Neetel Inside 文芸新都
表紙

北海道いきてえ
戦線復活の代償(短編)

見開き   最大化      

 戦線復活の代償

 ここは死後の世界で、私は既に現世での役目を終えている。死んで幽霊になったわたしは、何かを食べて栄養にするということもなく、いつもぷかぷか海の上の艀のように宙に浮かんで良い心地。よきかな、よきかな。
 死因は 生きている時に実家のアパートのクローゼットで首を括った為。理由は、特にない。
 だから、どうやらわたしは天国には行けなかったようだ。 現世でいうなら、そう、煉獄に落とされた。だから、現世へ戻るチャンスもあれば、また下の階層へ潜っていくこともできる。その決断を先送りにして霊界でもニートをし続けている私にお母様は「早く転生をしなさい」といつも口煩く云う。
――若いあなたならまだ可能性はあるから。と云うが、その言葉は生きている時に散々言われたわけで、聞こえないふりをしてやり過ごしている。なんか、はっきりいって面倒だ。
 お母様は何百人もの男と現世で知り合って火遊び。肉欲の限り、天寿を全うして私が死んだ四十年後にここに合流した。ほんとうによくもまあ地獄みたいなところに行かなかったものだ。たしかにそんな母に比べればまだマシだろうが、月に一度、転生か留置かを決める面接に行くと、自死を選んだ私に対して、経歴をざっと眺めて唸り出す。
――最近、現世が不景気だからねえ。みんな人間に生まれ変わるよりも、成仏したがってるのさ。まだまだ順番待ちやな。
 さいですか。どうぞ、どうぞ。まあ、わたしには別にどうでもいいんだけど。
 そうしてお母様の元に帰ると、わたしと同じぐらいの女の子を引き合いに出して愚痴るのだ。
――火事で一家心中してこっちに来たナツメちゃんいたでしょ? 今日、転生して行ったんだって。
――現世に? ――そうよ。あなたも頑張らないと。
 ボブカットに前髪を揃えた俐発そうな女の子の姿を思い出して、がんばったんだなあ。と、山下清みたいに、他人事みたいにつぶやく。
 でも、わたし、まだ働かないよ。
 ゴッホの星月夜みたいな空にむかって、キリッとした顔でつぶやいた。
 社会が悪いんだもん。
 おばけには試験も仕事もないし、病気もない。みんなで歌おうゲゲゲのゲのはずなのに、人間は希望がある限り、戦いを求める。先の見えない絶望の度合いが深ければ、より一層深く、濃く。
  わたし達がこの世界をクリアするには、誰が言ったか言い習わされたものがあり、大勢がそれに従う。
 ――現世に行きたいなら、魂の開放を求めている者を殺せ。
 この世界でも、食う物と食われる物が存在する。それがある以上、人間は荘園を作り、官僚制を敷き、国家を創り上げる。神に出会ったわけでもないのに、神の守護者を表明して、死んでいい人間と、死んではいけない人間を選別する。神器なるものによって汝に死の救済を与えると、次に人間に転生しやすくなるのだと云うが、なんだそれロープレか。
 なぜオカルトチックなそれに従うのか。
 それは、希望があるからだ。
 エイズを治すために、アルビノの黒人を惨殺してポッキンジュースみたいに四肢を割り、その血を体に塗りたくっているアフリカの人間と何も変わらないのだが、希望があれば、その姿勢は買われる。なんか、不思議。

 なんにせよ現世利益をわたしは憎む。雲のように早く消え去りたい。思うのはいつも同じ。

 やる気を挫くのはいつも外界からだ。
 ――ミオちゃん、よかったねえ。よかったね、現世に戻れるんだよ。帰ったらお父さんの元に戻って介護するんだよ……!あの人最近ぼけがひどくなったからね……。
 だなんて母に云われて、結局、なんだかんだで流されて、「先方も早く成仏したいと云っているので……」と、霊界を取り仕切る担当官は、申し訳無さそうな顔をして、私に逃げることすらも躊躇わせる。
 宝くじでさえ当たったことのないわたしが、来世への転生に選ばれてしまったのだ。
 なんだかんだいっても、人間だった幽霊であって、幽霊とのしがらみからは抜け出せない。
 あっさりと期日を迎え、煉獄の役人に促されがまま、腐海で作り上げた大伽藍をくぐりぬけて、ハニカム構造の霊廟の中へ入るよう促されると、そこにはまだ、十歳も行かないぐらいの、あどけない少女が座敷机を挟んで座って頭を垂れていた。
 机の上には、神器らしき小刀が置かれている。
 ――あ、どうも……。
 私のおどおどした挨拶に気づいた少女は、長い髪をかきあげて小さく笑みを浮かべる。艶やかな肌が玉のように光って知らずと若さを誇示している。
 ――こちらが、ヒトトミオさん、こちらがオオエレオナさん。
 役人はお互いを紹介すると、時間を気にすることはないから、終わったら呼んでくれと言って退席していった。
 後に残ったのは、耳鳴りの聞こえそうなほど静かな空間。って死んでるから耳鳴りは聞こえないか、あれは耳の血液が滞る音だから。
 ――あの……、ヒトトさんはお若いですけど、お亡くなりになった時と同じですか?
 年下から先に話しかけられ、しどろもどろになるわたし。
 ――あ、そう。そうだよ。
 ――そうですか。
  人は死んだままの姿とは限らない。二十代の姿を保っている母がそうであるように。だが、幼い姿そのままというのは珍しい。
 ――差し支えなければ、ここに来るまでの経緯を教えてもらえないかな。
 ――その……理由はないのです。学校もつまらなかったし、家では親がうるさいし、何もかもが嫌になって、学校の屋上から飛び降りて死んだんです。ヒトトさんは何故?
 そう訊かれた私はうまく答えることができなかった。
 それは多分、年上であるわたしが、彼女と同じ、下賤な理由しか持ち合わせていないというのは正鵠を射すぎているが、内省的な部分を除けば、虎が猫を捕食してしまうのを見ているような、腹にすとんと落とすことのできない嫌悪感もそこにはあった。
 実際、彼女はわたしであることもできたし、わたしが彼女でもよかったはず。
 ――あなたはまだ若いから……。ここで消えてしまうのは勿体ないと思う、……思います。
 ――何を仰るんですか? あなたが私を殺すのが取り決めです。私の分まで生きて下さい。ヒトトさんの半分も生きてないですけど、こっちに来てから結構悩んで、躊躇いました。当然なんですけど、やっぱり、自殺する人ってのは自分は死んでもいい人なんです。言ってることがおかしいとは分かってるんですが……。
 はにかんで彼女は小刀の鞘を抜いて私に差し出す。
 わたしだって自殺した人間だ! と叫びたかったが、喉元でこらえるしかない。
 一度死んだ人間は自殺ができない。だから誰かに殺して貰い成仏すること、それがルールであり絶対だ。
 ああなんで、わたしがこんな目に。これじゃあ彼女の分まで生きなくちゃならないじゃない。ああめんどくさいな。なんて代償だ。



 2016/09/15

       

表紙
Tweet

Neetsha