Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 俺は気圧されながらもゆっくりと口を開くと、何とか言葉を絞り出すと、カイザーに話しかける。このままではプレッシャーに押しつぶされたままで、何も分からなくなる。何とか態勢を立て直さなくては

 「それって……どういう意味だよ」
 「そのままの意味さ。それ以上でも以下でもない。ただ、一つだけ補足させてもらうと、私は腐っても準悪魔だ。この計画も決して非正規英雄が有利になるようなものではない、それだけは覚えておいてくれ」
 「いや、そんなことはどうでもいい。それより……それは、どうやって……」
 「それについてはコメントを控えさせていただこう。まだ確実に成功するとは分からないからな」

 そう言って話を切り上げると、雰囲気を元に戻す。
 それで余裕の生まれた俺は、頭をフルフルと振って気を取り直すとカイザーのことをしっかりと見直す。彼は悪魔のはずだ。悪魔のはずなのに、戦いを終わらせるというのだ。訳が分からない。
 純粋に、困る。
 今までで一番どうすればいいのか分からなかった。
 カイザーはそれを察したのか、話を続けた。

 「それで、ここからが本題なのだが」
 「……え、あ、あぁ。なんだ?」
 「堅悟君、君はデビルバスターズの誘いを断ったのかい?」
 「…………」

 正直に答えるべきか少し悩む
 だが、下手に隠し事をするのもあれなので本当のことを話すことにした。

 「その通りさ。おまけにいざこざを起こしちまって命まで狙われる有様だよ」
 「それは災難だな」

 本当に同情してくれているようだが、間遠の命を狙ったのは自分なので何とも言えない
 ちょっと心苦しくなる。
 そんな俺の胸中などいざ知らず、カイザーはこう言った。

 「だがちょうどいい、君に私の手伝いをしてほしいんだ」
 「……なんだ。そんな事か」

 ある意味予想通りだった。
 デビルバスターズからも、反逆軍からも、あまつさえこの悪魔からも勧誘を受けている。そのうち二つは断ったとはいえ、ここまでくると人気者になったような錯覚に陥る。そんなわけないのに
 しかし、カイザーからは他の二つとは違う何かを感じた。
 それゆえ、むげに断るつもりは無かった。
 彼は酒をぐいぐいと飲みながら言葉を続ける。

 「いいか、俺は君に何一つとして命令しないし要求しない」
 「……どういう意味だよ」
 「人を殺せとは言わない。ただ、最後の最後にちょっと力を貸してもらうだけでいい」
 「なんだよそれ」
 「つまり、最後の仕上げという奴だ。どうしても非正規英雄の手を借りたくってね、君はそれにうってつけなのさ」
 「…………」

 そこで
 一人の非正規英雄の顔が浮かんでくる。

 「リザじゃ」
 「うん?」
 「リザじゃダメなのか?」
 「あぁ、彼女じゃダメだ」
 「なぜだ?」

 どう考えてもリザの方が適任だと思う。
 自分と比べてはるかに強いし、カイザーとも面識がある。むろん、正面切って手伝ってほしいなんて言ったら襲われるかもしれないが、それでも何か方法はあるだろう。それなのにどうしてわざわざこんな自分なんかに話を持ち掛けてきたのか
 それが疑問だったのだ。
 カイザーは薄く笑うとこう答えた。

 「彼女は良くも悪くも私怨で戦っている」
 「そうなのか?」
 「そうだ、それではいけない。それでは強くないし、目的を果たしたあとにただの屍になり果ててしまうだろう」
 「え?」
 「自分のためにしか戦えない人間は、弱い」

 きっぱりと言い切られた。
 俺は分かった。
 この強い弱いとは、戦闘での強弱というよりは精神的な面での話だということが。俺は何となくカイザーの言いたいことが分かった。それと同時に、沸々と新たな疑問がいくつも湧き上がってくる。。
 カイザーは俺の表情からそれを悟ったのだろう。
 にっこりと笑うとこう言った。

 「何か聞きたいことは?」
 「……あんた、リザについてよく知っているな」
 「そうだな」
 「どうして?」
 「元妻だからな」
 「ふぁっ!!」

 変な声が出る。
 あまりにも予想外の答えに、普通に驚いてしまった。もし酒を飲んでいた口と鼻から噴き出していたところだろう、幸いなことに涎と鼻水だけで済んだ。後ろにいる翼ちゃんも口をポカンと開けてジッとカイザーの顔を見ている。
 二人の反応があまりに面白かったのか、カイザーは大笑いをする。
 なんとなくムッとするが文句を言う前にカイザーが話を始めた。

 「そうだな、私と彼女の出会いはとある国の精神病院の診察室だった」
 「へ?」
 「十年前、色々あって海外で医者をやっていた私は、まだ悪魔によって両親が殺されたことのトラウマを引きずっていている彼女に出会ったのさ」
 「…………」

 そういえばそんなことを言っていたような気がする。だが、病院に行くほどの重傷だとは知らなかった。
 それにカイザーが精神科医だったとことも意外だった。しかしカイザーの纏う雰囲気は確かに医者のそれと似ていた。落ち着いて雰囲気と人懐っこさ、老人たちにウケる良い医者だったのだろうと容易に想像がつく。
 そんなことを考えているうちに、カイザーは言葉を続ける。

 「それで仲良くなってな。少ししてから付き合うことになった。それで、三年たったころ、ちょうど医者を辞めて現地の医療関係の日本企業に転職することになったから、それに合わせて婚姻届けを出したのさ」
 「……その時、あんたいくつだったんだ?」
 「歳か、二十九だったかな? リザは結婚当時は十八だ」

 十一歳差
 反対などなかったのだろうかと疑問に感じたが、リザは天涯孤独でカイザーは立派な成人なのだ。止める人などいなかったのだろう。

 「リザ、日本語上手だろう」
 「あ、あぁ」
 「私が教えたのさ」
 「……なるほど」

 どうやらカイザーは日本人だったらしい。
 何となく雰囲気でそう察していたが、改めて確認することができた。

 「で、六年前、彼女がアルバイトを始めたと言っていた。当時仕事が忙しかった私は「そうか、よかったな」だけで済ましてしまった。今思えば、これが最大の間違いだったのかもしれない」
 「……あ、はい」
 「君の予想通りさ。彼女が始めたのは非正規英雄で、当時から悪魔だった私は偶然彼女と遭遇したのさ。その時、うかつにも私は彼女の姿に驚き、「リザ?」と話しかけてしまったのさ」
 「それが離婚の原因か?」
 「その通りさ。何となく家に帰り辛かった私は、ホテルで一晩過ごし、頭を冷静にしてから家に子どったのさ。すると離婚届が机の上にあった。リザの名前つきでな。お笑い草じゃないか!! ハハハハハハハハ」
 「…………カイザー」
 「なんだね?」
 「酔ったか?」
 「酔ってない酔ってない」

 ぶんぶんと腕を振って否定する。
 しかし顔は既に真っ赤だし、やけにテンションが高くなっているような気がする。それによく笑うようになっている。どうやら酔うと笑い上戸になるらしい。現に今も何が面白いのか分からないが笑っている。
 扱いが面倒くさそうだった。
 だが、理性までは吹き飛んでいないらしい。彼は一息ついて真顔に戻ると話を続ける。

 「で、このままじゃリザに殺されると思ったので仕事を辞めて日本に逃げた。そこで別の仕事について計画を着々と進めていた。ところがどっこい、彼女はわざわざ日本にまで来て私を殺しに来た」
 「……なんでそこまで……」

 すごい執念だと素直に感心する。
 カイザーはすでにその答えを知っていた。

 「裏切ったつもりは無かったんだが、私は結果的に彼女を裏切ったことになった。たぶん、それが尋常じゃなく彼女を傷つけたのだろう」
 「私怨ね、なるほど」
 「そうだ、その通りだ」

 彼女にそんな過去があるとは知らなかった。
 だからといって何が変わるわけではないが
 その時、ふと気が付いた。また彼の雰囲気が変わっている。背中に重い影か何かを背負っているかのように顔をうつむかせると、ジッと机の上のコップを見ている。だが、その前はうつろで何も映っていなかった。
 突然の変貌に俺が困惑していると、カイザーはそれを遮るように言葉を紡ぐ。

 「それだけではない、君がどこの組織にも属さず中立の立場をとっていることも選んだ理由になっている。しかしながら、私が君を選んだ最大の理由は別にある」
 「何?」
 「似ているのさ」
 「……誰にだよ」
 「かつて神と天使に逆らい、たった一人で孤高の戦いを挑んだ最強の英雄にさ」
 「は?」
 「彼は私の最高の友人であり、また私は彼と唯一肩を並べることのできる唯一の悪魔だった」
 「…………」
 「私が何で、天使と悪魔の戦いを終わらせようとしているのか、教えてあげよう」
 「…………」
 「それこそが彼の悲願であり、私を交わした最後の約束だからだ」

 そう言ってカイザーは遠い目をする。
 どうやら思い出しているらしい。その最強の非正規英雄との闘いの日々を、それは一体どんなものだったのか、少し気になった。だがカイザーはそれについて少したりとも語ろうとはしなかった。
 まるで宝物を箱の中に押し隠すように彼はその口を開こうとはしなかった。
 その代わり彼はふと思い出したかのように腕をまくると、時間を確認する。

 「おや、長居しすぎたようだな。そろそろ話を終わらせよう」
 「なに?」
 「二つ、君言っておくことがある」
 「なんだ?」

 そう聞き返すと、カイザーはもったいぶってからこう答えた。

 「私は君が断ってもいいと思っている」
 「それまたどうして?」
 「断わったからって君を殺したりしないし、責めもしない。私はあくまで対等の立場で君にお願いしているのだ」
 「……俺は……」
 「まぁ待て、返答は今でなくてもいい」
 「それは助かる」

 本音だ。俺には考える時間が欲しかった。
 カイザーはにっこりと笑うと、言葉を続ける。

 「あと君は今リザたちに命を狙われているんだろう?」
 「あぁ、その通りさ」
 「ここの住所は知られているか?」
 「いや、教えてない」
 「なら好都合だ。完全ではないが君の安心を保証しよう」
 「は? どうやってだよ」
 「私のつてを頼ってリザたちにデマを流す。「石動堅悟はカイザーによって殺された」と。そうすれば彼女の狙いは君から私の方に向くだろう?」
 「なるほどな……」

 まさにいたせりつくせりだった。
 それに俺はカイザーがどうしてここまでしてくれるのかよく分からず、少し考え込んでしまう。
 その間に彼は席を立ち玄関まで向かうと鍵を開けてドアノブに手をかける。そして最後に俺の方をチラリとみるとこう言った。

 「作戦が決行できるようになったら、もう一度だけを酒を持って会いに来る。その時に答えを聞かせてもらう」
 「分かった。それまで待ってるぜ」
 「あと、それは私の名刺だ。連絡先もそこにある。何かあったら教えてくれ」
 「お、これか」

 いつの間にか一枚の紙きれが目の前に置かれていた。
 詳しいことはあとで確認することにして、俺もカイザーの方を向いた。
 すると彼は名残惜しそうにこう言った。

 「君とは仲良くなれそうだ。また飲みたいね」
 「そうだな……俺もあんたは嫌いじゃない」
 「じゃあな、彼女さんによろしく」
 「……彼女?」
 「その女さ、彼女ともまた飲みたいね」
 「ちょっと待て。こいつは別に彼女じゃ……」

 そう弁解するものの、最後まで聞くことなくカイザーはさっさと部屋から出て行ってしまった。一瞬後を追おうかと思うが、何となくやめておくことにした。その代わりと言っては何だが、最後に一本だけ残ったビールの缶を開けると一口飲んだ。
 そして、頭の中で話を整理する。
 カイザーの策とはいったい何なのか
 疑問は尽きなかった。

 俺は一度席を立ち、カイザーが残していった名刺を手に取る。
 するとそこには訪問メンタルケアをする会社の名前と、電話番号。そして海座弓彦という人名が書かれていた。どうやらこれがカイザーの本名らしかった。なんと読むのか一瞬悩むが、すぐに見当がついた。
 後ろから覗き込んでいた翼ちゃんも何となく察したのか、小さな声で呟く。

 「堅悟様」
 「なんだい?」
 「これは「かいざ」と読むのですか?」
 「…………もしかして……だからカイザーなのか」
 「まさか…………あり得ませんよね……堅悟様」
 「……………」
 「……………」
 「翼ちゃん」
 「……はい」
 「何も言うな」
 「分かりました」

 とりあえず忘れることにした。
 気を取り直して大きく伸びをすると、ちらりと佐奈の方を見る。すると安らか寝息をたてながら無防備に眠る彼女の姿が目に飛び込んできた。見事なまでの爆睡で、話している間もずっとんていたらしい。
 俺はカイザーが佐奈のことを彼女と言っていたことを思い出し、何となく居心地が悪くなる。
 それと同時に、こいつは男の家にこんな格好でいて平気なのだろうか
 というかこっちが理性を保てるかどうか
 冷静にならなければ

 「翼ちゃん」
 「なんです?」
 「俺はどうしたらいい?」
 「それはカイザーの事ですか、それとも彼女の事ですか?」
 「どっちだと思う?」
 「分からないから聞いているのですけど」

 そう答える翼ちゃんの声は非情で冷たかった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「カイザー!! 見つけた!! セバス、カイザー見つけたよ!!」
 「お嬢様、今の私はただの悪魔です。セバスチャンじゃありません」
 「だったら私もお嬢さんじゃない!! ただのクトゥルフだよ!!」 
 「その通りでございますね。では、クトゥルフお嬢様」
 「むー、結局お嬢様じゃない」
 「その通りでございますね」

 そんな声が背中からかけられる。
 カイザーは装甲を身にまとった状態で高いビルの屋上に立ち、ジッと下界を見下していた。酔いを醒まそうと思い、こんな場所にまでやって来たのだ。すると無邪気な女の子の声と、冷静な男の声が聞こえてきた。
 誰か分かっていたが、振り返って見る。
 するとそこには二人の悪魔がいた。
 一人は全身を緑色の触手で覆い、タコのような顔をした背の低い悪魔。もう一人は燃え盛る肉体を持つ背の高い悪魔だった。触手の方がクトゥルフで、燃えている方がクトゥグアと言った。
 カイザーは仮面の裏で笑うとこう答えた。

 「お久しぶり」
 「どうだった? 英雄はどうだった?」
 「お嬢様、落ち着きください」
 「ハハハ、構わないよ。そうだな、彼との話し合いは良かったよ。手ごたえはあった」
 「ならよかったね!!」
 「その通りでございます」
 「なぁ、アンタもそう思うだろう? ニャルラトホテプ」

 そう言ってカイザーは腰から引き抜いた刀を闇に向ける。
 するとそこからどす黒い墨ようなものが闇の中から溶け出ると、ゆっくりと何かを形作っていく。グニョグニョと不気味にうごめくそれは、五分と立たないうちに人型になるとぽっかり空いた二つの目で、カイザーの方をジッと見る。
 ニャルラトホテプと呼ばれたそいつは、コクリと頷くとこう言った。

 「見てた」
 「知ってた」
 「大丈夫?」
 「安心したまえ、彼は優秀な非正規英雄さ」
 「…………」
 「ところでどうだ? 協力する気になったか?」
 「…………」

 そう言われて少し悩む
 が、数秒も経たぬうちにこう答えた。

 「わかった。バハムートとハスターの説得は任せろ」
 「頼んだぞ」

 これでまた計画は一歩前進した。これで、そう遠くない未来に天使と悪魔たちを出し抜くことができる。それを確信し、非常にいい気分になるカイザー。仮面の下の笑みをより一層深くする。
 三人の強力な悪魔を背中に従え、夜の街の明かりを見ながらこう呟いた。

 「本当に楽しみだな」


 第十一話 完

       

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