Neetel Inside ニートノベル
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非正規英雄(アルバイトヒーロー)
第二話 デビュー戦 (どんべえは関西派)

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 俺は天使と名乗る女からいろいろな説明を聞いた後、アパートから外に出た。
 特に目的地も決めず散歩でもすることにしたのだ。テコテコと道を歩きながら、隣にいる女を覗き見る。
 先ほどまで出していた羽や天使の輪は影も形もなく、初めて会った時と全く同じ姿で俺に速度を合わせて歩いていた

 俺は歩きながら、さっきまでしていた話を頭の中で反芻してみた。と言ってもそこまで大したことではなく、主に給料に関するあれやこれだった。
 天使が言うには悪魔を一体倒す毎にまとまった額の金が銀行に振り込まれるらしく、その中には危険手当等も含まれているそう
 それ以外で交通費も支給されるらしかった
 基本的にこの天使というのが俺を二四時間監視しているらしく、電車移動などが記録され、その分の金がその都度支払われる。
 何となく、英雄というには金の話が色々出てきて嫌な感じがするが、天使はそんな俺の様子を見てこう付け加えた。
 「あなたはあくまで臨時雇いの「非正規英雄」です。こちらが無理を言って働いてもらっています、これはその対価なのです。気にせず受け取ってください。どうせ我々にとって金など言うのは無意味なものなのですから」
 そう言われても納得できなかった。
 できなかったが、そこで話を切り上げられたのでそれ以上言及することができなかった。

 俺はひたすら道を歩きながら、考えを巡らす。
 今日から英雄なのだ。
 とりあえずサインから考えようか


 「一ついいでしょうか」
 「ん?」
 天使が話しかけてきた。
 俺は足を止めて顔をそちらに向ける。
 「一つよろしいでしょうか」
 「なんだ?」
 「あなたに戦い方などの説明をするのを忘れておりました」
 「お、そう言えばそうだな」
 確かに給料の話が終わってすぐに家を出たので、そこらへんの話をしていない。
 ちゃんと聞いておきたいところだが、外でする話なのだろうか
 いぶかしげに思っていると、天使がきびきびと話を続けた。
 「ちょうどいいですね」
 「何が?」
 「近くに悪魔が出現しました。説明もかねて初陣と行きましょうか」
 「待ってました!!」
 俺は心が躍るのが分かった。
 生身で悪魔と戦えるとは到底思えない。この天使が何か力のようなものを与えてくれるのだろうか、そう考えると心が躍る。天使はいきなり歩幅を大きくすると、俺より先に道を行く。
 その速度は速く、俺は半分小走りになって追いかけていく。
 「見つけました」
 「あれが悪魔」
 「その通りです」
 天使はまっすぐ腕を上げると、指をピンと伸ばして指さす。
 さびれた小道の中央にそいつはいた。
 赤と緑色が混ざったゴツゴツとした灰色の肌が全身を覆い、赤く血走った目が顔にいくつもついていた。半開きになった口からは緑色をしたよだれがダラダラと流れており、それが胸を酷い色で汚していた。
 身長は三mほどだろうか
 全体的に筋骨隆々だったが、筋肉の付き方はどう見ても人間の物とは違っていた。右腕は肉でできた巨大なハンマーのようになっており、それが地面をズリズリと引きずっていた。一方の左腕は鋭い爪を持つ三本の指が生えていた。
 奴は「グルルルルルル」という不気味な声を出しながらこちらに向けて歩を進めている。

 俺はその姿を見た瞬間
 恥を忍んではっきり言おう。
 怯えた。
 それはそうだ。目の前に現実的ではない凶悪なゾンビのようなものがいるのだ、怯えない人間がいるなら目の前にまで連れてきてほしかった。そしたらそこでプライドも何もかもを投げ捨てて土下座してもいい。
 俺は何も言うことができず、ジッと悪魔を眺めていた。一瞬、逃げようかという思いが脳裏を横切るが、それを遮ったのは天使だった。
 「運がいいですね」
 「え?」
 「生まれて間もない悪魔です、そこまで強力ではありません。初戦の相手には申し分ないでしょう、ボーナスこそ少ないですが」
 「ハ、ハハハ、ハハハハハハ」
 俺は笑いがこみ上げてくるのが分かった。
 何も面白くなかったが、なぜか笑わずにはいられなかったのだ。
 天使は特にそのことについて何もコメントせず、話を続けた。
 「いいですか、今からあなたにアーティファクトを与えます」
 「アーティファクト?」
 「神聖武具です。神からあなたに与えられる武器であり、あなたの身を守る守護天使の宿るものです」
 「へー、面白そうじゃん」
 「いいですか、時間がないので急いで説明させていただきます」
 「なんだ?」
 「アーティファクトがどんな物になるかはあなたによって変わります。どんな能力を持つものか、どんな形状をしているのか、それは私にも分かりません。ご了承ください」
 「あぁ、ぶっつけ本番ということか」
 「そうです。では、アーティファクトを顕現いたします」
 「分かった、急いでくれよ」
 「了解しました」
 天使はそういうと、再び白い羽を生やし神々しい姿に戻る。
 悪魔はその姿を見ると、いきなり足を速めてこちらに向かってきた。しかしハンマーがでかくて走りづらいのかそこまで足は速くなかった。おかげで時間の余裕はまだありそうだった。
 目を閉じて、口を開くと天使は詠唱を始めた。



 続く

       

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