Neetel Inside ニートノベル
表紙

ここではないどこかにて(仮題)
第五話「裏山デート その3」

見開き   最大化      



 遠くに落ちた雷の轟音が、呪いのフェンスの先にあるお山の方から、僕達がいる裏山の方まで鳴り響いていた。
 山神様の祟りに怯える僕達の退路のを阻むかのように、雨足が強い雨が降っていた。降りしきる雨の雨音は、ますます強くなっていく。
 つい先ほどまで雲間から見えていた晴れ間も、今ではその面影すらも見えなくなっていた。
 雷鳴が鳴り響く裏山で、僕と穂積ちゃんは成す術もなく立ち尽くしていた。
「……山神様の祟りって……、やっぱりあるのかなぁ。もし祟りがあったらどうしよう、ねぇコウジくん、ねぇコウジくん……」
「……た、祟りなんかきっと迷信だよ! きっと穂積ちゃんは大丈夫だよ! はははっ! 」
「……」
「…ははっ」
僕の枯れたような笑い声を聞いた穂積ちゃんは、はぁ、と溜息をつく。


「……あ、ちょっと待ってて。思い出した」
「な、なにか心当たりはあるの」
「……なくはないって感じかな。ちょっと電話してみるね」
そう言って穂積ちゃんはスマホを制服のポケットから取り出して、誰かに電話をかける。
「……あ、もしもし、ぜぜちゃん? 今暇? ちょっと私、何か良くないことをしちゃったみたいで……」


「……どうも、石山ぜぜです。よろしゅう」
 そう言いながら石山ぜぜと名乗る女子は僕に向かって会釈する。
 ほどよく切り揃えられている前髪と、短く結った後ろ髪、そして知的で引き締まったような面持ちを強調するかのような黒縁の眼鏡。
 第一印象で人を判断するのは良くないと思うが、きっとぜぜちゃんは僕なんかが到底及ばないくらい頭の良い人だ。ぜぜちゃんの隣でふわふわとしたまとまっていない話をする穂積ちゃんとは対照的だ。
 一見すると委員長気質なように思えるが、他者の干渉を一切許さないようなスマホさばきをみていると、きっとぜぜちゃんは頭は良いけれど、委員長のような面倒事を押し付けられるのを嫌うタイプのように思える。
「い、石山ぜぜちゃんか。よ、よろしく」
「よろしくお願いします」
 さっきからずっとスマホをいじっていた穂積ちゃんが、スマホの画面を見るのをやめて、顔を上げた。
「……これが、私の親友で、オカルトに詳しい委員長気質なミステリアスガール、石山ぜぜちゃんだよ! 」
「み、ミステリアスガールって……私、別にそんなじゃないってば」
「あれ、そうだっけ? まあ細かいことはいいじゃないですかー」
「そ、そうかもだけど、でも私のキャラ付け的にはうんぬんかんぬん……」
「……ま、まあ細かいことはいいじゃないの。とにかく、これが私の親友、石山ぜぜちゃん! よろしくね! 」
「石山ぜぜです。よろしくお願いします」
「と、戸ノ内幸治です。よろしくお願いします」


「……それで穂積、話っていうのは何なの? 」
「山神様を怒らせちゃったかもしれないんだよね」
「穂積、また何かやらかしたの? 」
「いやー、別に何もしてないと思うんだけど……、ちょっと呪いのフェンスに触っちゃったんだよね」
「あっ……」
「コウジくんも一緒にいるし、勢いに任せて呪いのフェンスに触っちゃっても大丈夫かなー、なんて。あはは」
「……それで、オカルトに詳しそうな私に、早く来て、何かやばそうなことが起きちゃいそうなの、と電話してきたってことなのね」
「だ、大体そういうところかな。もし私が山神様を怒らせてしまったとして、怒りをおさめるためには何をすればいいのかなぁ」」
「事情はわかったわ。少し考えさせて」
 そう言うと、ぜぜちゃんは目をつぶる。何か小声でぼそぼそつぶやいてるようだ。
 しばらくすると、ぜぜちゃんは目を開けた。
「……山神様の怒りをおさめる方法、……思いつかないなぁ。……、どうしよう」
そう言って、石山ぜぜは僕の方をちらりと見る。
「……どうしよう、って言われてもなぁ。呪いのフェンスの言い伝えのことなんか、ぶっちゃけあんまりよく知らないしなぁ」
「……そうですか」
「うん」


 ……またやってしまった。いっつもそうだ。
 大好きな穂積ちゃんがピンチに見舞われているのだ。本当は呪いのフェンスのことなんかろくに知らなくっても、「いや、呪いのフェンスのことはよくわかんないけど、ちょっと策があるんだ」なんて言えば、かっこうがつくという話だろうに、僕は「呪いのフェンスのことなんか、全然知らないしなぁ」と馬鹿正直に言ってしまうのだ。
 僕はつくづく要領が悪い人間だと思う。好きで好きでたまらない異性が目の前にいるというのだ、ちょっとくらい良い格好をしておけばいいのに。
 だけど、やっぱり知らないことを知ってると言ってしまうのは気が引ける。自分に対しても他人に対しても、もちろん穂積ちゃんに対しても、嘘だけはあまりつきたくないのだ。


「……うーん、困ったなぁ。どうしよう」
「オカルト新聞部の期待のエースでも、よくわかんないオカルト現象ってあるんだねぇ」
随分と呑気なトーンの声で、穂積ちゃんが石山ぜぜにたずねる。
「……そうだね、というかわからないオカルト現象の方が多いくらい。オカルト新聞部の私が強いて詳しい分野を言われれば、民俗学くらいかな」
「……ミンゾクガク? 何それ、あんまりよく知らないなぁ」
「民俗学というのは……その、研究者によって定義は様々なんだけど、遥か昔から現代に至るまでの人々の暮らしぶりや習俗を、フィールドワークや現地調査によって明らかにしていく営みを民俗学というのよ」
「へーそうなんだ! すごーい! 」
「……って、ネットの記事に書いてあったの」
「そうなんだ! すごーい! 」
「……今日の穂積、何だかけものフレンズみたい」
「けものフレンズ? 何それ? 」
「今ネットで流行ってるアニメのことよ」
「へーそうなんだ! すごーい! たーのしー! 」


「……でも、不思議といえば不思議かな。オカルト新聞部が知らないオカルトが身近に存在していたなんてね」
「うーん、確かにそうかも」
「その……戸ノ内くんは、山神様のことについて何か知ってたりする? 」
「……うーん、俺はあんまり知らないなぁ。呪いのフェンスの言い伝えしか」
「呪いのフェンスの言い伝え? 」
「呪いのフェンスの先にはお山が続いているけれど、その先のお山に言ってはならないし、呪いのフェンスに触れてはいけない、という言い伝え。美山高校に代々受け継がれているっていう言い伝えがあるんだ」
「……そうなんだ。正直言うけど、その言い伝え、今初めて聞いたわ……」
「へぇそうなんだ。ぜぜちゃんだったら、知ってそうだと思ってたのに」
「……まあ、あくまで学内に伝わる言い伝えだし、今回はたまたま知らなかったというだけなんじゃないかな……」
「……そうなのかな」
「……別に、ぜぜちゃんは学校の友達が少ないから、言い伝えのことも知らなかったとか、そんなんじゃないと思うよ! だからぜぜちゃん、気にしない気にしない! 」
「……もう、穂積ったら。私の交友関係の狭さを指摘する言動はやめなさいってば。私のメンタルに大ダメージよ」
「あ、ごめんごめん」
「今度こんなこと言ったら、もう穂積とは学校でお昼一緒に食べてあげないんだから」
「……いいもん! それに学校でお昼一緒に食べてあげないってなんてことをしたら、困るのは私じゃなくてぜぜちゃんの方じゃないかな」
「どういう意味よ」
「だってぜぜちゃん、学校で私以外に友達いないし……」
「ぎくっ」
「ぜぜちゃんのメンタルに大ダメージだね! 」
「……もう! 穂積ったら! 」


「……と、茶番はここまでにしておいて。さてぜぜちゃん、コウジくん。山神様の件、どうしましょう」
「ここまで茶番だったのね。長い茶番だったわ……」
「そうだね、まさか3000字程書いておきながら、ここまでずっと茶番だったなんて、お話の進行スピードが遅いにもほどがあるよね」
「……お話の進行スピードとか字数とか、メタ発言は慎んだ方がいいんじゃないかな……。あ、あはは」
「うんうん、それもそうだねコウジくん」


「……それで、まずは状況を整理したいんだけど、その呪いのフェンスとやらに穂積が触っちゃったってことは確定事項なのかしら」
「うん。確定事項だよ。何かその場のノリで触っちゃったんだよね」
 そう言いながら、穂積ちゃんはおさげ髪を指の先にくるくると巻き付けている。
 降りしきる雨は、いつの間にか止んでしまっていた。
 山神様もそろそろ呆れてしまって、祟るのをやめて帰ってしまいそうなくらいに、穂積ちゃんは能天気だった。

       

表紙

田中佐藤 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha