Neetel Inside ニートノベル
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 鹿子と天音がキャンプを張っている埼玉の河川敷。正午を少し過ぎた頃、駐車スペースとなっている丘の下にある砂利場から独特のエンジン音が響く。

 テントの外に居た天音は木陰からデビルバスター号を見つけるとテントで眠る鹿子を揺り起こした。年頃の女子とは思えない弛みきった動きで背伸びをする鹿子に天音がやる気を出せとばかりに発破をかける。

「しっかりしてくださいよ!かのん先輩!この日の為に先輩の体力を温存しておいたんですからねっ!」

「大丈夫よー…どうせ瓜江に『5日間の試練によく打ち勝った!キミ達の修行の成果をみせてもらおう!』とか言われてあのふたりと組み手をやらされるんでしょ?」

 鹿子が乱れた髪を後ろで結っていると近くに砂利を踏みしめながら歩く複数の足音が近づいてきた。輪の中からキョータの大きな話し声が聞こえてくる。

「おー、女性陣はここでサバイバル生活送ってたのかー。てか英雄の基本能力あったら余裕じゃねー?それ」

「たく、あの馬鹿。何も知らない顔してエラソーに」キョータと付き合いの長い天音がテントのジッパーから顔を出してアッカンべーすると瓜江が足を揃えて立ち止まって辺りに向かい毅然とした声を張り上げた。

「突如舞い降りた悪魔四大幹部に成す術も無く敗れ去った負け犬英雄の諸君!僕はキミ達にそれぞれ課題を持ってもらい、特訓に取り組んでもらった!
…時に厳しく、苦しい試練もあっただろう。しかしキミ達があの敗北をバネにして更に強い戦士として立ち上がってくれたと僕は思っている。さあ今こそその力を発現すべく時!5日間の試練によく打ち勝った!キミ達の修行の成果をみせてもらおう!」

「ちょ、なげーよウリエル!」

「…フン。修行の成果、か…」

 言い切った瓜江の隣で短パン姿のキョータがサンダルで砂利を蹴り上げ、裾の長いシャツを着た和宮が苦々しく唇を噛んだ。「ね、言ったとおりでしょ?」テントの中からさっと鹿子が姿を現すと5日前に事務所で別れた4人が一同に顔を合わせた。

「チーム分けはもう済んでいる」瓜江がプラスティック板を持って4人の間に割って言った。「ここでコンビネーションの特訓をした鹿子さんと天音さんの女子ペア。そしてキョータ君と間遠君の男子ペアによる時間無制限の英雄達によるデスマッチの開幕さ。ただしどちらかのペアが負けを認めたり、ダメージを食らってふたりともフィニッシュされたらそっちのペアが負けとなる。シンプルな潰しあいさ」

「な、オイ!今女子チームがコンビネーションの特訓をした、つったか?個別に特訓した俺達が不利じゃねーか!」

「止せよ。今鐘」

 わめき出すキョータを和宮が仲裁した。「ここに来る際、車内でお前が言っていただろう。『闘いは常にフェアな状況で行われるとは限らない』。相手がどんな手を使ってきても関係ない。自分達の力で捻じ伏せるだけだ」

「…少し見ない間に達観したキャラになりましたね。間遠のダンナ」

「まぁな。それにフィニッシュまでのしぶとさには耐性が出来た」

 不思議がるキョータを横目に天音がふたりに向かって声を掛けた。

「ねー、男子チームはわざわざ神戸まで言ってどんな特訓をして来たのよー?」

 キョータが意地悪く笑い、和宮が静かに舌舐めずりをするとキョータが天音にしたり顔で言葉を返した。

「ま、ちょっと『おフロ』にな」

「なにそれー?あやしいー!どう思います?かのん先輩ー?」

 飛び上がって両腕を振る天音を見て鹿子はキャップを被りなおして「早く始めようよ」と気だるげな声を瓜江に挙げた。その声を聞いて瓜江は「おおっ」と大げさに仰け反って頬をほころばせた。

「よかろう!既にやる気ビンビンという訳だね!寝起きにも見えるその表情にもウチに秘めた闘志をメラメラと感じるよ…!それでは設営の準備を始めるよ!闘技者は河川敷でスタンバっていてくれたまえ!」

 4人にそう告げると瓜江の居た場所が勢い良く長方形に反り上がり、その上で瓜江が小声で呪文を唱えると、地上15メートル程の高さに即席の実況席が出来上がった。

「うわー、ウリエルの奴!スゲェ魔力持ってやがる!」

「相変わらず使い方を間違ってるけどねー。謎衣装への早着替えだの、ボケのエフェクトに使ったり…」

「俺は神戸で非常識とも取れる精神を根底から揺さぶられるような経験を積んできた。負けても恨むなよ鹿子」

「それ、こっちのセリフ。てかあんた達、石鹸臭い。ホントに向こうで修行してた?」

 4人がサッカーグラウンド程の広さの整備されていない河川敷に姿を現すと、それぞれのペアに分かれて瓜江の戦闘開始の合図を待った。キョータがじりじりと照らす太陽の下で額の汗を拭う。

「…悪魔に蒸し焼きにされるなんて、もうあんな惨めな思いはしたくねぇ…!俺が先陣を切る!ダンナは後方で隙が出来たら一気に勝負を決めちまってくれ!」

「いいだろう…俺も夜明けまで精を放ち疲れた。その方が俺の肉体的負担が少なくて済む」

「間遠のダンナ…ガキンチョの悪魔に負けたのが相当堪えたんだろうな。そこまで魔力のコントロールを…!詳細は聞いちゃいねーがよっぽど苦しい修行を耐え抜いたに違いねぇ…分かりやした!オイシイ所、持ってっちゃってください!」

「ちょっとー本番前に何コソコソしゃべくってんのよー」キョータに揺さぶりを掛ける天音の隣で鹿子は男子ペアを余裕を持った態度で観察する。すると金網の上に設置されたスピーカーから瓜江の声が乱れた周波数越しに響いた。

「…えー、テステス、マイクのチェック中……それでは長らくお待たせ致しました。『特訓の成果を見せてやれ!泣くな、キミこそ真の英雄デスマッチ!』、はじめぇぇ!!」

 誰も居ないはずの穏かな河川敷で4人の英雄がそれぞれの武器を構える。それぞれの敵を見据え、それぞれの思いを胸に、4人の挑戦者達は対面する相手に飛び掛っていった。




       

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