マーリンという男は様々な方面に幅を利かせていた。元天使という性質上、その長命を利用して興味のあることを片っ端から当たって楽しんでいたのだろう。故にヤツは研究者であり開発者であり、時には発案者であったり創始者でもあったりした。
 長年溜め込んできた知識と研究の成果。それをマーリンは全国各地に秘匿していた。山奥に偽装して、街中に隠蔽して。その集大成は散りばめられている。
 それが分かったのは大戦終結直後、俺があの人工島の処理に従事している最中のことだった。
 地下深くから偶然見つけた魔術師の工房、研究室と呼んでもいい。そこにあったのはとある研究結果と、俺個人に対する遺言とも挑戦状とも取れる内容の文面。

 曰く、長らく続けてきた純正悪魔・クトゥルフの症状を完全に抑える方法を確保したこと。
 曰く、それに不随して悪魔と英雄の複合技術〝聖邪同体兵装〟の開発に成功したこと。
 曰く、天使という自らの素体無くしても兵装の維持・展開を可能とする研究にもある程度の見込みが生まれたこと。
 曰く、これら全てを石動堅悟に譲渡することで今生最期の願いを聞き届けて欲しいという旨。

 決戦前から既にマーリンは俺との敗北を想定し、その上で死に際に俺へとクインの保護を託すことを見通して地下の工房をあえて残していたと考えられる。
 まったくどこまでもイカれた野郎だ。俺の寿命と身体を蝕む装甲悪鬼の抑制方法を遺しておいたのも、ヤツが最期に語っていた報酬とやらのつもりなのだろう。そう考えると、それを用いて今を生きている俺はまんまとあの魔術師の思惑にハメられたことになる。忌々しいことだ。
 さらに問題なのが、たった一つの工房でこれだけの技術が開発され放置されていたことだ。この規模が他に何十と各地にある。
 誰が言ったかそれは魔術師が遺した『負の遺産』。全てを潰さない限りあの男の影響は完全に人世から消し去ることは叶わない。
 もう野良悪魔共の何体かはその情報を握り遺産の捜索と奪取を目論んでいる。立場上、俺はそれを看過することは出来ない。連中より先に見つけ、破壊し、群がるゴミ共の悉くを滅ぼす。
 死後になっても未だ俺を嘲笑うかの如く問題事を置いていきやがったあの魔術師は絶対に許さん。
 故に立ち上げた新生リリアック。…いや違うか。
 俺という存在はいつの間にやら複数の渾名や二つ名で呼ばれることが多くなっていた。リザに次ぐ『大英雄』、英雄にして悪魔の力を振るう『融合者』、両勢力に身を置くことなく独自の判断で動き回る様を揶揄してか正義の味方ではなく『悪の敵』。
 そして、『蝙蝠』。組織として立ち上げたはずが、何故か俺自身がそう呼称されていることも少なくない。
 今の所は二ヵ月前の大戦からさほど荒れることなく街は安寧に包まれている。これに馬場コーポレーションの裏の顔が暗躍していることは言うまでもない。その為に助力してやったのだから働いてもらわねば困る。
 鹿子も和宮も、デビルバスターズではなくなった今もなんだかんだでこの街に居残り再建した事務所で細々と仕事をこなしているらしい。俺の活動に文句を垂らすことはあれど阻害してくることはないし、必要とあらば要請して加勢してもらう旨も承知を貰っている。一応、戦力としては数に入れても問題ない程度の実力はあると認識してもいるのだ。
 クインの面倒を見る手前か、蓮田のジジイからあてがわれた新居の洋館にて俺はクソやかましい小娘と一緒に暮らす羽目になったが、衣食住に困ることがなくなったのは大きい。だが当たり前のようにジジイやら内阿のメガネやら仕事関連の連中が入り浸るのでプライベートも何もあったもんじゃない。

「やることは多い。過労で死にそうだぜ、なんだって大戦で一番働いたはずの俺がこんな目に遭わなきゃならねんだ。お前もそう思うだろ?」

 語りかける墓石はもちろん言葉を返さない。この下には何一つ埋葬されていない。刻まれた死者の名前すら、俺には本当の名であるのか確かめる術が無い。
 四谷真琴。
 マーリンの保険として用意された人形。俺がこの手で殺した裏切者。
 だが思えば違和感はあった。
 やけに四谷は、俺と共に死線を潜り過ぎていた。本当にマーリンが保険として生み出した傀儡なのだとしたら途中段階で死んでいてもおかしくなかった場面に四谷を置くだろうか。ある程度は自ら考え動けるよう人格がセットされていたにしてもあのマーリンらしからぬ采配だ。
 四谷真琴は創造主であるマーリンの思惑から外れた行動をしていたことになる。致命的なのは、俺を裏切り俺と対峙したこと。
 アイツは俺に殺されてはいけなかったんだ。そうでなく、たとえ偽りでも俺と共に大戦に挑んでいれば、最終的に俺は満身創痍で勝利したマーリンの戦闘後に意識を移り替えられた四谷真琴という肉体の新マーリンと再度戦わねばならなかった。そうなれば負けていたのは確実に俺。
 マーリンが移るべき肉体の予備が無かったからこそ勝てた戦。であるならば、やはり四谷の行動は致命的なミスに他ならない。
 だから、きっと、アイツは。
「……なんてのは考え過ぎか。単純に俺が気に喰わなかったんだろ、お前は」
 そのミスが誘発されたものではなく四谷自身が選んだものだと判断するのは俺の自己満足だ。あれだけ周到な男(女?)が易々と俺に幻覚を突破されたのも不自然といえば不自然なのだが、どれもこれも仮定の域を出ない妄言妄想の類だ。
「まあ、なんだ。お前にも色々と世話になったよ。だからこうして報告に来てやってんだ。…ともかく街は平穏無事、俺は蝙蝠として東奔西走大忙し。そんくらいだ」
 じゃあまたな、と。踵を返して墓所を出て行く俺へと。

 ―――要領が悪いからですよ。やっぱり僕の冴えた知能が必要ですか、石動先輩?

「……。ハッ…いるかよ、ボケ」
 嘲るようにおどけるように、聞き覚えのある苛立たしい魔術師に似た口調で聞こえた幻聴に笑い、振り返らず歩き続ける。
 そういえば、ああそうだった。
 大戦が終わってからいくら人工島を探し回っても、斬り殺したはずのヤツの死体は見つからなかったんだったか。



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 さて。
 全国各地に散らばった『遺産』を捜索し抹消する作業は果てが見えない。何せ正確な数も位置もわからん手探り状態だ。そして見つけ次第、大体そこでは他の野良悪魔(時として同業者の非正規英雄)とかち合い衝突のが常となっている。どいつもこいつもが魔術師の叡智と力の残滓を求めているらしい。
 そうなると当然、俺一人では手が足りない。これまでのツテで和宮達を向かわせることもあれば、馬場コーポレーションに人材を派遣してもらうこともある。
 その中で、非常に厄介ながらも最速最短で事を終わらせて来る二人がいた。
『見つけたぜ石動ィ。マーリン一派の残党共が廃工場の隠し部屋を見つけて陣取ってやがる。おそらく「遺産」だろうな』
「そうか。いつも通り皆殺しにして野郎に関わる情報は全部焼き払え」
 電話口で愉し気に報告するヴァイオレットに、俺も淡々と仕事を与える。当然、その近くにはカーサスもいるはずだ。
 大戦以降、俺はあの二人にやたら気に入られたらしい。国を転々と移動しながら稼業を続けていたイカレ聖職者コンビはしばらく日本に居座る魂胆で、俺という依頼主からたんまり報酬を搾取しようという腹積もりなようだ。
 実際のところ、やはり仕事は速い。実力そのものは共にリザに劣らない程だし、なにより手段を選ばず悪魔共を殺し尽くすその手腕には俺も舌を巻いていた。
 仕事に見合うだけの報酬も用意できている。リザからは散々迷惑を掛けられた慰謝料として、また馬場コーポレーションからも多額の援助を約束させた。その為の復興支援でもあったのだから借りはきっちり返してもらう。
 驚くべきは、企業一つ分と並び立てるほどの額をぽんと出して来たリザの方かもしれない。誰よりも多くの悪魔を殺して来たリザが溜め込んできた総額は計り知れない。ずっとカイザーの影を追って、ろくすっぽ自らの趣味や娯楽に金を使ってこなかったせいもあるのだろうが。
『だいぶ数が多くてな、おい石動!ちょっとこっち来いよ』
「忙しいからお前ら雇ってんのに何言ってんだ残虐シスター」
『せっかくだから競争しようぜ。あたしとカーサスとアンタ、誰が一番悪魔を殺せるかだ。アンタが勝ったら報酬は無しでいい』
 仮にも聖職者を名乗っておきながらこの発言。連中にとって悪魔とは崇拝する真なる神に反する存在であって尊ぶべき生命には含まれていないらしい。カーサスも同様、見定めた敵に対する容赦の無さはブレを見せない。
 だがまぁ提案自体は悪くない。勝てば二人に払う報酬はゼロとなり、それはすなわち俺のポケットマネーと化す。
「後悔すんなよ、あとで撤回しようったってそうはいかねえからな」
『へ、そうこなくっちゃなぁ』
 手短に場所を教えられ、通話を切って向かう。思ったより近場だった。これなら今日中には片を付けられる。



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「くっそ……」
 マーリン一派を無事殲滅し、帰りの道中。悪態を吐きながら俺はふらふらと夜道を歩いていた。
 結果として勝負には負けた。武力実力云々の話ではない。あの神父、純粋に殺しの要領が良過ぎる。一番殺害数の少なかった俺は何故かそのあと居酒屋で全員分を奢らされる羽目になり、素寒貧となった空っぽの財布をポケットの奥に押し込め深い溜息を漏らす。
「あの野郎共、初めっからこれが狙いだったな…」
 他人にたからずとも充分蓄えはあるくせに、どこまでも浅ましくがめついヤツらだ。次はもっと効率的に悪魔を滅ぼす手段を考えておかねばなるまいて。
 二人に合わせていたら少し飲み過ぎてしまったようだ。ふらつく頭を片手で押さえ人通りの皆無となった深夜の大通り。
「お前が石動堅悟だな?」
 その先に何かが見えた。友好的な雰囲気にはとても見えず、その全身は人の姿から徐々に異形と化していく。
 準悪魔だ。
「悪く思うなよ、受けた仕事は絶対だ。お前は俺がころ」
「邪魔だよ雑魚」
 一歩で足りる活歩、豪腕を片手で弾き上げ、空いた胴体に澄ます六大開・頂肘。一呼吸の間に絶命を終え、威力を受け切れず千切れ掛けた胴ごと悪魔の死体は建築途中の工事現場へと突っ込んでいった。
「…だから。俺を仕留めたいんなら前の装甲三柱クラスを揃えて来いっての…」
 相変わらずこの身はあちらこちらで戦後に生み出された組織によって狙われ続けている。一体どこが出したのか不明だが懸賞金まで掛けられている始末だし、『最強』の称号を欲しいままに挑んでくる馬鹿もわりと後を絶たない。
 酔っぱらった俺に掠り傷すら与えられないようでは不足もいいところだ。アレを雇った組織はよほど頭が緩いと見える。近い内に探り出して人員ごと粉微塵に打ち砕く必要があるな。
 せっかくの酔いも仕事のことを考え始める内に醒めてきて、俺は軽く顔を上げる。
 するとそこには夜空は無く、視界いっぱいに広がる鉄骨の束。どうやら先の一撃で建築現場の資材が揺れ落ちてきたらしい。
「あーあー…」
 再度の溜息、右手に意識を集中させ聖剣の顕現を実行する間際に感じた背後からの気配が放った一撃が、鎌鼬の如く鉄骨を何分割にも斬り裂いて吹き飛ばした。
 新手…ではない。俺は今の攻撃を知っている。というか知っているどころの話ではない、俺自身の扱う能力なのだから見間違えるわけもなく。
「ふふん、危なかったね堅悟くん!そしてナイスファインプレー私!」
「考えなしに振るうなっつってんだろ、なんでこんな時間にうろついてんだ佐奈」
 これぞ魔術師が遺して行った悩みの種、その(俺的に)最大の存在。
 つかつかと早足で歩み寄り、小柄な女の眼前に立つ。俺の威圧的な威勢にも動じることなく、むしろ張り合うように無駄にでかい胸を反らせて御守佐奈がどや顔で見上げてきやがった。
「堅悟くんを探しに!あとより面白い記事を求めて夜道を散策中でしたっ」
「この街の裏側をよぉく知っていながらのその行動は自殺志願と受け取ってもいいのかオイこらオイ」
「痛い痛いやめて痛い!」
 童顔の額に怒濤のデコピン連打を食らわせながら、涙目で頭を両腕でガードする佐奈はそれでも反抗意思を失わない潤んだ瞳を向けて、
「でも大丈夫だって!今は私だって自分の身くらいは自分で守れるんだからー!」
 むくれた表情で言う佐奈の言い分はあながち間違ってもいない。だからこそタチが悪いのだが。
 強引な契約によって佐奈から引き出した、俺と同質の能力『絶対切断』。自身の魔術を兼ね合わせて操っていたマーリンの力は、ヤツが死んだ今となってどういうわけか佐奈へと継承されていた。
 すなわちはあらゆる全てを切断する飛ぶ斬撃。契約関係を結ばされていたパスを通って死後に佐奈の側へ流れて行ったというのが有力な説らしいがそれも確証のある話ではなく、だが確実に佐奈は非正規英雄としての確立を成していた。
 ここまでがマーリンの思惑だったのだとしたら、まったく完敗である。両手を上げて降参して土下座でもなんでもするからこの小娘に与えた力を即刻剥ぎ取ってほしい。
 おかげで馬鹿と無鉄砲さに磨きが掛かってしまったではないか。
「わざわざ危険な状況に飛び込むような真似をするなってことだ。また俺が助けに行かにゃならなくなるだろ」
「ちゃんと助けてくれるって断言してくれるあたり、ほんと堅悟くんってば好きだなぁー」
 しまった。失言だったか。
 にへらと笑う気持ち悪い顔から目を逸らし、さっさと帰路を行く。
「あー待ってよー。今日は翼さんがすき焼き作ってくれてるんだよ、温め直して一緒に食べよ?」
「お前も当たり前のツラで館に居座るのやめてくれねぇかなあ…」
 俺の現自宅であるクイン嬢の洋館の一室を勝手に乗っ取って同居しているこの身勝手女、飯の用意と掃除を自発的にやってなかったらとっとと追い出していたものを、翼ちゃん共々助かっている面もある為中々強く言えないのがもどかしい。
「まあまあ。飲み直してさ、楽しく語らうとしようよ堅悟くんさん。なんなら愚痴にだっていくらでも付き合っちゃうよ?最近ずぅっと大変だもんね」
「愚痴聞いてたら楽しくねえだろ」
 どうせ酒なんか飲んだらすぐ寝る癖に。そう続けようとして横に並んだ佐奈を見やれば、そこには妙にうきうきとした様子でこちらを見て来る瞳とかち合った。
「えー楽しいよ」
 小首を傾げて佐奈が言う。
「ずっと傍にいて、ずっと君のやってることを見て、これからもずっとそうしたい。愚痴だって聞いてあげたいし弱音も受け止めたい。そうやって、堅悟くんが少しでも気が軽くなるんなら、それは私にとってすごく有意義なことだし、楽しいことだよ」
 打算的な思考が僅かにも含まれていない純粋な言葉だと、それがどうしてか俺には分かってしまう。この女はそういうヤツなんだと、疑いなくそう感じられてしまう。
 まったく俺とは相反する女だ。だからこそ惹かれてしまうのか。思えばここまでこの女に振り回されっぱなしなのも、惚れた弱みというやつなのかもしれない。
 だけどそういうのは表には出さない、絶対に。こいつが調子に乗るから。
「ふざけたこと言ってないでさっさと帰るぞ。こっちは今日も疲れてるんだ」
「へいよ旦那!帰ったら肩もみして進ぜよう!」
 こんな軽口を交わし合いながら隣り合う関係の方が、今はまだ良い。佐奈との関係に進展を求めるのはまだまだ先でいいんだ。少なくとも、魔術師案件が一段落つくまでは。
 一時平和を取り戻したこの時間を、俺はそうして生きて行く。またいつか荒れ狂う時が来るとしても、『第三次』が起きることがあったとしても。
 俺が万全でいる内は全てを止めて見せる。英雄と悪魔の力を使って、英雄と悪魔の手を借りて。
 朝と夜の境目を飛んで、藍色の空を支配する蝙蝠の抑止はまだ、しばらく続く。