「独りってのは楽だよ。どこまでいっても自己負担、何があっても自業自得。楽だけど、でも高潔な道だ」

 薄ぼやけた意識の外から、忌々しくも敗北を喫した悪辣な英雄の声が聞こえる。
「なんとなくだけどわかる。お前は俺と違って本当に独りでいることを望める悪魔にんげんだ。俺みたいな、中途半端に逃げる為の道標として行き着いたヤツじゃない」
「…つまらない、世辞はいらない。殺すなら殺せばいいし、哀れみたいなら、どうぞ、お好きに」
 気を失ってからどれだけ経っているのか。仰向けで見上げる空は橙色の浸食が蝕み始めていた。
 朝と夜の狭間。どっちつかずの一刻。
「取引しようぜ」
「え…?」
 負けた自分へと降り掛かる、思いつく限りの同情と憐憫の言葉を脳内で羅列していた時、燐はまったく思いがけず投げ掛けられた言葉に間抜けな声を漏らした。
「お前の孤独を護る。お前が何より優先し大切にするただ独りを、誰にも踏み込ませない。絶対にえにしを繋がない、絆を想わない」
「……」
「此原燐っつったな。お前はどこまでも独りで生きて、そして独りで死んで行け。その尊厳を俺は命を賭して護ろう」
 共にまったく真逆に向かう、背中合わせの孤独同士。堅悟には決して到達できない絶対的な唯一無二ひとりぼっち
 元天使の手を取り、機関銃が如き怒濤の舌回りを披露する小娘に引き摺られ、それでも孤独を愛すと戯言を溢す不当と矛盾の化身。
 そんな男が永遠に相容れない少女の生き方を知り、認め、その上で手を差し出す。
 いつかの、夢と現の境を操る英雄との邂逅が脳裏を過ぎる。彼の言っていた言葉を思い出す。
「…あなたは、最悪の人間」
「それはもう聞いた」
「いつか殺さなくちゃならない人。手を下さずとも…いずれ、どうしようもない無残な死を、迎える」
「かもな」
 散々に言っても、堅悟は表情を笑みから崩さなかった。燃える悪魔に肉弾戦で挑んだせいで黒く焦げた腕が、差し出された格好のまま揺れる。
「だから取引だ。俺が無残に死ぬまで、あるいは見かねたお前が俺を殺すと決めるまで。それまで俺と共に孤独を生きろ。俺の矛盾と最悪を受け入れて、手を貸せ」
 言葉だけ額面通りに受け取るならば、なんたる一方的な物言い。不遜にもほどがある。
 だけど、まったく奇妙なことに。
 そんな言い分に、気持ちが悪いほどに清々しい心持ちで納得を示す自分がいることに、燐はどこまでも吐き気を覚えた。
 最悪に次ぐ最悪。果ての見えない災厄そのもの。
 いつ死んだって悲しみを覚えない。いつだって殺してやりたい。目を合わせるだけで憎悪が沸々と再燃する。
 理解しているから。この男の深層心理を苛立つほどによくわかるから。そしてきっと相手もそれが同じだから。
 絶対に相容れないからこそ、他の誰よりも相互理解が通る。通ってしまう。
「…本当に、嫌なやつ」
 心地良く滾る殺意を胸に、未だダメージの残る頭をゆるやかに振って、その手を掴み立ち上がる。
「いつだって、殺してあげるから。だからその時は、…遠慮なく挽肉になってね。堅悟」
「ああ。どうかお前も、最期まで誰とも寄り添わず死ねよ燐。お前にお似合いの末路まで、必ず俺が護ってやる」
 同盟締結の握手は、浮き出る血管と軋む筋肉の悲鳴で彩られていた。



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「はいおめでと~。これで晴れて僕らは一個の組織、団体、同盟。仲良くしようね石動先輩、燐ちゃん」
「テメエは早く死ねよ人殺し」
「相変わらず…虫唾が走る」
 協力関係の成立が成し遂げられたのを遠方から確認した四谷がにこにこ笑顔で二人のもとに現れ、堅悟と燐はそれを悪態でもって迎え入れる。
「えぇー酷いなぁ。これでも僕だって頑張った方なんですけどね。こんな広範囲で幻覚を覆うのは結構重労働だったんですよ。誰かさんが暴れ回るせいで燃える血液から選手とか観客を守ったりね」
 神聖武具たる巨大なシールドを片手にへらっと笑う四谷の姿はまたしても変わっていた。詰襟の学生服を纏う精悍な顔立ちの美青年。しかしそれも僅かな疲労によって小皺がよってしまっていた。
 一体全体本当に、どれがこの非正規英雄の本性なのやら。
「人殺しのテメエが人助けとはどういう了見だ」
「見殺しにしたら先輩また嫌な顔するでしょ?これから同盟仲間になるんですし、これくらいの恩は押し付けとかないと。それに僕は無意味な殺しはしない主義ですし。やるならこう、もっと希望と絶望をいい具合に幻の中で見せて遊んでから…ああいえごめんなさいもう黙るんで聖剣の切っ先をこっちに向けないで」
 舌打ちと共にエクスカリバーを解除、(これも四谷の仕業か)いつの間にか鎮火していた競輪場の惨憺たる有様を見て踵を返す。
「とりあえず離れるぞ。これじゃ悪魔と英雄をわざわざ招待してるようなもんだ」
「ですね」
「…ん」
 黒煙の上がる競輪場から、悠々と三人のはぐれ者の姿が消えて行く。



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「それで、ようやく少しは頭が柔らかくなった先輩を筆頭に立ち上がった最強ボッチ(真)と幻影イケメン(仮)で構成されたこの同盟ですが!」
「五体バラバラか内臓破裂か死に方選べクソ野郎」
「…圧死と焼死もあるから、四択で」
「なんか僕の扱い雑くない?」
 サイレンの鳴り響く夕暮れの道すがら、詰襟の青年と化した四谷が仕切った途端に露骨な憎悪に表情を曇らせた二名を苦笑いで受け流し、
「ともかく、同盟を締結した以上は名前が必要でしょう。というわけで石動先輩、いっちょ格好いいのを一つ」
「なんで俺なんだよ、言い出しっぺの法則っての知らねえのかお前」
「や、この同盟のリーダーなので。必然かなと」
 それこそいつの間に決定したことなのか。なんとなしに横に視線を振ってみても、既に燐の興味は手元のスマホに転じていた。大方アプリゲームでも起動しているのだろう。
「同盟の名前ねえ…」
 そもそもがそんなもの必要なのかどうかすら怪しい。が、四谷は名付け終わるまで解散を善しとしないようだ。面倒だがさくっと考える他ない。
 時刻は夕暮れを少し超え、藍色が空を統べる頃合い。逢魔が時。
 ふと、さっきの空を見ていて思ったことがある。まるで自分達のようだなと感じた、その空を。
「…昔々、獣と鳥は戦争をしていました」
 いきなり語り出されるお伽噺の冒頭のような切り出しに、燐と四谷が視線を向ける。
「獣が優勢になった時、それは言いました。『僕は全身に毛が生えている。だから獣の仲間なんだよ』と」
 それはずっと前に聞かされたお話の一つ。タイトルは思い出せない。
「今度は鳥が優勢になり、それは言います。『僕には羽が生えている。だから本当は鳥の仲間だったんだ』と」
 どちらの勢力にも良い顔をした結果。それは最終的に居場所を失くす。
「そうして戦争が終わり平和が訪れると、獣と鳥はそれの正体を知り、両方から仲間外れにされてしまいました、とさ」
 そう。
 それはどっちつかずの半端者。朝でなく夜でもない。この空によく似た存在。藍色の空を飛ぶ、獣にも鳥にも成り切れなかったもの。
 燐が答える。
「…コウモリ」
「イソップ寓話だね。僕も教訓がてら読まされたことがあるよ」
 何が可笑しいのか、四谷も微笑を湛えたまま意味深に堅悟をじっと見る。
「それで?そのお話によく似た境遇を抱える、悪魔にも英雄にも属さぬ我ら半端三人ぽっちの同盟に如何な名前を?」
「知るか。蝙蝠かバット、気に入らなけりゃ違うの考えろ」
 本当にどうでも良かった。ただ、ふと浮かんだ過去の記憶を口にしただけで。
 しかし、それを気に入ったのか四谷がうんうんと唸りながら、
「蝙蝠は少し陰気なイメージが強いかなー…でもバットじゃあんまりにも安直だし…」
(帰りてえ)
 夜と化していく街の中を、悩む詰襟の学生とスウェット姿の少女、そして無職の社会人が進んでいく。何処へいくとも当てもないまま。
 やがてようやく。
「よし。では同盟名『リリアック』ということで決定!はい拍手ー」
「おいコラ」
 気に入らないなら違うの考えろとは確かに言った。言ったがそれはいきなりなんだ。
 唐突過ぎる。
「え?石動先輩の案にちょっと小洒落た感を織り交ぜてみたいい名前だと思うんですが…?」
「蝙蝠の要素皆無じゃねえか」
 我ながら真っ当なツッコミを入れてしまったものだと思った堅悟だが、「嫌だなーもう石動先輩」とからかうような笑顔で片手を振る四谷が注釈を入れる。
「コウモリといえば何か、なんでしょうか先輩。そうドラキュラですね正解です」
 一言たりとも発していなかったのだが四谷には関係ないらしい。
「そしてドラキュラといえば、かの有名な串刺し公―――ヴラド三世が思い浮かぶかと思います」
 まったく知らない。燐が大欠伸をして目元を擦り始めた。
「ヴラド三世の生誕地でもあるドラキュラの国ルーマニア。ここの言語で蝙蝠のことはリリアックと言うのですよ。バットよりどことなくオサレ感ありません?」
「ああ…ああ。もうそれでいいや。んじゃ解散な」
 適当に相槌を打って、うつらうつらしていた燐の後頭部を引っぱたいて進んでいた道を外れる。
「味気ないなあ。それでは、また後日連絡を入れますね。良い夜を、先輩」
「おう。そこの馬鹿女も連れてけよ、このままじゃ路傍で寝落ちしかねん」
 かくして同盟は初日からぐだぐだとした解散模様を遂げて、三者はそれぞれ帰路につく。



 悪魔、装甲三柱を主軸とした連盟。『穏健派マーリン』・『過激派バハムート』・『単体勢力カ イ ザ ー』。
 互いの思惑が絡み合い複雑な関係を構築しつつあるこの連盟が、正常に一つの目的へ向かい機能していけるかどうかは不明の一言に尽きる。

 大英雄リザを長として着々と人材と戦力を高めつつある非正規英雄組織『デビルバスターズ』。瓜江の修行によりさらなる飛躍を果たした彼らの動向次第で事態は如何様にも変化を生み出すことになる。

 そのどちらの勢力にも身を置かない、羽と毛を持つ半端な『蝙蝠リリアック』の結成と始動。
 誰の目にも留まらなかったこの同盟の存在が、後に両勢力の衝突による大渦をすら呑みかねない荒波を生み出すことにはまだ、一人として気が付かない。