三人は、再び河辺沿いにでる。
河幅が広がり、岸辺に開けた場所があった。
そこに繰り広げられる景色に、三人は息をのむ。
河の浅瀬に、いくつもの十字架が立てられている。
その十字架には、死体が磔けにされていた。
半ば朽ち果てた死体は、それぞれ異なる色に塗られている。
あるものは深紅に、あるものは漆黒に。
また別のものは蒼白、そしてまた別のものは黄色。
USAの兵士だけではなく、ベトコンの死体も混じっているようだ。
内臓は食い荒らされ血も流れ終わっているそれらの死体は、ひとの廃墟にみえる。
何かの生け贄か、宗教的なモニュメントか、全く意図が想像つかない。
ジョーが、呟く。
「十体の死体か」
ジョーは、物憂げにため息をつく。
「僕らを全滅させる、ていうのなら一体多いな」
「狂ってるぜ」
ハインリヒは、吐き捨てるように言った。
「頭のいかれたやつがしでかすことを、いちいち真面目にうけとるこたあないぜ、ジョー」
ジョーは、苦笑してうなずく。
敵の戦略について考える必要はあるが、その内面に思いを巡らすのは危険だ。
特に、相手が怪物的であればあるほど、危険度はます。
今目の前にある光景はカーツ大佐の内面を表現しているような気がするし、それは十分に怪物的である。
ジョーは、首をふりそれ以上考えることをやめて、歩きだした。
フランソワーズとハインリヒも、それにならう。
孤独に輝く月の下で、無惨な廃墟と化した死体を吊るす十字架を横目でみながら、サイボーグ戦士たちは河沿いの道を歩む。
夜のジャングルは、狂気に陥った画家が描く風景画である。
金色の月影が照らす河面は、銀色の道となってのびてゆく。
その左右に繁る木々は、生命が燃焼する緑色の炎であった。
極彩色の血を撒き散らしたように、その炎を花々が彩る。
三人のサイボーグは冥界を歩む亡者のように、蒼ざめた月影を浴びて歩いていった。
そして三人は、また開けた場所へとでる。
そこには5メートルほどの高さから流れ落ちる滝があり、滝の下には小さな滝壺があった。
フランソワーズは、その滝をみてうなずく。
「あの滝の向こうに、カーツ大佐の基地への入り口があるわ」
ジョーは腕組みをして、瞳を曇らせる。
「さて、どうしたものかな」
元々の作戦では同行した海兵隊特殊部隊が陽動の攻撃を行っている隙に、侵入するつもりであった。
けれどその海兵隊の兵は装備ごと、河の底だ。
ハインリヒは、大きく笑う。
「なあに、深く考えることはない。派手にいこうぜ。どっちみち、おれたちは罠に飛び込むんだろ。それに」
ハインリヒは、円筒形の物体を手の上で弄ぶ。
「おれたちには、これもあるしな」
ジョーは、憂鬱げにその物体を見た。
全長10センチほどのそれは、電磁パルス弾である。
作動すると、強力な電磁パルスを発して一時的に全ての電子兵装を作動不能にすることができた。
しかし、ナノマシンも動作を停止するのでサイボーグにとっては諸刃の武器である。
その使用には、それなりのリスクがともなった。
何にしても、やるしかなさそうだ。
ジョーの肩に、フランソワーズが手をかける。
高速言語で、ジョーの脳にメーザーレーダーで把握した基地の内部情報を送り込む。
接触できるほど近くにいたほうが、情報の密度があがる。
フランソワーズの顔が息のかかるほど近づいたため、ジョーは少し頬を染めた。
情報を送り終えたフランソワーズがすっと離れ、ジョーはハインリヒに頷きかける。
ハインリヒは、口を歪め不敵に笑う。
「じゃあ、ひとつぶちかまそうか」
そしてハインリヒは、片膝をつく。
立てた膝から、66ミリ・ロケット砲の砲身が出現する。
ハインリヒの身体に内蔵されているように見える各種の武器は、実際にその身体へ仕込まれているわけではない。
各種武器は、ディラックの海に量子状態となって沈んでいる。
サイボーグ戦士の体内に埋め込まれたナノマシンが、ディラックの海から装備を浮上させ局所実在化させるのだ。
ハインリヒの体内で、ディラックの海から浮上させられた66ミリHEAT弾が装填される。
タンデム構造となったHEAT弾は一撃めで装甲に穴を穿ち、二撃目で対象の内部を爆破する仕組みだ。
ハインリヒは、太ももに突き出たレバーを操作して照準をあわせる。
フランソワーズは高速言語で基地の入り口についての情報を、ハインリヒへと送り込む。
月の光を浴びて蒼ざめた輝きに包まれている滝の奥を、ハインリヒは掌握し照準を調整した。
閃光と爆煙がハインリヒを包み、光の矢が夜の闇を裂く。
それと同時に、太ももの後ろから放出されるバックファイヤが竜の吐息となって、ハインリヒの背後へ赤い帯を描いた。
ほぼ同時に、ジョーが跳躍をしている。
ロケット弾の後を追うように、マルーンレッドのジャケットに身をつつんだジョーは放物線を描いて滝へ向かう。
基地の入り口に、ロケット弾が命中する。
破砕されたガラスの破片となり、滝の水が月光を浴びて銀色の煌めきを見せながら撒き散らされた。
その直後に、タンデム構造の二撃目が炸裂する。
ジョーの目の前に、真昼の光が炸裂した。
ジョーは、巨大な拳となって襲いかかる爆風と火焔を貫いて基地の入り口へ飛び込んでいく。
通常の装備であれば焼け焦げていたはずだが、ジョーの戦闘服は不燃性繊維と金属繊維を混合して作られたものであったため、爆風を浴びても無傷のままだ。
爆風と炎で視界を奪われたが、フランソワーズがナノマシンを使用した量子通信で情報をジョーの頭に送り込んでくる。量子通信は高周波パルスより情報精度は落ちるが、事前にインプットされていた情報に補完され、着地点の情報を正確に把握できる。
ジョーは、まだ爆煙が消えていない基地内へと着地した。
まだ視界は回復していないが、フランソワーズが高速言語で送り込んでくる情報で、その内部構造をジョーは正確に把握できている。
ジョーは着地すると同時に、時間加速装置を作動させていた。
ジョーは、爆煙が凍りついて動きを止めた世界の中で、スタームルガーMk1を抜く。
炎すら深紅の結晶と化して凍りついた基地の中を進み、敵の戦闘サイボーグを位置を把握する。
基地内を警備している戦闘サイボーグはジャングルで出会ったものと同じで、動物をサイボーグ化したものたちだ。
ただここにいるのは蛇ではなく、黒豹のサイボーグであった。
ジョーは、入り口を通り抜けたエントランスエリアで四体の黒豹を確認する。
アナコンダサイボーグと同じく、口腔内にプラズマ砲を装備しているが、加速装置を作動させているジョーの動きには追い付いていない。
ジョーは深海の水並みに重くなった空気を押し退けながら動き、黒豹に向かってビームガンを発射する。
高エネルギーを持ったプラズマ放射が黒豹の頭を貫き爆破して、漆黒の身体に赤い火焔の花を咲かせた。
エネルギーを放出しきったカートリッジが、スタームルガーから排出される。
加速された時間の中で金色に光るエネルギーカートリッジは、宙に浮いたままだ。
ようやく残りの黒豹たちがジョーの動きを追って、プラズマ砲を撃つ。
強力なエネルギーがジョーに襲いかかったが、ジョーは既に身をふせていた。
背中を棍棒で殴られたような衝撃が走り、エネルギーが擦過する。
床に身をふせるとともに、ジョーは二連射した。
さらに二つの花が、闇に咲く。
最後の黒豹が跳躍し、ジョーに襲いかかっていた。
加速装置は装備していないが、人型のサイボーグと比べるとけた外れの速度で黒豹は動作している。
ジョーは横に転がりながら、最後の黒豹の頭もビームで粉砕した。
爆炎と漆黒の死体がジョーの横を通りすぎ、黒豹が墜落して床に叩きつけられる。
ジョーは、加速装置を切って立ち上がった。
とたんに世界が、動き出す。
音と風が、もどってくる。
轟音と爆風が、ジョーを翻弄した。
天井で基地の消化用スプリンクラーが作動し、スコールとなって火に降り注ぐ。
やがて人工の雨が止み、ロケット弾が巻き起こした炎もおさまる。
ジョーは、静寂と非常灯の赤い光にみたされた基地内で、オールクリアのサインをフランソワーズに送った。
ジョーは、夕闇に沈む廃墟の気配を纏った、基地の内部を眺める。
奇妙なほどに、ここは静かだ。
この基地を守護しているサイボーグは、四体の黒豹だけではあるまい。
その倍以上はいても、不思議はなかった。
そしてジョーたちを招いたのであれば、どこかで待ち伏せているはずなのだが。
基地の内部は、静かすぎる。
もちろんフランソワーズのように深部まで探索メーザーで調べることはできないが、ジョーとてサイボーグとしての超感覚はあった。
動くものがいれば、察知できる。
しかしここは、太古の墳墓が持つ静寂に閉ざされていた。
ジョーは、気配を感じ入り口のほうを振り向く。
ハインリヒとフランソワーズが、入ってきたところだった。
ハインリヒは右手から7.62ミリ口径の銃口を露出させたままの状態だ。
そしてあたりを見回し、舌打ちをする。
「なんだ、ジョー。全部かたづけちまったのかよ。おれにも残しておいてくれても、いいじゃあねえか」
ジョーは苦笑して、肩をすくめる。
フランソワーズは、そっと眉をひそめた。
「静かすぎるわね」
ハインリヒは、笑いとばす。
「賑やかな罠なんざ、ないぜ。奥ではもうパーティの準備を終えて、カーツ大佐は待ちくたびれているだろうよ。行くしかない」
フランソワーズも苦笑を浮かべ、壁にむかう。
ツールキットを取り出すと、壁の一部を操作する。
魔法のように隠し扉が開き、暗い地下への入り口が開いた。
ジョーが感心して、呟く。
「フランソワーズ、君はなんでもできるなあ?」
フランソワーズは、少し紅い唇を歪めた。
「わたしに言わせてみれば、あなたがたは何でも力任せ過ぎて、サイボーグとしての性能を半分も発揮できていないわ」
ハインリヒとジョーは顔を見合わせ、苦笑いをする。
すまし顔のフランソワーズは、隠し扉の向こうを手でしめす。
「さあ、レディファーストなんて言わないでしょうね」