Neetel Inside ニートノベル
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学校を壊そう!!
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 1
 あの電車の乗り心地というか居心地は、まったくよくなかった。と後に振り返った時、そう思うほどの不快感を二階堂は味わっていた。
 揺れる車両。絶え間無い振動のリフレインにうんざりする。そんな車両に彼は根が生えたように動くことが出来ずにいた。汚れた座椅子に沈み込むように座る。立ち上がることができるのかどうかすら疑わしい。

 気分は最悪だった。いつから最悪だったか。と二階堂は思いを巡らせる。答えは出なかった。考えることすら億劫で、そして意識がはっきりとせず。文字と文字がばらばらになり、それは二階堂に緩やかで、それでいて深い、不快感すらも麻痺するほどの絶望を与えた。
 彼は絶望を与えられたのか、果たして自らその十字架を背負っているのか。

 さて、これは彼の故郷へと向かう電車。二階堂は窓の外の景色を見るともなく見ていた。
 頭の中は自身とその周辺で起きた決定的な転換期のことを考えたくなかったので、彼の幼少期から12歳まで過ごした故郷に帰るのは何年ぶりだったかと計算する。

 が、こんな簡単な計算すら彼の頭はバラバラで、うまく解を求めることが出来なかった。

 二階堂琥珀の以前のメンタリティを考えると、そんな自分に何かを語りかけても良かったものだったが、そんな気配は微塵も感じられない。ここにいる生まれてから16年間立つ1人の人間は気配が死にかけていた。

 2

 日が沈みかけていた。
 新幹線に乗っていたはずの二階堂はいつの間にか電車に乗っていた。8人掛けの座椅子に座って琥珀は前を見ていた。いつからかゴォォォという低振動の音の小さな新幹線の音から、ガタンゴトンという一定のリズムで振動を二階堂に与える乗り物に変わっていた。

「そんな馬鹿な・・・・」

 ようやく琥珀が声を漏らす。

「(長い間乗っていたが、確かにぼうっとしていたが、いつの間にこんなことになっていたんだ・・・?)」

「(何故だ・・・?)」

 揺れる車両、外の音がよく聞こえる。ここと外は余程間近であることが琥珀には感じられた。
 夕焼けが世界を黄昏に刻んでいる。背後の窓から差し込む沈む日に照らされながら琥珀は呟く。

「はは・・・・とうとう頭おかしくなったのか・・・」

「・・・・なんてな。新幹線に乗ったと思ったら電車にでも乗っていたのか・・・乗り換えたことを俺が覚えていないだけか・・・それか他にいくらでも理由はあるだろう・・・」

 自律神経の狂った二階堂琥珀が取り戻そうと機能する正常性バイアスは果たして効果があるのか。今の彼は世界を疑うくらいなら自分のことを疑った。

「(眠いな・・・・)」

 二階堂琥珀は歌い疲れた、雑踏の中のボーカリストのように眠った。

 3

 ふと琥珀が目を覚ました。二階堂琥珀は地平線の所にある、差し込む日に目を当てられて、目が覚めた。

「(とても長い間寝ていたような気がする。)」

 二階堂が目覚めた時には先ほどより意識がはっきりとしてきたが、二階堂はその事にまだ気づいていない。このような感覚はやはり、長い時間が経たなければ、また明確な思考の透明さを比較出来る出来事が起きなければ気が付かないものである。例えば人に言われて、はて、そうだったかと言うようにこの手の、思考の明確さと煩雑さの揺らぎは主観ではその存在、状態を確認しづらいものである。

「(けっこうな時間を寝ていた気がするが乗客は誰も増えていないな。)」

 斜め前左に見える夕陽。が、しかし。それは夕陽ではなかった。太陽ではあったがそれは夕陽ではなく。

「もしかして、あれ朝日か?」

 そう。この美しい空は夕焼けではなく朝焼けであった。いつの間にか沈んだ日はまた昇り初めていたのだった。二階堂琥珀は12時間前後寝ていたことになる。

 そもそも二階堂琥珀が電車であまり寝る方ではない。

「12時間以上も寝ていたのか。ぐっすりと座ったまま?」

 二階堂はそのことに不自然さを感じた。周囲を見渡す琥珀。

「(電車が碧い地面を走っている。)」

 そう琥珀が誤認したのも当然のことだった。本来そんなものは世界に存在していなかったからだ。二階堂琥珀が載る電車は海の上を運行していた。訂正すると、この場合運航、という漢字表記になる。
 背面は海。どころではない。正面も、左右も、全てが海だった。

「ーーーーーーーっ。」

 息を飲んで勢いよく立ち上がる琥珀。一刻も早くここから抜け出さんとばかりの立ち上がり様だ。ぐるりともう一度見渡す。

 やはり海の上を電車は走っていた。

「車両室に行けばっ・・・!」

 スーツケースを引きずり、車両と車両を繋ぐドアとドアを開け車両を行く。琥珀の他にはどの車両にも人はいなかった。

 車両の中を歩いているうちに海の上を走っているという実感が現実感を帯びて琥珀の体の情報となっていった。何故なら潮風が二階堂の鼻腔を刺激する上、西日がキラキラと喝采するように二階堂の目の水晶体を収縮させたからだ。

 私鉄線特有の広告はほぼ無くなっていた。僅かに車両内に残った広告はどこかの学園の広告、白衣のアルカイックスマイルの男の広告などが掲載されていだ。他には若い学生と見られる集団の画像が載ってあるだけの、文字も何も無い、広告としての効果を成すのか不確かなものがあった。

 ガラガラとまるで大切なものを全て積み込んだかのようなスーツケースが異次元と現実の間で二階堂の意識を繋がらせる。

 五回車両を繋ぐ通路を抜けて、ようやく先頭車両の車掌室にたどり着く。だが、そこにこの電車を運航しているはずの駅員はいなかった。

「何故だ?」

 車両室のドアに手を掛けたが、ドアノブはガチャガチャと音を立てるだけでまったく開かない。ピクリともドアと錠の引っかかりすら感じられない。まるで密着されているかのようだった。
 超自然的なことの連続に苛立ちと気味の悪さを覚え、二階堂は車両室のドアを蹴りあげたくなったが、辞めた。

「(先頭車両にはいなかったが、1番後ろの車掌室に駅員がいるかもしれない)。」

 先頭車両に駅員がいる可能性よりさらに望みは下回るが、来た車両を戻り、今度は七回車両と車両の通路を通り、最後尾の車両に着いた。
 車掌室にはやはり人の影は無かった。近づいてドアノブを回したがやはり開かなかった。

「訳が分からん。」

 思わず、といった様子で彼は呟いた。

 しばし呆然としながら近くの8人掛けの椅子に座った。呆然とする、といった自体に遭遇することは二階堂琥珀にとって珍しいことではなかったが、それでもここまで超自然的な出来事に出くわすのは初めての体験だった。

 それから彼は腕を組んだ。

「訳が分からん。」

 また、ともすれば少し間の抜けた、見る者によっては余裕すらあるような様子で彼は言った。

「(訳が分からん。・・・・か。そういえばあの六年間で何回そう思ったけか。)」

「無人走行の電車が許可される法改正でもあったのか?いや、それは無い。少なくともこの国ではないはずだ。そもそも電車や飛行機などの生命を一時的にでも預かる乗り物の自動操縦は、責任のありかが曖昧になるためにオートパイロット化は絶対にないはずだ・・・・・」

「(絶対に・・・・?そう言いきれるだろうか。)」

 そこまで考えた時二階堂は外にもう一車両同じ電車が並走してきた。
 三十mほど離れたその電車は二階堂の乗る電車を追い越し進んでいった。すると次の瞬間耳をつんざく大きな音が鳴った。日常生活ではまず体験しない音量の轟音と共に前を走る電車が有り得ない挙動をした。車両はバキバキに分解され、先頭の方の車両が横倒しになったかと思えば後方の車両はそれに引きずられる形で海に沈み込んで行った。海が大きく渦巻きながらその電車を飲み込んでいった。波の余波が二階堂の乗る電車にも叩きつけられ、車両が大きく揺れる。

 沈み込む電車から強制的に離れて行く。二階堂の乗る電車が不吉な軋みを上げた。
 そんな中で二階堂は冷静になろうとした。この圧倒的不自由。圧倒的に巨大な一人間の力なんてまったく及びもしない世界で彼は生きてきたのだから。

「さて、最悪の場合この電車ごと海に沈み、俺は溺れ死ぬわけか。」

 腕を頭に支えながら琥珀はそう思った。
  彼は少し笑みを浮かべた。それは見る者を恐れさせる狂気の笑みだったかもしれない。

「沈むまであとどれぐらい時間があるか・・・・」

 携帯で助けを呼ぼうかとジーンズの尻ポケットからスマートフォンを取り出したが、電波はまったく入っていなかった。最悪の想定を発展させる。

「そのあいだに俺が出来ることと言えば・・・自分の人生を思い返し、死を受け入れるための準備をする。」

 海の青さが二階堂琥珀にはやけに美しく現実的に見えた。

「もしくは、窓を割り、脱出して生き延びる僅かな可能性を頼りに生きて見るか。」

 しかし生き延びる可能性は限りなく低いことは彼にも分かっていた。まず、窓は割れるのか。電車に使われるガラスはその性質上頑強なものが使われている。割れる可能性は低いだろう。ほぼ割れはしない。そして、海に出られたとして、助かる見込みはそこまでいけば相当薄くなる。
  座して死ぬか、抗って死ぬか。

「死に向かうか、生に向かうか。諦めるか、諦めないか。俺の心の有り様だけの問題だ。それを選ぶことが出来る。」

「俺は人間だ。そして人間は自由意志を持っている。」

 全身を動かす力。それを根幹を成す精神。これこそが二階堂琥珀が地獄をさまよい得たかけがえのない輝きを放つ宝石あった。

 二階堂琥珀はスーツケースを開いた。
 果たしてスーツケースの中には彼が期待するものは入っていなかった。そのため、スーツケースの中身を全部ぶちまけた。彼がかつての生活の中で故郷に持って帰りたいと望んだもの全てを捨てた。
 スーツケースを救命用具のスチール代わりの浮き具にする。

 ガンガンガンガンガンと彼は肘で窓を割ろうと試みる。何十回と試みたが、窓には引っかき傷のような小擦り傷のような跡が残っただけであった。

「割れろ・・・・!!」

 二階堂琥珀は全身の激しい入酸素運動で相当息が苦しくなっていた。そして迫るタイムリミット。割れる前兆すら見えない窓。

「まだだ・・・・・・・っ!」

 二階堂琥珀の孤軍奮闘は今に始まったことではない。しかし、孤独な彼の孤独な戦いがこれが最後となってしまうのか。
 だが、彼はまだ諦めていない。

 しかし、窓に打撃を続けていると景色が変わった。

 桟橋。波打ち際。砂浜。陸地。

 目の前にはいつの間にか陸地が広がっていた。彼は窓を割ろうとするのに集中していてだいぶ近づくまで気が付かなかった。
 島が見え始め、二階堂琥珀はその体を止めた。彼がよく目をこらすと、朝焼けに照らされる山と建物が見えた。
 一際大きな建物とそれに付随するたくさんの建造物があった。

 二階堂琥珀は電車の緩やかな減速を感じていた。

「・・・なんだ。」

 息を漏らし思わず彼は笑った。
 電車は減速を続け、止まった。シューッとすました機械的な様子でドアが開く。

 散らばったスーツケースの中身を集め、電車を後にする。彼は駅の停止した場所へと降り立った。
 そこは白いザラザラとした石で形成されたプラットフォームだった。波が静かなここに唯一の色彩をもたらすように控えめに打っていた。

 近代的な建物には、誰1人として姿を見せることなく、大規模な駅施設が寂しさの中に佇んでいた。
 電車は彼を吐き出すと、動き出して行った。

 彼はプラットフォームに寝転がると大笑いした。汗をかいた上半身の服を脱ぎ、大地に寝そべって空を見た。高く澄んだ空だった。それに伴って開放的な空気がした。

 それから駅施設の中を見たが誰1人いなかった。

「(ここはどこなんだ?一体どうなってるんだ?。)」

 駅内の地理などの情報を探したが、手がかりは何一つ無かった。

「(誰もいない。)」

 仕方が無いのでスーツケースを引いて、奥へと進む。階段があり、それを登ると、洋風の門があった。それを開け、舗装された道を琥珀は進んだ。

 舗装された道とそれから外れると林の空間になっていた。かさかさと葉が揺れ合っていた。やはりこうも整備されていて近代的な香りが漂っていて、舗装道路も幅が広く、その広さに比べて人のいなさが奇妙であった。
 二階堂は大きな建物に向かって歩いていた。それはドーム状の近代的な建物だった。
 やがてそこにたどり着く。庭園や、芝生など、本格的に整えられた施設なのだが人の姿は無い。
 だだっ広い庭園を通っていて、時計台があったので琥珀が目をやると時刻は9:08。自前のスマートフォンと比べると時刻は精確に一致していた。

「(全体的にここらの施設は生きている。が、ここがなんなのか分からない。)」

「(研究機関か何かなのか?)」

 大きな建物まで行き着くと入口の自動ドアが開いた。

「ここは・・・・」

 二階堂琥珀はここが初めて何らかの学校施設であることを把握した。何故なら掲示板があり、そこに部活勧誘ポスターのようなものや、時間割などが掲載されていたりと、学校関連の掲示物が多くあったからだった。

 しかし、それがわかったところで人を探すという二階堂の基本方針は変わらず人を探し歩いた。彼は受付らしきところにある電話をとる。
 受話器を耳に当て、知っている番号を入力する。だがいずれもツーツー。という音を耳に届けるだけで誰かに繋がることは無く、受話器を戻した。

 ドアを開けると、そこは教室だった。大学風の教室で、中心からやや円になった形のものだった。十数人くらいの人間がそこで座っていた。そこの人々の視線が一気に彼に集中した。奇妙なことにみな一様にみすぼらしく、汚れた服、肌から髪、靴、持ち物にいたるまで全て、人としてぎりぎりの状態の持ち物ばかりを持っていた。
 そして全員落ち着きがなく、余裕が感じられないようだった。彼らはお互いに喋っているわけでもなく、ただ座っていた。部屋に入った途端二階堂は息苦しさを味わった。

 二階堂は前から2番目の席の人間に話しかける。

「ここは何処なんだ?君たちは?」

 ぼさぼさの髪の長い人間がいた。濃紺のセーターに油と汚れ塗れのズボンを履いたその人間はガラガラというドアの音につられてこちらを向いていた。とてつもなく怯えた様子を見せた。

「はい。私は駄目な人間です。生きている価値も、意味もありません。この社会で駄目な私は生きていく資格がありません。私の様な命の価値はまったくありません。この社会にご迷惑をかけて生きているのが心苦しいです。」

 その汚い人間は強ばった面持ちでこちらを見ないまま震えるソプラノの声で二階堂に答えた。

「え?」

「(何を言ってるんだ?)」

 二階堂は驚愕し、何を言ってるのか理解できなかった。
 その二階堂の様子と「は?」という反応に、さらに怯えた様子を見せた。

「私の心の中は申し訳なさでいっぱいでございます。深い心からの反省と自助努力が私には足りませんでした。本当に申し訳ありませんでした。ほんとうに申し訳ありませんでした。本当に申し訳ありませんでした。本当に申し訳ありませんでした。本当に申し訳・・・・ありませんでした。本当にもうし訳ありませんでした。ほんとうに・・・申し訳ありませんでした。本当に申し訳っありませんでした。本当に申し訳ありませんでした。ほんとうにもうしわけありませんでしたほんとうにもうしわけありませんでしたほんとうにもうしわけあり・・・・・・・・」

「(なんだ?なんなんだ?)」

 ボソボソと消えそうな声で何かに操られたかのように音を吐き出し続ける。

「少し、落ち着けって。」

「俺は何もしないから。」

 二階堂にしては精一杯、穏やかに言ったつもりだった。

 だが、彼女様子から怯えや何かの感情は解かれないようだった。全員似たような様子だった。二階堂はそんな彼らを少し哀れに思った。全員表情という表情がなかった。

「俺は何もしないし危害も加えるつもりなんてない。ただ訪ねたいだけだ。ここは一体どこなんだ・・?」

「・・・ここはヒューマンスクールです・・・・」

「ここの地理が知りたいんだ。このヒューマンスクールは何県のどこなんだ?」

「・・ここは・・」

「何言ってるんですか?誰でも知ってることですよね・・・・?あなたも・・・・あれをしたからここに来たんじゃないですか・・・?」

「それはどういうことだ?あれって?」

「・・・・・・・」

 目の前の人は黙りこくった。二階堂のことを無視しているわけではないが、何か言うべき言葉が見つからないように見えた。 その人は何か言おうとしては黙り、言おうとしては言葉が続かなかった。何かを言おうとしているが、一向に喋らない。

「あれっていう代名詞ではなく・・・・・・・・いや、他の人はいないのか?大人は?」

  その人は受け答えに疲弊をしてきたように見えたので二階堂は途中で質問を変えた。

「・・・・・これから先生方が来ます。」

「ありがとう。」

 琥珀は歯がゆさにも似た苛立ちを感じていた。

「(なんでこんなに怯えているんだ・・・・?そしてこの格好は?何故が?この人達の家庭状況が悲惨だとでも言うのか・・・?)」

 その貧困さと、どうしようもない家庭状況を想像して、二階堂は歯がゆさにも似たいらだちを感じた。しかし、彼らをこれ以上困らせない為に顔や仕草に微塵も出さなかった。琥珀は立ってその人物の到来を待っていた。その大人に諸々の質問をするつもりだった。彼らのこと。ここの場所のこと。

「(この人達の様子が変だ。異常と言ってもいい。)」

 彼らは琥珀の方をちらちらと見ていて、依然として落ち着かない様子だった。

 小汚い様子の彼らの全体感は最先端的な施設の中に浮き上がる異物のように悪い意味で目を引く。胸のところにあるスカーフはボロボロの小布のようだった。そして彼らは終始うつむき加減だった。
 その時、ドアが開き、幾人かの背広を着た人間が入ってきた。何やら談笑しながらその人間達は一斉に作業をし始めた。二階堂や他の人をちらっとも一瞥すらしずに、慣れた様子で箱を地面に置いたり、教卓の上で何か資料を手に開いた。

「?」

「お尋ねしたいんだが。」

 二階堂琥珀はその背広を着た集団に話しかけた。

「何かな?」

 ニコニコと笑顔の男が答えた。

「まず1つ、ここはどこなんだ?ヒューマンスクールって言ったか。」

「その質問には私たちは答えられないな。ここはねぇ。君たちのような問題のある人間が更生することが出来る唯一の場所なんだ。それから君もこの学校の生徒になるんだからね。私に敬語くらい使わないとね。」

「答えられない?それにここの生徒になるってどういうことだ?」

 そこで目の前の太った男が笑顔のまま言った。

「敬語を使わんかぁ!!!」

 バンとその男は力いっぱい教卓に腕を振り下ろした。
 その行為に後ろの生徒たちはいっせいに震える。かなり恐怖しているようだった。息が乱れ、目をつぶって怖がった。この大人達はどうやらこういうことにすっかり慣れた連中のようだった。
 二階堂は怒鳴り声と威圧には動じなかった。
 それより二階堂はこの生徒達の様子を見て怒りを燃やしていた。この教師達が入ってきた時から生徒達の目に恐怖の色が強くなったように見えたが、その元凶がこいつらにあるとその時確信した。元凶。何をどうされたのか、何をしたのかしらないけど人をこんなふうに追い込んだこの大人達の方が悪いに決まっている。

「嫌だね。人にものを頼むならまず自分から実践したらどうだ?」

「なっ・・・・!」

「ここの生徒達の自尊心を奪うだけ奪っておいて自分たちだけ尊敬されたいのか?」

 この言いようには場の誰もが硬直した。
 笑顔の教師たちは今度こそ全員表情を豹変させた。

「教育的懲罰!教育的懲罰だ!」

 そんな大義名分の元ホルスターに収められた警棒を引き抜き、二階堂に殴りかかった。

「お前達みたいなのがいるから・・・・!」

 二階堂は呟き、数歩下がった。机と机の間に下がり、道を狭くし、同時に彼にかかれなくする。
 男が警棒を振り下ろそうとするが外す。二階堂はそのままカウンターの形で拳を叩き込もうとした。二階堂の目論見は実現するはずだった。だが机に座っていた生徒たちがいつの間にか立ち上がり、後ろから彼を捕んだ。事態を一瞬のうちに把握する彼だったが、次のコンマ数秒後に電気の流れる警棒を何本も連続して打ちいられ、彼の景色は暗転した。

「つ・・・・捕まえました!やったのは僕高田です。危ないと思いましたが、先生たちのために身をなげうってやりました!」

 それから琥珀をつかんでいたもう1人の男が言った。

「偉大な先生たちの教育をこの問題児に速やかに行えるようお手伝いしました!確かに危ないと思いましたが先生たちが抱える危険を比べたら大したことありませんよね。」

 背広のやつらは頷いた。

「それにこいつはまったく社会の常識を理解していないみたいでいらいらしたからです。」

「みんなようやくわかってきたみたいだなぁ。」

「こいつに早く教育プログラムを受けさせなければなりませんね。」

「高田に1ビロー与える。特に鵲は少しは教育プログラムを理解してきたみたいだから一気に2ビロー与えるぞ。」

 にこやかにその男は言った。

「「ありがとうございます!」」

 鵲と呼ばれた男は内心ほくそ笑んだ。逆に高田は内心鵲に対して腸を沸え繰り返していた。

「(こいつは1ビローももらいやがって・・・)」

 逆に鵲の方は優越感に浸っていた.

「お前らは。」

 顎と首が分からなくなるほど顔周りに脂肪の着いたその男は他の動かなかった生徒たちに向かって言った。

「まったくもってたるんでる意識の足りない奴らだな。」

 白い目を向けながら、心底呆れていた。

「お前らは駄目な人間の中の駄目な人間だ。何やっても長続きしない。口を開けば言い訳ばかり、少しも努力をしようとしない。そんなお前らを俺達は見捨てないでやっているというのに、お前らはまったくもって結果を出さない。世の中の人間は俺達ほど甘くないぞ?世の中の人間はお前らなんかすぐ捨てられるからな?」

 その男の言葉に誰もが真面目な面持ちで話を聞いていた。メモをとっている生徒までいる。

「おい、お前、自分のどこが駄目だったか言ってみろ?」

「はい、わたしは・・・・・」

 それから1時間過ぎてもそのやり取りは続いた。今回教師たちに媚に媚びた形となった高田と鵲以外は延々と自己批判と否定を繰り返させられた。そしてそれを見て鵲と高田は優越感に浸っていた。


 二階堂が飛び起きた時、薄暗い明るさが目に付いた。頭がズキズキした。黄色の明かりが1つしかない部屋に二階堂琥珀はいた。
 この部屋にはベッドがなく、冷たい金網の上に琥珀は寝かされていた。

「(ふざけやがって。)」

 当然ドアは開かなかった。
 衝動的に蹴飛ばした。が、しかし開くことは無かった。

「(体力を温存しよう。冷静にならなければ・・・・)」

「(ここは頭のおかしなやつらの巣窟だったってわけか・・・何とか隙をついて脱出したいが、問題はここが半島なのか、島なのかという所だな。)」

 陸地続きなら、徒歩で逃走できるが、ここが島になっているのなら当然海を渡る手段がいる。

「(ふ・・・・・馬鹿な。ここのやっていることは憲法にも法律にもモラルにも反している。警察や世論に公開するだけで機能停止に追い込んで俺は助かる。)」
 
「(とはいえ。)」

「(情報を集めるのが先決だ。)」

 彼は服をダボダボのボロい制服に着替えさせられていた。これは先程の生徒達が着ていたようなボロだった。勝手に脱がされるというその過程を想像すると気持ちが悪い。一刻も早く脱ぎ捨てたかった。

 不意にブチッというテレビ特有の耳に聞こえるような肌に聞こえるような音がした。それはやはり映像が映し出される音だった。
 ガラス張りの向こうに巨大なテレビが設置されていた。不健康そうな光を二階堂琥珀に浴びせる。

「やぁ・・・気分はどうだね?少しは反省したかな?」

「・・・・・・」

「(監視カメラでこっちの様子を見てたな。)」

「勘違いしないでもらいたいんだが、俺達は君の為を思ってやっているんだ。」

「俺のため?」

「そう。お前を立派な社会人に、真人間にするために我々が心を鬼にしてやってるんだよ。」

「馬鹿いえ。いきなり電気警棒で襲いかかってきて真人間になるってか?。ふざけるな。」

 彼がそう言うと田淵は心底こっちを哀れんだ呆れた顔をした。画面の中の巨大な顔はさらに無視して続けた。

「とんでもない問題児だなぁ。それから敬語。目上の人には敬語を使うという守るべき社会の、人としての最低限のルールを教えてもらわなかったのか?それとも、そんなルールなの自分には適用外だと思ってるのか?ああ・・・・・なんて傲岸不遜。身の程知らず。敬語を使わないなんて今までは許されたようだが、社会は許さんぞ。」

 巨大なボリュームで、二階堂に語る田淵。だが、二階堂は普通の少年ではなかった。

「あんたらが敬語を俺に使うと言うのなら敬意とやらを表して俺も敬語を使おう。だが俺達にだけそれをすることを強要するのならそれは、敬意や尊敬を強要するということだ。そういった支配体制は人を奴隷にする。あの教室の彼らみたいにな。強要されて使う敬語はゴミにも劣る価値だ。その時敬語はへりくだり語になる。」

「尊敬するかどうかはこっちが決めるんだ!!」

 一瞬何かを考えるかのような素振りを田淵はした。

「あぁ~~~そうかそうか。お前は歪んでいる。人の道から外れている。こんな子供を世の中に放つわけにはいかないなぁ。世の中の迷惑になる。」

 無表情で琥珀の言葉を聞いていたかと思うと間髪入れず話し始めた。画面の中の馬鹿でかい顔と音量調節の狂った声が部屋全体を振動させ琥珀に襲いかかる。

「うぅぅぅぅんん。これは俺が許してもこの社会が許さないなぁ。お前はそこでしばらく反省しろ。」

「しばらく」という所に力を入れて糞デブイカレ野郎が喋ってから画面が消えた。琥珀はゴミカス害虫達が支配する学園構造について考えた。

「(まだまだこんなものではないだろうな。あの怯えきって心を失ったみたいな生徒達。あいつらはここで変なことをさせられてああなったんだ。)」

 電気警棒でうち吸えられた頭がズキズキと痛んだ。その痛みは消えることなく続いた。

「(クソ・・・・・・あいつら絶対許さん。)」

 琥珀は胸の中で復讐を誓った。

       

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Neetsha