもたらすようなものだと聞いた気がする。
もしかすると、その新型爆弾を炸裂させる原理を制御して、あの太陽を造り上げたのかもしれない。
もし、そのようなことが可能であるのならば。
彼らの世界を破壊し、文明を滅ぼすなど容易いことだろう。
彼がそう確信した瞬間、彼の視界を再び眩い光が満たす。
彼は、一瞬目をとじた。
彼はもう一度、目を開く。
そこには長閑な牧場が、広がっていた。
その景色に、何も不思議なところはない。
身長5フィートの、死にかけた小人がいる以外は。
グレイは、本当に苦しそうである。
先程のビジョンを彼に見せることで、力を使い尽くしたようだ。
彼は、長いため息をつく。
「ひとつ、教えてくれ」
グレイは、苦しげな顔をしつつも彼に眼差しを向ける。
彼は、言葉を続けた。
「あんたは、宇宙人なのか?」
彼は、一瞬グレイが苦笑を浮かべた気がする。
「わたしたちは皆、同じ宇宙に住む宇宙人さ。そうじゃあないかね」
それが、グレイの最後の言葉となった。
銀色の与圧服を着た小人は、緑の草原へ沈んでいく。
グレイが倒れるとき、その手からこぼれ落ちたものがある。
ひとつは、ヘルメット。
もうひとつは、金属の箱だった。
彼は、足元に転がってきた箱を、半ば無意識のうちに拾い上げる。
手にしたとき、箱は自然に蓋を開いた。
あたかも、彼に拾い上げられるのを待っていたかのように。
彼は、その箱を覗き込む。
そこにあるのは、本だった。
重厚な革の表紙を持つ、部厚い本。
彼は、聖書のようだと思う。
エイリアンズ・バイブル。
彼は、こころの中でそう呟いた。

       

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