Neetel Inside 文芸新都
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また明日って言ったのに
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「「また明日」」

それが彼女との別れの挨拶だった。学校から徒歩で10分程のところで私達はそれぞれ違う方向へ歩き始めた。その10分間私達は特に話す事もなかったので、周りの騒ぎながら帰る学生達とははたから見れば異なる雰囲気であった事だろうと思う。

別れた後、3分ほど真っ直ぐ歩いて家に着いた。玄関を開けるも母の靴が無かったのでただいまとは言わずそのまま二階の自室に向かった。去年家を出た姉と一緒に使ってたこの部屋は一人で過ごすには広すぎて正直寂しさに近い感情を感じていた。

「お姉さん、今頃何してるんだろう」

思わず口に出ていた事に気づき少し体が熱くなった気がした。姉が出て行ってからというもの、姉に依存気味であった私は自立する事が出来たと勝手に思っていたがそんな事はなかったのだ。体の熱さが顔にまで伝わり始めたので頭、もとい顔を冷やそうと一階の洗面台に向かうと、丁度母が帰ってきた。

「おかえり」

「ただいま、今日は早かったね」

母が持っていた買い物袋を受け取り台所へ持って行った。袋の中身から推測するとカレーだろう。姉の好物だったものだ……。そう思うと心臓が締まったように苦しくなり息を大きく吸い込んでいた。涙が出るのを堪え洗面台に向かった。蛇口から水を流し手で掬って顔に押し付けた。火照った私の顔に心地よい冷たさが突き抜けた。顔に付いた水滴をタオルで拭いガラスに映る自分の顔を見た。

     

「水上さんってさ」

「はい?」

「何読むの?」

休み時間の騒がしい教室の端で本を読んでいる時の事だった。一人の女生徒が私に声を掛けてきたのだ。私には友達と言える人物は少なく、休み時間は誰とも話さず読書をして過ごすのが普通であったため、想定外の出来事に私は少し声が上ずってしまった。

「松浦理英子のナチュラル・ウーマンって本……知らないよね」

「うーん……ごめん分かんないや」

……会話が途切れた。周りが騒がしいのがこの冷めた場の空気を一層気まずくさせる。
狼狽すると相手の目を見て話さない悪い癖が出ている事に気づき、視線を上げるとそこにはクラスメイトの桜井さんがいた。あまり目立つような人物ではなくむしろ私と似た大人しめの人物で、自分から積極的に話しかけるようなタイプではないと思っていたが……。

「桜井さんは何を読むの?」

「わたし? わたしは……本はあまり読まないかな」

思わず吹き出してしまった。自分から何を読むのか聞いておいて自分は読まないのか。
落ち着いてくると、突然笑ってしまい相手を不快にさせてないかと急に不安になってきたため桜井さんの顔色を伺うと少し首を傾げて困ったように微笑んでいた。


その少女の純粋無垢で日向の草原で寝ているかのような暖かさをもつ笑顔は私の姉を彷彿とさせた。特に困った時に少し首を傾げる仕草が姉のそれだったのだ。首を傾げると肩に掛かる黒髪がハープを奏でるかよように一本一本が垂れる……。その仕草が私は好きでよく姉を困らせていた事を思い出した。

       

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