Neetel Inside ニートノベル
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ここではないどこかにて(仮題)
第四話「裏山デート その2」

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 僕、戸ノ内幸治は美山高校に通う高校一年生で、黒髪ショートでおさげ髪の大垣穂積ちゃんが大好きだった。だけど僕の親友であり、そして失踪癖のある守山ヤスも、大垣穂積ちゃんのことが大好きだった。
 だから僕と守山ヤスは恋敵だった。
 透明のレインコートに身を包んだ穂積ちゃんが、僕の前を軽やかに歩いていく。大粒の雨をもろともしないその歩きっぷりに、僕は少々疲れを覚えてしまう。
 穂積ちゃんにつられて僕は歩いていく。すると、僕と穂積ちゃんはついに裏山の果てにあるフェンスに辿り着いてしまう。
 フェンスにはお札がたくさん貼られていた。お札には崩し字で薄く文字が書かれているが、古典の成績がすこぶる悪い僕にお札に書かれている文字を解読することは当然できなかった。
 裏山の果てにあるフェンスには、美山高校に代々語り継がれているこんな言い伝えがある。


 ――裏山の果てのどこかに、怨念を封じ込めるお札がたくさん貼られたフェンスがある。そのフェンスの先には暗くて険しい山がある。そのフェンスに触れてはいけないし、もちろんその先にある山には何人たりとも入ってはならない。
 特に、女性はその山の先に絶対に入るべからず。
その山の先に女性が入れば、普段は温厚な山神様の怒りを買ってしまい、美山の地には取り返しのつかない厄災がもたらされるだろう。だから、その山に絶対に女性は入ってはならないのである。


 この言い伝えは、僕の通う美山高校の生徒や先生といった美山高校の関係者なら誰しも知っている言い伝えだった。だから僕もこの言い伝えを知っている。親友の守山ヤスも知っている。……もちろん、僕の目の前を軽やかに歩いている穂積ちゃんも、この言い伝えを知っている……はずだと思うのだけど、穂積ちゃんはお札がたくさん貼られているフェンスから決して離れようとしない。
「ほ、穂積ちゃん。この先は山になってるみたいだし、もう今日は帰った方が……」
「えー」
「えーって言われても……。だってこのフェンス、きっと言い伝えにあるフェンスだと思うしさぁ……。明らかにやばそうなお札がたくさん貼られてるし……。危ないんじゃないのかなぁ」
「言い伝え?」
「……怨念を封じ込めるためのお札がたくさん貼られたフェンスが、裏山の果てのどこかにあるっていう言い伝え。ほ、穂積ちゃんはこの話、聞いたことってある……? 」
「……あー。その言い伝えね。うん、知ってるよ。まあ、今思い出したっていうのが正直なところだけど」
そう言いながら、穂積ちゃんは透明なレインコートについた水滴を見つめる。水滴を見つめる目は、まるで赤子を諭すかのように優しかった。


「これが……、あの噂のフェンス。確かに、お札もたくさん貼られてるし、どうやらこのフェンスが言い伝えにあるフェンスみたいだね」
そう言いながら、穂積ちゃんは左手でフェンスに貼られているお札にぺたぺたと触っている。
「ほ、穂積ちゃん、ちょっと危ないんじゃ……。そんなお札にぺたぺた触ってたらさ、呪い……とか移るかもしれないし」
「移る? あはは、このお札に限ってそんなことはないと思うなぁ」
「ど、どうしてわかるのさ」
「……だって私、このフェンスの先にあるお山で小さい頃はよく遊んでいたんだもの」
「えっ、あっ、そうなんだ」
「うん。私の通ってた小学校がお山の近くでさ、小学生の頃は放課後になったら毎日お山で遊んでたんだぁ。だから、このフェンスの先にあるお山のことなら、私なんでも知ってると思うよ! 」
「へ、へぇ。それは意外だなぁ」
「お山に何か変ないわれがあるだなんて聞いたこともないし! まあ、お札くらいぺたぺた触ってても大丈夫でしょ。……まあ、お山に行く道にこんなお札がたくさん貼られているフェンスがあるだなんてこと、聞いたのは美山高校に進学してきてからなんだけど……」
「あっ……」
「うん……」


 しまった、という顔で穂積ちゃんが僕の目を見つめてくる。
「だ、大丈夫なのかな……、私……」
「穂積ちゃんはお山にご縁がある人だから、ちょっとお札に触ったくらいで、きっと山神様も穂積ちゃんにそんなに悪いことはしないんじゃ……」
「……そ、そうだよね。そうだよそうだよ! は、ははっ……」
「き、きっと大丈夫さ、ははっ」
 僕がそう言い終わるやいなや、どこか遠くの方から雷がゴロゴロと鳴り響く音が聞こえてきた。
「私、山神様を怒らせちゃったのかなぁ……」
「うーん……」


「……山神様はとっても優しい神様だから、私みたいな年端もいかない女の子にそんなに厳しくないと思うんだけどなぁ……」
 そう言いながら、穂積ちゃんは透明なレインコートから伸びる右手の人差し指と親指で、僕の左肘をそっと掴んでいた。
 空を見上げてみると、さっきまで雲間から差し込んでいた青空は、どす黒くて大きい雨雲に覆い隠されてしまっている。
 地面を打ち付ける雨粒の音は、瞬く間に強くなっていく。
 遠くに落ちた雷の轟音が、フェンスの先にあるお山の方から裏山の方へと鳴り響いていく。
 鳴り響いていく落雷の轟音は、まるで裏山にある呪いのフェンスに貼られたお札に触れた祟りと言わんばかりにおぞましかった。

       

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