予想外の名前が出た。
どうしてマーリンの人形に過ぎないはずの彼がその特異点とやらになりえるのだろう。その疑問を感じ取ったのか、それともたまたまなのか――おそらく初めからそうするつもりだったのだろう――内阿はそれについての話を始めた。
「そもそもおかしいと思わないか? どうして準悪魔として作られた肉体に限りなく――それも天使でさえ間違うような――非正規英雄の能力を所持できたと思う? それに彼はある時点でマーリンの支配下から逃れていた可能性もある」
「…………」
「その理由こそまだはっきりしていないが、マーリンの遺言がそれを教えてくれるだろう」
「…………お前は、知っているのか?」
「知らない。知らないが、見当はついている」
「…………」
これで話は一段落ついたのだろうか。
内阿は口を閉ざして机の上を見ると「あれ?」と言った顔をして少し首を傾げたが、すぐに「ああ」と納得がいったような顔をして頷いた。どうやら何も頼んでいなかったことに今気が付いたのだろう。
かなり間抜けな姿に見え、少し笑ってしまいそうになった。
だがそれを自制する。
質問するなら今のタイミングだ。
「お前は」
「うん?」
「お前の正体はなんだ?」
「あぁ、説明していなかったな。私はわずかに残った邪神の力を元に創造主が生み出した、いわば監視者だ。この世界の行く末を見守り、邪神が復活した際にそれを相殺する役割を持つ」
「相殺?」
「そう、圧倒的な負の力を同じ負の力を持つ私の力で消し去る。まぁ、ビックバンに近い現象が起きるから確実に世界は滅びるがな」
「………おっかないな」
「そうならないように努力したんだろう?」
「そうだな」
石動は続けて質問しようとした。
ところが彼女の方が先に口火を切った。
「今、バランスは限りなく完璧に保たれている。理由は分かっているな」
「あぁ、お嬢様だろう」
あのとき、内阿が提案した策。セバスチャンを救い、全てを丸く収める方法。
それはお嬢様が邪神の魔力を吸収し、その身に宿すこと。他の物なら不可能でも彼女にはできた。それで不安定な彼女の魔力も安定できるのだと言っていた。本当にそうなったのかはまだ確認していないのだが、少なくともセバスチャンは戻って来た。
「だがそれ以外にも何かある」
「何?」
「邪神の力が一部解放された、それだけだと均衡は保たれない」
「もう一つの何か」
「見当はついている、答えが分かったら教えてくれ」
これが最後だあった。
まだまだ聞きたいことはあった。
しかし、石動が口を開くより先に彼女が言い放った。
「さて、ここまでとしよう」
「何?」
「彼らが来たようだ。私の出番はここまでだ」
「…………本当に来たのか?」
そう言いながら窓の外の方へ眼をやってみる。
その瞬間だった。
店のドアの開くチリンチリンという音。ちぎれるんじゃないかと思うほどのスピードで首を回すと車いすを押す女の子と一組の男女の姿が見えた。彼らは視線を送る石動に気が付くと、別の席に案内しようとする店員を制してこちらに向かってきた。
「よう、石動」
「元気そうだな、和宮。翼ちゃんも」
「おかげさまで」
間遠と翼ちゃん。この二人が並んでいる図は意外と違和感なく周囲の風景に溶け込んでいる、なかなか面白い。もし何も知らない人に「この二人はカップルなんだぜ」と言っても通じるだろう。
おそらくお互い嫌がるだろうが。
そしてもう二人。
「セバスチャンはどうだ?」
「これを見て元気そうに見えるとしたら、石動様の目は相当節穴ですね」
「でも結構元気になったよ、自分でお茶を飲めるようになったし」
「はははは、お嬢様に飲まされている姿を見てみたかったよ」
「ごめんですね」
車いすに座っているのはセバスチャン。しかし、あの悠然とした紳士の姿ではなく、完全に障害者のそれだった。右腕が無くなって、右足も膝から先がない。左目のあった場所を眼帯が覆っている。
唇の右端から目元にまでかけて鋭い傷が一本走っている。
執事服を着ているが、その下はもっとすさまじいことになっているという。
無事に戻って来たものの、全身に大きな傷を負ってしまった。つい二日前まで入院していたのだが無理を言って退院したのだ。今はお嬢様や蓮田に面倒を見てもらいながら療養している。
入院中一度も会いに行ってないのでどうなっているのか少し心配だったのだが、思いのほか元気そうで安心した。
そういえば内阿のことを翼ちゃんと和宮は知らない。
紹介しようと思い、石動は内阿の方に顔を向ける。
しかし、彼女の姿は忽然と消えていた。
「え?」
「うん? どうした石動」
「いや、さっきまでここにあいつが……」
「何を言っている? お前ひとりだったぞ」
「…………そうか、いや、何でもない」
「?」