Neetel Inside 文芸新都
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 自分で想像していたよりも、はっきりと言えた。真剣味を帯びた言葉が千恵の瞳に吸い込まれて、消える。
 短い沈黙があった。
 千恵は何回か瞼をしばたかせる。その後、普段と変わらない笑顔になった。
「そうでしょうとも。かわいいかわいい妹だもんね」
 屈託のない表情。
 やはり、真意は伝わっていない。柄にもないほど真面目に告白したというのに。まあ、当然と言えば当然か。
 俺は、千恵の体を抱きしめた。
「わ」
 衣服ごしに、柔らかい感触が伝わってくる。一見してわからないなだらかな輪郭も、触れると確かに知ることができる。けれど、足りない。もっと知りたいと願う。もっと、もっと。すべてを。
 千恵は小さく驚嘆したきり、それでも逃れようとはしない。俺とベッドに挟まれて窮屈そうにしているが、抱擁に反意を唱えない。おそらくは、単なる親愛の情として受け取っているのだろう。俺の背中に腕を回して、
「兄くんも今日、ちょっと変だよ。なんかヤなことでもあったの? あぁ、もしかして失恋? 振られちゃった? そっかそっか、よぉし、そういうことだったら、存分に妹の胸を貸すよ。慰めてあげる」
 違う。むしろ、これから振られて失恋する予定なのだ。
 千恵の髪に顔を埋め、耳元で言った。
「千恵のことが好きなんだよ。だから変になってる。おかしいか?」
 髪の中からはシャンプーと、わずかに汗の混ざった匂いがする。頭の奥がぼうっとして、理性を失わせる匂いだ。
「変じゃないよ? わたしだって兄くんのこと好きだよ。家族なんだし、当たり前だよ」
「………………」
 この分では、言葉でどれだけ訴えても無駄なようだ。
 俺は覚悟を決め、千恵に触れる手を蠢かせる。左手をパジャマの裾から、中へと差し入れる。
「わ、え、ちょ……っと、きゃふ」
 くすぐったそうな声にもためらわない。
 右手で、白い首元をさすった。薄く、キメの細かい肌を愛で、むき出しの鎖骨に指を滑らせる。じゃれ合っているときの、稚気を込めた動作とは違う。まったく別の応答を期待した愛撫。なぞるたびに、肌は敏感に反応を表す。触れ方の変化に気が付いたらしく、千恵は解いていた身を縮こまらせた。
「兄くん、だ……だめ」
 言葉で制止を受けても、触るのをやめない。鎖骨を下りた右手がパジャマに触れ、胸のふくらみに達して。
 千恵の声色は、尋常ならざる響きを帯びた。
「やめてぇっ……!!」
 次の瞬間、乾いた音。頬に衝撃を受ける。
 瞠目する千恵と、その体勢を見て、平手を打たれたのだとわかった。
「わ、わたしっ、自分の部屋に戻るね。あの……勝手に兄くんの部屋はいってごめんなさい……」
 顔を背け、ベッドから抜け出ていく。それを引き留めることはできない。華奢な腕をとって、「待ってくれ」と言うだけでいいのに。
 俺の気勢はもう失われていて、指先一つたりとも動かせなかった。金縛りのように固まったままで、扉の閉まる音を聞く。動けなくなった俺の周りで、細かい埃が舞っている。蛍光灯を反射して踊るように漂うさまが、ひとをバカにしているようだった。
 つまり、告白は失敗した。わかっていたことだ。

――――――
――――
――

 学習机の上で、携帯が静かに震えている。
 見ると、受信箱にメールが溜まっていた。差出人はすべてタクだ。俺が失恋しているあいだにも、オタク談義は延々続いていたらしい。傷心を紛らわせたい一心、俺は長たらしい文章を読みふけった。
 読んでも読んでも相変わらず、内容の大半は理解できない。しかし、ある一つの文言が俺の目を奪った。途中で挿入されていた、タクお得意のオタク的格言。キャラクターの属性について説く文脈で用いられていた。

『妹は二次元に限る』

 言葉を二、三度噛みしめて、携帯を閉じる。
「まったく、その通りだ」
 呟くと、痛いくらいに口元が引きつった。

       

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