Neetel Inside 文芸新都
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鬼の宴に 鬼は哭く
2:黄金を切り取る者

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 だが、鬼家の伝統とも言えるその歴史に最早 我慢汁の限界を迎えていた一人の男が居た。ゴルトハウアー家の当主 ルトガーである。
ルトガーは上昇志向の強い人物であった。その強さたるや、美女と初夜を共にする思春期の少年の身体から湯水のように湧き出る我慢汁の如しだった。
ルトガーは、誰よりも上に立ちたかった……そして
それに見合った知性も武力もあった。学問も武術も甲乙丙家の者たちに負けない程の才能があり、それに見合った努力も怠らなかった。だが、哀しいかな……鬼家の宿命は彼にそのような生き方を許しはしなかった。
「能ある骨狼は牙を隠す」という言葉が骨大陸にはある。
つまり、「牙を剥き出しにすることは身を滅ぼす」という意味だ。
かつてはその教えが尊い道徳とされていた。だが、今や甲皇国で暮らす人々は
後継者争いやアルフヘイムとの戦争で次々と命を落とし、破滅を迎えている。
今の天使の「純血種」の血を引く甲皇国の甲・乙・丙家の未来に黄昏が垣間見えつつあるのはその「牙を剥き出しにする生き方」故だと言う者が居る。だから、「牙を隠す生き方」を重んじよと。
鬼家の考えはまさにそれに基づいている。
だが、ルトガーの生き方はまさに牙を剥き出しにする生き方だ。


何故 鬼の「純血種」を引くだけで細々と暮らさねばならないのか。
生まれた時からレールが敷かれているなど冗談では無い。
親やその祖先が犯してきた過ちを何故 子である自分に背負わせるのか……
ルトガーは絶対にそれが許せなかった。

それからのルトガーの人生は壮絶なものとなった。
幾度となく同じ鬼家の者の手による暗殺計画が練られ、彼は何度も死にかけた。
彼は天性の知性と武力でそれをくぐり抜けた。
事を荒立てることを禁じた鬼家の者たちはたとえ
ルトガーの返り討ちにあっても、それを抗議することなく表向きは平和を保っていた。ルトガーもそれによって甲・乙・丙家の者たちにそれを嗅ぎ回られることは得策では無いと考えたのか、表立って抗議することもなかった。

だが、そんな生活も家族を得たことで黄昏を迎えた。
ルトガーの生き方は賛否両論あれど、強い魂を持たねば出来ぬ偉業である。
彼の姓ゴルトハウアーは「黄金を切り取る者」の意味を持つ。
彼は晩年 若かりし頃の自身の生き方を
「自身の名に決して恥じることの無い生き方をしたい…‥ただ、それだけのためだった。」と語った。

「黄金を切り取る者」とは「血と汗を流し偉業を達成する者」という意味もある。

だからこそ、彼はそれを信念に殺伐の日々に屈せずに生きてこれたのだ。
だが、そんな殺伐とした暮らしも妻との出逢いで揺らぎ、そして止めを刺したのは
娘の誕生だった。純粋無垢な赤子の娘をこの手に抱いた時の温もりは
それまで感じたことなど決して無かった。
思えばそれこそが愛だったのかもしれない。

黄金をも曲げぬことが出来ぬ信念を
たった一つの愛がへし折ってしまったのだ。

ルトガーは己の野望を棄てた……
自らの野望のために愛する娘と妻を犠牲にすることなど絶対にできぬと。
ルトガーは愛を棄てることが出来なかったのだ。彼は鬼家の方針に従うことを誓ったのだ。
だが、心の奥底で自身の名に恥じる決断をしてしまったと後悔していたのだろう。
彼は娘に強者の象徴である獅子(ライオン)を意味するアリエルと名付けた。

それから後に、ルトガー=ゴルトハウアーは晩年に娘アリエルに遺言を残す。

「決して自身に恥じぬ生き方をしろ」と。

だが、アリエルはそんな父親の言葉を真っ当に受け止めることは出来なかった。
なぜなら、彼女が迎える人生も父ルトガーの遺志に基づくものだったからである。

       

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