神討大戦から二週間がたった。
 一つの人工島が崩壊するほどの大事件だったが世間はあまり興味を示さなかった。それはあまり事を大きくしたくなかった石動たちからするとありがたいことだった。最初の三日はテレビ局が特集を組んだり、新聞が特集を組んだりしたが、次の日には有名女優の不倫騒動の方に枠が大きく割かれていた。
 石動は今までと同じようにアトランティスでアルバイトを続けている。
 そろそろ辞めるべきとは思っているのだが、他の仕事が見つからないのでもうしばらくは続けるつもりだ。戦いが終わってすぐ、全員いつもの生活に戻って行った。打ち上げとか飲み会をやろうと言う人はいなかった。
 それだけ疲れていたし、やる気分にもなれなかった。


 そして今日、石動は人と会う約束があるので駅前の喫茶店にまで来ていた。
 約束の時間より三十分も早く来たのだが、彼女は既に石動より先に来て席についていた。テーブル席にただ一人、なかなか寂しい光景だった。彼女はずっとパソコンに集中していたが、石動が近くに来るとそれに気が付いて顔を向けた。

 「やあ」
 「……意外と美人だな。あんた、本名は?」
 「内阿でいい」
 「四大幹部の一人だよな。直接会うのは初めてか」
 「その通り」

 石動の素直な感想の通り彼女は美人だった。ただし、目の下のクマが全てを台無しにしている。内阿の対面になるように席につき、やって来た店員にコーヒーを頼む。それが運ばれてくるまでの間、彼女はひたすら無言だった。
 だが石動が一口飲んだ瞬間に彼女は話を始めた。

 「さて、私の正体だが何となく察しはついているのでは?」
 「あれは邪神の力だな」
 「そう、私は邪神の力を持っている」

 あっさりとそう答える。
 その表情からは考えを読み取ることはできない。

 「長い話をしよう」
 「少し待て、俺はお前に聞きたいことが……」
 「あなたが話をするんじゃない。私の話をあなたがきく」
 「…………つまり、俺に質問する権利はないと」
 「私が、主導する」
 「分かったよ」

 長くなるのなら先に色々と聞いておきたかったのだがそういう訳にはいかないらしい。後で聞く時間があればいいのだが、と考えつつもその長い話に集中することにする。それだけ長い話ということは重要な意味を持つはずだ。一言も聞き漏らすわけにはいかない。
 そういえば彼女は飲み物を頼まなかったな。
 一瞬それに気が付いたが、そんな些細なことはすぐに吹き飛んだ。

 「さて、昔の話だ。邪神が封印され、マーリンが追放された。その後の出来事だ」
 「…………」
 「この世界は創造主が製作した箱庭のようなもの。そしてそれを管理しているのが天使と悪魔。敵対しているが、どちらもこの世界には不可欠なもの。ところが件の神と邪神のくだらない争いのために邪神が封じられた。結果何が起きたか、分かるか?」
 「さぁ?」
 「バランスが大きく崩れたのだ」
 「バランスねぇ」
 「そう、バランスが崩れた。この世界は一見不均衡に見えても必ずどこかで均一になっている。邪神の力が消え、神や天使たちの力が大きくなり過ぎた。創造主はその結果何がおきるのか知らなかった」
 「知らなかった?」
 「そう……未来を決めることはできても知ることはできない。そして起きたことはあまりにも不思議だった」
 「それは?」
 「邪神を蘇らせようとする見えない力が働くようになったのだ」
 「あー」

 何となく理解できた。つまりは崩れたバランスを戻そうとしたのだろう。
 それでどうなったのか。内阿はそれを話し始めた。

 「その結果、定期的に誰かが邪神の力を自らの物にしようと動くようになった。ある時はただの人間で、ある時は堕天した天使だった。天界から偶然にも持ち込まれた書物からそれを行おうとした人間もいた」
 「それが、今まで何回起きた?」
 「さぁ? 私は本当に数えるほどにしか干渉していないし、いちいち覚えていない」
 「…………」

 自分たちは第二次神討大戦とか言っていたがそんなことは無かったらしい。
 少し意外だったようなそうでないような。よく分からない話の流れになって来た。予想できなくもない展開ではあるし、分かりにくくもないのだが、聞くのが面倒臭い流れになっていった。
 もう一口飲んで落ち着こうと思い、口元までコーヒーカップを運ぶ。
 しかしもう、中身は残ってなかった。

 「そしてその度に神は邪神の復活を阻むために一人の英雄を選んだ」
 「選ばれる?」
 「正確に言うと違う。天使たちには知られていない。概念に干渉できる、もしくは天使や悪魔を打倒できる力を持つ非正規英雄が定期的に誕生するのだ」
 「それが、俺か」
 「そう、今回は石動堅悟、あなただ」
 「…………」

 選ばれし存在。
 少し中二心がくすぐられるが今はそんなことで喜ぶ気分ではない。もし自分が非正規英雄になったばかりの頃なら手放しで喜んだだろうが。一瞬あの頃のことが懐かしく思えたがもうあの頃の自分はいない。

 「それで?」
 「それであなたは責務を果たした」
 「……それだけか?」
 「もちろん、それだけじゃない。今回、および前回私が干渉した理由を説明しよう」
 「…………」

 まだまだ長い話になりそうだった。

 「前回の大戦に干渉した理由は神を封印するという珍しいタイプだったから。何度も干渉するのはあまりよくない。だから今回、私はただ傍観するだけのつもりだった」
 「つもりだった」
 「しかし事態が進むにつれ面白いことが分かって来た」
 「面白いこと」
 「そう、今回の大戦は特異点が独特で。それによってこの戦いが思いもよらぬ方向へと進んで行った。今までで一、二を争うほどややこしい事態だ。ただでさえ前回がめんどくさかった、それで私は最悪の事態に備え、大幅に干渉する決心をした」
 「特異点………」
 「分かりやすく言うと大戦を動かす要因だ。準悪魔でも非正規英雄でもいい。前回はカイザーただ一人、通例としては多くて二人」
 「独特というのは?」
 「今回は三人。引き続きカイザー、御守佐奈そしてもう一人」
 「もう一人」
 「四谷真琴」
 「―――ッ!?」