Neetel Inside ニートノベル
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奇跡のアイランド
第十一話

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健康的な肌色を取り戻した渉。

クラスの人間達は先程から繰り広げられる超常現象としか思えない状況にただひたすら畏怖し、パニックになっていた。
 爆弾かなにかを使われたのか窓はぶち壊れ、自分たちはテロリストに命を握られているという認識だった。

「警察……警察………」

 小声でぶつぶつ言う浦賀夫妻。びしょ濡れで地面に伏せ、聞き取れぬ青ざめて呪詛を呟いている。

「さあ」

 女神のような微笑みで未来がベッドの上の渉に手を差しのべる。それは天使のように輝かしい。全ての理想がそこにはあった。渉は手をとった。久尊寺や、アリーシャや、未来や、神威達に支えられ、渉は立ち上がる。

「なんだか……変な、本当に変な感じだよ。俺しか知らないはずの皆が、ここにいるのも変な感じだし、俺がここにこうやってまた動いてるのも、変な感じだ」

 渉は苦笑した。

「うまく言えないけど」

「前例がないことはうまく説明することが難しいものだよ渉くん。何故なら今まで見たことも聞いたこともなく、知っているのは自分だけということなのだから」

「みんな……その、えと……どうして?」

 何から聞いたらいいのか分からない。老健さを魅せる笑い方でそれに答えたのは白髪の理知的な漆だった。

「どうしてとはおやおや……水臭いですね。私の孫に会いに来てはいけなかったでしょうかね」

 さらに若い茶色の目の二枚目の茶色のコートを着こなす、春秋が言う。

「一人でこんな辛気臭いところに閉じ込められて、毎日いびられてる日々も飽き飽きしてるだろうと思って解放しにきたんだよ」

「にしても、よくガンバったな」

 真に感嘆した、尊敬といたわりと愛とがこもった真剣な声音だ。
 春秋がその大きな手で渉の髪の毛を乱暴に撫でる。誰かに触れられることがこんなに嬉しいことだと、渉は今日初めて知ったような気がした。

「どうして……と聞かれたらこの男共がだいたい言った通りなのだよ」

 その綺麗な顎先に指をあて、目を閉じうんうんと頷くアリーシャ。
 立ち上がった渉を囲むようにしている皆の中の一人である藍子が話す。

「どうやってここまで来ることができたかを説明するわ。あの黒いものの正体から話すことになるわ。」

     

「あれの、正体……」

 あの黒い騎士、森にいたあの正体不明のなにか。

「あれはこちらの世界そのもの。こちらの世界と私達の世界の間の差異が形となったものよ。それだけじゃないわ。あれの力を増幅させるのは悪意なのよ。あなたの覚醒が近くなったから、あれはあなたをこの世界に閉じ込めておこうと腕をどんどん伸ばしていったということだったの」

「あれはこちらの世界があなたを世界にくびきとめようとする力が生み出したものよ。私達はあれのことを黒霧と呼ぶことにしたわ。あなたは私達の世界から消える前に遭遇し、黒霧を消してくれたわね。あの場にいたけどアリーシャや久尊寺博士では消滅に至らせることは出来なかった。あなたにしかできなかったわ」

「それは、あなたがあの世界で核であるからだと仮定してみたの。それから逆説的に黒霧の正体も割り出したのだけれど」

 渉はたくさんの情報を吟味し、咀嚼する。

「少し説明不足ではないか?」

 久尊寺博士が言う。

「あ、うん。最後のところが、ちょっと。俺の器?」

「ええ。そうね。ちょっと先走っちゃったかも。今現在私達の島は大きな攻撃を受けているわ。規模から言えばこれは侵攻ね。私達の世界にこちらの世界の黒霧が時空の歪みを通って来たように私たちも来たのよ」

「歪みが大きかったからこそ私達がこちらに来ることができたわ。それまではどうしても通ることができなかったの。皮肉なことに黒霧が大量に侵攻できるほどの通り道ができたからこそ私達もあなたに会いにくることができたわ」

「私達がこんなにも遅れた原因ね」

 藍子は俺をじっと見た。

「無力でごめんなさい。その償いをさせてはくれませんか」

 藍子は内心に悲痛な気持ちを抱えていた。藍子は知っていた。分かったような気持ちになることすらおこがましいのだと。

「そんなこと……ない。藍子は頭が良くて、いろんな事知ってて、いろんなことが出来て……いつも変わらない、安心できる軸のぶれなさ、みたいなものがあるんだ。いつも波打ち際の潮の高さが変わらない海岸みたいに」

 言葉を探すように紡いでいく渉。

「賢者みたいで、優しい、まぁ、ちょっと変だけど、藍子は俺にとっては………………自慢の母さんだよ」

 最後はとても正面を向いて言えなかった。

 藍子はそのいつも理性的な顔をハッとさせた。藍子はためらうことなく渉を抱きしめた。

「ありがとう…………ありがとう渉。ありがとう」

 その肩は少し震えていた。

  「どう……あれ。……どうあれ来てくれたんだ。それだけで、それだけで俺は……あのすべての…………生き証人が。あの日々は…………嘘ではなかったんだ。それだけで、それだけで俺は……」

「それだけで俺はもう……それだけで、この時のために生きて来たんだって理解できたよ。こんなに幸せでいいんだろうかって、怖いぐらいに、 満ち足りているんだ 」

 渉に腕を回している藍子は嗚咽しながらうなずいている。
 それから涙を拭いた。

「何もかも終わったら、皆でとびっきりおいしいご飯を食べましょう。私の腕を振るってつくるから、楽しみにしていてね」

 いつもの理性的な穏やかな藍子の口調に戻った。

「説明を続けるわ。今島には大量の黒霧が蠢いているわ。そして奴らを倒せるのは、渉。あなただけなの」

 皆の視線をさっきからずっと渉が独占しっぱなしだったが、この時さらにその視線に込められた熱が加わる。

 春秋がやれやれというように首をふりため息を漏らす。

「あのシャレにもならんほど量はとんでもない、ちょっとしたスペクタクルだったわ」

「だが、渉。お前さんならできる。一億パーセント信じてるぜ」

 言葉こそ軽いが、その口調は真剣だった。

「俺達も力を貸すよ」

 少年の持つ強く純粋な眼差しで渉を見るのは春日井だった。

「作戦は単純。難易度は極難。あなたの力、世界改編で全てを書き換えることで黒霧を完全に消滅させるの。その術式を発動させるためのエネルギーを私達が送るわ。それを全て受け止めるだけの器をあなたは持ってるのよ」

「みんなの……」

 みんなの方を見るとその視線に皆が頼もしく応じてくれた。

「来い来い来~い。ドーンとキャッチするぜ」

 春秋がはしゃぐ。

「僕達は送る側なんだけどね」

 淡々と小夜鳴が言う。

「上妻家の人間の力を収束するのよね。こんな機会滅多にないわ。きっと神みたいなパワーになっちゃう。存分に振るっちゃいなさいよ渉」

 朗らかに言うのは真歌だ。明らかにうきうき、わくわくしている。

  そうしてこちらの世界で三段階目の渉の進化のプロトコルが開始された。一段階目は治癒術。二段階目は渉が手に入れた力が戻った。三段階目は上妻家の皆の力を渉に送るというものだ。

  上妻家のみんなが巨大な術式の一部になっていく構成へとアリーシャがタクトを振った。渉は皆の力が自分に収束していくのを感じた。それぞれの力が誰の力なのかよくわかった。いろいろな特徴があり、そんな人体エネルギーの持つ個性が面白い。

  「(やっぱり不思議だ……見慣れて、見飽きた、それどころか憎かったはずのこの病室の風景が全く違って見える……)」

「(どうしてだろう)」

  渉はそんなことを考えるほどの余裕があった。全ての力がここに集結している。エネルギーのうねりは可視化できるほどになり、凝縮され、体に溶け、混ざってゆく。そしてそれは当初の想定を超えた結果をもたらす。圧倒的な力の奔流は渉の中で混ざり合い、あたかも錬金術のように新たな力を錬成させた。エネルギーは体の中を駆け巡り様々な効果を起こした。渉の中の器の底地を大きく広げたことも効果の一つだった。

  クラスの人間達から見ればまるで、台風や、太陽などの自然災害の原因のように見えた。こういう人間としての枠を超えすぎた者が雷神や風神などと呼ばれるのだろう。

  この病室に体格のいい警備員が三人ほど来ていたが、彼らは立ち尽くしていた。人の力を大きく超えた災害の前に彼らには抗うという選択肢が一瞬も脳裏をよぎることは無かった。

  この時上妻家の人間が、いや渉が本気を出したら首相官邸すら制圧できただろう。実際に彼らにはそうする理由はないのだが。病院関係者が通報していたので警官がもう少ししたら来るが、それらですら相手にもならない。上妻家の力を100としたら警官達もほぼ0と変わらない。

「これは……予想以上だな」

  アリーシャが感心したように、嬉しいように言う。

「ハハ。今なら、何でもできそうな気がする。何だってやれてしまいそうな……」

  コンクリートの削られた跡の先に広がる青い空を見ながら渉が言った。
 
 真昼の病院の色の控えめな場所で、渉のいるこの場所だけが彩度の高い色が散りばめられている。
 床は水浸しだ。突っ立っているクラスの人間や浦賀夫妻、警備員、医者達。駆けつけた警備員もどうしたらいいか分からずぽかんとしている。

「うーん……」

 俺は大きく伸びをした。久しぶりに空気を吸ったような気がする。当たり前だ。今までは機械で喉に穴を開け、肺に空気を送っていたのだ。

       

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