島にはたくさんの黒霧で溢れかえっている。地獄の釜の蓋を開いたような光景だった。
うごめく黒霧はまるで実体を持つもの全てを攻撃するかのように渉達を攻撃しようとする。それには明確な悪意のような物を感じられた。黒霧は汚水のみのどぶのようなものだった。どこまでさらっても終わりどころのない腐臭。悪意。 黒霧というものはゴキブリのように潰しても潰してもどこからか湧いてくるような。
太陽を背に渉は遥か高度から島を見下ろしていた。
渉は作った火球を投下した。あまりにも大きいのでゆっくり落ちているような錯覚すら覚える。火球が黒霧のうごめく地表に着弾する。
ゴシャアアアアア!!
聞いたこともないような音が下から伝わってくる。島の表面は、大地が見えないほど黒霧で覆われていたが、火球が落下した場所とその周辺の半径60mくらいは、灰燼へと帰っていた。
炎の光が龍の毛の上にしゃがんで下をのぞき込む渉達に照り返る。
「ああっ…自分で直すから手加減しないでって言っておいてなんだけど、あんまり気持ちのいいもんじゃないね。この島を……破壊するのはやっぱり嫌だ」
渉はそれを隣の未来にだけ聞こえるトーンで話した。二人は近くに来て隣あって下を覗いている。未来の伏せられた目が下の惨状に心を痛めていることを如実に表していた。
そして未来は渉の顔をじっと見つめる。目を見ている。
「そうだね。私もこの島が破壊されるのは見たくない。でも………」
「(でも?でもって…)」
渉は未来にそんな光景を見せてしまったことも含めて後悔しつつあった。
「ちゃんと渉は渉のままだね。光神化したら精霊の側に精神が行ってしまっちゃうのに、渉は、渉のままで居てくれるんだ。それが嬉しい」
予想外の言葉にうろたえる。渉は照れ隠しに喉に詰まった慌てた言葉を吐き出した。
「まったく、未来はあんまり多くのことを望まないんだなぁ…いや、美味しいものに関しては暴食するか」
「もう…!………でも渉みんなに聞こえるように言わなかったのは島に対する影響に気をつけて、黒霧にやられることを危惧してくれたんでしょ?ありがと」
「何でもお見通しなのかな?おみそれしました」
「渉が黒霧が少し怖いってことも知ってるよ」
「おやっ反撃かよ」
茶化した反撃を渉は食らったと思った。
渉は黒霧のことが怖かった。圧倒的な力を手にしたとしても、それでも過去の恐怖を拭うことは難しい。覚醒前にがむしゃらに戦い、力に飲み込まれながら、辛くも勝利したが、今二つの渉が一つになり、 真実に気づいた時に戦うのが、怖いというわけだった。
「未来は怖くないのか?」
軽い調子で渉は尋ねる。本当のところどうしてあんまり未来が怖がった様子を見せないのか分からなかった。
「あなたがいるから」
信頼しきった顔で未来は渉に言った。
雪の妖精のように白い肌にわずかに赤みが差している。地獄に咲く一輪の花のような微笑みだった。渉は、はっと息を飲みかけた。
その時地表から何本もの黒霧の群れがものすごい速さで伸び上がってきた。しつこく捕まえようと攻撃してくる。悪意のこもったその追随をドラゴンは許さない。さすがの伝説上の生き物であるドラゴンは凄い勢いで旋回し、粘菌のように迫る黒霧を交わし続ける。猛烈な速度で飛び回るドラゴン。勇猛なるドラゴンは翼をはためかせ大空を自由に飛び回った。空の王者の名を冠するにふさわしい力強さだった。
しかし、そんなドラゴンの背に乗る渉達に強力なGがかかる。
「おおおおおおおおおおおお!!」
春秋が叫び声を上げる。しかし、どこか楽しんでいるように見える。
「わぁああああああああ!!」
咲夜とシュラの叫び声も一際耳に響く。
「アハハハハハハ!!」
真歌は叫び声と笑い声の混じっている感じだ。
咲夜もシュラもアリーシャも神威も藍子も春日井も小夜鳴も久尊寺も黒繭も真下も美優も漆もドラゴンも、
みんながどこかしら、ちょっとずつ楽しそうにしている。
執拗に黒霧は後を追ってくる。うねり、津波のようにぐわっと迫る黒霧。壁がそのまま迫るような規模の攻撃だった。落ちてくる黒霧の間と間をうまくドラゴンはすり抜ける。
「ここらでいい! 降ろしてくれ!」
荒ぶる風に髪が逆巻いているアリーシャドラゴンに言った。
ドラゴンは目でアリーシャに再度確認した。
「ああ、そうだ! 今私達を投下してくれ」
ドラゴンは宙返りした。渉達は逆さまになった。丁度ジェットコースターや、複葉機の宙返りのような状況だった。しかし渉達にシートベルトはない。
驚くことにアリーシャがドラゴンの背から重力に身を任せ落ちた。その一連の落下は美しかった。躊躇いというものがなかったせいかもしれない。
「!? っえぇ」
──なんて人だよ。
渉は思わず顔を苦笑させながら思った。
アリーシャが落下しながら方向を変えこちらを見ながら大の字で落下してゆく。右腕をこちらの方に向けてちょいちょいと手こまねいた。
渉はいろんな事を含めてニヤっとした。とはいえ面白そうではあった。
渉もドラゴンの棘から手を離す。途端景色がガラリと変わる。本能的な恐怖がひやっと全身を覆うような感じだ。しかし、吹き抜けるような果てしない自由の喜びを同時に味わっていた。その二つは肌に刺す暴風と同じように渉の中で動き回る。
渉はくるくると回りながらアリーシャがしたようにみんなの方を向いた。渉は屈託のない笑顔でみんなに送る。そして手を大きく広げた。クロコアイトの宝石のような赤い右腕とアクアマリンの宝石ように薄い青の左腕。
特大の精霊術の光が生じる。琥珀色の光だ。この術式はネットや巨大トランポリンをイメージして作った地の精霊術だ。
みんなは完全に安心して続いて飛び降りた。渉もみんなを受け止めることに完全の自信があった。
地表に落下しながらみんな笑ったり、ふざけたりしている。
地面が見えた。
アリーシャと渉が同時に着陸した。展開してあった精霊術は渉達に何のダメージも負わせなかった。
みんなが重なるようにして着陸した。ぎゃあぎゃあと陽気に騒いでいる。