Neetel Inside 文芸新都
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「水上さんってさ」

「はい?」

「何読むの?」

休み時間の騒がしい教室の端で本を読んでいる時の事だった。一人の女生徒が私に声を掛けてきたのだ。私には友達と言える人物は少なく、休み時間は誰とも話さず読書をして過ごすのが普通であったため、想定外の出来事に私は少し声が上ずってしまった。

「松浦理英子のナチュラル・ウーマンって本……知らないよね」

「うーん……ごめん分かんないや」

……会話が途切れた。周りが騒がしいのがこの冷めた場の空気を一層気まずくさせる。
狼狽すると相手の目を見て話さない悪い癖が出ている事に気づき、視線を上げるとそこにはクラスメイトの桜井さんがいた。あまり目立つような人物ではなくむしろ私と似た大人しめの人物で、自分から積極的に話しかけるようなタイプではないと思っていたが……。

「桜井さんは何を読むの?」

「わたし? わたしは……本はあまり読まないかな」

思わず吹き出してしまった。自分から何を読むのか聞いておいて自分は読まないのか。
落ち着いてくると、突然笑ってしまい相手を不快にさせてないかと急に不安になってきたため桜井さんの顔色を伺うと少し首を傾げて困ったように微笑んでいた。


その少女の純粋無垢で日向の草原で寝ているかのような暖かさをもつ笑顔は私の姉を彷彿とさせた。特に困った時に少し首を傾げる仕草が姉のそれだったのだ。首を傾げると肩に掛かる黒髪がハープを奏でるかよように一本一本が垂れる……。その仕草が私は好きでよく姉を困らせていた事を思い出した。

       

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