Neetel Inside ニートノベル
表紙

非正規英雄(アルバイトヒーロー)
第十七話 瓜江の試練 (後藤健二)

見開き   最大化      



 ブロロロロ……。
 豪快なエンジン音と共に、マジックミラー号もといデビルバスター号が爆走する。
「ケルビム先輩! この車もっとスピード出ないんすか!?」
「アホか! 既に道路交通法違反しとる速度やぞ! 緊急時やから見逃してやっとるんやで!」
「つまんないなぁ、ヒーロー組織の車なんだし、ロケットブースターぐらい付けておいてくださいよ」
「ウリエル! 007のボンドカーとちゃうんやぞ! 無駄口叩いとらんと前見て走れや!」
 軽妙にケルビムと漫才している長身痩躯の王子的な雰囲気を持った青年は、元は力天使でありながら今は一般人となっている青年・瓜江累であった。
 天界での退屈な生活に嫌気がさして普通の人間となった瓜江だが、その居場所はずっと天界に察知されており、完全に自由という訳ではなかった。そのため、緊急時ということで元上司のケルビムに呼び出されてデビルバスター号の運転手となっていた。一応、瓜江は普通免許を持っている。しかも元天使らしくゴールド免許だ。もっとも彼は、道路交通法を犯していたとしても警察の記憶を消して見逃してもらうこと多数なので、ゴールド免許なのは当たり前のことだったが。
「ところでこの運転手のバイト、おちんぎんはいくらほど出るんでしょうか?」
「おちんちんやと!? 下品なやっちゃなー」
「お・賃・金!」
「わぁっとるがな! ちゃっかりしとんのー。時給千円でどや?」
「助かります。最近、週5で入っているスーパーの売上が悪いらしくて、シフトが週4に減らされちゃってて…」
「なんや、元力天使ともあろう者がせちがらいのぉ…」
 そんな無駄話をしているうちに、着いた。
 県境の河川敷近くの雑居ビル。
 敵の悪魔を討伐しようと勇んで駆けつけたはいいが、あっさりと返り討ちにあった無様な四人の非正規英雄たちの元に。





「ドアホが! 何ちゅう体たらくや!」
 雑居ビル四階にある探偵事務所に、ガラの悪い関西弁の怒号が響く。
「くっ……」
 四人の非正規英雄負け犬たち──和宮、鹿子、キョータ、天音──は、言い返すこともできずに押し黙る。
 悪魔側の四大幹部は強かった。果敢に挑んだものの四人は完膚なきまでに敗北し、もて遊ばれてさえいた。こちらは真剣に命のやり取りをしているつもりだったが、遊び半分にあしらわれた上にトドメを刺されることなく見逃されてしまった。屈辱である。四人はみな年若いものの、いずれもが何体もの悪魔を討伐してきた歴戦の強者だったというのに…。
 いったんアジトとしている事務所に戻った四人だが、そこに駆け付けたケルビムから罵声を浴びせかけられていた。体も傷つき心も打ちのめされていたところ、上司に労いの言葉をかけられるどころか詰められるなど、泣きっ面に蜂である。
 ケルビムの怒りは凄まじく、上位天使の常識外の力の片鱗を見せていた。その怒声によるものなのか、膨大な魔力によるものなのか、車内はまるで濃密な霧の中にいるような息苦しさだった。
「ガキどもが。ヒーローごっこでもしとるつもりか。お遊びでやっとんとちゃうで!」
「な、何よ。こっちはあんたたち天使の代わりに悪魔どもと戦ってやってるのよ。少しは心配してくれたって……」
 敵悪魔にやられた傷が痛むのをこらえつつ鹿子が抗議の声をあげるが、車輪に四つの人間の顔がついたケルビムの表情はいずれも怒り顔のままであった。天使だから当たり前だが人間味の欠片もない。
 鹿子は知らなかったが、そもそも上位天使であればあるほど人間性からは離れるものだった。天使社会のヒエラルキー最下位に位置する一般天使よりも更に下の非正規英雄バイトごときにかける情けなどあるはずがない。
「お前ら非正規英雄はこの人間界を守る正義の味方ちゃうんか? こんな無様に負けおってからに! 同胞が悪魔に殺されてもどうでもええっちゅうことか!? まっとうな人間とは思われへん神経しとるわ! 血も涙もないやっちゃのぉ!」
 天使に人の道を説かれるとは。 
 ケルビムが非正規英雄たちを睨みつける目には、人が家畜を見る時のような驕りがありありと見て取れていた。
「ええか? バイトとはいえ英雄やで。悪魔を倒されへん英雄なんて英雄ちゃう。ただの養分や!」
「よ、養分だぁ!?」
 余りの言い草に、キョータが額に青筋を立てる。血の気の多い若い彼は、少し前まで「上位天使様すっげー!」と言っていたことも忘れ、ケルビムを睨みつける。
「事実やで。悪魔どもは倒した英雄のエネルギーを吸って、より強力な地獄の大悪魔をこの世界に呼び出そうとしとるんや。お前らの敗北すなわち悪魔どもを図に乗らせることになるんや!」
 ケルビムが危惧するところは、四人の非正規英雄たちも頭では理解できていた。
 だが、このような言い方では反感しか覚えない。
「まぁまぁ、ケルビム先輩」
 空気を読んで宥めるのは瓜江であった。
「何者だ?」
 ケルビムが連れてきたのだから只者ではないのだろうが、見慣れない顔に和宮が怪訝そうな表情を見せる。
「初めまして、君たちが期待の非正規英雄たちだね。僕は瓜江累という。こう見えても…」
 と、瓜江は自身の正体を明かす。
 驚く四人に対し、瓜江は芝居がかったポーズで髪をかきあげ、爽やかにキラーンと歯を光らせた。王子というより古典的なアイドルのようである。
「ふっ…生憎サインならお断りだよ?」
「誰がいるか!」
「またまた~」
 おどけつつも、瓜江は四人についた傷を見て、即座に誰が相手か冷静に察していた。
(なるほど、ハスラー、ニャルラトホテプ、クトゥルフ、クトゥグアか……)
「ケルビム先輩。彼らが負けたのはしょうがないですよ。相手が悪かったようだ」
 瓜江がびしっと右手を高々と掲げると、キラキラと光の粒子が非正規英雄たちを包み込む。
 それだけで、四人の傷や疲労感までが完治していた。
「す、すごい…」
 天音が驚愕の声をあげた。彼女も『瞬間治癒』の能力を持つアーティファクト・ベレヌスを保有するが、治癒の能力を使った代償として、癒した傷の重さと同等の疲労感を支払わねばならない。一方、瓜江の治癒は何の代償も支払っていないのだ。
「敵は強い。君たちではまだまだ力不足だろう。だが…」
 だだだだ……と、瓜江はその場でマラソンをするかのように足踏みをする。そして、その場で大きく跳躍すると、くるっと一回転して宙返りを決めた。
「君たちに、新たな力を与えよう!」
 いちいち芝居がかったポーズやセリフをする瓜江に、四人は呆気にとられていた。
 何だこいつ、頭おかしいんじゃねぇかという思いもあったが、瓜江の言うことはもっともだった。確かに自分たちは力不足だ。あの強大な悪魔たちを倒すには、新しい力を得る必要がある。
「そう、修行の時間だよしょくん!」
 瓜江は懐から取り出した黒いサングラスを顔にかける。天使の魔法によるものなのか、いつの間にか瓜江の服装がジャージに変貌していた。竹刀まで持っている。完全にどこかの熱血スポ根アニメのコーチになりきっていた。
「ウリエル……お前、絶対楽しんどるやろ」
 ケルビムが呆れてツッコミを入れるが、もう瓜江の暴走は止まらないのであった。




 瓜江は四人それぞれに別々の課題を与えることにした。
 翌日、瓜江は和宮とキョータを伴い、新幹線に乗って新神戸駅を訪れていた。
 三人がてくてくと歩いて辿り着いたのは、東門街という神戸三宮の繁華街。
 ラーメン屋とたこ焼き屋に挟まれた小さな雑居ビルを前にして、和宮は人目もはばからず大きく抗議の声をあげる。
「……いくら何でもこれはないだろう!」
「それがいけないのだよ、和宮君!」
 瓜江に咎められるが、和宮は大きくため息をついて首を振った。
「じゃあ論理的に説明しろ。何で新しい力を得るのに、俺が……え、え、M性感の風俗店なんぞに行かなきゃならんのだ!」
「それは君の心理的外傷トラウマを解消するためだよ」
 瓜江の言うところによれば、今の和宮がろくにアーティファクトを使えていない原因、それはかつて堅悟と死闘を演じた時によるダメージがまだ残っているからという。瓜江は和宮の脳内から記憶を読み取ると、堅悟の人となりを知る。風俗狂いのダメ人間でありながら中々の強者のようだった。和宮は格下と侮っていた堅悟に手痛い反撃を受けていた。
「石動堅悟……彼ならば喜んでこんな試練に挑んだことだろうな」
「ぐっ……!」
「そして! クトゥルフにやられたんだよね? あの触手に、エロ漫画のように!」
「エロ漫画のようにではないが、アンスウェラーの完全自動攻防が機能しなかったのは確かだ…」
「君は多対一の戦いに対応できるようにならなければね。なので、君のトラウマを解消しつつ、その課題をこなすには、M性感のおねーさま2人がかりによる3P複数プレイでなすがままにされるがいいよ。心の壁を破り、君の体の可能性に気づいた時、君に新たな力が備わることだろう…!」
 もっともらしいことを言い、瓜江は和宮をそこに放置していった。
「いいんですかい? 和宮の旦那、すげー戸惑ってっていうか途方に暮れてましたけど…」
 キョータが心配そうに瓜江に尋ねるが、瓜江は含み笑いを漏らすだけだった。
「案外、ああいうタイプが風俗にはまるんだよなぁ」
「お、俺は高校生ですから風俗は無理ですからね?」
「安心したまえ。キョータ君には別の試練がある」
 そうして瓜江とキョータは東門街を下っていき、東急ハンズを右折して少し進むとドン・キホーテがあり、その向かい側にその店はあった。
「こ、ここは…?」
「おっさん達の聖地ともいわれる施設、不夜城・神戸サウナだよ」
「俺、サウナって苦手なんですけど…あんなに熱い中に無理して入って何が楽しいのか分かんねぇっす」
「そう、それだよ」
 瓜江は得意そうに語った。
「君が敗れた悪魔クトゥグアの炎にも打ち勝つ体力と精神力を養うのだ! この日本最高の暑さを誇る神戸サウナの灼熱のワンダーランドで三十分耐えてみせろ!」
「げ、げげーー!」
「サウナが熱いだって? クトゥグアの炎に焼かれることを思えば大したことないだろう?」
「そ、それはそうかもしれませんけど」
「サウナはいいぞ。体内の新陳代謝が活発化し、ほとばしる汗と共に、新たな境地に目覚めることうけあいだ。サウナで三十分耐えたら水風呂も忘れるなよ。滝に打たれるつもりで行ってこい!」
「ひ、ひえええ」
 斯くして、和宮とキョータの神戸での試練が始まったのである。


       

表紙
Tweet

Neetsha