Neetel Inside 文芸新都
表紙

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ふと、フランソワーズが目をあげた。
耳をすませて、いるようだ。
「招かれざる客が、近づいているわ」
ジェットは、方眉をあげる。
「おれはちゃんとしたUSAの市民で、税金も滞りなく払っている。ラングレーやペンタゴンに難癖つけられる覚えはないぜ」
フランソワーズは、首をふった。
「あなた、バイカーズギャングと付き合いがあるの?」
ジェットは、呆れ顔になる。
「そんな連中に、マシンを売ったおぼえはない」
ジェットのその言葉に応えるように、獰猛なエンジン音が轟いた。
金属の捕食獣たちが、ガレージにたどりついたらしい。
ジェットはやれやれと首をふると、事務所の外へ出た。
大排気量バイクに跨った、ギャングたち。
人種、年齢は様々である。
白人、黒人、スパニッシュ、東洋人。
共通しているのは、6フィートを越え200ポンド以上にはみえるごつい身体と、髑髏が描かれた革のライダースジャケットを身につけていることだ。
ヘルメットをとった白人のおとこが、ジェットの前にたつ。
太股に鉈のように大きなコンバットナイフを、さげていた。
背後でひとりのおとこがポンプアクション・ショットガンを、かまえる。
レミントン870をソードオフして、振り回しやすくしたタイプのようだ。
ハンドグリップを動かし、チェンバーへ弾を送り込む。
ジェットの前に立ったおとこが、くちをひらいた。
「ダグラスを、知ってるな。このサバーカめ」
悪態は、どうやらロシア語ようだ。
だとすると、ロシア系だろうか。
ジェットは煙草に火をつけ、ゆっくり吸い込むと煙を吐き出す。
ロシア系のおとこが苛立つのを見ながら、少し笑みをうかべる。
「元帥にも旅客機にも、知り合いはいないが」
「マッカーサーじゃねぇ」
くすりとも笑わず、ロシア系のおとこは凄む。
「バイクを売ったろう。ダグラスは、てめぇから買ったバイクで事故って死んだ」
ロシア系のおとこは、太股からコンバットナイフを抜く。
「整備不良だったと聞く」
「ほう」
ジェットは煙草を咥えたままた、顎に手をあてる。
「だったらなんで、シェリフがおれのところにこない。この街のシェリフは、テキーラでも飲みすぎて昼寝をしているのか?」
ロシア系のおとこの目が、つりあがる。
「知るかよ、てめぇ」
「第一」
ジェットは、口を歪めて笑う。
「おれの客は、老人か子供ばかりだ。金があってまっとうな客は、もう少しちゃんとした店にいくがね」
意外にも、失笑がおきたのは彼の後ろからだ。
「ちゃんとしてない、て。認めたらだめでしょうに」
フランソワーズの言葉を背中で聞いて、ジェットは肩をすくめた。
「すまんな、バイク屋よりカフェの店長が向いてるおとこで」
「ふざけてるんじゃねぇぞ」
ロシア系のおとこが怒号し、のこりのおとこたちもナイフを抜いた。
「とにかく、一緒にこい。いろいろ、聞かせてもらう」
「よかったな、ボーイズ」
ジェットは煙草を吐き捨て、大きく笑う。
「今日は、ひとを殺したい気分じゃないんだ」
バイカーズギャングのおとこたちは、自分の目を疑った。
ジェットの姿が一瞬消え去り、残されたテンガロンハットだけが床に落ちる。
幻影のように、ジェットの姿がロシア系のおとこの背後に出現した。
ロシア系の大きなおとこは、朽ち果てた木が倒れるように床へ沈んだ。
いつの間にか、ジェットの右手には山吹色の布が巻かれていた。
ジェットの意識は、高速の世界へと入り込んでいる。
時間加速装置。
脳内に埋め込まれたナノマシンが意識を操作し、ミリセカンドが分に思えるほどの思考速度がジェットに与えられていた。
ナノマシンは身体各所に埋め込まれており、肉体の反応もひとのレベルを越えている。
加速装置を使って戦うとき、ひとを殺さずにすますのは面倒だ。
けれどジェットは自ら口にしたとおり、今はひとを殺す気分ではなかった。
ジェットはジェルのように重く纏わりつく空気を縫って、動いてゆく。
深海を歩く感覚にも、似ていた。
山吹色のスカーフを巻いた右手で、バイカーズギャングの顎先をこするように殴る。
パンチの速度が時速100マイルを越えないようにするのには、とても骨がおれた。
やれやれと、思う。
フランソワーズは、ジェットが移動するのを音で察知しながら、無造作に前へ踏み出す。
「テキサスでは、見通しの悪い交差点ではショットガンを空に向かって撃つ、ていう都市伝説を聞いたことがあるんだけど」
フランソワーズは小首をかしげながら、ショットガンをかまえたおとこに話しかける。
「あれは、本当だったのかしら」
「おんなだからといって殺さないと思ってんなら、間違ってるぜ。ばあさん」
フランソワーズは、穏やかに笑う。
「見た目が老いたおんなだから無力だと思うなら、間違ってるわよ。ボーイ」
フランソワーズは、そっと歌う。
可聴域を越え、かつ指向性の高められた空気の波動がショットガンのおとこに襲いかかった。
その歌は、頭蓋骨の内側をシェイクする。
おとこは、自分が意識を失ったことに気がつかないうちに、床へ沈む。
加速装置を切ったジェットがショットガンのおとこの背後に出現し、床に沈む前にショットガンを取り上げる。
ジェットは木の枝を折るようにショットガンをへし折ると、フランソワーズに笑みを投げた。
礼をするように、軽く手をふる。
「余計なことだっかも、しれないけれど」
「いや、銃声がしたらいくらテキサスといえ、少し面倒くさい。助かったよ」
フランソワーズはバイカーズギャングがのびているガレージを見渡すと、少しうんざりしたような笑みを浮かべる。
「この有り様、あなたはどう思うの、ジェット」
ジェットは、軽く肩を竦める。
「まあ、ラングレーあたりが、しかけてきたんだろうな。揉め事で、抜き差しならなくなったあたりで、取引を持ち出すつもりだろう」
フランソワーズは、頷いた。
「それで、どうするつもりなの」
ジェットは、気楽な笑みをみせる。
「そうだな、今夜あたり国境を越えるよ。フアレスあたりの下街に潜り込む」
フランソワーズの瞳が少し、つり上がった。
「今のあなたは、死ぬ前のチャンと同じ状況。判ってないとは、言わないでね」
ジェットは、口元を少し歪めた。
「フランソワーズ、君は今、幸せなのか?」
フランソワーズは、軽く舌打ちする。
「そういう問題では、ないでしょう」
ジェットは、首をふる。
「そういう問題なんだ、おれにとっては。おれは、十分に生きた。飼われて生きるくらいなら、野垂れ死ぬよ」
フランソワーズが口を開こうとするのを、ジェットは手で止める。
煙草を取り出すと、火をつけた。
ゆっくりと、紫煙を吐き出す。
「少し、昔の話をしよう」
フランソワーズはあきれたように目を開いたが、ジェットは無視して独り言のように語る。
「1967年、ヴェトナム。おれたちは、ブラックゴーストから武器を受け取り戦場で実験を行っていたカーツ大佐の基地を探し、カンボジア国境付近にいた」
フランソワーズは、口を閉じ昏く目をひからせる。
ジェットは、たんたんと話を続けた。
「君やジョーは、ジャングルの奥へと進んでいったが、おれは戦闘で深手をおって途中でリタイアした。君たちはカーツ大佐との戦闘を終えてヴェトナムを引き上げたが、おれは傷が癒えてなかったので、サイゴンにしばらくいたんだ」
フランソワーズは、何も言わない。
ジェットは気にすることもなく、言葉をつむぐ。
「そもそもおれが傷をおったのは、ひとりの少女をブラックゴーストの兵器から救うためだった。その少女は、別れ際にサイゴンへ帰るといっていた。なんとなく、その娘が気になってサイゴンで無事でいるのを見届けようという気持ちも、あったかもしれない。だが実際のところは、米軍基地の近くにあるバーで、飲んだくれていただけなんだがね」
ジェットは笑みを浮かべたが、フランソワーズは表情を変えない。
「バーには、米兵たちがたむろしていた。みんな、ただのガキだったよ。おれがサウスブロンクスでつるんでいた仲間と、おなじようなガキばかりだった。おれはそんなガキどもと、毎晩ばか騒ぎをして過ごしていた」
なぜか、とても静かである。
まだ真昼のはずだが、真冬の深夜が持つ静けさをがあたりを支配していた。
その奇妙な静寂の中でひとり、ジェットは語り続ける。
「おれはそのバーで、自分が助けた少女と再会することになる。彼女は、バイクに乗ったままバーに突っ込んできた。荷台にはたっぷりとプラスチック爆弾が、積まれていたんだ。その爆弾には、起爆装置がつけられている。エンジンが切れると同時に、爆発するように設定されたものがな」
ジェットの口元には、笑みが浮かんだままだが、目には何の表情も浮かんでいないように見える。
「あのころヴェトコンがよくやってた、自爆テロというやつさ。今だからこうして話すこともできるが、あの瞬間は何がおきたのか全く判らなかった。ただアホのようにバイクが突っ込んできたのを眺め、一瞬だけドライバーの顔を見たというわけだ。その直後、視界が真っ白になり轟音が鼓膜を破り、意識が闇にのまれた」
ジェットは、肩を竦める。
「本当におれは、油断していた。加速装置を使うことを、まったく思い付かなかったほどにね。まあ、実際たかが数十キロのプラスチック爆弾の爆発で、おれは死んだりしない。サイボーグだからね。ただ一緒にいたガキどもは、違う。おれが意識を失ったのは、多分ほんの数秒だ。意識を取り戻した時に見たのは、血まみれで焼け焦げた死体だった。おれ以外の生存者は、ゼロだ」
フランソワーズは、全く表情を変えない。
いや、少しだけ同じ話をさんざん繰り返して聞かされたひとのみせる、うんざりした気配を漂わせた。
しかしそれもほんの僅かで、口元には昼下がりに世間話をする有閑マダムの笑みがはりついている。
「それで」
フランソワーズは、感情を感じさせない声でいった。
「それがどうかしたの」
「どうもしない、どうもしないんだが」
ジェットは、少し眉間にシワをよせる。
「決めたことが、ひとつある」
フランソワーズが、問いかけるように片方の眉をあげる。
ジェットは、笑みを浮かべた。
「おれはおれの敵としか、戦わない」
ジェットは気楽さをよそおっているが、目には揺るがない意思が見える。
「今のところおれの敵は、ブラックゴーストだけだ。やつらが消えた今、戦う理由はない。だから誰かに雇われて、誰かの敵と戦うなんてことはしないんだよ」
フランソワーズは、長いため息をつく。
とてもつまらなそうな、ため息だ。
あまりにつまらなそうだったため、思わずジェットが罪悪感を感じてしまったほどである。
「では、わたしはもう行きます」
立ち去ろうとするフランソワーズに、ジェットは思わず声をかける。
「なあ」
振り返ったフランソワーズに、ジェットは躊躇いがちに問いかける。
「君はまだ、信じているのか。カーツ大佐のいったことを」
フランソワーズは、当然だというようにうなずく。
ジェットは、混乱した表情になる。
「だが、あれは戯言だろう」
少し、沈黙が続く。
ジェットは、苦労して言葉を引きずり出した。
「エイリアンズ・バイブルのあるところに、ソロモン第三の神殿が出現するなんて」
迷い子のようなジェットの顔と対照的に、フランソワーズは穏やかな笑みを浮かべている。
しかしそれは、貴婦人の仮面であった。
ジェットには、造られた表情にしか見えない。
「あなたは」
フランソワーズは、笑みを崩さずに言った。
「カーツ大佐に、会っていないから」
ジェットは、ゆっくりと首をふる。
「会っていないから、冷静な判断をくだせるのさ。判るだろう」
ジェットの表情が、少し歪む。
「ソロモン第三神殿のもとにサイボーグが集められ、サイボーグの王国が築かれる」
ジェットは、重々しく宣告する。
「そんなこと、あるわけが、ない」
ジェットは、それきり口を閉ざした。
自分の放った言葉が全くフランソワーズに届いていないことを、知っている顔だ。
そしてフランソワーズは、仮面じみた表情を全く崩さない。
「ジェット、あなたは」
フランソワーズは、録音を再生するようにいった。
「カーツ大佐に、会っていないから」

       

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