Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

雨の中、家の前まで歩いて来ると、兄貴が珍しく店の大型テレビを見ているのに気付いた。
「にいちゃん、帰ってたんだ……」
兄貴も帰って来たばかりなのか、濡れたままコートを脱ぎもせず、立ったままテレビのニュース番組を観ていたようだった。
「……なにしてるの?」
兄貴は手にしたリモコンで、少しテレビの音量を上げた。
『……NASAの発表では、その小惑星は約一か月後に地球の近辺に到達する予定ですが、軌道、速度を計算し、地球に衝突する可能性があるのかどうか、これから検証作業に入ると言うことです。以上、昨日初めて観測された小惑星に関するニュースでした』
兄貴は、リモコンでテレビのスイッチをオフにした。
「これが、表向きのニュースだ」
「えっ? ……なに?」
「NASAの試算もJAXAの試算も答えは同じだ……。この小惑星は地球に激突する……」
「な、何言ってるの、にいちゃん」
「本来は守秘義務がある。家族にだって言えない。……でも地球が終わるのに、そんなの意味ないだろ?」
「言ってる意味が良くわからないんだけど……」
「一か月後、地球に小惑星が激突する。直径が約13キロメートルだ。……6500万年前メキシコのユカタン半島に落下した小惑星は、直径10キロメートル。その当時の多くの地球上の生物が死滅したと言われている。今回はそれを上回る小惑星だ」
「……」
「その衝撃は、マグニチュード12~14。衝突による津波は、数千メートルになるとういう試算が出ている。人類は……終わる」
「終わるって……」
俺は、ミチの話を思い出していた。
「あと、一か月だ。心置きなく過ごそう。父さんや母さんには言うな。……親孝行するなり、好きな女の子に告白するなり、一か月思いのままに過ごせ」
「にいちゃん、だから帰ってきたのか?」
「いや、俺がこのことを知ったのは今日のことだ……。俺が帰ってきたのは、本当は休暇じゃない。仕事だよ」
「なんだよ、兄貴の仕事って……。そんな一般人が知らないこと知ってたり、家族にも秘密の仕事ってなんなんだよ?」
「……」
「ただの環境保全の行政法人じゃないのかよ?」
「……表向きはね。もう、秘密にする必要なんてないか。うちの組織は地球外来種を捕獲、
サンプリングしている」
「……地球外来種?」
「数週間前、この地域で地球外生物の遺体が発見された。俺は、その調査の為にうちに帰って来たんだ」
俺は、ミチと俺を襲ってきた、あの見たこともない野獣を思い出していた。
「もしかして、大型犬ぐらいの大きさのケモノ?」
「……なんで、知ってる?」
「アレを殺ったのは、俺だよ……」
「……!」
「口にトイレの洗剤が突っ込まれてただろ? あれ、俺がやったんだ……」
今度は、兄貴がビックリする番だった。
「どうしておまえが……」
「友達といたところを襲われたんだ。武器なんてなにも持ってねーし、たまたま持ってた洗剤で対抗したら、死んだんだ」
「なんでおまえが襲われるんだ」
そのときだった。店の正面からクラクションと共に光が差し込み、何かが店の正面から突っ込んでくるのが見えた。それは店の玄関を突き破り、俺のいる中央部に突っ込んで来た。俺は店の端にいた兄貴に覆いかぶさるように、横に飛んだ! 大きな破壊音と共に、トラックが突っ込んで来たのだった。
「なんだ、いったい……」
兄貴は、呆然としていた。

車のクラクションが鳴り続けた。中年の運転手がクラクションをおし続けたまま、茫然とした顔をしていた。
俺と兄貴は車の運転席のドアを開けた。頭から血を流した運転手は、それでもはっきりと意識があった。そして俺達の顔を見ると、ようやくクラクションから手を離した。
「く、車が勝手に突っ込んでいったんだ! ハンドルもブレーキも効かなくて、車が浮き上がってた! 嘘じゃない! だから、クラクションを鳴らして!」
突っ込む前、確かにクラクションがなっていた。俺と兄貴は顔を見合わせた。
兄貴は、運転席のシートベルトをはずし、運転席を、運転手が楽なように傾けようとしていた。
 親父とお袋が慌てふためいて、店の裏口から飛び込んできた。
「なんてこった!」
「健人! 勇人! 怪我は? 無事なの?」
お袋は俺達が二人とも無事なのを見て、幾分ほっとしたような顔をした。
「俺と優人は大丈夫だよ。ただ、この人怪我してる。救急車と警察呼んで!」
「わかった! あ~これじゃあ、店の電話使えないじゃないか……」
親父は、慌てて奥に帰って行った。
「母さん、タオル持ってきて。この人怪我してるから」
「わかった」
お袋は頷いて、家の方に小走りに帰って行った
兄貴はこういうとき、いつも的確なのだ。
そう、もし兄貴が俺が経験した一連の事を経験したならどう対応したんだろう。
応急に出来るだけの事をして、兄貴は車を降りてきた。
「……にいちゃん。俺、この人ウソついてないと思う」
「え?」
「テレキネシス。物を飛ばしたり止めたりする能力のこというらしい。……最初は学校の3階から、窓が外れて俺の頭上に落ちてきた。次は学校の中庭で、自転車が俺めがけて飛んで来た。そして今日は、トラックが突っ込んで来た。この人の言うとおりなら、そいつはトラックすら浮遊させるってことだ」
「……どういうことだ?」
「俺は、なんでか命を狙われてる。その、変な能力持った奴に……」
「……」
「……」
「なんで今まで黙ってたんだ!」
「……。多分、きっかけは俺のクラスの転校生。野獣に襲われたのも、そのコといる時だった。そのコにも、そういう力はある。信じないかも知れないけど、宇宙人なんだよ。俺には教えてくれた、まあ、成り行き上だけど……。力ももらった。イメージ通り、体を自在に動かせる能力……」
「それで、さっき……」
俺は頷いた。
「でも、それ以降なぜか今度は俺が狙われてる、そのコは、……ミチは、俺を巻き込んでしまったって後悔してるみたいだった」
「どうして、もっと早くそれを言わない!」
「言ったらどうにかなってた?」
「こういう事には、適切な対応の仕方ってものがあるだろ!」
兄貴の顔は明らかに怒っていた。
お袋が、「これ」とタオルを奥の部屋から持ってきて、それを兄貴に渡した。兄貴は、助手席から車に乗り、運転席を倒し、運転手の出血した頭部にタオルを巻いていた。
「動かさない方がいいでしょう。救急車をまちましょう」
運転手にそう言った。
店の外には人だかりができて、遠くでサイレンの音が鳴り始めた。お袋は、人だかりの中に近所の知人を見つけて、「もう、びっくりだわよー」などといいながら、興奮冷めやらぬ様子で話し始めた。
兄貴は、トラックから降りると俺に向き直った。
「そのコは、いつ転校してきたんだ?」
「ゴールデンウイーク明け」
「名前は? 住所は今すぐわかるのか?」
兄貴の尋問調が俺を不安にさせる。
「な、なんだよ。どうするつもりなんだよ……」
「……上司に、報告する」
あまりのリーマン的返答に、俺は一瞬面食らった。
「で、ミチはどうなるの?」
「おそらくは、捕獲……」
「何言ってんだよ!」
「特に、宇宙から小惑星が降ってくるこの状況下だ、もしかして、何か関連がないとも限らない……。話は急を要する!」
兄貴は自分の携帯をポケットから取り出した。
「待って! 捕獲されて、それからミチはどうなるんだよ!」
「俺は末端だ。それから先は、わからない」
「……そんな」
兄貴は、自分の携帯から電話を掛ける
「エマージェンシーコールです!」
俺は、壊れた店から飛び出した!
「おい! 待つんだ! 勇人!」
兄貴の叫ぶ声がした。「勇人?」と、お袋の声もしたが、俺は振り返らなかった。
俺は、ミチのうちに向かって走りだした。

       

表紙
Tweet

Neetsha