Neetel Inside ニートノベル
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 憧れのパメラさん出演ライブを直前にしてアガっていたテンションで悲鳴が轟く会場裏の駐車場に来た俺を待ち受けていたのは

白衣を羽織った妖しい男とその従者、そしてそれに攻撃されてアスファルトに横たわる無数の観客達だった。ゾンビを思わせる腐食した肌を持つ怪物がぬらりと茂みからその巨体を現すと「…げろ、逃げろ渚…!」と聞き慣れた声がしてそっちを振り返る。

 そこには俺より先にここに来て怪物の襲撃を受けた在間の姿があった。

「やばいぞ、渚。あいつらは人間じゃない…俺も興味本位で来て見たけどこのザマだ…あいつらが飛ばしてきた…膝に肋骨が突き刺さってる…!」

 俺が目を向けると右足から大量の出血を流した在間が木にもたれかかってヒューヒューと肩で大きく呼吸をしている。激痛で歪む顔からは脂汗が噴き出していた。

「…信じられねぇよな。アイドルライブに来たらゾンビに会えるなんてよ…早く逃げろ渚、あいつらは一体だけじゃない」

 地を這うような唸り声がして辺りを見回すと三方向から目の前のゾンビと似たような姿の化物がこっちに向かってゆっくりと近づいてくる。

「なんだい、もう誰も来ないのかい」

 ゾンビを従えた博士風の男が腕に巻かれた粗悪な造りの時計を眺めた。ゾンビが歩みを止めて司令官の指示を待つようにその場で留まって唸り声を鳴らした。

 一体どうなってんだ?状況を理解しようとゆっくりと息を吸い込むと腐り果てた生肉の異臭が俺の周りを取り囲んだ。「よっこいしょ」茂みから白衣を引きずりながら現れたイカれた博士が俺に向かって素っ頓狂な声を伸ばした。

「そろそろ十二時だ。他の奴らと合流しなくちゃなんねー。抜け駆けして殺害数稼ごうとも思ったけどこのゾンビちゃんが居れば即席英雄インスタントヒーロー、だっけ…?
まー名前忘れちゃったけど、統率の取れてない寄せ集めのシャバい連中には負けねーよ。ともかく、俺のこの肉塊コレクションを見ちゃった以上、お前らには消えてもらう。まずはそいつからだ!やれ!激鉄ちゃん!鎌首ちゃん!」

 白衣を翻して狂人が腕をかざすと在間の傍にいたゾンビの一匹が自分の足に強靭な腕をねじ込んで自らの大腿骨を取り出した。ギリギリと筋繊維の千切れる音が響き、片足になった重心を支えきれなくなった鈍物がその場で倒れ落ちると

もう一体のゾンビがそいつの元まで近づいて取り出した骨を手に取った。そしてそれを鋭く変形した左腕で一瞬の内に尖った槍のような武器に加工し終えた。するとそれを倒れたゾンビの肩にどかっと乱雑に乗せた。

「これは本番用に取っておこうと思ったけどせっかく来てくれたおまえらで試し撃ちさせてもらうかー。肩パルトならぬボーンバリスタだ。これを天使対悪魔の殺戮合戦、開戦の号砲としようじゃないか。
さぁ、ライブ会場までおよそ30ヤード。チームデビルズ所属の俗悪ちゃん、良いキック頼むよ!」

 会場との直線上にいる在間にターゲットを合わせた肩に骨を乗せたゾンビとそれを固定するゾンビの元へ足の速そうな骨と皮だけのゾンビが近づいてきた。ご丁寧に一時期流行った五郎丸ポーズを取ろうとするが既に何処かで腐り落ちたのか、指の数が足りていない。

「やばい、逃げろ在間…!」

 俺が掠れた声を出すが在間はすっかり腰を抜かしてそこから身動きが取れない。何とかしなくちゃ、俺が…!腰に掛けたウエストポーチに指先が触れる。

「…期秒前、死秒前。時刻は十二時。さぁ、キックオフだ!やれ!!」

 見苦しいルーティーンを終えた細身のゾンビが助走をつけて骨バリスタに向かって駆け出すと俺は取り出したサイリウムをそのゾンビに向かって思い切り投げつけた…!

 はずだったが、緊迫したこの場面で汗で滑った緑色のサイリウムは意図しない方向へ飛び、地面で一回転してアスファルトを転がった。するとその上を走ったゾンビがそれに躓いて漫画のような見事なすっころびを見せて頭から倒れ落ちた。その場には頬や尻だった場所から崩れた肉片が散らばった。

「な、何をやっとるんだ!…お前か!」

 博士は一瞬転んだゾンビを自分の子供を心配するような仕草で手を伸ばしたがすぐに俺の方に向き直って瓶底越しに俺を睨みつけた。

「こんの、礼儀知らずのクソガキがァ!ライブ前に映像流れなかったか?サイリウムの投擲はお止めくださいってなァ!取れちまった肉をボンドで留めんの、大変なんだぞォ、コラァ!!
お前からあの世に送ってやる!…脳殺ちゃん!」

 ゾンビの飼い主である博士が血走った目で喚き散らすと俺の背後から近づいてきた一番最初に見た大柄のゾンビが俺の身体を抱きかかえた。鼻腔を猛烈な異臭が包み込んで一瞬の間に臭覚が麻痺する。

「ちょ、離せ!…ぶぇ」

 俺が振り返ると既に眼球が取れ落ちた眼窩の中からミミズの親子が頭を出した。鼻はヴォルデモート卿のように擦り切れ、顔の前に組まれた両腕からは奇妙な色をした寄生植物が植え育っている。

「さぁ、人間黒ひげ危機一髪だ!腸か肝臓か、何が飛び出すかはお楽しみ!それでは先生、お願いします!」

 気狂い博士が指を鳴らすと俺の背中からギリギリと硬質な何かがせり上がってくる感触が身体を伝って響く。

「肋骨が飛び出すぞ!」

 俺が来る前に肋骨ミサイルで足をやられた有吾が俺とゾンビに向かって懸命に声を出した。あいつもまた他の観客と同じようにアスファルトの上を転がっていてその影にはおびただしい血が流れていた。

 ダメだ、やられる…!助けてパメラさん…!俺が死を覚悟した瞬間、視界を真っ白な光が包み込んだ。

「身を張って一般市民守ろうとする強い正義感!まさにヒーローと呼ぶに相応しい!キミの英雄としての資質、見せてもらった!」

「な、なんだ!」

 辺りを包み込んだ強烈な光が鳴り止むと俺たちの間ににこやかな笑顔を浮かべた長身の男が立ち尽くしている。

「我が名は力天使、ウリエル!行き成りゾンビが出てきて怖かっただろう?余りの唐突さにチビっちゃう暇もなかっただろう?でももう大丈夫!この場はこの僕が受け持った!」

「力天使、だと!」

 突然現れた俺と同い年位の男が足元に舞い上がる木の葉を演出にして俺達に向かって見得を切った。

       

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