Neetel Inside ニートノベル
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ここではないどこかにて(仮題)
第三話「裏山デート その1」

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 誰もいない教室は、思ったよりは居心地が良かった。窓際の席から窓の外の方に目をやると、今日も雨足の強い雨が降り注いでいる。雑巾で丹念に拭いた後の僕の机は、少しだけ艶だっていった。
 クラスメイトがひとしきり帰った後の閑散とした教室の隅で、僕、戸ノ内幸治(トノウチコウジ)は、嫉妬の炎を燃やし続けていた。
 誰に対して? もちろんそんなのあいつに決まってる、クラスメイトの守山ヤスに対して、だ。
 クラスメイトの守山ヤスは僕のクラスメイトで、勉強ができて、運動神経も良くて、憎らしいほど優しくて、そして僕の親友だった。だけど守山ヤスは僕の恋敵だった。
 親友の守山ヤスの方が、僕より大垣穂積(おおがきほづみ)ちゃんと上手くやっている。この事実だけが、僕の守山ヤスへの嫉妬を加速させていた。

 
 黒髪ショートでおさげの大垣穂積ちゃんは、客観的に見てもかわいかった。主観的に見るともっとかわいかった。
 少女漫画のような淡い世界から切り取ってきたかのような、繊細でありながらふわふわとしたたたずまい。寝坊した時にたまについている髪の寝癖。思わず触りたくなるようなもちもちとした肌。その全てが愛おしいし、なんていうか、ひっくるめていえば、僕は穂積ちゃんの全てが大好きだ。


 だけど、恋敵の守山ヤスはもういない。数日前、突如として失踪してしまったからだ。
 守山ヤスが失踪した理由は不明だった。一部には神隠しにあったという噂もあるけど、神隠しされる対象はいつも年端のいかない女の子か判断能力に乏しい子供に限られるので、あんなに知的で判断力のある守山ヤスが神隠しにあうわけがない。……まあ、あいつが失踪するのは日常茶飯事で、実をいうとさほど驚くことでもないのだが。
 友達が失踪したら、捜しにいかなければならない。それは、たとえ友達が恋敵であっても、絶対だ。
 だから僕は守山ヤスを捜しにいくことにした。
 雨足の強い雨が降り注ぐ放課後、雨がっぱもといレインコートに身を包んだ僕は、今年で取り壊されると噂の旧校舎の傍にある、裏山へと向かった。


「やっほーコウジくん」
傘を差しながら、透明なレインコートに身を包んでいる穂積ちゃんが、僕に向かって手を振っている。
「お、大垣さん。こんにちは」
「おはよーコウジくん! あ、私のこと、大垣さんじゃなくって穂積でいいよ! 」
「ほ、穂積ちゃん」
「はい、穂積ちゃんです、よくできました。やっほー、コウジくん! 」
 穂積ちゃんとのやりとりは、いつもこんな風におちゃらけていた。クラスメイトや同級生は、穂積ちゃんのことを人当たりが良くて優しくて、そして良い子だと言うけど、それはやっぱり穂積ちゃんの一側面でしかないと思う。人当たりが良くて、優しくて、良い子だけど、どこか奔放なのが大垣穂積ちゃんの真の姿ではないかといつも思う。
「……よし。じゃあ、えっと、今日は何をするんだったっけ? 」
「え、えっと……、ヤス、……も、守山くんを、失踪した守山くんを、助けにいく……んだったと思う」
「あら、守山くん、また失踪しちゃったんだ」
「う、うん……。まあ、あいつが失踪するのは、結構日常茶飯事なんだけどね」
「そうなんだ」
「う、うん……! 」
 言葉に詰まってしまって、上手く話せないのがもどかしい。本当はもっともっと、話したいことはあるのだが……。
「あっ、みてみてコウジくん、ほら、空が……」
 穂積ちゃんが、雨空の雲の切れ目からみえる青空を指さした。
「ほらみてコウジくん、青空だ」
「……青空だ。きれいだね」
「……守山くん、見つかるといいよね」
「た、多分見つかるさ。絶対いなくなったりなんか、しないはず……。あいつに限って、本当にいなくなるってことはないって思いたいんだけどなぁ」
「……そうだねぇ。見つかるといいよね。ね、コウジくん」
「うん」
 今年で取り壊されると噂の旧校舎の傍にある裏山で、僕と穂積ちゃんは僕の親友の守山ヤスを探していた。裏山に一歩踏み入れてみると、雨で濡れた腐葉土が少しぬかるんでいて、少し転びそうになってしまった。
「守山くん、見つかるといいよね」
「うん……」
 そうやって僕と穂積ちゃんは、旧校舎の傍にある裏山で、ひたすらに守山ヤスを探し続けた。だけどいくら探しても、守山ヤスは見つからなかった。守山ヤスの捜索への暗雲が立ち込めたあと、雨粒が大きい雨が僕と穂積ちゃんを襲った。ゲリラ豪雨だった。
「強い雨、降ってきちゃったね」
そうぽつりとつぶやく穂積ちゃんの、きれいに整えられたうなじを、僕はただぼんやりと見つめていた。

       

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