Neetel Inside 文芸新都
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北海道いきてえ
北へ。(一)

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 北へ

 一

――貸した三十万円を返すのはもういいわ。
 二○一五年の夏の盛りの前に、代々木夜道は親愛なる同級生の幸島公理が私の家に押しかけて告げたのは、もはや何のために借りたのかさえ忘れてしまった借金返済の不履行と、北海道転勤になったことについての報告だった。
――北海道? それはまた遠いね。そっか、もう二度と会えなくなるかもしれないのか、それは寂しいな。
 急に家まで押しかけてなんだ、借金の催促じゃないのか。しかも借金が帳消しになると分かれば、それはどんなに幸せなことか……、それなら気分が変わらないうちに早くお暇して貰おう。
――うん、じゃあ元気でな。
  気もそぞろに扉を閉めようとして――彼女のブーツがそれを邪魔した。
――なわけねーだろヴァーカ!なにが元気でな、だ。お前も北海道に来るんだよ。
――はあ?
 お前調子乗ってんじゃねえぞそこに座れ。正座だ、正座。
 玄関に万年敷きっぱなしになっているアニメ柄のマットの上で神妙に正座にされると、起きがけで下着以外なにも履いていない俺の白く肌理細やかな脚の上に土足で足を掛けて、
――私が怒ってるのはな、貸した金がくだらないガラクタに変わったことじゃねえんだよ、お前の態度、資質、やる気の問題? つまり、どうやって金を返すかの態度であって、どうだ? お前はこの半年間何をしてたんだよ。
――いや、返す言葉もありません。
――それでな、お前は徒歩……、いや自転車でいいや。一週間で北海道まで来い。そうしたら許してやる。
 万里は、黒のキャミソールの前で腕を組んで無意識的にセックスシンボルを強調させるも悲しいかなもはやこの女友達にはなんの劣情も催さないのである、それどころか冷めた脳裡に浮かぶのは、狡猾にも、どうやってこのやり取りを反故にさせるかについてだった。ここは本州の最果て山口県である。概算であるが北海道まではゆうに二千キロはあるだろうか?そこまで自転車で走るのは誠御免蒙りたい。第一、路銀がないのだ。それならいっそ、道中怪我でもしたということにして、チャラにでもして貰おう……。怠惰、怠惰が悪いのだ。
――あのさ。
――お前、辿りつけなかったら簡易裁判でもして絶対払わせるからな。
 その一言に私は冷水を浴びせられた気がして、何度か噎せた。
――金はどうするんだ、持ってないだんぞ?走れメロスかよ。
――知るか。帯広まで行け。
――は、帯広?札幌じゃないのか?
――第一私は北海道に転勤と言っただけで札幌じゃないのだが。
――どこなんだよ。
――釧路。……なんだその顔は?はやくしろ、行くのか?行かないのか?行かないのならこの足で弁護士のところまで行くのだが。
 最悪な気分だ。
――やるよ、やる。ただ、ただ、自転車を持ってないからそれだけはなんとかして欲しい。
――分かった、ただそれも貸しだからな。もし遅れでもして見ろ?根室から少し泳いだ先にあるロシアの貝殻島に行かせるからな。
――そこには何があるんだ?
――さあ何もないさ。昆布とカモメと、アザラシ……あと、最近ポケモンGOをしててな……、ポケストップがあるから是非。
 絶対いかねえ。
 かくして私は、十日の予備期間を貰い、そこから更に一週間後には山口県の下関市から北海道の根室市へと辿りつかなければならなくなった。

       

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