Neetel Inside ニートノベル
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遠吠え
初詣とラーメン

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 振袖の赤い色を見ると、何故だか悲しい気持ちになる。
今日の成人式のせいか、鳥取駅には、振袖やスーツの若者が多い。ぼくは、こいつらの浮かれ気分を服ごと破りとって、公衆便所に流してくれる正義のスーパーヒーローを祈る。
昼過ぎの中途半端な時間に、ぼくは、ふとラーメンが食べたくなって、鳥取駅から南に百メートルくらい先にあるラーメン屋「夢屋」に向かう。とても美味しいというラーメンじゃない。幼い頃から食べ慣れた、いかにもチェーン店という味のラーメン屋だ。ぼくは、醤油味のこってりラーメンが好きで、今日は、気分的にチャーシューを丼に華みたいに載せたチャーシューメンを食べたくなった。
時間は午後二時四九分。もちろん他の客はいない。
それもそうだ。こんな時間にラーメンを喰う客なんかいないだろう。
でも、ひょっとしたら。ぼくみたいな哀れな時間外れの客を待ってくれていて、こんな時間にも店を開けてるんじゃないかって。
またかなしい気持ちになる。
「っしゃーい。お一人ですか」
ぼくは人差し指を立てる。
「好きなお席にどうぞ」
ぼくは、一番奥のトイレの横にあるカウンター席に座る。ポケットから携帯を出す。特に特に携帯を見たかったわけでもない。着信もラインも、ツイッターも、メッセージが来たことすら教えてくれない。なにもないのだ。空気以外は。
なんとなくいつも見ているサイトを確認してみると、ラーメンなんとかという漫画が、ついさっき更新されたみたいだ。
「注文決まりましたら~」いかにもアルバイト青年が水の入ったコップを置く。
「醤油こってりチャーシューメンとチャーハン」
「はいよ~」メモも取らずに、アルバイト青年は奥に消える。
 ぼくは、携帯に目を落とす。第一話「なんなんだてめえは」こっちのセリフだ。
 女の子がラーメンを食べる話かと思いきや、そうでもないのかも知れない。食い逃げ犯の元プロボクサーを女の子が追いかけて、食い逃げ犯をぶっ飛ばす。女の子は二十歳で、ラーメンとチャーハンを頼んでた。なかなかいいチョイスをする。派手なアクションと表情豊かな線のタッチが好みだ。ぼくは、注文したラーメンとチャーハンが届くまでの間、のんびりとこの漫画を読んでみることにする。
 ラーメン…あんまり関係ないんじゃね…
 って思う頃には、もう半分くらい読み終わってて、ちょうどラーメンが届く。主人公の女の子を一方的にライバル視してる男の子が、食い逃げしたラーメン屋でラーメン作ってるくらいか。ぼくの目の前のラーメンは丼がまるで華のようにチャーシューの花びらをつけていて、香ばしい醤油の香りと、出汁の香りが、暖かくぼくの身体に入っていく。
 ぼくは携帯で漫画を読みながら、ラーメンを啜る。
 味は濃い目で、薄く切ったチャーシューが、麺とよく合う。チャーハンもちょっと味は濃い目だし、全体的になんというか、思ったとおりのチェーン店の味。
 なぜだか、ぼくは、とても安心して、このラーメンも、漫画のラーメンなんとかもとても愛おしく思える。主人公の女の子は、トラックに轢かれたり、服をひん剥かれたり、縛られたり、酷い目に遭いながらも、たくましく生きている。
 ぼくは、浮かれている奴らの服をひん剥いて公衆便所に流してくれるヒーローを祈ったけれど、腹が満たされたのか、服をひん剥かれたヒロインを見たせいか、振袖の赤色が、なんとなくやさしい気持ちで見れる気がする。
 心は、脈絡もなく反転するのだ。契機があるだけで、ころっと手のひらを返す。
 そういえば、今年はまだ初詣に行っていなかった。どこかで見たような赤い振袖を見て、そのときにどんな気持ちになれるのか、試してみてもいいかもしれない。

       

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