第十五話 装甲三柱会合 (鹽竈)


 街の外れの外れ、立ち寄る人が日に数人いれば多い方である寂れた一帯。そこに今や持ち主も管理者もあやふやな忘れ去られた廃工場がある。
 時の経過によって老朽化、蝶番が半端に壊れ傾いだドアを潜って一人の悪魔が工場内に足を踏み入れる。
 その身を覆うは銀の鎧、その顔を覆うは鬼の面。
「すまない。少し遅れたか」
 悪魔の中でもトップクラスの実力を持つカイザーが、工場内で待ち構えていた同胞に謝罪を告げる。
 直後、カイザーの身を巨大な水球が襲った。
 横殴りに大質量の水球が直撃し、しかしカイザーの身体は吹き飛ぶどころか一歩たりとも下がらなかった。キンッ、と鍔鳴りの音が聞こえ、遅れて水球が真っ二つに裂ける。
 まさしく閃光が如き神速の抜刀術。装甲悪鬼の本領が垣間見えた瞬間であった。
「遅い」
 舌打ちと共に吐いた苛立ち混じりの声の方へ、カイザーは顔を向ける。
「謝罪は今しがた、済ませたはずだが」
 両断された水球がとぷんと波打ち、主を追い掛けるように声を放った悪魔へと集う。
 圧縮された水が彼の背後で椅子の形を作り、そこへゆっくりと腰掛ける。
 その表情は読めない。そもそものところ、顔は猛々しい海竜を模した面によって覆われていた。
 ガシャリ。水の椅子に座り足を組んだ蒼の甲冑が威圧的な金属の擦り合わせる音を発す。
「呼び寄せたのは貴様だ。その貴様がこの場で真っ先に待ち受けていねばならぬのが道理。何故に、俺がこんな埃にまみれた息苦しい空間で待ちぼうけを喰らうことがあろうよ」
 低く、濁り、それでいて不思議なほどよく通る声がカイザーを糾弾する。
「おぉーい、僕僕。僕もいるんだけど?」
 カイザーが何か弁明を始めるより早く、横合いからもう一人の声が自身を主張するようにガッチャガッチャとやかましく飛び跳ねている。
 機能性を重視した、薄い金属板を重ね合わせた板金鎧プレートアーマーは統一された悪目立ちする赤銅色。その上からゆったりとした純白のフードマントを羽織っている。
 兜は無く、代わりに彫りの深い威厳に溢れた老齢の賢者のような仮面で顔面を口元以外全て隠している。
「ああ。これで揃ったということだ」
 小さく頷き、カイザーは蒼甲冑と板金鎧の悪魔が互いにそうしているように、自らも両名からある程度の距離を保った位置で歩みを止める。三名の悪魔が、それぞれちょうど三角形の頂点に立つ形で相対する。
 一角は悪魔の勢力において過激派と呼ばれる、蒼海の覇王。装甲竜鬼バハムート。
 対する板金鎧は、穏健派とされる勢力のリーダー格にして高名な賢人。装甲魔鬼マーリン。
 そして無所属にして単身、されど悪魔達の勢力図を形作る上では絶対に無視出来ない影響力を持つ武人。装甲悪鬼カイザー。
 悪魔勢力の中でも飛び抜けた実力とカリスマ性を持つ彼らを、畏怖と畏敬をもって従う悪魔らは総じて装甲三柱と呼んでいた。
 今回この三柱による話し合いを提案したのはカイザーだ。今後のことも踏まえ、一度顔を合わせた上での合議が必須だと感じていたが故の招集である。
「では始めるとしよう。題目は今更言うまでもないとは思うが」
「カイザー」
 会議の出鼻を挫かれ、何事かと顔を向けるカイザー。水の椅子に深く腰掛けたバハムートだ。
 海竜の面の下で、地を揺るがす物々しい重低音が告げる。
 端的に、そして明確に。



 他の二柱に対する、怖気付くほどに濃密な拒絶と殺意の気配が放たれる。
 空気中の水分が寄り集まり三日月型の刃が展開される。その数、見渡すだけでも数百は下らない。
「おいおいバハムート!」
「…不要とは、何のことだ?」
 わかりやすく狼狽するマーリンと、純粋な疑問を示すカイザーとを包囲する水の刃。バハムートは足を組み直して、
「この合議は元より、貴様等の存在がだ。…結託したそうだな?賢人に武人よ」
 塵を払うような挙動でバハムートが片手を振るう。すると滞空しながら回転していた水刃が一斉に獲物へ向かい殺到した。斬り刻む対象は二。
「マーリン」
「ああもう!まーたこういう流れか!」
 壁の一面が粉砕し、工場全体が傾く。ただ倒壊までには至らず、内部で溜まりに溜まっていた埃が、外気に晒され砂塵と舞い散る。
「げほごほっ!目が!目が痛い!」
「仮面をしているだろう仮面を」
 フードを目深に被って目元をぐしぐしと擦るマーリンの悲鳴を聞きながら、カイザーは静かに腰に下げた刀の柄に手を伸ばす。
「話を聞け、バハムート。過激派の悪い癖だ」
「聞く価値があるかどうかは俺が決める。その間の手遊てすさびは許せ」
「なぁにが手遊びだか…ちゃっかり手下も呼んでるし」
 未だ工場内で足を組んだまま座すバハムートの両側に、いつの間にやら二つの影が在った。
 こちら側から見て右、ごぽごぽと光を吸収する影がそのまま盛り上がり形を成さずに不気味な流動を繰り返す黒影。
 左側にはきちんとした人型。その貌は装甲三柱と同様に面で覆われている。青白い、頭蓋骨を思わせる角ばった仮面。ばさりと、細い体に黄色の古ぼけた布を纏い佇む姿は幽鬼の類に近いものがある。
「毎回アイツとはこうなるから会いたくなかったんだ、僕は」
 それらの出現を確認して、マーリンはフードを被ったまま愚痴を溢す。そしてスッと仮面の下の両眼を鋭く細める。
「…クトゥルフ、クトゥグア。おいで」
「はぁーい!マーリン様ぁ!!」
「ここに」
 呼び掛けに応じ、マーリンの左右で火球と水球が発生。火球は大きく広がり燃え盛る燕尾服の紳士に。水球は内側から食い破るように毒々しい緑色の触手が幾本も飛び出して本体たるタコの外見をした悪魔に。
 穏健派マーリンの側近、クトゥルフとクトゥグアの登場にカイザーが呆れた声音で、
「なんだ、お前もしっかり部下を控えさせていたんじゃないか」
「だから言ったでしょ、こうなるのは分かってたんだ。そりゃ対策も用意するさ」
 唯一部下も仲間も持たないカイザーは、変わらず柄に手を掛けたままいつでも抜刀出来る構えで過激派勢力と向かい合う。

 今ここに、三勢力による物騒極まりない『話し合い』が始まろうとしていた。