第三章 要領の悪い宇宙人もいるらしい

第三章 要領の悪い宇宙人もいるらしい
次の日、何事もなかったようにミチが登校してきた。
不思議な事に、謎の生物の遺体はニュースにも噂にもならなかった。あれはただの野犬の遺体として処理されたのだろうか? とてもそうは見えない代物なのに……。謎である。
 俺はミチにもらった能力を使いたくてウズウズしていたが、なるべく人前で使うなと言われた手前、そういうわけにもいかず……。でも放課後の文化祭のアクションの練習では、寛治や才蔵に「なんか、急に動きが良くなってね?」と、不思議がられた。ミチはそれを横目で見ながら、なんだか面白そうに笑っていた。これくらいはオーケーってことだろうと解釈した。

そして、文化祭当日を迎えた。朝から皆が自分の衣装を持ち込んで、準備を始める。控室として借りた教室に、見覚えのある派手な顔立ちの女生徒が、大きな工具箱(?)の様な物を抱えて入ってきた。
「えーっと、ここ今、うちの研究会が貸切なんだけど」
と、俺が言うと
「別に、間違えて入ってきたわけではありません。ただ今日は是非お手伝いしたいと思って、駆け付けた次第です。」
「手伝い?」
「はい。私、2年3組の矢追薫です。今日は星乃ミチ君が女装なさると聞いて、是非お手伝いしたいと、参上したしだいですの」
「あの、手伝いって何を?」
矢追は手にした工具箱の様な箱を拡げる。メイクアップ道具だった。女って、こんなに沢山化粧道具を持っているものなのか?
そして、まだ着替えていないミチを部屋の片隅に見つけると駆け寄って、手を取った。
「せっかくの素材、生かさなくては罪でしょう?」
ミチは戸惑いを隠せない様子だったが、矢追はひるまなかった。
「つやつやとした美しいキューティクルによって浮かび上がる、その天使の輪! 長い睫からそっと覗くハニーブラウンの瞳! シルクの様なきめの細かい肌にさす、バラの花びらのような頬! きっと、あなたは大天使ミカエルの生まれ変わりなのねー!」
ちょっと待って。口上が変態くさい……。
「気持ちはありがたいけど――」
俺は二人の間に割って入った。
「じゃあ、ありがたく受ければよろしいのよ。」
ドンと俺は突き飛ばされた。
「部員以外は立ち入り禁止なんだ、残念!」
俺はそう言って、矢追を追い出そうとした。
「じゃあ今日、今この瞬間に入部ですわ!」
と叫んで、教室に俺を押しのけ入ってきた。
「はぁ?」
「いいんじゃないの? 部員勧誘の為のヒーローショーだし」
寛治が淡々と言う。
「女子の入部は大歓迎でしょ!」
才蔵も異論ない様子。……仕方ない。俺は矢追薫の入部を認めた。

そのために入部をせまるだけあって、矢追がミチへほどこした化粧はみごとだった。元々中性体のミチは、どこからどう見てもモデル体型の美人だった。
「いいんじゃないかな」
寛治が恥ずかしそうにうつむき加減で言う。俺の今までの経験で行くと、寛治のいいんじゃないかな=百点満点である。
「星乃君、超可愛い!」
凛は今にも飛びつきそうな様子である。
「今度ミッチーそのカッコで一緒にデートしてー!」
才蔵がにこにこしながら言う。女の子じゃなくてもいいんか。
「ワタクシの化粧テクをなめてもらっては、困りましてよ!」
物凄いドヤ顔で、こちらを見てくる。なんかムカつくな。しかし、どこをどう見ても女性である。元が中性体と言うことを割り引いても、その化粧テクは凄いものだ。
「ありがとさん」
「おやすい御用でしてよ! それにしても星乃君、本当に本当に可愛いですわ!」
矢追はミチの首に抱きついて、頬擦りしている。ミチは苦笑いである。
「はい、離れた離れた」
矢追をミチから離す。 
「なんで俺の衣装だけ顔が開いてるんだ!」
鬼島先輩である。
「いや、先輩の凛々しい顔が見えないと、先輩に頼んだ意味ないじゃないっすかあ」
才蔵は口だけは上手い。
「そういうことか」
それで納得してしまう先輩も先輩である。
「特撮研究会と空手部の皆さーん!」
「はーい! 円陣組むぞ!」
空手部も含め、全員で円陣を組む。
「「「「頑張るぞー! おぉ!」」」」


「みなさーん! こーんにーちはー!」
ミチが女装をするという噂がいつの間にか出回ったらしく、会場の体育館は満員だった。
俺の書いた脚本通りに司会を進めるミチを、上手の舞台袖で見つめる。ミチはいつも綺麗なイントネーションで話すけど、ヒーロショーのお姉さんは抑揚をつけて話す。ミチはなかなか抑揚が上手くつけられなくて、ここ一週間ほど凛と一生懸命練習していた。今ではすっかりお姉さんが板についている。
「「「「おねーさんかぁわいーー!」」」」
男子生徒の冷やかしが入る。
「いつもはーおにいさんだけどぉ、きょうはおねえさんでがんばっちゃうぞー!」
「「「「いぇーーーーーーーい」」」」
いつの間にあんなにアドリブが効くようになったのだろう。宇宙人、地球に慣れすぎである。
「なんかぁ、さいきんこの天宮高校でぇー、おイタをしているひとがぁいるんですってー。みんなは、みたことあるかなぁ?」
「「「「わかんなぁーーい」」」」
「うわさによるとぉ、ろうかをメンチきってぇ、あるいたりしてるみたいよぉ。そういうのってぇ本当にやめてほしいよねー! おこだぞー!」
ミチが両手のこぶしを頭に乗せるポーズをすると会場がどっと湧く。変態、才蔵が考えたポーズである
『ウーッウーッウーッウーッ』
寛治がSEを鳴らす。
すると、それを合図に下手から鬼島先輩with空手部員が出てくる。
「おれのわるくちをいうのは、どこのどいつだああああああ」
さすが鬼島先輩である。かなり、怖い。
「やっぱり顔の部分、穴あけといて正解だったな」
才蔵の耳打ちに頷く。
「きゃああああああ! 悪の軍団よおおおお!」
ミチが悲鳴を上げると、また会場中が笑い包まれる。
「このおんなあ、生意気だぞぉ!」
鬼島先輩がミチをホールドする。
「やめてーーーーおんなじゃないわぁ!」
「ほお、それは本当かぁ?」
怪人鬼島が、スカートをめくろうとする!
「いやーん、やめてー!」
鬼島先輩とミチの回りで、ショッカーの様なカラテー(鬼島先輩命名)が輪を作って踊っている。
「みーんなー!おねえさんに、ちからをかしてぇ!」
「「「「ウェーーーーイ!」」」」
「おねえさんの、こえにつづいてーせいぎのみかたをよぶわよおおお! もてたいんじゃーー!」
「「「「もてたいんじゃーーー」」」
下手から颯爽と登場する。
「赤点いつも当たり前! モテタイレッド、佐藤勇人!」
「クールな無口のつもりでいたら空気と言われたモテタイブルー、内村寛治!」
「強すぎるって言わないで! モテタイイエロー、相川凛!」
「嫁は二次元モテタイグリーン、井原才蔵!」
「青春戦隊モテタインジャー、とりま参上!」
「きゃあああああたすけてえええ! モテタインジャー!」
「俺達は、正義の味方だ! 許さないぞ!」
「小癪な奴らめぇ! やっちまえーーーー!」
空手部と練習した通りに殺陣をこなしていく。幼少のころから、ヒーローごっこをしていただけあり、皆なかなかの腕前である。俺のアクションも、ミチからもらった力のお陰で、気持ちいいくらい決まる!
ショーはつつがなく終わり、最後にミチが、
「みなさん、ヒーロー研究会は、ただ今部員を募集中だぞ! 入部希望者は、部長の3年2組の佐藤勇人まで、よろしくね!」
と、ウインクした。


予想以上に盛りあがって、ショーの後には、写真を一緒に撮って欲しいと何人かに頼まれた。特にミチは取り囲まれて、体育館に写真撮影を待つ男女生徒たちの長蛇の列が続いていた。その中になぜか担任の神田先生もいて、「特権、特権!」とか、言いながら、列の一番前に割り込んで、ミチの肩を抱いてピースサインをしながら、生徒にカメラのシャッターを押させて写真を撮っていた。神田クラスの俺と凛は、苦笑いした。
そんなミチの姿を遠目に見ながら、ミチとの数日前の出来事が俺の頭に蘇ってきた。何のためかは知らないけど、ミチは地球に査定を下すためにやって来たのである。俺は、俺らといることでミチの地球人類の評定にどういう影響を与えるのか考えると、なんかいろいろ間違っているんじゃないのかって思えてきた。だって、それは何か重要なことに繋がっているのかも知れず、俺達ごときの印象でそれが判断されてしまうとしたら、そら恐ろしくもある。俺は急激に不安になった!
「ほら! 見とれてないで! 行くよ!」
と、凛が俺を小突いた。
「そんなんじゃねーよ。」
せめて、凛や、寛治や、才蔵に相談したい……。まあ、それで何か解決するとも到底思えないけど……。俺は体育館を後にした。


「お疲れーっ」
控室になだれ込んだみんなは、興奮冷めやらなかった。
アクタースーツを脱ぎながら感慨にふける。非モテでオタクな俺達の、これが俺ららしい青春って奴かもしれない。ミチの件は兎も角、俺は今までにない充実感を感じていた。
「あっあの」
声の方を振り向くと、教室の入り口に小柄な男子生徒が立っていた。
「一年一組の藤沢祥太郎です」
見覚えがある。
「入部させてください!」
「おぉ!」
「君は、あの時の!」
「助けた、カメだね!」
「浦島太郎かよ!」
才蔵のボケに、凛が突っ込みを入れて、スリッパで叩く。
例の3人の不良に絡まれていた1年生だ。
「今日は、凄くカッコ良かったです!」
「まあ、その前はカッコ悪いとこ見せちゃったけど……」
「いや、そんなことないです。」
どうも人と目を合わせるのが苦手なような祥太郎君が一瞬、俺を真っ直ぐ見据えた。
「ぼ、僕を入部させてくれますか?」
「勿論! 歓迎だよ。ようこそ。」
俺は手を差し出して、祥太郎君と握手した。
祥太郎君が嬉しそうに笑った。
「あの!」
声の主を、皆が一斉に見た。
半開きの教室の入り口に、清楚な顔立ちの、でもグラマラスな美少女が立っていた。
「佐藤勇人さん!」
「はい!」
出席を取るような呼び方に、俺は反射的に返事をした。
「私を、入部させて下さい!」
なんだろ。食い入るような瞳がなぜか潤んでる気がしたのは、気のせいだろうか?
「もちろん、歓迎です! さあ、こっちへ!」
美少女は俺の顔を見つめたまま近づいて来る。えっ、なに?
「名前は?」
「広瀬菜緒です」
「1年生かな?」
と、才蔵が聞いたが、才蔵の方を振り返ることもなく、俺の方を見たまま
「1年3組です。」
と、答えた。
なんだろう。穴の開きそうなほど、俺の顔を見つめる美少女に戸惑った。
「憶えてないですよね?」
「え?」
なんのこと?
「ごめん。会ったことあった?」
「普通こんなかわいい子となんかあれば憶えているだろー。」
そう言って鬼島さんが、俺を睨んだ。そんな目で見られても……。
「でも、いいんです。」
「待って。前回あったとき、鶴とか、亀だったんじゃ……」
才蔵のボケに、凛が又、スリッパで叩いた。
「サイゾーは初めて会ったとき、鼻垂らしてた一寸法師だったよね」
「凛は、棒っきれ振り回してる男の子だったよな!……なんだ、全然変わってねーし」
皆が笑った。凛がスリッパで、才蔵を尻をバンバン叩く。
「やめろー!」
才蔵が逃げ回ってる処に、再び教室の扉が開いて、ミチと矢追が入って来た。
ミチと初めて会った時のことを俺は思い出した。
女の子だと思った第一印象は、当たっていたのか、間違ってたのか?
なんであれ、綺麗だ……とか、ボッとしてどうする。
「やっと撮影終わったのか?」
「はい」
「お疲れ! 星乃君! 座ったら?」
凛がミチに椅子に座るよう促すと、ミチの傍にひっついていた矢追が、椅子を二つ隣り合わせに並べた。ミチの手を取って引っ張って座らせる。
「さあ、お化粧落としも任せてねー。お肌は手入れが大事よ。うふっ。」
ダメだ、こいつ。はやくなんとかしないと……。
「矢追さんは、一日部員ってことですよね?」
俺は努めて明るく聞いた。
「あら、そんなこと誰がいいまして? 星乃君がいるならば、入部は必然ですわ」
俺は、軽く目眩がした。
「やったー! これで部員が8名そろったじゃん!」
才蔵がガッツポーズをした。
「これで部へと昇格できるな」
寛治がクイッと眼鏡をなおした。
矢追がまたドヤ顔でこちらを見てくる。うざい。
「これで部へと昇格できるんですね!」
ミチも一緒になって喜んでいる。
「かわいいな、菜緒ちゃんは。一緒に今度デートし――」
間髪入れず、凛が才蔵の頭をスリッパで叩く。
こうして、俺達ヒーロー研究会は、ヒーロー研究部へと昇格したのだった。


部活認定のための書類を、早速文化祭の日に提出。翌日、教頭に呼び出された。
「おめでとう」
教頭先生が部活認定書に判子をおす。
「部費は顧問の先生に預けてありますからね」
「顧問の先生って誰ですか?」
「番場先生にお願いしといたよ」
「番場……?」
「三日前に赴任してきたばかりなんだ。体育の先生が事故に遭ってね。しばらく運動出来る状態じゃないんだ。番場先生にはその先生の代わりに、来週から体育を受け持ってもらうことになっている。文系の部活に体育の先生も珍しいけど、他に適当な人が今いないんで、取り敢えずだけどね。体育研究室にいると思うから、挨拶してきなさい」
「はい」

部長の俺と副部長の寛治とで、体育研究室へ向かった。
「体育の先生か……。俺、体育会系のノリってなんか苦手」
「大丈夫だろ。文化部の俺達に厳しくしようがないし」
まあ寛治の言うとおりか……。
「ドア、ノックするぞ」
「早くしろよ」
「わあってるよっ!」
ドアを二回ノックする。
「失礼します!」
体育研究室に入る時に自然に体育会系モードになる、この現象はなんなんだろうか……。
扉を開けると――
三十代位の男性教師が一人。
「番場先生ですか?」
「なんだ、俺に用事かあ?」
「あっあの! 俺達ヒーロー研究会、じゃなかった、ヒーロー研究部の者なのですがっ」
「ふ~ん」
番場先生はたいして関心もなさそうに俺達を見て、椅子にふんぞり返った。
「この度、同好会から部活になり、番場先生に顧問をお願いすることになりました。よろしくお願いします」
寛治が頭を下げる。お前が部長みたいだ……。俺、こういうの苦手。
「俺が部長の佐藤勇人です!」
「副部長の、内村寛治です」
「ヒーロー研究会ね。……ようは、オタクの集まりだろ?」
なんだ、この小バカにしたかんじ。
「顧問なんて必要ないだろ。俺はガキの遊びに付き合ってるほど、暇じゃないんだがな」
「形だけの顧問で、充分です」
寛治が言った。同意。本気で関わられたらウザそうだ……。
口の先でふっと笑って、俺達を試すように見る。
「一応教頭から部費預かってる。あとな、ほれっ!」
投げられた物を反射的に受け取る。
「部室の鍵だってよ」
「場所はどこですか?」
「運動場に運動部のプレハブ部室が並んでいるだろ? その端っこに、物置みたいになってた部屋がある。そこが部室になる」
「ってことは現在は物置……」
「びっくりするぐらい汚いぞ」
「まじっすか……」
「明日は土曜だから一日、掃除するんだな」
「はあ」
「あとお前ら、形だけとはいえ顧問は俺だ。面倒はかけるな」
「……はい」
ありがちな俺様タイプの教師なんだろうが、清々しいまでの本音である。
「失礼しました!」
体育研究室を後にした。
「なんだ、あれ?」
「実にわかりやすい先生だね」
寛治は無表情である。
が、俺には内心ムッとしているのがわかった。


翌日の土曜日、俺は皆に朝8時から召集をかけた。部員全員が気だるそうに新しい部室の前に集まった。
「みんなーおはようっ! 今日は朝から部室の掃除だ。よろしくな!」
「朝の八時はさすがに早すぎですわ!」
矢追がいつもより地味な顔で抗議する。ほほう。化粧を普段からしている矢追は、すっぴんは別人ではないか……。
「お、またまた新入部員かな?」
俺はとぼけた。
「失礼ね!」
「失礼した。メイクの天才矢追さんか!」
「このー!」
矢追が拳を握ったのを俺は見逃さなかった。
「いや、それはそれで可愛いじゃないか」
矢追の握りしめた拳が脱力した。
「な、なによ」
若干蒸気した顔で俺を睨む矢追。
「まるで無心に野原をかけまわり、すっ転びながらも虫取りをする乙女の様な~」
矢追風に口上を言ってみた。
次の瞬間、グウのパンチが俺の脇腹に入った。朝からパンチはきつい。
教訓、女のすっぴんは見なかった振りをしろ。

「よおし! 俺が適当に分担決めたから、掃除しろよ! 俺たち男は部室からゴミを出して、ゴミ置き場まで運ぶ。寛治と才蔵は不燃ゴミを中心に、出したごみをまとめる役な! 俺と祥太郎君は可燃ごみ。で、矢追と広瀬と凛とミチの女子組は、部室内部の掃き掃除と拭き掃除! 頼んだぞ!」
みんなが、「えっ?」という顔で俺を見た。なに、なんか変か?
「もう、朝から変な冗談ばっかり言わないの! なんで星乃君が女子組なのよ!」
凛が目を三角にして俺を睨んだ。
「あっ……!」
俺は自分の間違いに愕然とし、明らか狼狽えた。
「ご、ごめん。」
ミチは怒るでもなく、
「どちらでも人手が足りない方やります、ぼく」
と言ってくれた。
「俺、寝ぼけてるんだな! すまん!」
焦った。
「寝ぼけてるって……おまえの、夢の中ではミッチーは女なのか?」
と才蔵の余計なひと言。
「まあ、わからんじゃない……」
と寛治。なぜか、矢追が口元に妙な笑みを浮かべながら、肩を震わしている。広瀬の探るような瞳が痛い……。
「で、どっちだ?」
と寛治が真顔で聞く。
「ミチは男だろ! 決まってるだろ! 変なこと聞くな?」
声が裏返った。
「いや、おまえの心の中のポジションとかじゃなくて、星乃の掃除の分担はどっちかってこと」
冷静な口調の寛治が疎ましい。
「……ゴミ出しでお願いします」
俺は脱力した。


部室の鍵を開け、数年間開けたことがないような部室の扉を開く。
「「「「きったねぇえええええ!」」」」
「朝の八時から集めた理由、分かっただろ。開かずの間だからな。手ごわいぞ」
「なんかいろいろ出てきそうだな」
寛治が部屋を見回す。
「お、おれの戦闘力じゃ無理だー!」
才蔵が呻くように言った。
「働け、勇者よ! お前にこの魔法の手袋をやろう」
俺は軍手を一組、才蔵に渡した。
才蔵は軍手を掲げるように手にはめると、足を踏ん張り、
「くっ! 選ばれし者の軍手! 運命か、ならば仕方あるまい! 働くまでだー!」
「よしっ、やんぞっ!」
俺も気合を入れて、軍手をはめ腕まくりをする
「前まで何に使ってたのかな、この部屋」
「なんでしょうかね……」
部屋から女性物のファッション雑誌やら、麻雀牌やらエロ本やら――。
物を少し動かすたびに、埃が舞い上がる。
ごほっごっほ、みんなが咳き込む。
「大丈夫か?」
「だっ、だいじょぶです。ごほっごほっ」
大丈夫じゃなさそうである。窓を全開にする。
「埃すごいからな」
藤沢は咳をしながら、ポケットからハンカチを取り出した。男なのにハンカチ持ってんのか……。変なところで感心していると、ハンカチを三角折りにして口の周りに巻く。
「これで平気です」
「そ、そうだな」

数時間たつうちに、部屋は少しずつ片付いていった。ゴミはあらかた片付いた。
女子三名は買い出しに行ってくると言い残し、近くのコンビニに出かけて行った。
寛治と、才蔵と、ミチはごみをゴミ置き場まで運びに行った。
残された俺と祥太郎君。
「初日から、こんなんで参った?」
「いっ、いえ……」
祥太郎君は、なぜだか俺にビビっているように見える。なんか威圧的だったりしたかなあ? でも、もしかしたら誰にでもそうなのかも知れない。だからあの不良グループに絡まれたりしていたのかも……。ならばここで親愛の情を示して、少しはリラックスしてもらいたいと俺は思った。
「祥太郎君たちが入ってくれて嬉しいよ。おかげで部に昇格できたしさ。なんか入部早々、埃まみれの大掃除になっちゃったけど」
「いえ、俺は全然……」
……。俯き、箒で床を掃いている祥太郎くん。急に顏を上げた。
「あのっ、おれっ!」
「ん?」
やはり目を合わせるのは苦手なんだろう。すぐに目を逸らす。
「おれっ、おれっ!」
祥太郎君はどもりながら、一生懸命何かを伝えようとしている。
「おれっ、先輩たちに、あこがれて、入部っ決めたんです。ヒーローショーで、星乃先輩がっ女装してたのはびっくり、しましたけど……。おれっ体も強くないし、力も、ないし……。いっつも、いっつもイジメられちゃって……。悔しくって、でも、何も出来なくって……」
祥太郎君は箒をぎゅっと握りしめたまま、訥々と話し続けた。
「小学校の頃から、イジメられるのがあたりまえになっちゃって、周りも見ないふりで……先生たちも、薄々気づいてたはずなのに……。誰も、助けてくれなくって……。助けてくれたのは、先輩たちが初めて……です」
藤沢君がぽろぽろ涙を流し始める。箒を握った拳の上に、涙が垂れる。
「おれっ、先輩たちみたいに、強く、強くなりたいですっ」
「別に、俺達強くなんかないぞ」
「つっ強いです、先輩たちは……。先輩たちは、見ないフリ、しなかった。先輩たちは、俺の、俺のっヒーローです!」
胸が締め付けられた。
「そんなことに、ずっと耐えてたんだろ、それは、俺なんかより強いよ……」
どんな言葉を掛ければいいんだろう……。暫く考える……。
「でもさ、お前はもう一人じゃないよ」
嬉しそうに俯く祥太郎君は、照れているようだった。
「今日から、祥太郎って呼ぶけど!」
「はいっ」
真っ赤な目で真っ直ぐ見つめてくる。
「な、祥太郎!」
「はい!」
俺は祥太郎との距離が少し、いやかなり近くなった気がした。。

そのとき、部室の外ではゴミ捨てから帰ってきた寛治と才蔵とミチが聞き耳をたてたまま、入るに入れなくなっていたのを、俺は知らなかった。
ミチと才蔵はもらい泣きしてしまったらしい。後に、寛治から聞いた。

部室はあまりに埃っぽいので、女子グループがコンビニで買ってきた昼食は、部室の前に置いたベンチ2台をむきあわせて、昼食を食べることにした。

昼食が終わった頃、話題は顧問に決まった番場先生の話題となった。
「……『要は、オタクの集まりだろ? ……俺に、面倒はかけるな!』だってさ。上から目線で、なんかいけすかねーよ」
と俺が口調を真似て言うと、ミチが
「そういうヒト、どこにでもいるんですね……。上から目線で、面倒ばかりかけるんじゃない!みたいな……」
「どこにでもって?」
宇宙人にもいるのか?
「ボクの上官……あっ、先輩にそういうタイプの人がいるんです。ボクが要領悪いからなんですけど、なにかと怒られるんです……」
「へー、引っ越してくる前の話?」
と、凛が聞いた。
「あ、はい」
宇宙人にも要領いいとか悪いとかあるのか?
「きゃ!」
と広瀬が小さな悲鳴をあげた。
「「ねこ!」」
ちょっと太めの虎縞の猫が、いきなりベンチに座っていた広瀬のひざに飛び乗ったのだ。びっくりした広瀬は猫を抱え直して、まじまじとその顔を覗き込んだ。かわいい……とは言い難い。
「この、にゃんこブサカワじゃない!」
凛が言った。
「ほんとだわ、なんか妙にふてぶてしい顔をしてますわ」
「野良猫でしょうか?」
「それにしては人懐っこい……」
ふてぶてしい顔で、美少女広瀬の膝の上で撫でられて、喉を鳴らしている。
「面白い顔! おっさんって感じだ」
おっさん、確かにおっさんぽい。
「おっさん!」
「あー似合う、その名前!」
ミチが猫を抱き上げようとすると、猫はすすっと腕を駆け上り、ミチの頭の上に座った。
「なんかえらそうだな、こいつ」
寛治が興味深そうに猫を見る。
「だっこしたいのにー」
と、ミチは何とか頭から猫を下ろそうとしている。その奮闘している姿を見ると、確かに、ミチは要領の悪い宇宙人なのかも知れないと思った。大体、地球文明が存続可能かどうかを調べるのに、なぜいまだ俺達の部活にいるのか? 調査としてはサンプルも手段も、甚だしく間違っている気がする。……そうか、ドジッ子なのか。俺は、やっと腑に落ちた気がした。
sage