Neetel Inside ニートノベル
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奇跡のアイランド
第十三話

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上妻家の皆は揃ってドラゴンの頼もしい背中に乗り、心地いい風を体に受けていた。ドラゴンは一気に空高く舞い上がると、滑空ぎみの飛び方となった。

 ドラゴンの大きな体は岩のように逞しかった。

「いやぁ……久々に血が踊りましたねぇ……若い頃を思い出しましたよ」

 漆が少し上気した顔で言う。実に嬉しそうだった。

「おいおいじいさーん。無茶しすぎて心臓止まんなよ~?」

 にひひと笑いながら春秋が言う。

「おや、オリハルコンの心臓の持ち主と呼ばれた私には無用な心配ですねぇ。春秋君をおぶったまま、山岳登頂してもいいくらいですよ。山登りは足腰が鍛えられますからねぇ」

「口の減らないじいさんだ。おーこわ」

 春秋が、ふー、まったくといった感じで言う。

 渉は上妻家の面々を改めて見渡す。みんながみんな渉に愛おしい視線を向けている。渉のためにはるばるここまでやってきたのだった。みんなは渉の事が大好きだったし、渉もみんなのことが大好きだった。渉の胸中は自分はこんなに幸せでいいのだろうかということでいっぱいだった。

 とても大きなドラゴンにしがみついていたわけだが、まったく、恐怖はなかった。初めて乗った時よりも、さらにとてつもなく安心できている。心地よく体をあずけていられる。ドラゴンはみんなを乗せてとても楽しそうに飛翔している。鼻歌でも歌い始めそうなほどうきうきしている。

 渉はすぐ斜め後ろでしがみついている未来を見た。 繊細な白い小さな手で刺にしがみついている。風で大きく髪がなびいていた。その大きなクリアグリーンの瞳と目が合う。その目は雪解け水のように透明に光っていた。
 風が大きく吹いて、お互い声は通りづらい。しかし、言葉は必要なかった。渉はニコッと微笑む。大丈夫だよ。安心してというように。そして未来が妖精のように明るい微笑をして答える。それが全てだった。

 渉は今や海神や魔神に比肩するほどの力を手に入れた。二つの渉が融合し得た力だった。二人の魂の融和と爆発。それは化学反応のように精霊が謳い、入り交じり、力となった。正に、力だけなら神のテーブルにもつけるだろう。

 次元の裂け目の黒い穴の中は漆黒の空間が続いていた。そこからようやく抜けると島の上空に出た。かなりの高度から島を見下ろす位置に飛んでいる。渉はなにか不快な感覚に襲われた。履いた靴の中にゴキブリが入っていたようなものだろうか。島にはうねうねとわらわらと、黒い霧のような固まりがいくつも蠢いていた。

「黒霧がこんなに……!」

 渉は苛立ちを隠しきれずに呟いた。

「俺達がここを発った時より確実に増えている。くそっ…………」

 春日井が歯噛みしている。

「私達だけでは守りきれなかったんだ。このザマだよ。渉君。あの膨大な黒霧ら全部君なら吹き消すことができる。我々にできなくても。しかし、そうだな、退院そうそうすまない」

 久尊寺博士がユーモアのある言葉で最後を締めくくった。

 渉の体は二年間閉じ込め症候群の状態にあったとは思えないほど体に力がみなぎっていた。

「よし、では、開戦だ!!!」

 アリーシャが鬨の声を上げる。皆が声を上げ応える。皆は各々の得意な精霊術を展開していく。一匹残らずあの無礼な侵略者を殲滅するつもりだった。こうしてこの島で大規模な戦いが始まった。その人が起こしたとはとうてい信じがたいようなことが、この島で立て続けに起こることとなる。災害島とも呼べるぐらいの荒ぶりだった。奇跡の島はハザード・アイランドという意味でも正に奇跡だった。

  「皆、今度は存分に暴れてもらっていいよ。手加減無しの、フルパワーでね」

 渉が滞空するドラゴンの上に立ち上がり皆に言った。皆がこくんと頷く。両手で刺を掴んでいる真歌が渉に言った。

「全力出したら島が吹っ飛びかねないわよ?」

 半分笑っていたが、半分は心配していた。上妻家の他の数人もそれをけっこう心配しているようだった。なるほど、強すぎる力の影響をそれを実際に持つ者は考える。渉はみんなの心配を包み込むように受け止める。

「大丈夫。何があっても『世界改編』で全部俺が元通りにするから、だから大丈夫。思いっきり気兼ねなくやってくれ」

 渉は胸を張って言った。その顔は実力に対する確かな自信を表していた。
 みんなの顔に驚きと頼もしさの色が浮かんだ。渉の力を知っていた者は今更驚くことなく、渉を愛おしそうに見つめる。実際に『世界改編』を行える人間は上妻家には久尊寺がいたが、重度の健康障害を引き起す諸刃の剣であった。しかし、渉はその力を使ってもなんの反動もない。

 渉は何回もの『世界改編』で徐々にコツを掴みつつあった。最初に久尊寺博士から聞いた時は世界をその手に掴むような感覚かと思っていたが、世界にアクセスする、という認識の方がやりやすいことに気がついた。その方が、力を使っていてより、楽しいことに気がついた。

 滞空している渉達に黒霧が気づいたようだ。光を飲み込もうとする闇のようにぞぞぞぞぞぞと積み重なり、上へ上へと上がってく。

「ふむ、まるで釈迦のクモの糸に群がる亡者の群れのようだな」

 久尊寺博士が落ち着き払った研究対象を間にする時のような調子で言った。

「では、あの先頭の黒霧の名前はカンダタですね」

 漆が下をのぞき込みながら言った。上妻家ののんき組がどっと笑った。そこに渉も含まれていたのだが。

「そんなこと言ってる場合じゃないってーー!みんなのバカァー!!」

 小さなドラゴンであるシュラがぷんぷん怒っている。

「ううん。非常にもっともだ」

 渉が笑いながらそう言うとシュラはさらに言った。

「わぁあああ。すっごい登ってきてるじゃないかーー!なんとかしてーー!」

 半狂乱でシュラは渉の頭に甘がみする。渉はシュラをあんまり怖がらせても面白くないと思った。渉達は本当のところけっこうホームを荒らす黒霧に苛立っていたのだ。

 迫り来る黒霧に対し、渉は左手を向けた。左手一本で座標指定する。その空中の位置から透明な長方形の筒が何本も現れた。その筒は不揃いな長さだが黒霧に向かって何十本も高速で迫って行った。ドスドスドスドス!!と突き刺さる。黒霧の塔は透明な筒に阻まれて頂上からどんどん散って行った。

 涼しい顔で左手を向け続ける。そこでは高度な演算と微精霊の循環が起きていた。一瞬で渉の左腕は二の腕のあたりから透明に透けていき、内包するエネルギーの動きが可視化できた。光り輝く左腕。これは光神化と呼ばれる現象だった。

  その精霊術は術式を固定したので、特に操作を加える必要は無くなった。左腕が自由になる。その精霊術は自動でターゲットを捕捉、攻撃した。

 渉はさらに右腕を頭上に持ち上げた。するとドラゴンの頭上に火が立ちのぼったかと思うとそれは一つに集まって行き、火球と化した。その火球の内部ではフレアに似た現象が起こっている。それは爆発だ。とぐろのようにうねるプロミネンスのようなものも火球から発生している。火球が大きくなっていくにつれ、渉の右腕は肘から先が半透明の紅さを伴うようになっていく。

 渉の現時点での本気だった。

「(何故だろう…これが限界ってぐらいの力を出したのに、次はもっと凄いことができる気がする。自分自身にワクワクしているのか?俺は)」

 このエネルギー満載の火球を投下して、怪敵である、黒霧を存在ごと消滅させてやりたいと渉は思った。

       

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