Neetel Inside ニートノベル
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約束の地へ
第16話

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 ファンファーレが鳴る。
 中山競馬場の観衆は大型ターフビジョンに、テレビの前の競馬ファンの目は中央競馬専門チャンネルに、それぞれ釘付けになる。
『第九レース 寒竹賞』と画面に大きく表示されている。実況アナウンサーの喋りが乗り始める。

※  ※  ※

 中山競馬本日の第九レースは、三歳限定の特別戦、寒竹賞。芝二〇〇〇メートル、出走八頭で争われます。
 ホームストレッチ入り口に設置されたスタートゲートに、奇数番の馬から順に入っていきます。五番のシェルブリッドがゲート入りを渋っていますが……今、収まりました。奇数番全て収まって、偶数番の馬が続いて入ります。こちらはスムーズなゲート入り。最後は大外、八番のザラストホース。圧倒的一番人気、収まりました。態勢完了。
 …スタートしましたァ! 八頭が横一線に飛び出して、まずは一周目のゴール板を目指していきます。四番シャインマスカットが出を窺いますが、五番シェルブリッドが抑えきれない手応えでシャインマスカットに並びかけていきます! 三馬身離れて今日は先行策、八番ザラストホースが三番手。行き足つきました。その内に並んで一番オタルノオンナ、さらに四馬身ほど離れて七番ピチカートシックス、一馬身差で追う二番のリコピンマスター。そしてさらに後方に二頭います。三番ノーエネミー、最後方が六番デンジャラスマターと、四分戦の様相で先頭シャインマスカットが第一コーナーに入っていきます。
 シャインマスカット、コーナーワークでリードを二馬身取りました! 二番手がシェルブリッド、どうやら折り合ったようです。ザラストホース安斎咲太が早くも二番手に並びかけてシェルブリッドを交わそうとしています。オタルノオンナは内を回って四番手、前とは少し離れました。ピチカートシックスとリコピンマスターが並んで追走。後方からノーエネミーが少しずつ位置を押し上げていきます。デンジャラスマターが一頭、大きく離されています。
 向正面に入って、シャインマスカット依然軽快に逃げます。リードは二馬身。しかし、ザラストホース鞍上の手が激しく動いて、シャインマスカットに追いつかんとしています! 三番手は六馬身ほど離れてオタルノオンナが上がって、シェルブリッドは後方へ下がっていきます。ピチカートシックスがそれを交わして四番手、前とは大きく開いています。後方からノーエネミーとリコピンマスターが差を詰めようと仕掛けていきます。速い流れになりました!
 三コーナーに入って、先頭はシャインマスカットとザラストホースの二頭で争う形となりました。三番手はもう十馬身近く離されて、外からピチカートシックスがオタルノオンナと並んで交わそうとしています。オタルノオンナ食い下がるところ、二頭の隙間からノーエネミーが食い込んでいきます。
 しかし勝負は完全に前の二頭に絞られた! 四コーナーを曲がって三一〇メートルの直線コースへ! シャインマスカット粘り込むところ、外からザラストホースが抜け出す! しかしシャインマスカットも食い下がる! 後ろとは完全に差が開いている! 三番手はノーエネミーか? ザラストホース抜け出したが、シャインマスカット盛り返す! ザラストホース! シャインマスカット! ザラストホース!! シャインマスカット!! 全く並んでゴールイン!!! 三着はノーエネミー!
 …完全に前二頭の競馬となりました! 新馬戦とは打って変わって積極策を取り、直線先に抜け出したザラストホースですが、シャインマスカットも内から応戦。一旦首を出したザラストホースを追い詰め、ゴール直前で鼻面を合わせました。ストップモーションを見ても、全く並んでいます。これは、分かりません! ノーエネミーは、前の二頭から五馬身離されての三着です! 
 なお、一着二着は写真を参考に判定いたします、確定までもうしばらくお待ちください。

※  ※  ※

 朝川は、馬券を持つ手を小さく握り締めて、的中の手応えを噛み締めていた。ただ、ラジオで宣言したとおり、二頭の馬連のみなのだった。締め切り間際で馬連一番人気のオッズは1.9倍。失敗した、と小さく舌打ちした。シャインマスカットの単勝も買っておけばよかった。さすがに最後買われたとはいえ、単勝七倍台後半なら美味かった。それでも、大枚をはたいたのだ。儲けは二万近かった。思わず口元も緩む勝利だった。
 アリスにも分かっていた。勝ったのは、シャインマスカット。差し返して、最後、鼻の先をほんの少しだけ前に出したのだった。かなり際どいことは間違いないので、アナウンサーは万一を避けるために明言しなかったのだが。
 本当だった。競馬に、絶対はなかった。
 あんなに上手い、安斎咲太にもなかった。
 名門厩舎のスタッフをして『絶対がある』と豪語した馬にも、なかった。
「…こんなことが、あるんですね……」
 呆けた顔をしているアリスに、朝川は喜色満面で一席をぶつ。
「ザラストホースはクラシックを本気で勝とうとしている馬だ。だからこそ、二戦目の今回は、より確実性の高い戦法を取ってくると予想できた。中山で末脚勝負では差し損ねる危険もあったしな。ただ、先行はそもそもあの馬に合っていないし、先行した結果、末脚が鈍ることは想定にあったことだ。シャインマスカットは先行の経験値が高いし、器用な馬でトリッキーな中山二〇〇〇もこなせる。馬体もパワーアップしていたし、勝算は十分あると思っていたよ。この勝利で一躍皐月賞候補に名乗りを上げたと言えるだろうな。逆に、ザラストホースは中山向きでないことがハッキリしたように思える。もしかしたら、皐月賞をスキップしてダービー一本に絞ったローテーションに切り替えてくるかもしれないな……」
 朝川のレース回顧を、アリスはただ黙って聞いていた。そして、一言、こう言った。
「…先輩、今日、夜空いていますか?」
「えっ」
「二人だけで、お話ししたいことがあるんです」
 穏やかな微笑みに釣られるように、朝川は瞬間的に頷いてしまっていた。視線は右手の当たり馬券に向いていた。

       

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