Neetel Inside ニートノベル
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ミチとの遭遇
第六章 逃避行

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第6章 逃避行
外は既に夜だった。雨は止んでいたが、路面はまだ濡れていた。走り出して十数分たっただろうか。どこからともなく、見たこともない黒いヘリコプターが数台、街の上空を旋回し始めた。そして、俺のポケットのスマホが「シャバドゥビタッチヘンシィン♪」と場違いな陽気さで鳴った。電話は、兄貴からだった。俺はためらったが、一応電話に出ることにした。
「天宮大通り、天神交差点前! 逃げても無駄だ勇人」
それは、俺が今まさにいる場所だった……。スマホのGPSで捕捉されてるのか?
「今から、回れ右して帰って来い!」
「いやだ!」
「ガキっぽいこと言ってるんじゃない!」
俺はスマホを切った。少し歩くと、目の前にピザ屋の宅配用のバイクが止まっていた。
俺は、ピザ屋のバイクの荷台のボックスの中にスマホを放り込んだ。そして、しばらく考えた。
寛治と才蔵と凛の顔が浮かんだ。ここから一番近いのは、凛の家だった。俺は凛の家に向かって走った。

 凛の家は、住宅街にある。似たような作りの家が並ぶ、そのうちの一件が凛の家だ。
「凛!」
俺は、一階にある凛の部屋の窓をノックした!
ほどなく、凛が窓から顔を覗かした。
「勇人! 何してんのぉ?」
「おまえに、頼みがある!」
「なによ?」
「スマホをしばらく貸してくれ!」
「やだ、なにそれ?」
「俺はこれから、ミチを連れて逃げる!」
「あんた、なに言ってんの?」
「理由はあとで話す。急いでるんだ! あいつが危ないんだよ。人助けだと思って!」
「……借金取りに追われてるとか? ……まあ、いいわ」
凛は、部屋からスマホと充電器を持ってきた。
「あー。さすが凛様は気が利くでござるな。充電器まで付けて下さるとは……」
「ねえ、それで、どこへ逃げるの……?」
「……決まってない」
「どうするの?」
「ヒーロー研の皆に、おすがりしたい」
「それで、私のスマホを」
「まあ、そういうこと」
「……ったく」
「それと凛様、ついでと言ってはなんでござるが、自転車を貸しては下さらぬか?」
俺は、凛に手を合わせて拝んだ。拝んだ甲斐があった。凛はママチャリを貸してくれた。
逃避行用には、イマイチしまりのない乗り物だが、ないよりマシである。

俺は、凛のママチャリで、ミチの家に向けて走り出した。
ミチの住むマンションの前に着いた。
まだ兄貴たちの組織の気配はなかったが、俺がさっきいた大通りあたりの上をヘリコプターが旋回していた
 ミチの部屋の呼び鈴を押した。暫くして、ミチが出てきた。ミチはドアミラーで、俺の顔を確認したのか、ドア越しに「勇人?」と呟いたのが聞こえた。
「ミチ! 急いでるんだ。開けて!」
ミチは、少し驚いたような顔をして、俺を見た。
「ミチ、今すぐ逃げよう! じゃないと、捕まる……!」
「え!」
「俺が、余計なこと兄貴に言ったから……。ごめん」
「……」
「兎に角、すぐにここを離れよう……!」
「少しだけ、待って……」
事情が呑み込めたのか、俺を信じたのか、ミチはフードつきの半そでのトレーナーの上に長袖の薄いブルーのジャケットを羽織って、肩にはリュックを背負って出てきた。俺は、ミチの頭にフードをかぶせた。
「取り敢えず、できるだけ遠くに行こう!」


凛が貸してくれたママチャリに乗って、後ろにミチを乗っけて走り出した。
でも、どこへ行けばいいんだろう。
そのとき、ポケットの凛のスマホの呼び出し音がなった。俺は自転車を止めて、スマホを見た。電話を掛けてきたのは寛治だった。
「りんでーす♪」
俺は、ふざけて電話に出た。
「逃亡者のわりに余裕じゃないか勇人。凛が心配して、わざわざ家電から俺に電話してきた。
星乃と一緒なのか……?」
「……そうだよ」
「今日、部室で俺が言ったこと、覚えてるよな……」
「……覚えてるよ」
電話の向こうで、寛治がため息をつくのが聞こえた。
「どうせ、おまえのことだ。言い出したら聞かない……」
「わかってんじゃん。さすが付き合い長いね」
「……行くあてがないんだろ? 俺が今から何とかする。また連絡する」
「寛治、おまえイケメン……」
「おまえに言われても嬉しかねーよ!」
そう言って寛治は電話を切った。
俺は、軽く感動していた。そして、少し安心した。寛治が何とかすると言えば、何とかなりそうな気がするのだ。安心したら、腹が減った。
「腹減った。……夕飯、まだ食ってなかった。ミチは夕飯食べた?」
「そういえばまだです」
すこし先にコンビニの看板が見えた。


コンビニで弁当を二つ、お茶も二つ買った。
夜の公園で、ベンチに座って弁当を食べることにした。
「いただきまーす!」
俺が言うと
「・・いただきます」
とミチも言った。
不思議と、ミチの家に行くまでの緊張感はなくなっていた。雨が降った後の公園は、しっとりと落ち着いていて、夜の風は、心地よかった……。
お腹が空いていた俺は、無言で弁当を食べた。ミチもペースは遅いけど黙々と弁当を食べていた。弁当を食べ終わって、お茶を飲んだ。ようやく一息ついて、俺は、カオスな今日の出来事をどうやってミチに伝えるべきか、考え始めた。グッドニュースと、バッドニュースなら、それなりに話の構成の仕方に工夫のしようもあるけど、バッドニュースばかりなのだ。でも、伝えないわけにもいかないし……。
「今日、俺ん家の店舗に、トラックが突っ込んできたんだ……」
俺は、なるべく淡々と話した。
「えっ!」
まだ、弁当を食べていたミチの箸を持つ手が止まった。
「トラックの運転手は、ブレーキもハンドルも効かなくなって、車が浮遊していたって言っていた。……多分、自転車が飛んで来たときと一緒だと思う」
ミチの肩が固まっていた。
「……そのとき、俺の兄貴も一緒にいたんだ。それで俺、ミチと出会ってからのことも全部話した……。兄貴は俺なんかよりずっと頭いいし、兄貴ならどうするんだろうって思って……。でも兄貴は、地球外生物の捕獲やサンプリングをする組織にいて、ミチのことを組織に報告してしまったんだ。おそらく、ミチのことも、捕まえようとする……。ごめん、俺が喋ったから……」
「家族の人は、怪我はなかったんですか……?」
小さな声を振り絞るように、ミチが聞いた……。
「店にいたのは、俺と兄ちゃんだったけど、二人とも無傷……。運転手は、怪我してたけど、命には別条はない……」
 ミチは食事が喉を通らなくなってしまったようだった、せめて、ミチが食べ終わってから言うべきだったなと、俺は少し後悔した。
 ミチは箸を握ったまま、黙ってしまった……。
「ぼくのせいだ……」
「そういうことじゃないだろう……。ミチが犯人なわけじゃないし……」
「……でも」
「ミチには、心当たりはないの?」
「ごめんなさい。わからない……。だけど、最初の野獣はぼくを狙っていたのに、なぜ勇人が狙われるようになってしまったんだろう……?」
「たしかに……」
「はっ! 勇人、ぼくがあげた能力、誰かに見られましたか?」
「……え?」
そうか、あのガラスが落ちて来た日以前、もし誰かにそれを見られていたら……。それが原因の可能性はある。
 まさか?もしかして……? でも、他に思い当たる節もなかった…・・。
と、そのときまた、スマホが鳴った。寛治から電話だった。
「……少年Aです」
「逃亡中の少年A、グッドニュースだ。矢追が話してた変人のおじさんが、君たちを泊めてくれることになったぞ」
「変人ってのが、ちょっと気になるんだけど……」
「まあ、泊めてくれるのはUFOマニアの好奇心からだろうけど……。隣町だ。自転車でだって行けるだろ」
「……ミチのことは?」
「……美形の宇宙人って、伝えてあるそうだ」
「……」
「矢追が地図をメールで送る」
「わかった。……なあ、寛治、聞いてくれよ。もしかして、テレキネシスを使える人間が、俺達の学校にもう一人いるとしたら……」
「……誰だよそれ」
「……寛治、試してみて欲しいんだ」
俺は、その人物の名前を告げた。寛治は「まさか……」と言ったが、俺の頼みを引き受けてくれた。

寛治との電話の後、矢追からすぐメールが届いた。
『うふふ。危険な逃避行ね~!』
「なにが、うふふだよ……!」
俺は添付された地図を開いた。矢追のおじさんの家は、俺達がいた公園からわりと近い距離だった。


矢追が変わり者と言うわりに、シンプルながら、少し前衛的なセンスを感じさせる家におじさんは住んでいた。
俺達のことは、矢追から聞いているらしく、あっさりと家の中に招き入れてくれた。
おじさんは、50代か60代か、若干年齢不詳な感じの人だった。
書斎に通されると、幾枚かUFOの目撃写真が飾ってあった。
書棚には、UFOや宇宙人関連の本が、英語版も含めて沢山置いてあった。
「薫から聞きました……。ようこそ」
「急に、変なことお願いしてすみません……」
俺は頭を下げた。ミチも慣れないおじぎをした。
「いや、かまいません。さあ掛けて」
椅子に座るよう促されて、俺とミチは長椅子に並んで座った。
「……今日は、たまたま暇なんでね。……酔狂な話を聞いてみるのも悪くないかと思ってね」
「……」
「今まで、いろんな人に会ってきました。UFОや、宇宙人の目撃者。それから、宇宙人。まあほとんどが、自称宇宙人なんですけどね」
そういうと、矢追のおじさんは愉快そうに笑った。
「……それはそれで面白かったりするんですよ」
まあ、いかなUFOマニアでも、「私は宇宙人です」と言って、いきなり信じるはずはないか……。
でも、ミチは焦っているのか単刀直入だった。
「……侵略目的の宇宙人も、地球に来ているという話は知りませんか?」
ミチが、真面目な顔で聞いた。
「宇宙人君に質問されるとは、思わなかったな……」
「どういうこと、ミチ?」
「宇宙には、いろんな種族がいます。例えば、自分たちが侵略したい星の種族を一掃しようとするような、非道なことをする輩もいるのです」
ミチはもしかして、例の小惑星の事を言ってるのだろうか……?
「……」
「……そういう種族は、銀河惑星連合にも、時に反目することすらあるのです」
「ミチ、もしかして地球に衝突する小惑星は、侵略目的の宇宙人の仕業かもしれないってこと?」
「確信はないけど、惑星連合の調査を阻むのが目的で、僕たちを襲ってきたのならそういう可能性も……」
「小惑星が衝突?」
矢追氏が訝しげな顔をした。
「ミチは小惑星が衝突することを知って、地球にやってきたの?」
「……はい。もし、地球がこの先も存続可能な惑星なら、惑星連合は小惑星の衝突から地球を救済することを検討していました……」
「そうなの!」
「……でも」
ミチは自分のリュックサックから、例の水晶玉のようなものを取り出し、空中に浮かせた。
矢追氏は言葉を失った。
ミチの集合知の球体が光を発し、グルグル回転した。ミチは胸の高さに浮遊する球体に手をかざして、そこからなにか読み取ろうとしているようだった。
「でも今のところ、調査の集約的結論は、地球文明は遅かれ早かれ、遠からず存続不可能になるのではないかと……」
「じゃあ、地球は」
「このままだと、一か月後に……自然のままに衝突が起きます」
「そんな……!」
「ただ、もしそれが自然現象でなく、地球外の種族により、意図的に小惑星が地球にぶつけられるのだとしたら、状況は変わるのです」
球体が、ゆっくりミチの拡げた両手の上に落ちる。
「それは惑星連合、宇宙憲章に違反した行為となりますので、時に惑星連合の介入が可能になり。小惑星の衝突を阻む行為をなすことが可能となります」
「あ~。もどかしいなぁ! 宇宙には宇宙のルールがあるのはわかったけど、何とか助けてくれないの!」
「……私たちは、神ではないのです。……ただ、なるべく互いにとって公正なルールを作ることで、均衡を保っていられるのです。ですから、ルールはなにより尊重されます」
「神様じゃない……か」
俺は、ため息をついた。
「……いやはや」
矢追氏も、黙ってしまった。


矢追氏は、俺達を屋根裏部屋に案内した。そこは、大きな天窓があり、雨上りの夜空には星が光っているのが見えた。そこに二組の布団を並べてしいて、ぼくらは横になった。
今日一日に、起こったことや知ったことが、明らかに俺の情報処理能力を超えてしまったせいか、ミチが隣にいるせいなのか、俺は全然眠れないような気がした。
「なんか、全然眠れる気がしないんだけど……俺」
「……いろいろ、ありすぎましたね」
と、ミチがそう言ってほほ笑むと、
「では、おやすみなさい」
と、俺の目の前で、軽く手の平を振った。
次の瞬間、俺は深い眠りに落ちた。

       

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Neetsha