Neetel Inside ニートノベル
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奇跡のアイランド
第十話

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「なぁにが家族だ!」

 その言葉を言ったのは、医者の連絡でここにやってきた浦賀茂と浦賀卯之だった。

「この詐欺師ども!俺達から!金を奪おうったってそうはいかん!警察呼んだからな。覚悟しろよお前ら!」

 狂ったような剣幕でそうまくし立てる浦賀茂。

 渉は苦しそうにその二人を見た。二年ぶりに目が覚めたのだ。浦賀夫妻が声すらかけてくれないことに、この後に及んでも痛みとなる。

 浦賀夫妻はがなり立てつづけた。

「出ていけ!出ていけ!出ていけ!」

 そうするとアリーシャがキレた。アリーシャの周囲が不思議なオーロラのような光で瞬いたかと思うと水がどこからともなく渦巻くように現れる。それは球体になるようにクラスの人間達と浦賀夫妻に収束した。

 がなり立てる浦賀夫妻とクラスの人間達は水球に閉じ込められた。もごもごともがく浦賀夫妻とクラスの人間達。アリーシャが右腕を横に振り抜くとその水球の水はようやく離れ、窓の方に横に落ちる滝のように叩きつけられた。あたりに轟音が響く。窓のさんやガラスはなす術もなくひしゃげ、叩き割れ、散る。

「ふむ。これで……だいぶ空気が開放されたな」

 アリーシャの言う通り、壁はぶち抜かれ、開放的になった。監禁生活からの解放という意味でアリーシャの言葉はとても的を得ていた。

「黙っていて欲しい。分かったかな?」

 クラスの人間達や浦賀夫妻は狂った首振り人形のように首を何度も何度もぶんぶんと振った。人智を超えたこの力のことを何も分かっていないようだった。せいぜい爆薬かなにかを使ったぐらいにしか理解もできないだろう。おそらく一生理解することはできない。彼らは無様にびしょびしょになって立ち尽くすのみだ。

 しかし渉には解った。

「(精霊……術……)」

 ぶるっと渉も震えた。しかしこの震えは恐怖ではなく、歓喜と感動だった。ぶち抜いた壁から太陽の光が降り注ぎ渉を照らした。

「あ……あ……ああ…………」

「まだ完全には治っていないな。今治すぞ。
 」

 アリーシャが渉の痩せた頬に触れた。

「これから精霊術で渉を治そう」

「ああ!」

 上妻家の皆がんばった応じた。

「早く、自由にさせよう!」

 春日井がそう言って、春秋も同じ気持ちを表すように拳を掲げた。

 アリーシャが腕をさらに複雑に十時方向に切り、それから円を描くように動かした。

 上妻家全員分の力で精霊術が発動する。治癒術の中でも最高峰のものである濃縮された術式が高密度の治療を可能にした。

 渉の潰された脊髄の運動神経は完全に回復した。そしてその他の全てが治癒され、渉は久方ぶりに健康というものを取り戻した。いや、周囲の暖かい人間という健康に不可欠なものが今までなかったのだ。真の意味で渉は産まれて初めて健康というものを得たのだ。

 肺に空気を送るためのチューブが外れた。切開された喉が塞がり、切開の跡も残らない肌に戻った。

 
 緑色の光が一面に散らばる。蛍のような微精霊が病室に漂っている。皆が集中して精霊術を発動し、組み合わされた術式が凡人にも分圧力というものを感じられるほどに。

 ガバッと渉が起き上がる。

「っ!!!!やったぁ!!」

「よし!」

 上妻家の人間は喜びの声を上げ、喜色に満ちた様子だ。嬉しそうに渉を見る。春日井も喜び小夜鳴も喜んでいる。皆が嬉しくたまらないという様子だ。

「ひっ」

 しかし、それとは対照的にクラスの人間達は恐れおののく。
 植物状態だと思われていた渉が起き上がるのを見て、もはや上妻家の人以外は恐怖の眼差しで突っ立っていることしかできずにいる。

 渉は鼻に通っていたチューブを思いっきり引き抜いた。

「ひぃぃぃぃっっ」

 小さなくぐもった悲鳴を上げるクラスの人間達。畏怖の表情で遠巻きに見ている。

     

 
  それから渉は耳についているタグをはがし、腕に刺さっている点滴の針を抜く。
 胸に何本も貼られていた電極シートをべりっとはがす。心音を示す電子音が途切れる。思えば渉にとってはこの電子音で否が応でも自分がこの世界で生きていることを認識させられてきた。
 断続的な電子音が初めて連続的な長い音へと変わる。そしてそれは不可逆のものだ。決して前の音に戻ることは無い。手をぐっぱっぐっぱ。と開いたり閉じたりする。少しだけ、ほんの少しだけ渉はその目を細め、一本の真っ直ぐな線を描く心電図を見ていた。渉にとってそれは現実から自分が切り離されたことが象徴的に分かるものだったのかもしれない。

 渉の体は完全に健康に戻った。

「いいや」

 アリーシャ。

「そうそう」

 風が吹くように話す春秋

「まだまだだよ。いっくよー!」

 ハイテションになりかけの未来が跳ねるように嬉しさをぶちまけている。

「えっ。まだなにかあるのか?もう充分だよ。もうたくさん貰ったよ。これ以上もらうのなんて……何か怖いよ」

 渉が言う。

「ふ……イマジネーションを駆使したまえ渉くん。我々がこんなもので満足すると思うか?だが安心したまえ。君は受取りすぎるということはない。なぜなら君が既に手にしたものを渡すだけのことだ」

 白衣のアルカイックスマイルの久尊寺博士。

「どういうこと?」

「すぐわかるぞー」

 にやにやするシュラ

「です!」

 にっこりと嬉しそうに、小動物がいたずらにわくわくしているように首肯する咲夜。

 アリーシャがさらに複雑な手の動きで精霊術を組み上げる。精霊の主が本気で編み込んだ術式に上妻家の皆がそれぞれの力を加える。何が起きても不思議ではない。どんな現象だって巻き起こせる。この家族が揃っているならどんな劣勢すら覆せるし、どんな奇跡だって起こせる。

 
 渉が今までやってきた証のような出来事が今起こっている。上妻家の人達が持ってきた、渉が向こうの世界で手にしたものが渡される。

「これは……俺は知ってる。これを俺は覚えている。なんだろう。懐かしいような。ついさっきまで俺が持っていたような」

「覚えていてくれた?」

 未来が問いかける。

「忘れられるわけがない」

 忘れろという方が無理だ。渉はそれを生きがいに、それにすがって生きてきたのだから。

 全ての悪いところが治ったとはいえ、今までの人生でろくに食べることもできず、しかも二年間という途方もない、気が狂いかねない時間、筋肉は一ミリも起動しなかったのだ。渉の体は骨がうきでていたし、体重は平均の同い年の男子よりもとても軽かった。病的に健康色を失った肌。

 しかし、みるみるうちに渉の体は眩しいほどに健康的なものに変わっていった。まるで体にいい、愛情のつまった料理を食べたかのように。まるで愛する誰かと森を探検したかのように。まるでお日様の下で農作業をし、いい汗を流したかのように。

 それだけではなかった。ざわつくような謳うような不規則なこの音が聞こえる。

「聞こえる。俺にも微精霊の声が聞こえるよ」

 渉は涙が出そうな嬉しそうな顔をした。

「それに、術式も組み上がる」

 渉自身の周囲で微精霊の光が瞬く。微精霊の循環すら自在に調節できる。

「さすが渉くんですわ。私には分かっていましたよ。あなたは私達の世界の住人なのですから。精霊術が使えないはずありませんもの」

 黒繭が胸を張って言う。

「おやおやぁん?黒繭が一番心配してたんじゃないの?「大丈夫ですわ、大丈夫ですわ……」ってこっちに来る時に自分に言い聞かせてたじゃん」

 両手を腰に当てている真歌がニヤニヤしながら黒繭に言う。

「バ、バカな。私は信じていました!」

 黒繭は慌てたように憤慨する。
 コロコロと鈴を転がすような声で笑う真歌。
 真歌にくってかかる黒繭を周りの真下や、春日井、久尊寺がいなした。

       

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