Neetel Inside ニートノベル
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ここではないどこかにて(仮題)
第六話「裏山デート その4」

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 呪いのフェンスと呼ばれるお札がたくさん貼られたフェンスの前で、僕と穂積ちゃんとぜぜちゃんは立ち尽くしていた。
 何やら完全に自分の世界に入ってしまったせいなのか、直立不動でもう三分ほど微動だにしないぜぜちゃん。おさげ髪を指の先にくるくる巻気つけながらスマホをいじっている穂積ちゃん。
 穂積ちゃんの不注意のせいで山神様に祟られたかもしれないというのに、この危機感の無さとは何たるや。それにぜぜちゃんも完全にあちらの世界に行ってしまっている。
 しばらくは何の進展もなさそうだ。
 なので僕もしばらくは自分の世界に入ってしまうことにした。僕は回想した。


 ヤスが失踪する一週間前に、ヤスの家で二人でテレビゲームをしていたことを思い出していた。
 中高生が二人以上で一緒にプレーするテレビゲームの定番といえば、某任●堂が発売している対戦型アクションゲーム『スマ●ラ』である。
 ヤスと僕は、スマ●ラでかれこれ二時間近く対戦していた。戦歴は50戦45勝5敗。僕の方が大きく勝ち越している。ヤスの唯一の弱点はゲーム全般が致命的に下手なことなのだ。
 ヤスは頭脳明晰のイケメンで、おまけに性格も良いという文句のつけようがない高スペック男子高校生で、僕の親友だった。
 だけど頭脳明晰でイケメンな人間は、僕の通っている美山高校でもそれこそヤス以外に何人も存在している。だけど、他の頭脳明晰でイケメンな奴らとヤスが決定的に違う点がある。それはヤスが頭脳明晰でイケメンであることを周りにひけらかしたりしないという点である。
 大抵の奴はイケメンで、ましてや頭脳明晰であることを鼻にかける。その自らの高スペックさで周りを見下す。でも、見下したところで周りの女子からの評価が覆ることはほぼないので、余計に性質が悪い。
 そいつらの肥大化した自尊心とやらを木っ端微塵に打ち砕いてやりたいと常々思うのだが、そういう奴らに面と向かってみても大抵僕は何一つ勝てない。頭も悪くて顔も良くない人間は、彼らを打ち負かす術を一つも持ち合わせていないのだ。
 だけどヤスは違う。ヤスは自分の高スペックぶりを周りにひけらかしたりしない。だからヤスは男女問わず友達が多い……と思うのだが、なぜだかヤスは交友関係というものが僕の思うほど広くないらしい。体育の時間の組体操だって他の男子と組まず、毎回僕と組んでいる。
「ヤスってさ、あんまり自分のすごいところを人に自慢したりしないよな」
「……そんなことないと思うぜ。俺は単に人に自慢できることがあんまりないだけだわ」
そうなのかなぁ。僕からすればヤスは周りに自慢できることばかりと思うのだが。
 灯台下暗しということわざがある。灯台下暗しとは、自分にとって身近なことほど見過ごしてしまって気付けないという様子を表していることわざだ。
 ヤスのように周りに自慢できるようなものを持っておきながら、それを気付けないでいる人間もいる。
 ヤスは俺なんかよりずっとずっとすごいのに。その高スペックぶりを周りに自慢すればいいのに。だけどヤスはそれをしない。自分のすごさに自分で気付けていないというだけなのかもしれない。まさに灯台下暗し。身近なことほど気付けないとはこのことである。
「あーまた負けたーっ! コウジ、スマ●ラ強すぎ!」
「今回はたまたまさ。たまたまボム兵があの位置に落ちてきたから勝てただけで――」
「……たまたまとか言っておきながら、コウジ、サドンデスの時にわざとボム兵が落ちてきそうな位置まで俺を誘導してたじゃん」
 しまった。ばれてしまっていた。そろそろスマ●ラは終わりにして、他の遊びでもしようと思っていたところなのだ。
 なにせ、戦歴51戦46勝5敗。何回やっても自分が勝ってばかりじゃ面白くない。テレビゲームに限らず対人戦というものは、死力を尽くして勝てるか勝てないかのギリギリのラインが一番面白いのだ。
 常勝では面白みに欠ける。
「あー悔しー! コウジ、もう一回やるぞ」
「何回やってんだよ全く。泣きの一回ならぬ泣きの二十一回じゃないか」
「うっさい。やるぞ。俺は電気鼠!!」
 ヤスは何回負けても僕に挑んでくる。この分だと、あと数時間はスマ●ラに付き合わされそうな気がする。いつ終わるのやら。


 灯台下暗しというが、灯台下明るしでも気付けないでいるようなこともまれ存在していると思うのだ。つまりどういうことかというと、自分の身の回りのことをどれだけ把握して、注意を払っていたとしても、気付けないことも存在するということなのだ。
 灯台下明るし、だけどわからないことだってある。そんなことをヤスに話していた。
 僕の話に適当にあいづちを打ちながら、ヤスはテレビにくぎ付けになっている。僕が操作するネスの隙をうかがっているのだ。
「確かにそうかもしれないけれど、じゃあ灯台下明るし、されどわからぬこともある、の具体例は何になるんだよ」
僕は閉口してしまった。そう、そうなのだ。既存のことわざの反義語を考えるのはいいのだが、頭の悪い僕はその具体例とやらがいつも思いつかずにいるのだ。
 ヤスは時々ものすごく難しい質問を僕に投げかけてくる。頭が悪い僕は、大抵ヤスの質問に答えれずにいる。ヤスとしてはその時々で自分の頭の中で考えてもわからないようなことを解決するために僕に意見を求めているらしいのだが、あいにくだが僕は意見を言えるほど人の話を理解する能力は高くないのだ。
 だけど、僕に質問を幾つかなげかけて、少し対話した後、大抵ヤスは質問の答えが出ていないにも関わらず満足して帰っていってしまう。
 どうやら僕と話すことによって考えていたことが整理されて、質問が解決されるようなのだ。「コウジと話してると、何でもすぐ解決できちゃうよな。不思議だよな」といつの日か言われた記憶もある。
「あーっ! やっぱり勝てないぜ! ヤス、強すぎ! ネスのプレイングスキルやばくないか?! 」
ヤスは体をのけぞって大声で悔しがっていた。
「……連戦で疲労が溜まってるせいでヤスのプレー精度が落ちてるだけなんじゃないのか? そろそろ休んだ方がいいのでは」
それを聞いたヤスが、コップに注がれている自分の分のオレンジジュースを見つめながら、何やら腑に落ちた顔をする。
「……それもそうだな」
 52戦目終了。本日のスマ●ラは、もうそろそろ終わりそうである。もうしばらくはスマ●ラのオープニングテーマすら聞きたくないくらいだ。トラウマになってしまっていそうだ。


 長い回想が終わり、僕は周りを見回していた。ようやくこちらの世界に戻ってきたぜぜちゃんが、穂積ちゃんに向かって話しかけている。
「……それで、まずは状況を整理したいんだけど、その呪いのフェンスとやらに穂積が触っちゃったってことは確定事項なのかしら」
「うん。確定事項だよ。何かその場のノリで触っちゃったんだよね」
 そう言いながら、穂積ちゃんはおさげ髪を指の先にくるくると巻き付けている。
 穂積ちゃんの辞書には危機感という三文字はないのかもしれない。
「でも穂積は、裏山の先にあるお山をかけまわって小さい頃は遊んでいたのよね?」
「うん。そうだよ」
「……だったら、裏山の先にあるお山に住んでいる山神様が、どんなことをすれば怒るのかってことくらいは知ってるんじゃないの? 」
「それがわかんなくって、なんだかなーって」
「うーん……」


 ぜぜちゃんは目をつぶって、両手をこめかみに当てて何かを考える仕草をする。
 しばらくすると、ぜぜちゃんは目を見開く。
「……山神様の祟りの話、私としてはどうにも違和感を覚えざるをえないわ」
「違和感? どういうこと? ぜぜちゃん」
「そう、違和感」


「一つ目の違和感は、山神様の祟りについて穂積が全然知らなかったっていう違和感。常識的に考えてみれば、裏山の先のお山で小さい頃はずっと遊んでいた穂積が、お山に住んでいる山神様に対してどういうことをすれば祟りが起きるかということを知らなかったことについては違和感を覚えざるをえないわ」
「それもそうだねぇ。私が知らなきゃ誰が知ってるんだー、って話だし」
「……確かに、それはそうかもしれないね。お山のことについては僕らなんかより遥かに知っていると思われる穂積ちゃんが、山神様の祟りについては知らなかったってことは、ちょっと考え辛いね」
「そうそう。まあ、穂積はどこか抜けてるところがあるから、山神様の祟りの存在を知らなかったってだけなのかもしれないけど」
「もう! 流石に私だって、そこまで抜けてないってば! ね? コウジくん」
「ぼ、僕もそう思うよ! あ、あはは」
「……それで……その、話を元に戻すね。二つ目の違和感は、学内のオカルトに詳しいオカルト新聞部所属の私が、山神様の祟りにまつわる事象が含まれている呪いのフェンスの言い伝えに関して、全く見聞きしたことがなかったってこと。学内のオカルトなら何でも知ってるはずの私が、学内のオカルトの、それも美山高校に代々受け継がれているような類の言い伝えを知らなかったということは、違和感を覚えざるをえないわ」
「それって、単にぜぜちゃんが学校でぼっちだったから、知らなかったってだけなんじゃないの」
「もう、穂積は少し黙ってて。いくら学内の交友関係が狭い私でも、流石に美山高校で代々受け継がれているような有名な噂を知らないとは考え辛いわよ」
「……それも確かにそうだ。ぜぜちゃん、なんかすごーい! 謎解きみたいでたーのしー! 」
「……それで、私が感じた二つの違和感を統合すると……ある結論にいきついたのよ」
「へぇ、どんな結論」
「それ、僕も気になるなぁ」
「……でも、結論に至ってはいるけれど、まだ確証は持てないの。だから戸ノ内くん、穂積、私と一緒に少しフィールドワークをしましょう」
「やったー! たのしそー!」
「は、はぁ」


「ふむふむ……。このお札って……」
ぜぜちゃんが呪いのフェンスに貼られているお札をまじまじと見つめている。
「ぜぜちゃん、呪いのお札がどうかしたの?」
「……ううん、別に。あのお札、何だか防水加工まで施されてるわよね」
「ほんとだ。現代的な呪いのお札だ。コンテンポラリーだ!」
 目の前の呪いのお札に目をやる。確かに呪いのお札には防水が施されている。少し不思議といえば不思議だ。
 もしかしたら、防水加工が施されているということは、この呪いのお札は防水加工が施こせるような古くはない時代に貼られたのかもしれない。


「……そうね。色々確認したいこともあるし、国語の澤田先生に聞いてみましょう」
そういってぜぜちゃんを先頭に、裏山のフェンスを後にして、僕と穂積ちゃんは学校の方へと向かった。
「国語の澤田先生は、確か美山高校に勤続してもう二十年になるベテラン教師だったよね。呪いのフェンスのうわさについても何か知ってるかもしれないよね」
「……そうね。まあ、私としては澤田先生に幾つか確認したいことがあるだけなのだけれど」
「へーそうなんだ。じゃあ、違和感についても、もうすっかり解決しちゃったって感じなの? ぜぜちゃん?」
「……そうね」
「へ、へぇ。石山さんって、なんていうか洞察力がすごいんだね」
「コウジくん、それを言うなら、『ぜぜちゃんは洞察力がすごいフレンズなんだね! すごーい!』でしょ?」
「あ、あはは」
僕はから笑いをしていた。

       

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