非正規英雄(アルバイトヒーロー)
第十六話 四大幹部 (どんべえは関西派)
「で、あんたはまだ駄目なの?」
「……あぁ、すまないな」
そう言って頭を下げる和宮
ここは鹿子の探偵所
和宮は帳簿にミスがないか確認しながら、暗い声でそう尋ねる。
あのティンダロス騒動を乗り越えてから、和宮はある程度復活していた。アインスウェラーを顕現し、能力を発動することはできるようにはなった。あの事件が何かしら彼にいい影響を及ぼしたらしい。だが、本調子からは程遠かった。
何か足りないのだ。それは、能力を発動した時の反応だったり、肉体強化だったり。あるいはただの勘違いなのかもしれない。
それが今、非常に重い問題として和宮の背中にのしかかってきていた。
あと少し
あと少し何かがあれば、元に戻れるような気がするのに。
「あと少し……か」
「ン、なんか言った?」
「いや、何でもない」
そう答えて、小さくため息を吐く。
もどかしい。
中途半端に希望が見える辺り、より一層。
そんな目に見えて落ち込んでいる彼に二人の声がかけられる。
「まー、まー、しょげナイしょげナイ」
「そうっすよ、間遠の旦那。俺たちもいるんだし、長めの休暇とでも思ったらいいじゃないですか」
「……すまないな、お前たち」
軽い口調で和宮を慰める二人、天音とキョータだ。
彼らはティンダロス騒動の後で、正式にデビルバスターズに入ることとなった。今はリザから戦い方の指南を受けたり、探偵の仕事の手伝いをしたりして、探偵事務所で泊まり込んでいる。ちょっとおちゃらけたところはあるものの、リザは二人のことを気に入っていた。
いつもなら、この時間は三人で組み手をやっているのだが、今日に限って違った。
なぜなら数十分前にリザが探偵所を飛び出して行ってしまったからだ。
理由はなぜか聞かなかった。聞く暇がなかったのだ。
また「ここで待っているように」と言われたので、少し悩んだのだが、結局言われた通りにすることにした。
暇を弄びつつ、ひたすら駄弁っている非正規英雄達。
彼らに激震が走るまでに、あまり時間はかからなかった。
ドゴンッ!! という轟音と地響き。そして川の水がはじけ飛ぶバシャンッという気持ちの良い音。それらが一斉にまじりあい、不気味な不協和音となって鹿子たち非正規英雄たちの耳へと襲い掛かる。
それに真っ先に反応したのは鹿子だった。
座っていた椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がると近くの窓に駆け寄る。
そして、そこから河川敷の方を見る。
すると水滴がびっしりとついたガラス越しに、悪魔の姿を確認することができた。あまり窓が大きくないことと、ほんの一瞬だけ、影が映った後、彼らはすぐに移動しまったせのではっきりと見えなかった。
だが、一つだけ分かったことある。
悪魔の数は一体だけではない。
「―――ッ!!! キョータ、天音!!!」
「ナニッ!!」
「鹿子先輩、何が?」
「悪魔!! 行くよ!!」
「ッ!? 分かった!!」
「いいですけど……間遠の旦那は?」
キョータのその言葉で、全員が一斉に和宮の方を見る。
その視線を一身に受けて、和宮は厳かに答えた。
「行く」
足手まといにしかならないとしても、それでも、自分は行かなければならない。
その答えに対して、誰も何も言うことなくそのまま固まって探偵所から飛び出していった。
相対する四体の悪魔
触手の邪蛸クトゥルフ
業火の悪鬼クトゥグア
黄衣の帝王ハスター
暗闇の怪奇ニャルラトホテプ
彼らは廃工場から離れた後、激しい戦闘を繰り返しながらここまで移動してきたのだ。ちなみに、激しいと言ってもそれは見た目の話であって、実際に受けた傷、ダメージといった点では逆にそこまでではなかった。
なぜなら、お互いに手加減をしているからである。
殺さないよう、死なないよう。最低限の力で最高の戦いを演じていたのだ。
だが、それも限界だった。
彼らは小休止として一旦降り立ったが、その心は激しく燃え上がっていた。
激しい戦いを望んでいる。
全力で殺したいのだ。
だが、下手にやりすぎてうっかり相手を殺してしまうと、バハムート(もしくはマーリン)の手によって殺されるし、自分もかなりの痛手を負うこととなる。それは、あまりにも割に合わない。
また民間人も殺すことはできない。それはカイザーの逆鱗に触れる可能性がある。
そのため、必死で抑えている。強敵と戦えるまたとない機会なのに
その分、ストレスがたまる。
いい加減吐き出したい。
彼ら全員がそう思っていた時だった。
「待て!!!」
鹿子の声が響く。
それを聞き、四人の悪魔たちは一斉に顔をそちらに向ける。
すると、河川敷に並び立つ四人の非正規英雄の姿
それを確認した直後、クトゥグアが口を開いた。
「ハスター様」
「……何かね、セバスチャン」
「ここはどうです。一時休戦としたしまして、彼女たちで鬱憤を晴らすというのは」
「ふむ、それもまた一興じゃな」
老人の声
それで応えつつ、コクリと頷くハスター。どうやら何も言いださない辺り、ニャルラトホテプとクトゥルフも、それに異論はないらしい。
クトゥグアは、全員の総意を受けて非正規英雄たちの方へと顔を向ける。
すると、すでに戦闘準備を整えた彼女たちの姿が目に飛び込んでくる。トール、コモン・アンコモン、ティップ・タップ、そして機能不全なアインスウェラー。それらを構えて並び立つ英雄達。
だが、それに一切臆することなく、クトゥグアはいつも通り話しかけた。
「初めまして、名も知れぬ非正規英雄の方々」
「…………どーも」
「差し出がましいようですが、一つよろしいでしょうか」
「何さ」
「ここは、四対四で戦うよりもばらけて一騎打ちとしゃれこみませんか」
「なんですって?」
思いもよらない提案に驚く。
それは和宮たちも同じだった。
「どうですか? お互い時間の節約にもなると思いますが」
「…………」
悩む鹿子
スタンドプレーを好む彼女からするとその提案はありがたいものだった。だがしかし、和宮を一人で戦わせるのはいささか心配であった。それを過敏に感じ取ったのか、後ろに立っていた和宮は小さな声で鹿子に話しかけた。
「鹿子、俺のことは気にするな」
「……ほんとにいいの?」
「あぁ、代わりと言っては何だが、なるべく早く戻ってきてくれ」
「…………ありがと」
彼の言葉を受け、鹿子は決断する。
「いいわよ。キョータと天音もいい?」
「任せテ!!」
「良いっすよ。俺も独りのほうが気楽でいいし」
その言葉を受けてクトゥグアも満足そうに頷いた。
そして、一言
「では、ばらけましょうか」
次の瞬間
悪魔と非正規英雄がそれぞれ地面を蹴って飛び出した。
ただし、和宮とクトゥルフだけはその場で固まったまま動こうとしなかった。河川敷、なめらかな石が敷き詰める中で二人は地に足をつけたまま睨みあう。いや、睨んでいるのは和宮だけかもしれない。
なぜなら、クトゥルフは突然明るい声を上げると陽気に話しかけてきたのだ。
「おじさん!!」
「なんだ」
「おじさんが私と遊んでくれるの!?」
「何?」
「じゃあ、私のお友達を見せてあげるね!!」
「うん?」
そこで和宮は気がついた。
足元が濡れている。
よく見てみると、粘度の薄いスライムのような液体に足先が浸っていることが分かった。どうやらクトゥルフの体液らしい。触手からそれを大量に吐き出して、周囲が不気味な緑色に染まっていく。
またそれは腐った魚のようなにおいを放っていた。
一瞬、溶解液か何かかと警戒するがそんなことはない。
革靴に異変は見られない。
ということは、これは何?
和宮は警戒することにすると、一切仕掛けることなくその場でとどまり続ける。
今の状態で積極的に攻撃を仕掛けても勝てるとは思えない。なら、能力を生かして逃げるしかない。とりあえずは様子見だった。
それが悪手だった。
突然、バチャンッという軽い音がすると、その粘液の中から巨大な蛸の足のようなものが生えてきたのだ。それも一本ではない、和宮を囲むように三本も現れたのだ。吸盤が醜くその穴一つ一つから粘液を垂れ流している。その大きさは約二m程度
「これが私のお友達!!」
そう言った次の瞬間
和宮の右側に生えた触手がその身をブルンッと振るうと、殴りかかってくる。
「――ッ!!! アンスウェラー!!」
能力を発動すると、体が勝手に動き、剣で触手を受け止めた。
ガキンッという鈍い音と衝撃が襲い掛かり、そのまま少しよろめいてしまう。だが、何とか倒れることなく受けきった。どうやらサイズと重量はあるが、それ以外に何か特別な能力があるわけではないようだった。
和宮はほっと一息つきながら度の感覚がなくなったか確かめる。
すると気がついた。あの酷い匂いが感じられない。
どうやら嗅覚を失ったらしい。
運がいい。これなら凌ぎ切れるかもしれない。
和宮がそう思った直後だった。
ズンッという衝撃と共に骨が砕け、強烈な痛みが襲い掛かってくる。
「え?」
直後、和宮は吹き飛ばされた。
「カハッ!!!」
地面に倒れ、痛みに悶える。
何が起きたか分からない。困惑が彼の頭を支配する。
一方でクトゥルフはピョンピョンと飛び跳ねながら、さも楽し気に叫んだ。
「やったーーー!! すごいよ!! 触手さん!!!」
和宮は
何とか顔を上げると触手が生えている辺りを確かめる。
どうやら左側に生えていた触手が和宮を弾き飛ばしたらしい。
それは分かったが、それでも分からない。それなら『完全自動攻防』で受ける、もしくは回避することができたはずだ。いくら不調とはいえ、能力がしっかりと機能することは確かめている。
ということはあの触手に何かある以外あり得ない。
そこで和宮は思いのほか早く答えに気づいた。
触手はそれぞれ自由に動いている。奥に立つクトゥルフはそれらに命令を飛ばしているようには見えない。
つまり、あの触手はそれぞれ生きているのだ。
別個の生き物ということだ。
これでは『完全自動攻防』をいくら使っても話にならない。
「――ッ!!」
戦慄する和宮
はっきりと分かった。
この悪魔は、自分の天敵だ。
怯える彼の姿を見てクトゥルフは、粘液の中からさらに何本も触手を生やしながらこう言った。
「あんまり早く壊れないでね!! それだとつまらないから!!!」
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勝てない。
全く同じ時に鹿子もそう思っていた。
目の前にいるのは不定形の怪物ニャルラトホテプ。川を挟んで対岸の川岸で、二人は戦っていた。否、鹿子が一方的に追い詰められていた。と言っても、攻撃を食らって死にかけているわけではない。逆に攻め立てているのは鹿子なのだ。
トールを振りかざし、充填していく。それを見てもニャルラトホテプはなにもしようとしない、ただクネクネと不気味にうごめいているだけ。
なめられている。
それが分かって苛立つ。
「死ねぇッ!!!」
いつも以上に語尾を荒げて叫ぶ。
そして十秒間充填したトールを振るうと、周囲の空間ごとニャルラトホテプを横殴りにする。この一撃、並の悪魔なら死にはしないものの、かなりの重傷を負わせることができる。少なくとも、その後の戦闘で自身が有利に立てるぐらいには。
ところが、今回はそういかなかった。
ベチャッという儚い音共にニャルラトホテプの体が吹き飛ぶ。墨汁のようにその体が周囲に飛び散ると、川岸をどす黒く染めていく。傍目に見る限り、それは血だまりのようにも見えるが違う。
血だまりであればどれほど楽か。
「やったか……?」
そんなわけないと知りつつも、希望を抱かずにはいられない。
そんな鹿子の見ている前で、地面にまき散らされたニャルラトホテプの体の破片が動き始める。ナメクジのようにべちゃべちゃと跳ねたり跳んだりして、さっきまでいた場所へと集まる。それは非常に不気味な光景だった。
結局
一分とかからずにニャルラトホテプは飛び散った体の欠片を全て集め、肉体の再生を終わらせた。
「クソォッ!!!」
悔し気にうなる鹿子
今まで不定形の悪魔には何度も遭遇してきた。それらは総じて、コアと呼ばれる部分があり、そこを潰せば簡単に死んだ。なのに、それなのに、目の前にいる悪魔は違う。コアが存在しないのだ。つまり不死身と言って過言ではない。
こんな敵の戦い方、鹿子は知らない。
絶望的な顔をする彼女の姿を見て、ニャルラトホテプはこう言った。
「攻撃は通用しない」
「ふざけるなよ!!」
「覚悟」
その言葉を最後に、ニャルラトホテプは本格的に戦闘態勢に入る。
両腕らしき部分を横に大きく広げると、自信の体からいくつもの黒い球体を浮かび上がらせていく。その不気味な姿に、鹿子は寒気を覚える。久しぶりの苦戦に死の予感のようなものが心の底から湧き上がっていく。
どうすればいいのか、彼女にはもう分からなかった。