Neetel Inside ニートノベル
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 たしか齢の16かそこらだったと思う。

 俺が仲間の英雄、秋風天音と一緒に連中が根城としている事務所の扉を叩いたのは例のティンダロス騒動が収束を見せ始めた頃だった。

 俺はその戦いで利き足の指四本を相手に喰われちまって4階建ての階段を上るのに四苦八苦した覚えがある。

 相方の天音が持つ能力、『完治の奇跡』ベレヌスのお陰で多少は痛みは和らいだが、もげちまった指が自分の身体からもう一回生えてきたみてぇでむずむずして落ち着かなかった。

 俺と天音がくだんの騒動を収めた立役者――そうそう、あいつらが所属していた英雄ギルドの名はデビルバスターズといった。準悪魔を滅するというなんの捻りも無いネーミングだがそこが俺は気に入った。

 天音が首謀者のリザに俺たちの趣旨を伝えると連中は意外にたやすく俺と天音を仲間として受け入れた――分かるかい旦那。悪魔を討伐するという同じ志を持った英雄たちがひとところに集まるのは当然だと思うかも知れんが実際はそんな簡単な話じゃねぇ。

 その当時、準悪魔の暗躍と英雄志望者の急激な増加は政府や名状しがたい裏社会の人間共も気付いていて、奇しくも女子高生の身体を宿主にした準悪魔討伐の後だった。

 俺たちが事を面白くおもわねぇやくざに買われていたり、身体を準悪魔に乗っ取られていたと考えても無理もねぇ。

 しかし奴らはふたつ返事で俺たちを受け入れた――もとよりデビルバスターズは聖剣士リザを筆頭に『完全自動攻防』の長剣使いの間遠和宮、『空間殴打』が可能な鉄槌を振り回す鈴井鹿子の3人による少数精鋭の部隊だった。

 その上、おまえさん達の大好きな石動堅悟に勧誘を断られたとなりゃ、素性が知れなくとも思い通り動かせる手駒が少しでも必要だったのかもな。まぁリザの立場だったら下っ端が気に入らない態度を取ればすかさず無敵の能力でぶった斬っちまえばいい所だし。

――信用されていた、か。はてどうだったかな。考えてもみろよ。俺たちはみな準悪魔が現れたら自分の食い扶持の為に、正義の名のもとに命を刈り取るような非正規の英雄の集まりだったんだぜ。


 さて、ここからが本題だ。俺と天音がデビルバスターズとして与えられた最初の仕事はある死にかけの準悪魔を殺すこと。リザの口から依頼主とその標的の名を聞いた時はがくぜんとしたな。

 さきの戦いで俺たちが倒したティンダロスは生きていて、結原紫苑の身体を離れた悪魔の核が今度は生前、交流のあった菱村真一の身体に乗り移ってそのチカラを取り戻しつつあるらしい。

 しかもその殺しの依頼主が菱村の親父だって言うから驚きだ。女にうつつを抜かして悪魔に身を染めるなんて一族の恥だってもんで消してくれとさ。あんたもアイツの最期を知っているだろう。金と権力に固執する人間は大体ろくな死に方はしねぇ。

 現場に派遣されたメンツは俺と天音の他に智天使ケルビム――ああ。非正規英雄を管轄する天使たちの上役にあたる役職があるんだがそいつは地上に降りた時に車に姿を代えていたから、俺たちはそれに乗ってティンダロスに成り代わった菱村を見たという情報があった現場へ急行した。

 一緒に車に乗っていた間遠と鹿子は憤慨していたな。何故リザはティンダロスを殺し損ねたのか。あの女は準悪魔を身に宿した結原をみるなり共存は出来ないと斬り捨てた。

 準悪魔とは一般的に悪意に染まった元人間を指す。ティンダロスが宿った結原の場合は例外で、多少なりとも現実社会に馴染もうとしていた。その少女を殺すとなれば奴らと同様にチカラを手に入れた自分たちも準悪魔と同じだって言いたいのかってな。

 着いたで、とケルビムの関西弁が車内に響いて切り込み隊長だった俺がドアを開ける。以前ティンダロスと戦った工事中のビル群が目の前に広がり、曇天の空から小さな雫が舞い降りて薄い霧が立ちこめていた。

――雨の日は今になってもどうも苦手でよ。英雄だった時の気持ちが蘇ってきちまう。今日だってそうだ。忘れようとどこまで遠く逃げてもどっかで追いついてきちまうからさ。


 話に戻ろう。奴を倒す算段は車の中であらかじめつけておいた。俺と天音があのビルの群れに菱村を追い込んでその奥で間遠と鹿子が止めを刺すといった追い込み型の狩りハントさ。

 俺と天音は近くの土手を歩いていた菱村を発見すると英雄としての能力を発現させて奴をビルの中へ追い込んだ。いや、その前に一言、二言話したんだっけな。

 俺が奴におい、俺を覚えているかと訊ねたら知らない、と奴は答えた。菱村は数日前に失踪届が出されていたが学生服のままで片腕を抑えるようにして体調が悪いのか、青白い顔を浮かべて歩いていた。

 ならこの姿はどうだ、と俺が以前奴を追ったときと同じ姿に変型すると菱村はきっ、と表情を戻して自分からビルの群れに飛び込んでいった。その態度に驚いた天音が数歩出遅れた。あの時のアイツの顔つきはまるで守るべき者を持った父親のような決意がこもった瞳だったぜ。

 俺たちをかく乱しようと不規則に角を曲がりながら菱村の背中が駆けていく。ビルの壁を蹴って走り抜ける奴の動きを見て人間じゃない、と思ったぜ。身体に取り込んだティンダロスとの融合がもう完全に終わってるのかも知れねぇ、そう思ったその時、

「これ以上逃げたって無駄」

 鹿子が振り下ろした鉄槌が地響きを上げて菱村の身体を捉えた。角を抜けた不意の一撃に決まった、と指を鳴らしたその途端、コンクリートの地面を打ち抜いていたハンマーが持ち上がり菱村がその窪みから粉塵を上げて姿を現した。

 俺に追いついた天音が口に両手を当てて喉を引き上げた。そうだ。あいつはもう、俺が変型を解いてもうひとつの能力を発現させてその武器を構えると正面に立つ菱村の腕関節が斬撃によって切り裂かれた。間遠のアンスウェラーが的確に身体の腱を斬りつけていくのをみて味方ながらに見事だと思ったぜ。

「なぶり殺しはよしてやれ」

 能力の代償として一時的に視覚を奪われた間遠が剣を納めてハンマーを打ち振るう鹿子の背中にそう告げた。間遠は俺たちにもこう言った。周囲に気をつけろ。こちらへ腕を伸ばしてくるかもしれないからな。以前四対一の状況で敗れている分、間遠は俺たちに警戒を強めたかったらしいが戦況はだれが見ても明らかだった。

 やがてナマスみてぇに全身から血を滴らせた菱村が開けた場所に出てそこで大の字になるように崩れ落ちた。その姿を見て間遠がレシーバーでリザに報告すると俺たちは今回の任務をここで終わらせた。誰もが胸に釈然としない思いを抱え、俺と天音のデビルバスターズとしての初仕事はこうして幕を閉じたって訳さ。


 でも話はまだ終わりじゃなかった。数週間後、依頼主である菱村の親父の使いのもんが事務所に怒鳴り込んできた。目の前の机に叩きつけらた新聞と雑誌の記事を見て俺たちは息を呑んだ。

 死んだはずの菱村が装甲三柱のひとりであるバハムートが社長を務めるタワー襲撃に関わっている、そう聞いてリザは鹿子と間遠を問い詰めた。その場に居た俺と天音は分かっていたぜ。あのふたりは無罪とまではいかねぇが人間界で必死に生きようとしたティンダロスを想い人から引き継いだ菱村を生かしたんだ。

 うやむやな返答をする鹿子と間遠にリザは珍しく激高して入り口のドアを蹴破ってその場から消えうせていった。その場に残された俺はその時から自身のヒーローとしての有り方に疑問を抱き始めた。

 ティンダロスを殺そうとしたのはリザの一方的なエゴイズムで、そのティンダロスを生かしたのは鹿子と間遠の自己陶酔的なヒロイズムだった。かわいそうなティンダロスはその中心で英雄たちの自作自演の芝居に巻き込まれちまった形になる。

 誰かに見せる茶番だったわけじゃねぇ。だったら何で鹿子と間遠は手の込んだ演技までして菱村を生かしてリザは結原を殺したんだ。英雄ってのは悪魔だよ。いつも本音と建前が違う。

 図らずも俺たちは夕方六時のヒーローショウの舞台に上がっちまった。勧善懲悪の一話完結型のショートストーリーさ。まぁそれ自体が茶番といえるんだがな。


 さて、俺が知ってる菱村の話はこれが最後だ。奴はバハムートの討伐に成功してからは表舞台には姿を現しちゃいない。準悪魔としての能力を封じ込めて人間らしい生活を営んでいるか、準悪魔としての性にその身を焼かれてどっかでのたれ死んでいるか。

 残念だったなお客さん。菱村真一のその後の話が知りたかったら他をあたってくれ。さぁ、雨もあがって日も昇った。そろそろあんたの仕事の時間じゃないのかい。

 こんな老いぼれの話に付き合ってくれてありがとうよ。楽しかったぜ。老兵は死なず、ただ消え去るのみってな。このへんで手じまい店じまいとさせていただきやす。



混じるバジル√ 最終話 完


       

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