Neetel Inside ニートノベル
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ここではないどこかにて(仮題)
第九話「裏山デート その7」

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 散々探していた守山ヤスが目の前に立っていた。ヤスの隣には、何やら薄汚れた女子制服を着ている女の子が立っていた。
 状況がよく読み込めないが、僕の目の前に立っている人物は僕の親友で、そして恋敵でもある守山ヤスであることは確かだ。ヤス、今の今まで一体どこで何をやってたのさと聞こうしたその瞬間に、ヤスは僕に話しかける。先手を取られた。隣の女の子は一体誰なのだろう。
「あ、コウジじゃん。何やってんの? 穂積ちゃんとそれと……誰だっけ。っていうか女の子二人もはべらせて、裏山でデート……裏山デートでもしてたのか? 裏山デートとか羨まじゃないか」
「……はぁ」
 僕は思わず溜息をついてしまった。でもまあ、ヤスが無事ならそれでいいかと思う自分が心の奥底には確かにいたことも事実だ。ともかく無事でよかった
「……守山くん、久しぶりね」
 ぜぜちゃんがヤスに話しかける。
「……あ、久しぶり。名前は……何だったっけ……」
「石山ぜぜよ。いい加減覚えてちょうだい」
「いやーごめんごめん。次からは気を付けるよ。石山さんね石山さん」
「はい」
「石山さん、ここに俺が来てるってことは知ってたんだろう?」
「……ええ。まあ、大体の見当はついてたわ」


 ぜぜちゃんが話し始める。
「新聞部だけが知っていて、古株の先生達も、私達の先輩にあたるような先生も知らない言い伝え……それって、何だか違和感を覚えない?」
 穂積ちゃんはかたずをのんでぜぜちゃんの話に聞き入っている
「うんうん、確かにそうかもだねぇ」
 穂積ちゃんが腑に落ちたような表情で頷く。
「結論から言うと……っていうほどのことじゃないけれど、結論から言うと、呪いのフェンスの言い伝えは、全て新聞部のでっち上げよ」
 穂積ちゃんは少し驚いたような表情を見せる。ヤスは、やれやれという顔で僕を見つめている。なんだ、図星なのか。
 ぜぜちゃんが呪いのフェンスに貼られているお札を一枚ぺらっとめくって、肩の高さまで持ち上げる。
「……まず初めに。事実その1、呪いのフェンスに貼られているお札には……、防水加工が施されている」
 うんうん、と穂積ちゃんは頷いている。
「事実その2。新聞部のデスクには、防水加工が施されている無地のお札が置いてあったということ」
 ヤスがこちらをちらちらと見ている。
「事実その3。私の担任の三田先生いわく、新聞部は昔から校内のことを何でも知っている情報通として有名だったということ」
「……ヤス、おまえ情報通だったのか……」
「すごーい! ヤスくんは情報通なコウジくんのフレンズだったんだね!」
「照れるよ穂積ちゃん。まあ、こう見えても、ね?」
 ヤスがしたり顔で僕の方を見つめてくる。正直少しうざったい。ドヤ顔やめろ。
「ええ、そうね。では次、事実その4。三田先生と澤田先生いわく、代々受け継がれていたと言われる呪いのフェンスの言い伝えは、実は代々受け継がれてはいなかったということ。その証拠に、三田先生も古株の澤田先生も呪いのフェンスの言い伝えについて全く見聞きしたことがなかった様子だったわ」
「これ、私もすっごい意外だったなー。呪いのフェンスの言い伝えは澤田先生も三田先生も知ってたと思ってたんだけどなー」
「ええ、そうね。では次、事実その5。校内のオカルトに精通しているはずのオカルト新聞部の部員の私が、呪いのフェンスの言い伝えについて今まで全く見聞きしたことがなかったということ」
 ヤスが、勘弁してくれと言わんばかりに僕にアイコンタクトを送っている。
「事実その6。穂積と戸ノ内くんが呪いのフェンスの言い伝えを初めて聞いたのは、守山ヤス経由だということ。穂積、戸ノ内くん、そうだったわよね?」
「うん! 言い伝えは守山くんから聞いたよ!」
「僕もヤスからかなぁ」
「そして最後。ここが一番重要。事実その7。守山ヤスは新聞部の部員であるということ
「ぜぜちゃん、守山くんが新聞部の部員ってことがどうして一番重要なことなの?」
 ぜぜちゃんが穂積ちゃんの方を横目で見てから、少し深呼吸した後、口をゆっくりと開く。
「……実はね、この学校の新聞部は捏造記事で有名なのよ……」
「えっ」
 穂積ちゃんはとても驚いたような表情で、口をぽかんと開けている。正直僕も驚いた。新聞部……、そんなに闇が深い部活だったとは……。
「でも、どうして新聞部は記事を捏造しちゃうの?」
「えっとね……それはね穂積、新聞という紙媒体をみんなに読んでもらうためには、まずスクープのような大きなトピックスが必要になってくるわけだけど、世の中を騒がせるようなスクープってそんな毎日転がってるわけじゃな――」
「……もういいよ、石山さん。その話の続きは新聞部の部員の俺が説明するよ」
 ぜぜちゃんの話を途中で遮って、ヤスが話し始める。
「我が校――美山高校に代々存在している新聞部は、創部当初から美山高校の校内の情報通として有名だった。新聞部の活動は、主に二カ月に一回発行される壁新聞、それと春夏秋冬、季節ごとに発行される校内新聞の作成がメインになっているんだ。だから新聞部は壁新聞と校内新聞の発行に全力を尽くすわけなんだけど……これがね、一番問題になってくるのは、どんな記事を書くかっていうことなんだよね。まあ、体育祭のある時期だったら、学年別リレーのアンカーとして走っていた生徒にインタビューしていって、それでインタビューを取ってインタビュー記事を作るという運びになる。ただ、そういう記事というのは、大抵はつまらない内容なのさ。そしてつまらない内容の記事が書かれている新聞は、当然読まれなくなる。だから新聞部は部を挙げて面白い内容の記事作成に全力を注いできたんだ」
「へぇ、そうなんだ!」
 穂積ちゃんが頷く。
「だけど生徒が読みたくなるような面白い記事……となると、やっぱり話題選びもそれなりに難しくなるんだよね。例えば、生徒会長の〇〇くんと副会長の□□さんが付き合っていた! っていう記事を書いたとする。確かに、そういう記事は生徒は読みたいと思うよね……。でも、そういう記事を書くと発効前の校閲の段階で特定個人のプライベートを暴くような記事は校内風紀にふざわしくないと顧問の先生に咎められるから、そういう週刊誌的な下世話な記事は新聞部では書けないことになっているんだ」
「へぇ、そうなんだ!」
「うん、そうなんだよ穂積ちゃん。だから大変なんだよ。週刊誌のようなゴシップも駄目となると、……そう、誰も傷付けずに、その上多くの生徒の関心を惹くものといえば……そう、あれしかない」
「……もしかして、学校の七不思議?!」
 ヤスが穂積ちゃんに向かって拍手をする。
「そう、穂積ちゃん、そのまさかだよ。面白い記事を書くのに苦労していた新聞部は、学校の七不思議といった校内に伝わる怪異現象についての記事を書くことにしたんだ」
「……でも、校内に怪異現象なんて殆ど存在しなかった。だから新聞部は、時折校内の怪異現象の噂を自分たちででっちあげ、でっちあげた怪異現象を近頃校内で話題の怪異現象を突撃取材! という形で取り上げて、記事にしたということ……でよろしかったかしら」
「ありがとう石山さん。まあ大体そんな感じなんだ」
「すごーい! 捏造だー!」
 穂積ちゃん、そこは関心してる部分じゃないでしょ、とは僕は突っ込めなかった。
「……さて、話が少し横道に逸れたけれど、話を本題に戻しましょう。さっき挙げた事実を総合的に解釈してみると、ひどく辻褄が合うわ。新聞部のデスクには防水加工が施された無地のお札があった。そして呪いのフェンスにも防水加工が施された呪いのお札が貼られていた。この二つの事実を元に少し考えてみると、新聞部は防水加工が施されている無地のお札に呪いのお札ともとれるような文字を書いて、言い伝えだと呪いのフェンスと呼ばれるフェンスに張り付けたの。どうしてかって? それは、当然呪いのフェンスの言い伝えが実在のフェンスに依るものだと確証付けて他の生徒たちに伝聞したかったからだと思うの。そして、呪いのフェンスにお札を貼り終えた後、新聞部の各部員は、それぞれの交友関係を中心に、呪いのフェンスの言い伝えについて噂話を拡散し続けた……というところではないかと私は思うのだけれど……。つまり、呪いのフェンスの言い伝えは、まるまるそのまま新聞部のでっち上げなのよ」
 自分の考えを全て言い切ったぜぜちゃんは、心なしか満足気だ。
 ぜぜちゃんの考えを聞いたヤスは、重い口を開く。
「……確かにその通りだ。流石オカルト新聞部のエースの石山さんだね」
「……どういたしまして」
 というか、どうして美山高校には新聞部とオカルト新聞部という二つの新聞部系の部活があるのだろうか。ひどく疑問に思う。だけど、今はそれを聞く空気ではない。
「……まあ、たかだか新聞部のでっち上げ記事くらいで目くじらを立てようとも思ってはいないのだけれど」
 そう言いながらぜぜちゃんは眼鏡に手をかける。
「……でも、せっかく穂積と戸ノ内くんと、それと私までここまで歩き回らせたのだから、謝罪の一つもあるといいのだけれど」
「……あー、そうだったな。うん。穂積ちゃん、コウジ、石山さん、みんなごめん。迷惑かけちゃって」
「……ったく、ヤスは何やってんだか。急にいなくなるから探しはめるはめに……」
「ご、ごめん。思ったより迷惑かかっちゃったんだな」


 こほん、もう茶番はこれくらいでいいの、と言いたげな表情で、ぜぜちゃんはかけているめがねを少しだけクイッと上に持ち上げる。
「それで……その、そこのあなた。名前はなんというのかしら
 ぜぜちゃんが薄汚れた制服を着ている女の子に話しかける。すると、女の子は下を向きながら、ぼそぼそと声を発した。
「……山上です」
「……そう。山上さんと言うのね」
「……はい……」
 会話が途切れた。
 女の子の薄汚れている制服も、よく見ると僕達が通う美山高校の女子制服だ。ということは、今目の前にいる山上と名乗る女の子も、美山高校の女子生徒だ。もしかしたら同学年で、同じクラスメイトなのかもしれない。まあ、僕には名字の情報一つでは何もわからなかったのだが。
「……えっ、もしかして、君って山上さんって名前なの? ほんとに? ほんとにあの山上さん?!」
 穂積ちゃんが山上と名乗る女の子の手を握っている。穂積ちゃんが今にもハグしそうにしているが、山上と名乗る女の子はそれを拒否しているような素振りを見せている。
「……穂積、山上さんとお知り合い……だったりするの?」
「うん! 小学校の時の友達!……っていうよりは、小学校の時に友達になりたかった人かな! 山上さんって! 同じ高校に通ってたのは知ってたけど、まさか再会できるだなんて! うれしー!」
 穂積ちゃんは、山上と名乗る女の子についに抱き着いた。


 裏山に、薄汚れた制服を着た女の子と、失踪したはずのヤスが居ただなんて……。相変わらず事態を上手く読み込めない僕であったが、今からヤスが失踪した上に、山上と名乗る女の子となぜ一緒にいたのかを説明してくれるらしい。
 僕はその説明を、かたずを飲んで聞こうとしていた。

       

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