Neetel Inside 文芸新都
表紙

野に咲く花のように泥を喰らう
つかまれない

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男1、暗がりに隠れている。しばらくして、男2が駆け込んでくる。

男2  (息を切らして)おう、ここだったか。
男1  おう、来たか。どうだった。
男2  ああ、まあ、何とか。
男1  そうか。
男2  うん……

互いに気まずい雰囲気。沈黙が流れる。

男1  どうした? 何かまずいことでもあったか?
男2  (沈黙のあと)いや、万事うまくは行っている。ただ……ただ、ひとつ……
男1  ひとつ?
男2  いや、この際だからはっきり言わなくちゃいけない。
    俺、もうこれ以上はこんなこと続けられないよ。確かに金には困っていたけど、こうやって逃げ続けるなんて、もう無理だ。
男1  …………
男2  だから、俺さ(と言って懐から拳銃を出し、弾を込める仕草。そして撃つ。しかし空砲である)、弾、抜いちまった。
男1  お前……お前もか。
男2  「お前も」ってことは……
男1  ああ(と同様に拳銃を取り出して撃つ。もちろん空砲である)。
男2  そうか……(と何かに気づく)お前、抜いた実弾はどうした? まさか、どこかその辺に捨てるなんてことがあったら……
男1  ああ、それなら心配ない。実弾なんかその辺に置いておいたら、誰かが悪用するかもしれないだろ? それに、子供なんかがみつけたら物騒じゃないか。(胸のポケットから実弾を取り出して)ここだよ。
男2  ああ、よかった。(同様に実弾を取り出す)俺もだ。ただ・・・それだけじゃないんだ。
男1  なに?
男2  その……盗んだ金なんだが……すまない。
男1  …………
男2  戻しておいた。
男1  銀行に?
男2  ああ、あいつらが開けてくれた金庫の中に。
男1  それで、鍵は?
男2  鍵! しまった、うっかりしてた! でも、あの電子ロックは、銀行のやつらにしかわからないだろうし……
男1  やっぱりな。そんなことだろうと思って
男2  なんだ?
男1  俺がかけておいたよ。
男2  できたのか?
男1  支店長を脅すのは、さすがに心が痛かったよ。
男2  どうやったんだ?
男1  これで(と、拳銃を動かす)
男2  まさか実弾は!
男1  もちろん、抜いてやったよ。
男2  よかった。支店長の身体に何かあったら大変だからな。
男1  そりゃ、支店長だからな。明日もきっと忙しく仕事しなきゃならんだろう。
男2  強盗が来た昨日の今日でまた仕事か。
男1  大変だな、支店長ってのは。
男2  まったくだ。
男1  ところで、俺ももうひとつこの際言っておいた方がいいと思うことがあるんだ。
男2  なんだ?
男1  実は……
男2  あ、ちょっと待ってくれ。俺、電話をかけなくちゃ(と言って携帯電話を取り出し、電話をかける)。
男1  その必要はない! 俺、先に呼んじゃったんだ。
男2  まさか……
男1  ああ、警察だ。
男2  やっぱりか! じゃあさっき会った……
男1  会ったのか?
男2  ああ。だから連れて来たんだ。

男2、下手に一度退場する。そして男3の手を引いてやってくる。

男2  紹介する。警官の山口さんだ。
男3  ……山口です。
男1  それはご丁寧に、どうも。こちら強盗の……
男3  ああ、いいですよ。名前を知られると、いろいろ困るでしょう、今のところは。
男1  ああ、確かに。これはこれは、恐れ入ります。
男3  いえいえ。
男1  それでは、早めに済ましちゃいましょうか。早い話、捕まえて欲しいんですよ。私たちを(と言って、男1が両手首を差し出す。男2もそれにならう)
男3  (少し笑ったあと)最近はねえ、両手首に手錠をかけないものなんですよ。
男1・2 ええっ!?
男3  だって、両手首に手錠をかけたら、私たちはどこを持ったらいいんです?
男2  本当だ。
男1  じゃあ、どうすれば。
男3  最近はもっぱら、片手首に手錠をかけて、もう片方は私の手首にかけるか、私が持つのがスタンダードでしてね。
男2  スタンダード……
男1  さすが、警視庁さんは違いますなあ。
男2  え、警視庁?
男1  ああ。交番のやつだと俺らを取り逃がしちゃ困るだろ? だから、わざわざ警視庁に直通電話をやって、来てもらったのが……
男3  山口です。
男1  山口さんだ。
男2  わざわざ、ありがとうございます。
男3  いえいえ。
男2  じゃあ、(と言って片手首を差し出し)お願いします。
男3  容疑者確保、と言いたいところなんだが……
男1  何です、なにか不都合が?
男3  だってあなたがた、強盗するときに脅した女性行員をどうしました?
男1  え……それは……拳銃を突きつけたときに、首を強引に持ち上げてしまったんで、首を痛めてしまったみたいで……
男2  俺が、病院に付き添って治療費も払いはしたんですが。
男1  それだけじゃ済まないだろうと思うので、明日からしばらく見舞いに行こうかと思ってます。
男3  その女性がね、言ってましたよ。「日頃の肩こりも一緒に治療してもらえそうで、なんだかこっちが悪いわね」と。
男2  悪いなんて。
男1  そんな。
男3  「お金に困って強盗したっていうのに、治療費も払ってもらって、本当にこっちが申し訳ない」って。
男2  そう言ってもらえると。
男3  ですからね、逮捕しておきました。
男1  え?
男2  今、なんて?
男3  (下手の方に声をかけて)ほら!
女1、下手から出てくる。手錠はないが、うつむいている。

女1  すみません。私がやりました。
男3  だそうだ。
男2  まさか……
男1  あなただったんですか……
男3  (女1に)ほら、手を出して! (女1が両手首を出すのを見て)片手だよ片手!
女1  すみませんでした(と言って、片手を差し出す)。
男1  こんな結末、見たくなかったな。
男2  本当に、残念です。
男3  (しばしの沈黙ののち)五時十八分(公演時間に合わせてよい)、容疑者、確保!
暗転。

       

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