Neetel Inside ニートノベル
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 午後六時。吹奏楽部の奏でる管楽器の音色を聞きながら、僕と穂積ちゃんとぜぜちゃんは新聞部の部室に向かっていた。
 北校舎と南校舎をつなぐ吹き抜けの廊下を通って、新聞部の部室がある南校舎へと向かう。暗がりの中庭からは、ひそひそ話をする男女の声が風に乗って聞こえてくる。
 僕達の足音以外の音がしない廊下を、つかつかと音を立てて歩く。新聞部の部室は、廊下の先にあるらしい。


 南校舎三階の旧視聴覚室の隣にある新聞部の部室には、まだ明かりが灯っていた。
「あら……新聞部、今日はまだ活動しているのね。珍しい」
 そうぜぜちゃんはぽつりと呟くと、随分と手慣れた様子で新聞部のドアを引く。
 ドアの向こうには巻き髪の女子が椅子に座っていた。髪の色は茶色。頭の上には赤いリボンがくくりつけてある。いかにも女子っぽい。
 はつらつとしていそうな見た目のせいか、少しノリが軽いようにも見えたが、巻き髪の女子は意外にも即座にこちらに言い寄ってくることもなく、ただただぽかんと口を開け、微動だにしないままであった。
 巻き髪の女子は、僕達の存在に驚いた様子で、しばらくの間ぽかんと口を開けて、僕達の顔をまじまじと見つめていた。しばらくすると、巻髪の女子は何か思い立ったのかすくっと立ち上がる。そしてぜぜちゃんの両手を握って、ぜぜちゃんの両手を自分の目の前に持ってこさせる。巻き髪の女子は、ぜぜちゃんの手をじゃんけんでいうパーの形に開かせ、ぜぜちゃんの開いた手に自分の手をぴったりと重ねた。
 しばらく互いの手を重ね合った後、少し戸惑うぜぜちゃんを全く気にすることなく、巻き髪の女子は、ぜぜちゃんの指と指の間に、自分の指と指をからませていく。
 男子が強く握ればすぐにでも折れそうなくらいに小さく、そしてか細い二人の指が、互いの指と指の隙間に差し込まれていく。指と指にはなぜ隙間があるのだろうと小さい頃はよく考えていたものだが、この二人の指と指のからめあいをみていると、こうして二人で指と指をからませた時に、まるでパズルピースの穴を埋めるようにぴったりと重なり合うようにするために指と指の間には隙間が空いていたのだと思ってしまう。
「……って、なーんだぜぜか。びっくりさせないでよ」
「あら、ごめんなさい」
 最初は巻き髪の女子から目を逸らしていたぜぜちゃんであったが、巻き髪の女子の指にぜぜちゃんの指がからみついていくにつれ、その態度も緩んでいった。しばらく経つとぜぜちゃんは巻き髪の女子と見つめ合っていた。ぜぜちゃんの目は少しまどろんでいる。ぜぜちゃんのとろんとした瞳の先には、内心嬉しさを隠しきれず、まるで危ない火遊びをしているような表情をした巻き髪の女子が映っている。
 巻き髪の女子は何度もぜぜちゃんの両手を握り直し、互いの指と指をからませ合っていく。巻き髪の女子が指をからませていけば、それに呼応するかのようにぜぜちゃんは巻き髪の女子の指のからみを受けいれていく。逆にぜぜちゃんが指をからませていけば、巻き髪の女子はそれに呼応するかのようにぜぜちゃんの指のからみを何ら抵抗することなく受けれていく。
 互いに目を見つめ合い、指と指をからませた二人は、次第に距離を縮めていく。お互いに半歩ずつ距離を狭めていき、何かの拍子にキスもしてしまいそうな距離まで歩を進めていく。ぜぜちゃんも巻き髪の女子も少しエスカレートしすぎたのか、二人とも頬を少し赤らめている。
 お互いの熱気がほのかに僕に伝わってきそうで、僕は何やら女子同士の見てはいけない禁断の営みを見ているような気分になってきてしまった。
 ここから先の営みは、男子禁制なのかもしれない。女子同士のほのかな熱気に耐えられず、僕は目を横に逸らした。僕の左隣にいた穂積ちゃんもまんざらではないらしく、二人の指をからめあう様子を内心少し嬉しそうに見つめていた。
 ああ、これくらいでも女子同士ではスキンシップの内なのかもしれない。そう思ったが、あの二人のからみ合いは、どうにもスキンシップのラインを超えているようにしかみえない。だけど、女子同士ではあれくらいでもスキンシップの内なのかもしれない。何せ僕は男子である。女子のことなどよくわからない。
 女子が女子の指を互いにからませ合っている、という状況が男子の僕には全くもってよくわからない。だけどどうやらぜぜちゃんと巻き髪の女子は、敵対関係にはないらしい。それだけは確かだ。
「あーびっくりした……
「……ごめんなさい」
 そう言っている最中にも、互いに指をからませていく。男子の僕から見ると、二人はどうにも男子禁制の営みをしているようにしか見えない。
「っていうかさ、新聞部の部室に来る時は事前に連絡くらいしてよ。ほんとびっくりしたっての」
「……いいじゃない。どうせスクープを掴んだわけでもないでしょうに」
 ぜぜちゃんの言葉に、ぎくっと巻き髪の女子が反応する。
「……ま、まあね! うん。それもそうだわ」
 巻き髪の女子は、ぜぜちゃんの指に散々からませた自分の指を急に引っ込め、平静を装う。よほどギクりとした様子にみえる。
 その後、巻き髪の女子は僕と穂積ちゃんの方に顔を向けて、快活そうに声を発する。
「私の名前は富山呉羽。あだ名はくれは。くれはって読んでね。……それで石山さん……と誰だっけ?」
 巻き髪の女子、もという富山呉羽が僕達に自己紹介を促す。さっきの手を握り直す様子を見る分には、ぜぜちゃんと富山呉羽は友人関係にあったのだろうと思う。
 ……もちろん、男子の僕からは、あんな風に手を握る様子を見ていると、何か恋人の類の関係にあるようにしかみえないが、これも女子同士のスキンシップの一環なのかもしれない。
「大垣穂積です! よろしくね!」
「あー、君が大垣穂積ちゃんっていうのかー。ヤスから色々話は聞いてるよ。よろしくね!」
「くれはちゃんよろしく!」
「……それで、こっちの男子は……」
「あっ、ヤスの友達で、戸ノ内幸治って言います」
「あー、君が幸治くんかー。ヤスから穂積ちゃんには言えないようなこともたくさん聞いてるよ。よろしくね!」
「よ、よろしく」
 穂積ちゃんには言えないようなこともたくさん聞いている……と富山呉羽さんは言ったけれど、それって何だろう。ヤスの奴、またあることないこと新聞部の部員に吹き込んだのではないだろうか……。一抹の不安がよぎる。


「へー。新聞部も、面白いんだねー」
 穂積ちゃんが新聞部の部室をうろうろ歩きながら、そう声を発する。
「そう! そうなのよ! 新聞部は面白いよー。学内のスクープにいち早く気付くのも新聞部だし!」
 少しはにかみながら得意げに語る富山呉羽は、間違いなくかわいかった。もしも穂積ちゃんのことが好きではなかったのなら、そしてもし僕が新聞部に入部していたのなら、僕は間違いなく富山呉羽のことを好きになっていたのだろうと思う。こんな女子と部室という同じ空間を共用できるヤスが、正直言って少し羨ましかった。
「……それで質問があるのだけど、呉羽よかったかしら」
「うーん、まあ、新聞部の守秘義務に関わることじゃなかったら何でもウェルカムだよ」
「……えーっとね、言い伝えなんだけど……。呉羽、美山高校に代々受け継がれていると言われている呪いのフェンスの言い伝えって知ってる?」
「あ、呪いのフェンスの言い伝えね。知ってるよー。裏山の果てにあるって噂のフェンスのことだよねー」
「そう、そうよ。呉羽って、本当に何でも知っているのね」
「まあね! 美山高校の噂を何でも知っている、というのが我が新聞部の一番の特徴だからね! 美山高校の言い伝えとか噂には、とっても精通しているつもりだよ!」
 富山呉羽は得意げに語る。
 穂積ちゃんが新聞部のディスクの中に乱雑と積み上げられている無地のお札を見つける。お札には、どうやら防水加工もされているようにみえる。お札には何も書かれてはいない。
「へー。……ってあれ、これってお札だー。すごーい! 何に使うのかなぁ」。
 富山呉羽の体がぎくりと体が跳ねた。
「か、帰って!」
「へ?」
「えっ、穂積ちゃん何かやっちゃったの?」
 突然の出来事に僕はたまらず穂積ちゃんに質問をしてしまう。
「……ううん。何もしてない。でも、呉羽ちゃんが……」
「……よ、よよよ用事を思い出したの。だからもう今日の部活動は終了! あとは後片付けだけ!だから部外者は早く帰った帰った!」
そう言って、僕達三人は新聞部の部室から追い出された。追い出されたというよりは、ほっぽりだされたという表現の方が適切かもしれない。


 新聞部から追い出された僕とぜぜちゃんと穂積ちゃんは、新聞部の前の白色の蛍光灯がともる廊下で、少しだけ雑談をしていた。
「ふー。くれはちゃんって女の子、かわいかったなー」
 穂積ちゃんが少しだけ背伸びをしながらそう言う。
「……まあでも、新しい登場人物がたくさん出てきて、私としては人の顔が覚えられなくって少し困ったなーって」
「ちょっと、穂積。そういう登場人物とかメタ発言はやめなさいってば」
「えー」
 穂積ちゃんが気だるそうにおさげ髪をくるくると指に巻き付ける。つまらなさそうだ。
「……でもまあこれでようやく、確証がとれたわね」
「確証? すごーい。ぜぜちゃん、呪いのフェンスの言い伝えとか山神様のことについて、大体もう見当はついてるんだね。すごーい」
「……うん。見当はついているわ。確証も得られたし。もう私は大体わかっちゃったかな。戸ノ内くんはどう?」
 突然話を振られてしまった僕はいつも以上にあたふたする。
「どう? って言われても……。まあ、新聞部が何かしら一枚噛んでるっていうことは確かなんじゃないかな」
 僕の一言を聞いた穂積ちゃんが、身を乗り出すような姿勢で、目をきらきらと輝かせながら僕を見つめている。
 僕はドキッとする。胸の鼓動が少し早くなる。穂積ちゃん、そんな目で僕を見つめないでくれ。別に僕の推理なんてものは浅はかで、大した論理性もないのだから。だけどまあ、こうも穂積ちゃんに見つめられると得意げに語ってしまいそうになる。
「私もさ、新聞部は怪しいんじゃないかなーって思ってるんだよね! だって、防水加工が施されたお札が呉羽ちゃんが座ってたデスクの近くにあったし!」
 穂積ちゃんははつらつと話す。つられて僕も話してしまう。
「確かに穂積ちゃんの言う通り、新聞部の部室には防水加工が施されたお札があったよね。お札には何も書かれていなかったけど、もし新聞部の部室にあったお札と呪いのフェンスにあったお札が一致していたとすれば……まあ、何やら面白そうなことが新聞部に起こっていそうな気はするけどね」
 何やら面白そうなことが新聞に起こっていそうな気はするけどね、とは言ったものの、それが具体的には何のことなのかは僕にも知る由もない。というか、ぜぜちゃんに着いてきてここまで来てみたはいいものの、澤田先生しかり三田先生しかり、新聞部しかり、ぜぜちゃんの訪問チョイスがよくわからない。
 そしてもっとわからないのは、ぜぜちゃんがピンポイント気味に訪問先をチョイスできている事実だ。穂積ちゃんの言う通りぜぜちゃんは洞察力に優れているので、その洞察力から得られた推論によって呪いのフェンスのことやヤスのことも大体察しがついているのかもしれない。僕にはさっぱりわからないけど。
「……でさ、ぜぜちゃんそろそろ何を考えてるのか教えてくれない? 私、もう足も疲れてきたし、体もクタクたになっちゃったよ」
 穂積ちゃんはおさげ髪に指を巻き付けるのをやめて、両手を口元の近くまでもっていき、両手の指と指をくっつけて三角形を作っている。
「……そうね。勿体ぶってごめんなさい」
 そう言ってぜぜちゃんは穂積ちゃんに少し会釈する。
「……そうね、ここだと場所もあれだし、裏山に行きましょう」
 理由はよくわからないが、とりあえず僕も穂積ちゃんと一緒に裏山に向かうことにした。


 旧校舎裏の裏山に到着する。すっかり日も暮れた暗がりの裏山は、昼間と違ってだいぶ不気味だ。幽霊が出てきていそうな雰囲気さえある。
「……穂積、戸ノ内くん、二人に聞きたいことがあるの」
「何?ぜぜちゃん」
「な、何かな」
 ぜぜちゃんの後ろで結った髪が夜風で揺れる。
「呪いのフェンスの言い伝えって、一体誰から聞いたの?」
「私は守山くんからかなー」
「僕もヤスから聞いたよ」
 僕と穂積ちゃんの回答を聞いたぜぜちゃんは、ひどく納得したようにうんうんと頷いた。
「うんうん、やっぱりそれで間違いないみたいね。それじゃあ今から呪いのフェンスの言い伝えと守山くんの失踪について、私なりに考えたことを話そうと思うわ」
 ぜぜちゃんは息を吸い込むような仕草をした。
「……でもまあ、その前に……なんだけど。サプライズかしら? そこのあなた、きっとこの場所に来ると思ってたわよ。だから今、私達はあなたと会うことを見越して裏山に集合したのよ」
 裏山の向こうの方から何やらザザっと音がする。
 裏山の方に目をやると、暗がりの高い木々の間の方から人影がこちらに向かってきているように見える。
「だ、誰? 誰かいるの? こわーい!」
 穂積ちゃんが僕の左腕に抱き着く。木々の間の向こうの方にいる人影は誰によるものなのかはわからないが、とりあえずその人影、グッジョブである。穂積ちゃんはずっと僕の左腕に抱き着いていて欲しい。
 足音が徐々に僕達の方に近付いていく。近付いていくにつれ、その人影を為していた人物の正体が明らかにされる。
 すすけた白色のスニーカー、美山高校の男子制服、黒いエナメルのスクールバッグ、癖っ毛がない黒髪の短髪、そしてあらゆる女子に人気がありそうな精悍な顔立ち……。
 その人影を為していた人物は、そう、守山ヤスだ。
 散々探していた守山ヤスが、そこにはいた。
 ヤスの隣には、何やら薄汚れた女子制服を着ている女の子が立っていた。


       

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