番外編 お嬢様とセバスチャン (どんべえは関西派)




 「お嬢様、本日の夕飯はこちらになります」
 「わーい!! ピザだ!! セバスチャンのピザ久しぶり!!」


 お嬢様は椅子に座ったまま両手を上げて万歳すると満面の笑顔で大喜びする。
 セバスチャンはそれを真顔で眺める。クトゥグアに変身している時とは違い、彼の体は黒い燕尾服に包まれて、その左目には片眼鏡がかけられている。はっきりとした年齢こそわからないが、そう若くはないだろうと思わせる皺がいくつか刻まれている。髪の毛は艶々とした黒色だが、目は美しい赤色をしていた。身長は非常に高く百九〇を軽くこえている。
 彼はピザカッターを手に取ると、皿を自分の元へ引き寄せてピザを八分割する。
 そしてそのうち一つをお嬢様の皿にそっと乗せた。


 「どうぞ」
 「ありがとー!! セバスチャン」
 「いえ」
 「いっただっきまーす!!」


 律儀に手を合わせてからピザをぱくつき始めるお嬢様。
 その様子を隣で立ちながら、温かい目で眺める。


 お嬢様のご飯を作るのもすっかり慣れた。
 彼女は意外と好き嫌いが多い。
 例えば海鮮類を使った料理はあまり好かない。特に蛸の料理を出すと「お友達だ」と言って弄び始め、決して食べようとしない。そのため、肉やパスタと言った料理が中心的となる。それでも決して食事が偏らないのはセバスチャンが有能だからだ。


 ここはある山奥にある古い洋館。
 地元でも誰も知らないようなそこで、お嬢様とセバスチャンの二人は過ごしていた。この五年から六年はずっとここに暮らしている。それはマーリンが日本に来た時期とぴったり一致している。この二人はずっとマーリンと行動を共にしているのだ。
 ちなみにここはマーリンが見つけてきた。
 多少交通の便は悪いが、一時間も歩けばすぐ商店街につくのでそこまで気にならない。
 神討大戦、それが始まるまでの間、ここが彼女たちの家となる予定だ。


 「セバスチャン」
 「なんですか?」
 「おいしい!!」


 口周りをトマトで汚しながら満面の笑みを見せるお嬢様。
 セバスチャンはほんの少しだけ眉を上げると、ほとんど表情を変えず「それはよかった」と呟いた。

 彼女と共に生きてきて、もう三十年以上の時が経とうとしている。
 それは長いようで短い時間だった。

 クトゥルフことお嬢様は他の普通の準悪魔とはまた違う生まれ方をした。
 彼女は生まれついての準悪魔なのだ。

 それはどういうことかというと、話をすると長くなる。
 お嬢様、彼女の両親もまた準悪魔だった。マーリン配下の高名かつ強力な準悪魔で、穏健派からの信頼も厚かった。ハスターも彼らの名前を知っている。過激で強く、容赦のない戦い方の受けが良かった。四大幹部には遠く及ばなかったものの、並の準悪魔とは一線を貸した物があった。
 そんな準悪魔の二人が産んだ子供、それがクトゥルフお嬢様だ。
 前述したとおり、彼女は生まれついての怪物だった。
 原理はよく分からない。
 なぜそうなったのか、いくら分析してもマーリンですら詳しくは分からなかった。
 でもお嬢様は正真正銘の準悪魔だった。


 初めは普通の胎児の姿で、しかし、二日目には既に邪悪武装を顕現し、悪鬼のごとき姿へと変貌を遂げていた。歩くより先に粘液を操れるようになり、喋るより早く「お友達」を呼び出すことに成功していた。
 両親は彼女を育てるのに非常に苦労した。
 物心つく年齢まで、彼女は自身の邪悪武装を制御できずにいたのだ。
 普通の子供はお漏らしをして気持ちが悪くなると激しく泣きじゃくるだろう。ところが彼女は泣き叫ぶだけでなく、粘液をまき散らして周囲の物を破壊するのだ。それは非常に面倒なことだった。
 それでも彼女の両親は深い愛情を注ぎながら育てていった。


 それはなぜか、理由は単純で両親は結婚こそしたものの、普通の生活を諦めていた両親にとって、神が(いや、邪神というべきか)が与えてくれた奇跡だったからだ。
 それが功をなしたのか、五歳を過ぎたあたりからお嬢様は自身の力を制御できるようになっていった。
 正確に言うと、今までの生活から力の使い方を学んで行ったのだ。

 それとほぼ同じ時期にセバスチャンはお嬢様の遊び相手として連れられてきた。
 当時、セバスチャンはお嬢様と同じく五歳の子供だった。両親を紛争でなくし、身寄りのないところを他の準悪魔が保護したのだが、その準悪魔が行方不明となってしまったのでそれをさらに引き取ったのだ。
 準悪魔となる素質があるということだがいかんせん若すぎた。
 いずれ準悪魔となるになるという契約の元、彼は住む場所と食事、そして仕事を手に入れた。
 お嬢様は学校には通わなかった。それはもちろん近くに良い学校がなかったということもあるし、もし学校で邪悪武装が暴走してしまったら目も当てられないことになるからだ。それに、両親もずっとお屋敷で引きこもっているわけにはいかない。お嬢様が暇な昼間の時間、常に一緒にいれる相手が必要だったのだ。
 セバスチャンはあまり良い境遇の元で育ったわけではないので、あまり愛想よくしていたわけではないが、無駄に明るく活発なお嬢様と接していくうちに、年々態度は軟化していった。二人が十歳になる頃にはすっかり柔らかくなり、普通に笑顔を見せるようになった。
 セバスチャンがすっかり家族の一員になった頃、お嬢様に更なる異変が訪れることとなった。


 十五歳を過ぎた頃、お嬢様の記憶が全て失われたのだ。
 自分の名前、両親の名前、セバスチャンの事、何もかもが消えてなくなった。
 それだけならよかったのだが、セバスチャンがまた他のことにも気が付いてしまった。
 お嬢様の肉体の成長が止まっていたのだ。
 少なくとも十五歳の、一般的に言えばもうすぐ中学を卒業するであろう少女の肉体にしてはあまりにも幼すぎた。


 その理由をマーリンはこう推測した。
 普通の人間としてではなく、準悪魔として生まれてきた彼女には生まれながらにして脳に何らかの障害があるらしく、一定期間――正確に言うと一年から二年の間――に記憶が完全にリセットされてしまい、その上、肉体の成長が止まっているらしかった。
 セバスチャンや彼女の両親はそれを知り、非常に悲しんだ。
 それでもしょうがない。
 悲しい運命を背負った彼女だが、それでもいつも笑顔でニコニコと毎日を過ごしていた。
 セバスチャン達もそれを見て、より一層彼女を支えていった。


 すっかりお嬢様に情が移っていたセバスチャンは、契約だからではなく、彼女を守る力を得るために準悪魔となった。と言ってもまだ当時はお嬢様の両親に引っ付くだけのヒヨッコだった。
 それでも、めきめきと力をつけ、強力な準悪魔へと成長していった。
 基本的には屋敷でお嬢様の相手をして、ご飯を作ったり掃除をしたり。一緒に勉強をしたり、セバスチャンは非常に頭がよく、何でもかんでもすぐに覚えたが、お嬢様はあまり勉強が得意ではなかった、
 そして、たまに両親について行って非正規英雄を狩ったりした。


 そんな比較的平和な生活がいつまでも続くと思っていた。
 しかし、セバスチャンが十八歳になった年に新たな悲劇が舞い降りることとなる。
 お嬢様の両親が非正規英雄に狩られたのだ。

 ある日の夜の事、非正規英雄が屋敷に現れた。
 どのルートからかは分からないが、屋敷の位置が非正規英雄側に漏れていたのだ。一人や二人ではなく、七から八人もが大挙して押し寄せて屋敷に火を放った。幸いにも――いや不幸にもかもしれないが――お嬢様とセバスチャンは少し足を伸ばして商店街にまで遊びに行っていた。
 異変に気が付き、急いで二人が帰って来たその時にはもう手遅れだった。
 屋敷は半壊し、残った部分も景気よく燃えていた。

 そして、残った屋敷の正門前にずたずたに引き裂かれた両親の死体と、勝ち誇る非正規英雄たちの姿があった。


 途中で屋敷が燃えていることに気が付いたセバスチャンとお嬢様は車を捨てて走って向かっていた。そのせいで、お嬢様はその最悪の光景を目の当たりにすることとなった。地獄のごときその光景。それが網膜に刻まれた瞬間。
 壊れた。

 何かが、吹っ切れた。

 セバスチャンはその後のことをしっかりと覚えている。
 覚えているからこそ、忘れたい。

 お嬢様の邪悪武装が暴走したのだ。
 それは凄まじい光景だった。
 血で血を洗う、なんて生易しい物ではない。
 全てが叩き潰されたと表現するのが正しいだろう。


 触手がうごめき、粘液がふりまかれる。赤く爛々と光る眼が、青い血の涙を流し、それとは対照的に赤い血で地面を染めていく。その背後ではゆっくりと慣れ親しんだ屋敷が崩れ落ちていく。死体が次々と増えていく。だがそれは四肢が無かったり頭が無かったり、そもそも人体なのかすら怪しかった。
 セバスチャンはその惨劇を近くで見ていることしかできなかった。
 何をすればいいのか分からなったし、何が起きているのかもわからなかった。

 朝日が昇る頃、全ては終わった。
 まだ炎の残る瓦礫の山を背後に、人間の姿に戻ったお嬢様は死体で汚れた地面にへたり込んだまま、ゆっくりとセバスチャンの方を向くといつも通りの元気な声でセバスチャンに向けてこう話しかけた。



 「あなたは、誰?」



 次の日、セバスチャンとお嬢様はマーリンに保護された。
 両親がマーリンから離れて行動していたということもあって、一応穏健派に籍を置いている彼らだが、実際に彼と会うのは初めての事だった。彼は二人の力を求め、セバスチャン達は居場所を求めていた。
 それからお嬢さまとクトゥグアは基本的にマーリンと行動を共にしている。