Neetel Inside 文芸新都
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1967年9月
ヴェトナム

ジャングルは、何もかもが濃かった。
輝く月のした、生い茂る植物の緑も咲き誇る赤い花も銀色に輝く河の水面も。
すべて子供が原色の絵の具で塗りたくった濃い色に、染め上げられている。
そして虫や動物たちの音や気配、溢れかえる匂いもまた、濃い。
空気の色を真紅に変えたとでもいうかのような血の匂いもまた、濃厚にあたりを覆っている。
ジョーは、無造作に川岸から密林の中へと踏み込んでゆく。
彼のまとったマルーンレッドのコンバットジャケットも、首にまかれた山吹色のスカーフも、月明かりの下でとても目立っていた。
目立つことは、彼らサイボーグにとってそう大きな問題ではない。
ひとりでも、装甲連隊並の戦力を持っているのだ。
相手側がどのように迎撃しようとも、撃破するつもりである。
むしろ、陽動しておびき出しているといっていい。
ジョーは水の中にある水のように、滑らかな動作で闇を移動していく。
とても自然な動作であり、自分の街を散歩しているかのようだ。
ジョーの後ろに続いているフランソワーズが、高速言語で色々な情報を送り込んでくる。
もう彼らは、敵地に入り込んでいた。
カーツ大佐の、支配区域にいる。
ジョーたちは、米軍のLCVPに同乗してここまできた。
しかしその船は、撃沈されている。
同乗していた海兵隊の特殊部隊に所属していた兵たちは、全滅した。
彼らは、カーツ大佐の部下であったものたちだ。
カーツ大佐は、米軍から見れば裏切り者かもしれない。
しかし、カーツ大佐にそんな意識はないだろう。
彼は米軍、ヴェトコンどちらに味方することもなく、積極的に敵対することもなかった。
彼が協力していたはずのブラックゴーストですら、カーツ大佐にとって利用する対象でしかないように思える。
彼は、ヴェトナムのジャングルの奥、カンボジア国境付近に独自の王国を造りあげた。
その王国は、サイボーグ兵器によって守られた、ある意味東アジアのどの国家にも匹敵しうる戦力を持っている。
ジョーたちは、そのカーツ大佐から招かれたのだ。
刺客を送り込まれるという、物騒な招きではあったが。
ジョーは、さらにジャングルの奥へと踏み込む。
月明かりの下、幻想的な緑が支配するジャングルで、サイボーグ兵器たちがジョーへの迎撃体勢を整えていく。
その情報は、ジョーから少し離れたところにいるフランソワーズから、高速言語によって送り込まれている。
ジョーたちサイボーグは、脳の一部をナノマシンによってブーストをかけ、高速で駆動していた。
だから、普通のひとにはノイズにしか聞こえないような高周波パルス音もデコードし、情報として読み取ることができる。
高周波パルス音によって語られる高速言語を通信に使うことによって、大量のデータを彼らは送受信していた。
ジョーは、フランソワーズがメーザーレーダーで把握したサイボーグ兵器の位置座標を共有していた。
サイボーグ兵器は、巨大なアナコンダの姿をしている。
金属質の輝きを持つ鱗に覆われたアナコンダたちは、月明かりによって夜の虹のように輝いていた。
全長5メートルを越えるサイボーグの蛇たちは、12体いる。
口内にプラズマ砲を装備しており、直撃されればジョーたちでも無事ではすまない。
ジェットはそのプラズマ砲で片足を破壊され、戦線を離脱している。
動物の身体にナノマシンを埋め込んだサイボーグ兵器は、自律的に戦闘ができるわけではない。
それをコントロールしている兵士が、いるはずだ。
フランソワーズはその兵を探していたが、まだ見つかっていない。
やはり、ジョーが囮として動かねばならないようだ。
ジョーは、緑の洞窟となっていたジャングルの奥で、歩みをはやめる。
そしてジョーは、少し開けた場所へと出た。
そこは、サイボーグ兵器たちの、射程圏内でもある。
ナノマシンが埋め込まれたアナコンダたちは、一斉にその首をジョーに向けた。
ナイフのように尖った牙を曝けだして口を開いたアナコンダたちは、口腔の奥を赤く光らせる。
ジョーはフランソワーズから高速言語で蛇たちの情報を受けとると、加速装置のスイッチをいれた。
時間が凍りつくのを、ジョーは感じる。
静寂が、夜のジャングルに訪れた。
揺れていた木の葉も、蠢いていた夜の生き物たちも、流れていた河の水も全て停止する。
全ては、写真の映像となったかのように、動くことはない。
ねっとりと液体の重さを持つようになった空気の中を、ジョーは移動する。
亜音速となり、ジェット戦闘機の速度で移動しているのだが、ジョーの意識では水中を移動するようにゆっくりと動いている。
ジョーが移動することによって、ソニックブームが発生し、木々が揺さぶられ木の葉が舞い凶悪な風が暴走する悪霊のようにジャングルを駆け抜けていく。
ジョーの意識の中では、それらも水に絵の具を溶かしたときにおこる色の波紋のように、とてもゆっくりしたものだ。
ジョーが加速装置のスイッチを入れる前にいたところに、アナコンダたちが発したプラズマ放射が集中し、真紅の爆炎が沸き起こる。
ジョーの意識の中では、それもまたゆるやかに赤球が膨らんでいくだけであったが、実際には地獄の火焔が噴出したような爆発であった。
ジョーの意識では1分以上は経過していたが、現実にはまだ加速装置の使用をはじめて1秒もたってはいない。
そのとき、水中にものを投げ込んだように、空気にゆっくりと螺旋状に渦巻く波動が起こった。
7.62ミリ弾が、液体と化した重い空気をこじあけていく。
ジョーには、その様が見える。
7.62ミリ口径の機銃弾が、アナコンダに着弾し破壊していく。
ジョーの時間加速装置を使った感覚をもってしても、数10秒に一体は破壊されていくのでかなりの早業だといえる。
ジョーは、背後で茂みからハインリヒが身を起こすのを見た。
その右手の先に、重機関銃の銃身が見える。
アナコンダたちは全滅し、ジョーはフランソワーズから受けた情報のとおり、ジャングルの奥へと入り込む。
そこには、黒いコンバットスーツを着たおとこがいた。
アナコンダのような動物に、ナノマシンを組み込むことによってサイボーグ化したとしても、それら知能のない動物ではナノマシンを制御することができない。
だから、遠隔から動物型サイボーグを制御する必要がある。
だが、そうした多数の動物型サイボーグを制御するには、ひとの脳をフルに使用する必要があり、その時に脳は自身の身体制御まで手が回らなくなってしまう。
そのため、黒いコンバットスーツを着たサイボーグのおとこは、自身の身体を制御するための呼吸装置や外骨格マニュピュレーターを装着している。
その姿は、深海で作業するダイバーにも似ていたため、ジョーたちは彼らをヘルダイバーと呼んでいた。
ジョーは加速装置のスイッチを切り、ヘルダイバーの背後で停止する。
ソニックブームが風を巻き起こし、ヘルダイバーは驚きながら後ろを振り向こうとした。
ジョーは、腰のホルスターから拳銃を抜く。
スタームルガーMK1のように見えるその拳銃は、見た目と異なり装填されたカートリッジがプラズマ放射を行うビームガンであった。
ジョーはトリッガーを引き、ジャングルを閃光が貫く。
プラズマビームを放射したカートリッジは、通常の拳銃弾と同様に排出される。
深紅の熱線が空気を焼き焦がしながら、放出された。
放射熱が小さなトルネードを、巻き起こす。
ヘルダイバーの脳が判断するより先に、装着している外骨格マニュピュレータが動いたが、熱線は正確にバックパックを貫く。
小さな爆発が生じ、バックパックは内蔵されている生命維持装置ごと停止した。
生命維持装置が停止したヘルダイバーは、立ち上がったまま黒い墓標と化す。
それを見届けたジョーは、無造作に先へと進んでいった。
フランソワーズが、オールグリーンであると高速言語で伝えてくる。
いつのまにかハインリヒが横に並び、左手に装着した高周波ブレードでジャングルの繁みを切り裂いてゆく。
ジョーが、ぽつりとつぶやいた。
「奇妙だね」
ハインリヒが、ちらりとジョーのほうに眼差しをなげる。
「なんだか僕らは、招かれているような気がする」
ハインリヒの瞳が、鋼の輝きを放つ。
「罠だってのか?」
ハインリヒは、少し口の端を歪める。
「かまいやしねぇよ。罠だったら喰い破ってやるだけさ」
ジョーの後ろを歩む、フランソワーズが言った。
「地上には、サイボーグの存在が感じられないわ。罠なら、カーツ大佐の基地に入ってから仕掛けてくるということね。でも」
フランソワーズは、そっと目を細める。
「罠ならなぜ、あんな攻撃をしかけてきたのかしら」
ジョーは、少しフランソワーズのほうを振り向く。
「多分、カーツ大佐は僕らサイボーグだけを招きたかったんじゃないかな」
ハインリヒは、嘲るように笑った。
「何だってそんな面倒なことを、するんだ」
ジョーは、首をふる。
「判らないね。いずれにしても、行ってみるしかなさそうだ」

       

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