Neetel Inside ニートノベル
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約束の地へ
第14話

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 二〇一七年を迎えて三日目の早朝、朝川の姿は美浦トレーニングセンターにあった。
 ポリトラックコースを眺めると、霜が降りて白く染まっているのが分かった。これからが本格的な冬の始まり。朝川はコースの様子をiPhoneで撮影し、早速添付しツイートする。
 アリスにTwitterの設定をしてもらってから一週間ほど。ツイートをする度に、『駿馬』や自分のファンと思われるフォロワーから何らかの反応が返ってくることもあり、朝川はすっかりハマっていた。
 SNSが流行という域を超えて浸透しているというのは知っていたが、確かにこれは面白い。そして意義もある、と感じていた。
 自分たちや、競馬のあまり知られていない部分に興味を持っている人は、思いのほか多かった。そして、彼らは情報に飢えている。既存メディアのみに飽き足らず、生の声を求めているのだ。
 そうした需要があるのなら、チャンスはまだある、そう朝川は考えていた。競馬専門紙の読者ではない人間に興味を持ってもらうには、積極的な情報発信をすること。
 先ほどのツイートには早くも『いいね!』が付き、コメントも書かれた。金曜には、紙面の自身の予想から、特に自信のあるレースの本命馬をツイートしてみよう、と思っていた。それは、必ず来ると確信できる馬でなくてはならない。「当たる記者がいる」と分かってもらえれば、新聞の売り上げにも繋がるだろう。

 コースには、続々と調教馬が入場してくる。一番乗りはザラストホース。朝川は、意識的に緊張の度合いを一段積み増して、双眼鏡で馬を捉えた。
 調教の走りだけを見たら、特別な馬には見えない。そういう馬もいるのだ。調教では走らないが、実戦に行くとまるで違う走りをする、というタイプが。前走の新馬戦前追い切りとさほど変わらないように見えた。だが、それでも竹淵厩舎の番頭、古城は「いつもどおりやった」と話すだろう。これでこの馬は良い。そういうことなのだった。
 ザラストホースは、今週土曜の中山競馬第九レース、寒竹賞に安斎騎手で出走が予定されている。新馬戦で見せたパフォーマンスに他陣営が恐れをなしたか、出走予定はたったの八頭。ただ、ザラストホースがただもらいできるレースにはならないと、朝川は考えていた。
 ザラストホースから遅れること三〇分後、同じコースに入ってきたのは、シャインマスカット。前走、重賞で初黒星を喫した後、福島に放牧に出され、一から鍛え直された。
 柿田厩舎の取材時に帰ってきたシャインマスカットを見せてもらった時、朝川は思わず「馬が変わった」と漏らした。若干残っていたひ弱さもすっかり解消され、馬体は格段の良化を見せていた。
 仕上がり早の馬だったが、血統的にはこれから良くなるタイプの馬。むしろこの時期からこれだけ走るのが意外だったーー柿田調教師は朝川にそう話した。その言葉に嘘偽りがないことは、今のシャインマスカットの馬体を見て一目でわかった。
 純粋に楽しみだった。東のダービー候補と一躍名を知らしめたザラストホースに対して、雑草シャインマスカットがどう挑むのか。
 寒竹賞の本命に迷いはなかった。シャインマスカットだ。金曜の本命馬ツイートの初っ端にも、この馬こそがふさわしい。


 ※   ※   ※  


 朝川先輩はすっかりツイッターに馴染んでる。文字を打つのもすっかり速くなってて、ビックリした。
「好きこそ物の上手なれ」って、朝川先輩はよく口にするけど、それは本当だと思う。先輩は競馬が好きだし、人に競馬のことを伝えるのも大好きな人。苦手なデジタル機器も、競馬を伝えることに使うってなれば、あっという間に上達するし!
 私はまだ朝川先輩の域には達していない。それは分かっている。競馬についても「好きになろうと」してる段階だし、まだなり切れていない自分がいる。
 いつか、先輩に話したい。私がこの世界を目指した理由。それは、自分が競馬記者になれた、と思えた時に、初めて話そうと決めている。そんな理由で、と怒られてしまうかもしれない。でも、先輩にウソはつきたくない。
 今朝の調教を観ていた朝川先輩を見ていて、すぐに分かった。先輩は、シャインマスカット本命だ。でも、もしも、私の予想が紙面に載るとしたら、迷わずザラストホースを本命にする。
 あの人が、勝てるだけの力のある馬に乗るんだ。間違えるわけがないと思う。「レースは何が起こるかわからない」よく聞く。そうかもしれない。でも、あの人は、レースの偶発性を最小限に止めるだけの技術と思考力を兼ね備えてる。
 去年、初めて騎手になった姿をこの目で見た。何も変わってなかった。物事をはっきりいうところも、下手くそな笑い方も。
 まだ、全然足りない。
 大きくならないといけない。今度こそ、彼と向き合えるように。

       

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