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ミチとの遭遇
第二章 ミチとの再会

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第二章 ミチとの再会 
 バイトに明け暮れたGW明け、少し気だるい気分で登校すると朝から教室内は妙に色めきたっていた。転校生が、うちのクラスに来ると言うのだ。
「聞いた? 転校生だって」
凛がハイテンションで話しかけて来た。凛と俺は同じ2組、1組に才蔵と寛治がいる。
「ああ。随分と又、中途半端な時期にくるんだな」
「帰国子女らしいよ!」
「へぇ~」
と、ガラッと教室前方のドアが開き、担任の神田先生が入ってきた。
「席に着けー!」
皆があわてて自分の席に戻っていった。入室して来た神田先生の後ろに転校生らしき人影、皆が注目する中現れたのは――――。
「えっ?」
俺は思わず呻いた。数日前、俺が介抱した例のあのコが男子制服を着て立っているではないか。クラスの女子が黄色い声をあげる。そうでしょう、そうでしょうとも。女子の反応はもっともだ。でも俺は正直ガッカリだ……。なんだ、男かよ……。
「はーい、先刻承知のようだが転校生だ。中国からの帰国子女だそうだ。色々不慣れなようなので、皆サポートするように」
それだけ言うと先生は、転校生に
「自己紹介」
と促した。明るいブラウンの瞳、きりっとした眉。そう男の制服を着れば確かに男に見えなくはない。だが、惜しい。ってなにが惜しいんだよ俺?
「星乃ミチです」
先生が星乃ミチと黒板に名前を書いた。と、転校生はゆっくりと教室を見回しながら
「ヒーロー研究会は、どこですか?」
まるで教科書の例文を読むように言った。いやそれより、なんで? 謎だったが部員獲得は願ってもない! 俺は、椅子をけって立ち上がった。
「入会希望なら、無条件で受け入れます! 俺は部長の佐藤です!」
転校生は俺の顔を見て一瞬驚きの表情をうかべた。憶えていたのだろう、俺の事を。そういう顔だった。

その日のうちに、放課後、新入部員の歓迎会をすることにした。
部室がわりの佐藤電気店に集合である。お袋と親父は新たなメンバーに一瞬明らかに見惚れた。ニヤニヤしながら親父は電気工事に出かけた。お袋はおやつ代わりにと気を利かせて、卓上の電気たこ焼き器をテーブルの上に置く。たこ焼きの材料を凛に託すと「後はよろしくね! ついでに店番頼むわね」と言い残して店の奥の方に消えて行った。
「君は、電卓を持ち歩いてるのかな?」
だからどうしておまえの関心はソコなんだよ寛治?
「え?」
なんのことだか、と言う顔の星乃君。
俺が思った通り、凛が言ったちょーカッコイイ人とは星乃君のことであった。
「日曜日、リオンで見たときは正直、男の人だか女の人だかよくわかんなくって・・」
「お前、それは失礼だろ!」
俺は己の事を棚に上げて突っ込んだ。
「あ、あ、御免! だってなんていうか星乃君、私なんかより綺麗だし」
「うん、確かに」
速攻同意した才蔵が「いてぇ!」と苦痛に顔をゆがめた。凛が足を踏んだらしい。
跳ねっ返りが珍しく、頬を染めて動揺している。そう、俺に消滅したチャンスがまだ凛にはあるのだ。おまえの初めての春を暖かく見守ってやろうじゃないか。そんな気になった。
「分かった、みなまで言うな! 兎にも角にも、我がヒーロー研究会にようこそ! 星乃君!」
端正な顔立ちの星乃君は、こっくりと頷いた。
「我々は存亡の危機にあったが、星乃君の入会のお陰で危機は回避される可能性が一段と高まった……」
「そう、そのことを話し合いたくてミチは来ました。」
星乃君が真剣なまなざしで俺達を見回した。
「あなたたちのサイトを中国で見ました。そしてメールを送りました。そして、ミチは来ました。」
「ああ、じゃあ日曜日に来てたメールの主は星乃君だったのかぁ」
「海外から見てくれたって、なんか感激だな!」
サイトを立ち上げるのに最も尽力した才蔵が嬉しそうに言った。
「ねえ、中国にずっといたの?」
「いいえ、3日だけです。空気がひどくていられませんでした」
「えっ? だって中国からの帰国子女って?」
「一応、そういうことにしてあります」
「一応?」
「あなた方には本当のことをいいます。ミチは銀河惑星連合から調査隊として派遣されて来た調査員です。あなた達地球の危機を知る地球人が、どういう考えを持っているのか知りたくて来ました。」
「おおっ! 宇宙人設定! 嫌いじゃないよ、そういうの」
「星乃君、意外と面白いな」
思っていたよりノリの良い奴である。嬉しくなって俺達は無邪気に笑った。
だが、星乃君は真剣な顔をしてうつむいた。
「中国に最初派遣されました。空気がひどい状態でした。水もひどいです。でも、人々は自分たちのことで精一杯なようでした。遅かれ早かれ、人類は自滅する運命にあるのではないかと思いました。そんなとき、あなた達のサイトを見つけました。地球の危機を救うのは俺達だというあなた達と話し合いたいと思いました。」
「お、おう」
思うに、このユニークな新たな仲間はとってもショー向きじゃないか?
「無論、俺たちがヒーローさ! 今日から君もその一人だ! だから、君もヒーローショーに出てくれ! そして、部員を増やし、存亡の危機を乗り越え、同好会から部活に昇格する! それが俺たちのやるべきことなんだ!」
「ヒーローショー……?」
「たこ焼き、焼けたよー! 皆ひっくり返して!」
凛が皆に竹串を渡した。竹串でたこ焼きをひっくり返す俺達をやや呆然とした顔でミチが見ていた。帰国子女である。たこ焼きは初めてなのかも知れない。そういえば、スーパーで具合が悪くなったときはタコの刺身を食った直後だったな。
「星乃君、タコ食べられる?」
「ああ、消化薬飲めば大丈夫です。先に飲んでもいいですか?」
「もちろん。……胃が弱いの?」
「ミチの星は二世代前に酷い食糧危機になって、以来食事はいわゆる化学的合成薬です。だから、地球みたいな食文化はとても羨ましい。でも慣れないので消化薬が必要なのです。」
星乃君がおもむろにポケットから出した薬箱を、才蔵が「ちょっと見せて!」と、横取りした。市販の胃薬である。
「あははぁ。なんだキャベジンじゃん!」
お馬鹿な才蔵でなくても、一瞬信じてしまいそうである。それも、きっと彼の中性的な容姿のせいなんだろう。
「なんだ……。星乃君には、MCやってもらうってのはどうだろう?」
真面目な顔で寛治が言ったが、どこか含みのある言い方だ。
「MC?」
星乃君が一瞬瞳を見開いてきょとんとした顔をした。
焼きあがったたこ焼きを皿に盛りながら、凛が説明した。
「MCって司会の事。通常ヒーローショーだと、MCは女の子なんだけどさ。」
ゴホンと咳払いをして、寛治が俺を見た。あ、そう。成る程ね。そりゃ、おまえの言わんとするところはわかるよ。でもさ、今日名乗りあったばかりの人間にいきなり言えるわけないだろ~~。
「女装してくんない? ミチ君!」
才蔵が何のためらいもなく言った。
俺は狼狽え、なぜだかわからないけど赤面した。
「バ、バカ! いきなりそんなこと言う奴あるかよ!」
「そうだよ、才蔵。俺はMCをお願いしたらどうだろうと言っただけだぞ」
寛治よ、おまえ……。
「でも似合うね、きっと! 見てみたい!」
凛が無邪気に言って、たこ焼きの皿を星乃君に渡した。
「女装? 女性の格好の事ですか? ミチは男装でも女装でも、どちらでも構いません。
ミチの星は地球と違って、女性も男性もありません。中性体ですから。」
「中性体? 新しいな……」
寛治が感心する。
「女装はオーケーと。そういうことなのか、星乃君?」
俺は念押しした。
「構いません。そんなことは些末な問題です……」
あっさりしたものである。実はそういう趣味なのか?
才蔵が店のDVDデッキに戦隊もののDVDを入れて、視聴し始めた。
星乃君は呆然とそれを見つめながら呟いた。
「ミチは、勘違いしていたようです」
「勘違い?」
俺は聞き逃さなかったが、
「たこ焼き!食べないと冷めちゃうよ、星乃君!」
凛が熱心に勧めると、星乃君はたこ焼きを恐る恐る頬張り、あの至福の笑みを浮かべた。
「美味しい……!」
俺は思わず身をのりだした。
「美味いだろ? もしかして、たこ焼き初めて?」
「はい。……本当に美味しい」
帰国子女に日本のB級グルメはかくも新鮮な物なのか? ならば、
「学校の近くに美味しいラーメン屋さんがあるんだ。今度、一緒に行かないか?」
「ラーメン、美味しいんですか?」
「うん、美味いよ!」
「行きます。」
と答えて、嬉しそうに笑った顔はなんというか……可愛い。
って、大丈夫か、俺?

 星乃君が加わり、俄然やる気が出た俺達は翌日から文化祭の準備を始めた。GWのバイトの稼ぎと、ヒーローサイトのアフィリエイトの稼ぎを資金にし、アクタースーツをネットで購入。俺がレッドで、寛治がブルー、才蔵がグリーンで、凛がイエローだ。
星乃君の衣装は、黄色と緑のキャスケット帽にピンクのスカーフと黄色のTシャツに、胸当てのついたスカート、白のくるぶしがくしゃっとしたソックスとローファー。ヒーローショーのMCお姉さんの定番スタイル、しめて二万五百八十円也。何気にMCの衣装が一番高かったが、妙な期待からか誰も文句は言わなかった。
「いーじゃん、いーじゃん、すげーじゃん!」
才蔵が嬉しそうにグリーンのアクタースーツを抱きしめる。寛治は何も言わずに、自分の衣装をじっと見つめている。他人が見たらわからないかも知れないが、俺には寛治が感動しているのが分かった。

 空手部の練習がある凛以外は、学校の中庭でアクションの練習に励むことになった。
足を高く上げてキックの練習をしたりしていると、寛治がぽつりと呟いた。
「敵がさ、いないよね」
スマホでネットサーフィン中の才蔵が答える。
「敵?」
「ヒーローショーだと、必ず敵がいるだろ。ショッカーとか、外道衆とか」
「確かになぁ」
振り上げていた足を下ろしながら、俺が答える。
と、50メートルくらい先の渡り廊下で、男子生徒が数名なにやら声を荒げているのが目に入った。寛治と才蔵も気付いて、アクションをやめた。
どうやら小柄な男子生徒に、不良グループらしき3人がからんでいるようだった。
「あれ、3年のたち悪い奴らだよ。からまれてるの1年だろ、多分。」
寛治が小声で言った。
「あいつら、リオンの屋上でボコされてた奴らだ! なんだ、またやってんのかよ」
「ボコされたって?」
「ほら、スゲーヤツ見たって、スマホで……」
「あー、意味不明なんだよ。才蔵の言う事は……」
「遠目に見たけど、1対3であいつら、ほそっこい奴にやられてた」
才蔵は愉快そうに笑った。
「なんだ、以外と弱いんじゃねーのあいつら」
可哀想な1年生の男子は「やめてください」と、半泣きになっている。
空想と現実の狭間を超えるには、ちょっとした錯覚が必要な事もある。
多分、才蔵の話が俺たちを錯覚させたのだ。俺達に現実でヒーローになるチャンスがあると。

「だから出せっていってんだろ、オカマ野郎!」
「嫌です!」
「借りるだけだって言ってんじゃん、ほれ!」
ポケットから封筒を取り上げた。不良がせせら笑っている。
「ピアノの月謝返して!」
不良達は笑いながら踵を返して去っていこうとしていたが、そうはさせるか!
「おい、待てよ! おまえら、なにやってんだよ!」
俺と寛治と才蔵は仁王立ちになって、不良達を呼び止めた。
「負ける気がしねー!」
俺は呟いた。頭の中では敵をなぎ倒すアクションがシュミレーションのように流れていた!
「おまえら、喧嘩売ってんのか? アン?」
ソリの入った角刈り頭が、顎を突き出して凄んできた。次の瞬間、右ストレートパンチを繰り出してきたのを、シュミレーション通りかわし、カウンターパンチを入れようとした。瞬間、俺の腹に蹴りが入った……。それからどんなふうに殴られたのか、蹴られたのか、記憶にないけど多分3分もしないうちに俺らは地面に転がされて呻いていた。カッコ悪りー。
「雑魚が!」
と、吐き捨てるように言って去って行こうとする外道衆。悔しすぎるだろ、俺。
「待てよ! 卑怯なんだよお前ら! 三年のくせに、人苛めてんじゃねーぞ!」
「なんだよ、まだやるのかよ? え~?」
小ばかにした顔で笑っている。
「お前たちのツラは、はっきりこの目に焼き付けてあんだよ。あんたたちだって、進路ってもんがあるだろ。でもな……」
寛治がよろっと立ち上がって、胸のポケットから学生手帳を取り出した。
「窃盗は退学! 暴力行為は禁止!」
「なにーーーーーーっ!」
三人の形相が、怪人に変身する寸前の悪役みたいになった。
「おまえら、チクったりしてみろ。骨折ぐらいじゃ済まない! えっ――」
と、急に3人の目が空中を凝視したまま顔色が変わる。後ずさりをはじめ、「お、憶えてろよ。」と叫びながら、全速力で逃げ出した。
「憶えててやるよ。バーーカ!」
才蔵が鼻血を流しながら、叫んだ。
「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
声の主のほうを振り向くと星乃君だった。いつからそこに?
「なあ、最初からこれ使えば良かったな……」
寛治が生徒手帳を手に、笑ってため息をついた。まったく、校則なんてものが役に立つこともあるんだな。
苛められていた一年生の男子が駆け寄って来た。
「すみません、僕の為に……。怪我大丈夫ですか?」
「いや、ちょっと敵をなめすぎてた。お前のせいだぞ! 才蔵! ちょろいみたいなこと言うから――」
「だって、本当にたった一人にやられてたんだぜあいつら」
「あ、あの時は、どうもありがとうございました!」
1年生の苛められっ子が、なぜか星乃君に深々おじぎをした。
星乃君が不思議そうな顔をすると、1年生は、
「リオンの屋上で、助けてもらいました! こないだの日曜日!」
「えっ!」
俺と寛治と才蔵は、呆気にとられた。
あの3人をたった一人でぶちのめしたのが、星乃君だって!?
「人は見かけによらないって言うけど、いったいどうやってさ?」
「丁度、屋根の上にいたんで、こういう感じで」
と、とび蹴りのポーズをして見せる。
「飛び降りたら、当たったんです」
「あれがミッチーだったんなら、俺、マジ宇宙人って信じるぜ!」
と、才蔵が狐につままれたような顔をしている。
「やだな、それ冗談ですよ」
以外にあっさり否定されると、なんか肩すかしをくった気分になる。
「なぜ屋根の上に?」
寛治の質問は凛のけたたましい声にかき消された。
「ちょっと! あんたたち大丈夫?」
空手の稽古着のまま数名の男子空手部員を引き連れて、凛が走ってきた。
「あんた達が、3年のワルにボコボコにされてるって聞いたから……」
凛が肩で息をしている。
「助っ人に来てくれたの?」
「止めに来たのよ、馬鹿!」
「これでも勝ったんだぜ。口喧嘩でだけど」
「口喧嘩?」
「あいつら、逃げ出したし」
「からまれてた1年助けようとしたらしいな。意外にやるじゃねーか」
鬼島という空手部の部長が、鬼瓦のような顔に笑みを浮かべた。
「すいません、鬼島先輩。大丈夫みたい」
「わざわざ、どうも」
「いや、俺がぞっこんの相川の頼みだからっ」
「やだぁっ! 部長! 冗談は顔だけにしてくださーい!」
凛は照れたように、部長の背中をバンバン叩いた。
俺達は、ちょっと呆然とした。蓼食う虫も好き好きである……。凛に女を感じる奴もいるのである。

その後、俺達は3年生のワルたちのことを生活指導の元に、1年生の苛められっこ藤沢祥太郎と一緒にチクリに行った。今まで金品を巻き上げられ暴力振るわれていたのに、報復が怖くて黙っていたという。これでアイツらは退学は免れないだろう。
 それから凛にぞっこんの空手部部長に、文化祭のヒーローショーで空手部から悪役に数名借してもらうことを約束してもらった。「しゃーねーな」とか言いながら、頭を掻いて二つ返事で引き受けてくれた。相川凛、様々である。

     

 悪役怪人のコスチュームを放課後に自作することになった。
俺達は遅くまで、空いてる教室で怪人のコスチューム作りに励んだ。
才蔵が怪人の顔の部分を張りぼてに描きながら笑っている。
「これ、鬼島さんが着るんだろ? 下手な張りぼてより、鬼島さんの顔の方が怖くね?」
「あー、それ言えるわ」
「鬼島さんのコスチュームだけ、顔出せるようにしとこうか?」
「それ、ナイス!」
そんなくだらないことを喋っている俺達を、笑いながら見ている星乃君はなぜか時々、妙に考え込むような顔をする。なんだかそれが、少し気になる……。
「腹減ったな。今日はラーメン食いに行こうぜ! 星乃君、連れてくって約束したもんな」
「はい!」
星乃君は嬉しそうに笑った

学校の近くのラーメン屋は美味いと評判の店だ。空手の練習が終わった凛も誘って、5人で行くことにした。

「どう、うまい?」
「うまいです。」
俺の問いに星乃君は笑顔で答えた。肉厚の柔らかいチャーシューがのったこの店の醤油ラーメンは、マジで美味い。
「だろー」
と、俺が正面に座った星乃君と話している隙に、隣の才蔵が俺のチャーシューを1枚取った。
「サイゾー俺のチャーシュー!」
「代わりに、カンジのメンマあげるー!」
才蔵がちゃっかり、寛治のメンマを俺の丼に入れた。
「なんだそれ!」
「俺の、メンマ……」
頭に来た俺は、才蔵のラーメンに胡椒をかけまくった!
テーブルの上を散乱した胡椒が、皆の鼻腔を刺激して、才蔵と寛治も俺も、ハックションとくしゃみが出る。
「バッカじゃないのー! 小学生かっつーの! ハーックション!」
「これは、喧嘩ですか?」
不安そうに星乃君が聞いた。
「バカのじゃれ合いだから、気にしないで星乃君」
と、凛が星乃君に寄り掛からんばかりに、上目づかいで見る。
「そうですか。喧嘩は良くないですから。喧嘩で滅ぶ星も宇宙にはあります。」
……一同、シーンとなる。
「きたこれ、ミッチーの宇宙人モード」
才蔵がはしゃぐ。
「ミチは、このところずっと考えていました。地球の現在の文明が存続する方法を……。地球が滅びない方法が、きっとあると思うんです。」
「地球、滅びるんですか?」
「破壊的な兵器を持ちながら、政治的な枠組みがうまく機能していません。環境問題も深刻です。でも、あの時のケンカで思いついたんです。これです。」
ミッチーは、自分の制服の胸ポケットから生徒手帳を出して見せた。
「生徒手帳?」
「ルールです。」
「ルール?」
「それも公正なルール。みんなに公正なルールがあれば、いいんじゃないでしょうか?」
「地球規模で?」
「そうです。一部の人間の為じゃなく、誰にでも公正なルールです。」
才蔵がスマホを取り出して、何か書き込み始める。
「何してんの、サイゾー?」と、凛が、才蔵のスマホを除き見る。
「2ちゃんにスレ立ててみた。」
凛がスマホを取り上げて、書き込みを読みあげた。
「『【速報】宇宙人君がラーメン屋で地球滅亡の危機について語る』」
ふざけてるけど、まあそういうことだ。でも星乃君はいたって真面目で、俺は茶化すことができなかった。だから、真面目にラーメンを食べた。

「ごちそうさまでした~」
暖簾をくぐって外に出ると、空にはもう月が出ていた。
「そういえば、星乃君の家どっち?」
「こっちです」
俺の家と同じ方向だ。
「じゃあ、途中まで一緒に帰るか」
突然スマホが鳴り出した。お袋からだ
『あんた、今どこほっつきあるいてんの?』
あまりの声のでかさに耳からスマホを遠ざける。
「皆とラーメン食ってた」
『なんでそういうことちゃんと言ってくれないのよ。あんたの好きなとんかつ、沢山作っちゃったじゃない!』
「ラーメン一杯食べただけだし、その位入るよ。今から帰るね」
『寄り道しないで帰るのよ』
電話が切れた。
「うるせー」
凛が隣でくすくす笑っている。
またスマホがなりだした。お袋からだ。
「なに!?」
『あんたにトイレ掃除の洗剤買ってきてもらおうと思って電話したの、忘れてたわ』
「わかったわかった。薬局に寄り道してきます」
俺はため息をついて電話を切った。
「まったく。年取ると、短期記憶ってやつの容量が小さくなっちゃうのかね? 一度で用事がすまないんだよな」
「勇人は、優しいですね」
と、星乃君が笑った。そして初めて名前で呼ばれた。

通り道の薬局に寄り、トイレの洗剤を買った。買い物袋を持って、星乃君と肩を並べて帰る。
「日本、楽しいか?」
「ラーメンもたこ焼きもおいしいです」
なんだろ、この微妙なズレも、ブッ飛んだ話も、中性的な見た目も、個性というのかな……。
不思議な奴だ。
星乃君との間に沈黙が流れる。まぁ嫌な感じはしないな、うん。
小さな公園の前を通りかかる。
「ぐぅるるるるるる――――」
公園の茂みから、低くくぐもった野獣の様な唸り声がする。
「なにっ?」
「犬!?」
次の瞬間、茂みから突然犬が飛び出してきた。が、街灯に照らされたそれは明らかに犬とは違う。暗闇の中で目を光らせ、鋭い牙をむき出しにしている。大きさは、セントバーナード犬ぐらいだが、耳まで裂けた口、光が反射してぬらっと光るその肢体は、どんな動物図鑑にも載っていそうではない。謎の生物はいきなりミチに向かって襲いかかってきた。
「危ない!」
星乃君は咄嗟に避けたが、腕が襲いかかってきた野獣の爪に引っかかれたようで、「いたっ!」と、小さく呻いた。
謎の生物は踵を返し、また星乃君に向かって飛びかかる。謎の生物の動きは俊敏だが、星乃くんも信じられないような跳躍で、ジャンプして、そのまま野獣の脳天目がけてキックをした。
が、次の瞬間ダメージを受けたように見えた野獣は、野性的な怒りのままに星乃君に襲いかかって、その2本の前足を星乃君の肩に押し付けてきた。星乃君が倒れる。
「やめろっ!」
野獣が星乃君の首に噛みつこうとした瞬間、俺は手に持っていた学生鞄を振り回し、野獣の頭を殴った。野獣の気が一瞬俺にそれた瞬間、押し倒されている星乃君が野獣の腹を思い切り蹴り上げた。野獣は、一瞬宙を舞って、公園の敷地に着地した。その口には星乃君のネクタイを食いちぎったものがぶら下がっている。そして次の瞬間、星乃君に物凄い勢いで再び飛びついてついていった。このままじゃ星乃君がやられる、と思ったその時だった。星乃君の茶色い髪がふわっとし、体が光ると同時に道路上にあった鉄のごみ箱が浮き始めた。と思うと謎の生物にスマッシュヒットし、謎の生物はうなだれた。
「今のうちに! 早く逃げて!」
星乃君は動かずに俺に言った。
「逃げてって、お前――――」
目の前の光景を疑いながら、考えを巡らす。どうしようどうしようどうしようどうしよう――。
「あっ」
手に持っていたポリ袋から洗剤を取りだす。キャップを急いで外し、噴射口をうなだれている犬めがけて、洗剤を発射しようとする。……。
「えっ、なんで!?」
いっこうに噴射される気配が感じられない。
「あああああ!」
そうか、内蓋が、内蓋が外れてないんだ!
「ぐるうぅぅぅぅ」
うなだれていた謎の生物がが徐々に、息を吹き返す。早く! 早くしないと! 星乃君が! 慌てているせいか、なかなか内蓋を取ることができない。
「取れた!」
犬がよろよろと立ち上がって、星乃君を襲おうとしたときだった。
「くらえーーーーーーーーーーー!」
今度こそ謎の生物目がけて洗剤が発射される。洗剤は謎の生物の目に入ったらしく、パニックを起こしている。が、やみくもに大口を開け、こちらに噛みつこうとしているようだ。
俺は洗剤を噴射しながら、ボトルごと謎の生物のでかい口に突っ込んだ。
「ぐぅるぅうううううううううう!」
悲痛な呻きを上げると、そいつはこの世のものとも思えぬ獰猛な唸り声をあげて、もんどりうち始めた。そしてぱったりと動かなくなってしまった。動かなくなった野獣の口から、トイレの洗剤のボトルが転がった。ボトルには混ぜるな危険と書かれていたが……。混ぜなくても凄い威力である。
「星乃君!」
「ありがとう。痛っ、痛たたた」
野獣の爪に服が引き裂かれ、脚には血が流れており、そうとう痛そうだ。
「捕まって」
右肩を差し出す。
「すいません……」
「いいから。病院に行こう。」
「いえ、病院じゃなくて、自宅にお願いします」
星乃君は左足を庇うようにして歩き出した。普段なら五分程度でつくであろうマンションへの道のりだが、十五分かかってようやくついた。
「こんなんで帰ったら、ご両親心配しないか?」
「大丈夫です。一人暮らしなので……」
初耳である。星乃君のことを何も知らない自分に今更気付いた。星乃君が鞄から鍵を取り出し戸を開ける。
「どうぞ、入って下さい」
「ああ……」
右肩に星乃君を抱えた状態で二人で靴を脱ぎ、居間へ向かう。廊下には星乃君の左足から出た血がぽたぽたと染みを作っている。
「出血してるから、止血しないと」
俺はそういって、居間のカウチに星乃君を座らせた。自分のネクタイを傷口より上の太ももにきつく巻いた。
「傷口、消毒するものある? 傷口は消毒して止血した方がいいかも……」
「ありがとう、大丈夫。隣の部屋に医療キットがあります。ここで待っていて下さい」
「手伝おうか?」
「いえ、大丈夫。明日にはもう治りますよ。」
星乃君が隣室へと向かう。本当に大丈夫かな? やっぱり病院へ連れていくべきだったかな……。それにしてもさっきの謎の生物といい、ゴミ箱といい、なんだったのだろう……。さっきは気が動転していてそれどころじゃなかったけど、今考えてみると色々おかしい……。
「引っ越して来たばかりとはいえ、物少ないのな」
部屋を見渡すと一つの物に目が行った。
「星乃君、占いの趣味とかあるの?」
小さなサイドテーブルに水晶玉が台の上に置かれていた。
「なんですか、それ?」
キッチンから星乃君の声がする。俺は水晶玉に近づいて、手をかざした。
「未来を占ってしんぜよう~」
ふざけて占い師の真似をしてみる。次の瞬間、水晶玉が光を発し始め、いろいろなビジョン、聞いたこともない言語、観念が、俺の頭の中に洪水のように押し寄せてきた。体中が脈打ち目眩がし、俺は床に倒れてしまった――。


「勇人! 勇人!」
目を開くと、星乃君が心配そうに顔を覗き込んでいた。すっかり部屋着に着替えて、引きずっていたはずの足で真っ直ぐ立っている。
「えっ、俺どれ位の間気ぃ失ってたの!?」
「二十分程、かな。」
「でも怪我、治ってるじゃん! っっ。頭痛っ」
「だから、大した傷ではないと……」
頭痛と共に謎の感覚が体を襲い、イメージ映像のようなものが瞼の裏に浮かぶ。大きな惑星の映像や、星乃君と似た雰囲気の人々や、宇宙空間に浮かぶ地球の映像が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。何かがわかったような感じもするが結局よくわからなかった。――。ただ、一つはっきりしたことがあった。
「星乃君、星乃君は違う星から、来たんだよね」
しばらくの沈黙の後、星乃君はコックリと頷いた。
俺と星乃君は、居間に置かれた、一つしかない長方形のカウチに隣り合って座った。
それから星乃君は、ぽつりぽつりと話し始めた。俺たちの創ったヒーローサイトを見て、俺たちが地球の危機を知っていると勘違いし、最初の調査地点の中国からやってきたこと。たこ焼き歓迎会で、それに気づいたこと。さっき俺が触った物は占いの水晶玉なんかじゃなくて、集合知の体系であり、手をかざして問いかけたり話しかけたりすると答える、人智をつなげたある種の有機的ソフトのコンピューターであること。……そして星乃君は女でも男でもない中性体であること。もう星乃“君”とは呼べないな……。
 “ミチ”が本当に宇宙人なことには驚いたが、ミチが時々可愛く見えてもおかしくないことに俺は安堵した。良かった、大丈夫だ俺。
「ここでは、秘密にしておいた方がいいんでしょう」
ミチが床を見つめて話す。
「やっぱり、ばれるとまずいのか?」
「まずいというか、やはり行動しづらくなりますね」
「そういえば、ミチは地球に何しに来てるんだ?」
「調査です」
「なんの?」
ミチは、少し思案するように小さく深呼吸した。
「地球が存続可能な星かどうかです。」
「そういえば、地球が滅亡とか……。それどういうこと?」
「地球に限りませんが、文明には存続可能なものとある時点まで到達すると、崩壊してしまう文明があります。理性的、政治的な抑止力よりも破壊的要因が大きくなると、その文明は崩壊します。破壊的要因とは、地球の言葉で言えば、エゴでしょうか? エゴが強すぎれば、その文明はいずれカタストロフィーを迎えます。でも、星が滅ぶには他の要因もあります。自然現象もその一つでしょう。」
「地球は、危機的な状況なの?」
「ミチが、調査しているのは、あくまで文明の存続が可能かどうかということです。」
「それで?」
「ミチ以外にも、世界中に調査員が来ています。でも、楽観的な報告は少ないようです。」
ミチは立ち上がって、水晶に少し触れると水晶は又、光りはじめた。
ミチは目をつぶり、そしてゆっくりと目を開けた。
「既に数か所の調査員は、既に地球を離脱しました。その人たちの判定は、存続は遠からず不可能になるのではないかと……」
「君たちの調査の目的は何?」
「それは、今のところ秘密にしておいていいですか?」
「査定はするが、目的は明かせないと?」
「ごめんなさい……」
ミチは、まるで末期の癌患者を見るような同情的な眼差しで俺を見つめた。
「君の仲間は、地球の調査をやめて帰ってしまった人たちもいるんだよね? ミチはどうしてここに残ってるの?」
「ミチは、もっと知りたいのです。地球は存続可能かもしれません。」
「で、なんで間違えたって気付いたのに、なぜ俺らといるわけ?」
「元々、無作為に調査地点を選ぶのです。そこを基点に調査をする。ミチは、最初の地点は中国でした。でも公害がひどくていられませんでした。そして、此処へきました。今は、ここが調査の基点です。……あの、迷惑でしょうか?」
「い、いや、ただ、今日みたいなことがあると、怖いけど……」
「あれは、銀河連合とは違う何かです!」
「何かって?」
「分かりません。」
あれは、明らかにミチを狙って亡き者にしようとしていた。なぜ?
「勇人を危険な目に合わせました。もし、またあんなようなことが起きた時の為に、友情の印として渡しておきたいものがあります。」
「渡したいもの?」
「ある種の能力です。脳の運動野に直接作用して、運動能力をイメージ通りに繰り出せる能力です」
「え! それって、ミチみたいにジャンプしたり、キックしたり?」
「そうです。イメージさえして体を動かせば、その通りに動かせます。」
「なにそれ、すげー! ……変身ベルトとかくれるわけ?」
「残念ながら、そうゆうのではありません。」
そういうといきなりミチは、俺の顔を両手で挟み目をつぶって顔を近づけて来た。
ちょっ、ちょっと待って予想外の展開に、心の準備が出来てなかった俺。こういうのはありなのか? ありなのかー! 俺も目をつぶった。流れに任せる! と、思った瞬間、くっつけられたのは……おでこだった。
「えっ?」
俺はちょっとがっかりしている間もなく、自分の中に何か新しい回路が出来あっていくような、小さな戦慄を感じた。いや、そういう意味ではなく……。フィジカルな変化だ。……いや、だから、そういう意味ではなく……。
ミチがゆっくりとおでこを離した。
「君なら、喜んでくれると思う。」
そう、ミチの言うとおりだった。軽く力を入れて床を蹴ってみる。
「うわぁっ!」
天井に頭をぶつけてしまった。
「そのうち使い慣れますよ。ですが、出来るだけ人前で使うのは避けて下さい。ミチも人前では、なるべく使わないようにしています」
「すっげぇ!」
ジャンプしながら俺は、子供の頃風呂敷をマントのように首に巻き、大きく揺れるブランコの上から飛び降りた事を思い出した。初めてのことなのに、とても懐かしい感じがする。本当にヒーローにでもなったような、何でも出来るようなウキウキ感が体中を駆け巡った。
「すっげーよ!」
その時だった。
『ブッブー、ブッブー』
無粋な呼び出し音が、ポケットから響く。スマホの画面に映る、【お袋】の文字。
時計の針は九時を回っていた。俺は無言でスマホの電源を切った。
「ごめん。危険な目に合わせた上に、遅くなってしまって。家の人心配してるね。」
ミチが、申し訳なさそうに言う。
「気にするなよ。俺がいて良かっただろ? いつでも、頼りにしろよ!」
にっと笑うと、ミチも嬉しそうに微笑んだ。
 マンションを後にして、家路を急ぐ。謎の生物が襲いかかって来ることはもうなかった。だがしかし、手ぶらで遅く帰宅する俺には、謎の生物よりも恐いお袋が家で待ち受けていた。

       

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