Neetel Inside ニートノベル
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奇跡のアイランド
第十二話

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 真昼の病院の色の控えめな場所で、渉のいるこの場所だけが彩度の高い色が散りばめられている。
 床は水浸しだ。突っ立っているクラスの人間や浦賀夫妻、警備員、医者達。駆けつけた警備員もどうしたらいいか分からずぽかんとしている。

「うーん……」

 俺は大きく伸びをした。久しぶりに空気を吸ったような気がする。当たり前だ。今までは機械で喉に穴を開け、肺に空気を送っていたのだ。

 ところで、このフロアの渉の周りの敷地あたりの人口面積が今までの二年間と比べてありえない密度の数字になっている。

 渉や上妻家の人達と違い、伸びをするような余裕はない。事の始まりからずっといるクラスメイト達はまるで借りてきた猫のようにおとなしい。

「なんだか、俺の知ってるクラスメイト達っじゃないみたいだな」

 俺は少し苦笑する。
 俺の知っているこのクラスメイト達は学校では、どこまで大きな声で喋っていいかや、どれだけ大きな笑い声を出していいのか決める雰囲気に一番許されていた人達だった。
 そう言えばあの教室はとても息苦しかった。

「さて、行こうぜ」

 渉は上妻家のみんなに言った。

「私達の世界に戻ったらもう次元の裂け目は閉じてしまうわ。つまり、決して降りることはできないノアの方舟に乗り込むような事なのよ?」

 藍子が言った。言外に別れのために何かやり残したことはないかと問うていた。
 渉はがくがく震えるクラスメイト達、教師、浦賀夫妻に振り向く。彼らは渉の視線に体がビクッと跳ね上がる。教師も、浦賀夫妻も化け物を見るかのような視線で渉を見ている。
 しかし、若いクラスメイト達の目の中に畏怖以外にも嫉妬のような色を見たのは気のせいだろうか。
 それから上妻家のみんなの方に向き直した。

「もういいんだ。行こう」

 渉はそう言った。
 
「そう……」

 真歌が言った。納得のいかないような煮えきらない様子だ。

「渉がいいって言っても俺はなぁ……俺は……」

 あの饒舌な春秋もが口ごもる。言いたいことがあるのにうまく言えないみたいだ。

「?」

 渉は不思議そうに二人を見た。その時文字通り大地を揺るがす振動が起こった。
 何事かと渉はあたりを見渡す。するとぶち抜かれた病室の壁の先には、一つの大きな宇宙があった。訂正するとそれは目玉だった。銀河のように無数の虹彩が輝く目玉だった。

「おお、友よ!儂だ!見れば分かるか!グラララララララ!!」

 彼の笑い声がビリビリとそこにいる生き物全てに届く。

「ハハハ。ここは病院だって。静かにしないとダメだよ」

 そう渉が言った相手はドラゴンだった。彼までもがこの世界にやってきていた。紫色の鱗が太陽の光を乱反射している。

「ようやく目が覚めおったか!!深ーい深ーい眠りじゃったな!!」

「ああ。夢かうつつか分からないぐらい深い眠りだったよ」

 渉が笑って答える。

「あんたも来てくれたんだな。嬉しいよ」

 そう言うとドラゴンは少し照れたようにヒゲをぴょこぴょこ動かした。

「グラララララララ!!それはそうと、春秋や真歌が言いたいことを代わりに儂が言ってやる!!」

 真歌や春秋が言いたいことが分かんの?そう思ったあと渉は真歌と春秋の顔を見た。

「グララララ!!渉はもういいというがな!!儂はそうはいかん!!儂はこいつらを懲らしめたいんじゃ!!」

 こいつら、と言うドラゴンのかざす爪の先にはクラスメイト達と浦賀夫妻が居た。

「いや、いいんだって」

 予想外の事に渉は可笑しそうに言う。

「むぅ…………お主がそうは言っても、儂の気が収まらんのだ」

「「そうだ」」「わ!」「ぜ!」

 春秋と真歌のコンビが息を揃えて言う。む。と真歌と春秋はお互いを見る。これは「何真似してんだよ」見たいな間だった。

「おっかしいなぁ。みんなは」

 渉はあははと笑った。

「はー…………」

 ひとしきり笑ってから渉は息を吐いた。

「だが、渉」

 その言葉の主は神威だった。石のように堅牢だが、同時に穏やかでもある。その相反する要素を神威が誇ることができる理由は一言で言うのなら、愛の力だった。神父のように、多くのことを体験してきた者が若者にバトンをわたすように、神威は言う。

「これであの人達に会うのも最後なんだ。何かやっておきたいこと。言いたいことは今やっておかないともう後になってはできない。……自分の気持ちを聴くんだ。どうしたいかを。何を望んでいるかを」

 迷える人の前に立ち、手を差しのべる者。

 渉は目を閉じて頷いた。渉は振り返り、クラスメイト達の方を見た。

「うん。ありがとう。父さん」

 小さく。自然に。だが、確かに。その言葉は渉の後ろ姿から神威に届いた。

 渉は浦賀夫妻を見ていた。こっちの世界の両親は渉の方を見てくれなかった。最後まで渉を見て欲しい目で見てはくれていない。

「それじゃあみなさん。その、さようなら」

「ば、けもの…………早くどことなりと行ってしまえ!!二度と帰ってくるな!!」

 浦賀茂がそう醜く喚いた。

「やば…………」

 やばいと思ったが、上妻家のみんなは揃ってキレていた。みんなの引火点と発火点と沸点全部が俺に関係していることなんだなぁと戸惑いながら、成り行きを特に止めることなく見守る。

 真歌が力を使った。外の病院の地面から童話の豆の木みたいに伸びてきた大きなつるが、アリーシャによって破壊された壁からつたうように入ってきて、浦賀夫妻達に絡みつく。

「いきなりこんなことになるなんて想像もしてないでしょうね。でもね。今までアンタらが渉にやってきた事に比べたらその何十分の一も返済できてないのよ」

 真歌が烈火のごとく怒っていた。
  ぎゅうぎゅうと蔦はどんどんクラスメイト達を締め付ける。

「(そうなのだろうか)」

 渉は思った。
 春日井と小夜鳴が俺の肩に手をぽんと載せた。二人とも怒りで目が燃えているようだった。

「(そうなのだろうか)」

「貴様ら丸呑みじゃ!!」

 ドラゴンが激高する。熊の何10倍もの大きさの体を持つ獰猛そうな動物が、口を開く。その口は地獄の門さながらだ。クラスメイト達は動くことも出来ず、蛇に睨まれたカエルのようだ。どんな手段を使っても、首はあっという間に迫り、彼らを丸呑みするだろう。またそのあごの力といい、鋭く大きい牙といい、挟まれたら決して逃れられないことがただの人間であるクラスメイト達ですらよく分かった。正に必死。ごろごろと深淵から太古の奥から響くような喉の音。恐竜のような原始的な音。グアァっと容易く開く上あごと下あごの間から動く大きな舌。

「このクソッタレども!いっぺん死ね!!」

 春秋が激高しながら、自前のホルスターから引き抜いた銃を連続で撃ち抜いた。
 さすがに当てるまではしなかったが、そのブチ切れた顔がもうすこしで当てるつもりだったことを表していた。

「この馬鹿野郎共!!おたくら皆渉に冷たすぎだろうが!!!どうしてそんなことをする!!」

 春秋が連射しながら叫ぶ。

「大丈夫。他の入院患者の体調は正常だよ」

 渉の前に立つ未来が渉に言った。さっきから『耳を澄まし』他の入院患者の様子を看ていたのだ。それは未来の精霊術だった。彼女の力も上妻家とリンクして大きく上がっていた。その発言の意図は渉が他の入院患者への影響を心配するだろうと考えてのことだった。

「誰もびっくりして心臓が止まっちゃった人はいないよ。機械の動きも正常みたいで誰も傷ついてないから安心して」

 未来がずんずんと俺のパーソナルスペースに入ってきて、ぴっとりと俺の左脇に収まるみたいに寄り添った。唐突に未来にキスをしたくなった。

  銃の反動をものともしない春秋は弾が空になるまで銃を撃ち続ける。

「はい」

 そう言って咲夜は渉に手を指し伸ばした。

「手を握っていてあげます」

 お姉さん然とした口ぶりで咲夜が微笑んで言った。

「はは。ありがと」

 こんな事態だが、咲夜は怯えることなく、渉に言った。少なくとも渉にはそう見えた。握ったその手は柔らかく、暖かく、確かなものだった。それはここにいていいんだと思うには十分すぎる事だった。

       

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