「クトゥルフ、クトゥグアだけじゃない。天使たちの調査したところによれば、意外な人物もリリアックとやらに加わっていることが明らかになった」
 マジックミラー号もといデビルバスター号に集結した非正規英雄たちを前に、元力天使の瓜江が解説していた。
 非正規英雄たちを担当しているアルムやホリーといった天使たちは姿を不可視にさせる魔法を使えるので、こうした偵察活動には適任なのだ。
「ぼくは面識は無いがケルビム様へのレポートで話は聞いている。ティンダロス事件で関わっていた菱村真一という少年を覚えているか? 彼までがリリアックに合流していることが確認された。彼は資産家の息子ではあるが単なる一般人のはずだし、どこかの天使が担当についたという話も聞いてはいない。リリアックのスポンサーにでもなったか、もしくは……」
 瓜江は首を振る。
「準悪魔になっている可能性もあるな」
「馬鹿な、菱村が…!?」
「童貞臭いってだけで、そんなに悪いやつには見えなかったんだけどな」
 寄生虫のように人に取り付き人を食う悪魔ティンダロス。シオンという少女に取り付いていたその悪魔にまつわる悲しい事件で、和宮や鹿子は菱村とも知り合っていた。特にあれから親しくしていた訳でもないが、顔見知りなだけにショックも大きい。
 カイザーの配慮によってなされた隠ぺい工作……「石動堅悟はカイザーによって殺害された」というデマは、今や公然と暴露されていた。リリアックが立ち上げられたことはオカルト雑誌・アトランティスにも載っていることなのだ。一般人が読めば何のことだかサッパリの内容だが、非正規英雄や準悪魔が読めばそのことは明らかであった。怪奇事件として報じられている紙面の中には、さいたま市某所で反逆軍残党の準悪魔が屠られている写真もあり、石動堅悟・四谷真琴・此原燐という三名が不鮮明ながら映っているのだった。
 その後、各勢力は独自にリリアックについて調査したところ、続々とどこの勢力に与することもよしとしていなかった非正規英雄や準悪魔が合流しているということが明らかとなる。クトゥルフ、クトゥグア、菱村真一らも加わったリリアックは今や第三勢力として侮れない戦力を有するまでになっている。
「石動の狙いは何だ? それに非正規英雄と準悪魔は決して相いれない。なぜやつらが共にいられるというのだ」
「狙いまでは分からない。だが準悪魔と非正規英雄が決して相いれないというのは思い込みだ。反逆軍にだって非正規英雄の裏切者が合流していた。敵の敵は味方という言葉もある。共闘ができないという訳じゃないんだ。だって元は同じ人間なんだから」
「それにしたって……」
「何を戸惑うことがある」
 動揺する若い非正規英雄たちを前に、断ずるのはリザだった。
「リザ……」
 瓜江が話していた時よりも、リザが口を開いた時の方が若い非正規英雄たちに緊張が走っていた。非正規英雄の同僚とはいえ、明らかに格が違う。非正規英雄最大戦力であるこの女は、王者の風格さえ漂わせ、その言葉は並みいる強者たちに言うことを聞かせる力がある。そして彼女は、誰が敵になろうが揺らぐことはない。
「準悪魔はすべて敵だ。それと行動を共にしている非正規英雄も例外ではなく、石動は裏切者であり、話し合いの余地も、弁明の余地もない明白な敵だ。敵は滅ぼさねばならない」
「ああ。リザの言う通りだ」
 瓜江も頷く。飄々として掴みどころがなく余りやる気の感じられない元力天使でも、天使や非正規英雄側の立場となって準悪魔を倒そうとしていることに変わりはない。そんな瓜江以上に、天使側の立場や考えに最も熱心に寄り添っているのもまたリザであるのだ。
「我々の最大の敵はカイザーやバハムート、マーリンといった準悪魔の大物たちだ。だが石動やリリアックに対しても監視の目は怠ってはならない……」
「次会ったら今度こそぶっ潰してやるサ」と、鹿子。
「俺は会ったことないからピンとこねぇけど、石動堅悟か…。非正規英雄にせっかくなったのに準悪魔ともつるむようになるなんて、ふてぇ野郎だぜ」と、キョータ。
「ま、どんな敵だろうがアタシに任せておいてよ」と、天音。
「……うむ」と、和宮。 
 殺すってことか、あの石動を……。
 一方、間遠和宮だけは微かな違和感を覚えていた。
 確かに一度は自分も裏切者と考えて石動を殺すつもりで剣と拳を交わした。しかしそこに何ら躊躇いがなかったわけではない。やむを得ず戦ったが殺さずに無力化できれば再度説得を試みようとも思っていた。
 だがリザは違う。
 自身の信じる非正規英雄の正義のため、例え泣いて許しを乞うたところで躊躇いなく石動を殺すであろう。
(それにしても……)
 和宮は手を顎にやり、一人物思いに沈む。
(我々と袂を分かった時もお前の考えは分からなかった。今はもっと分からない。石動、お前は何をやろうというんだ───)




「───ふふふ。上手くやるんだよ、クトゥルフ。クトゥグア」
「───はーい! はーい! 何のことだか分からないけど!」
「───お嬢様。それは先程ご説明しましたように」
 直接会うのはもちろんのこと、携帯電話で連絡を取り合うのも天使の前でははばかられる。
 マーリンは念話によってクトゥルフとクトゥグアに連絡を取っていた。
 準悪魔・穏健派を率いる装甲魔鬼マーリン。
 その穏健派からクトゥルフとクトゥグアが離脱し、リリアックに合流したというのはマーリンが仕掛けた見せかけだけのことであった。裏ではやはりマーリンが変わらずクトゥルフたちを操っている。
「話は終わったのか?」
 クトゥルフたちに尋ねるのは石動堅悟。リリアックのリーダーである。
 表情は険しい。
「じゃあ行くぞ」
「はーい! たっくさん玩具があるといいなー」
「そう容易い相手ではありませんよ。油断なさいますな」
 石動の後を追って、クトゥルフやクトゥグア、そして四谷や此原、菱村らもついていく。
「これで本当に良かったの? 石動先輩」と、四谷が尋ねる。
「何がだよ」
 ぶっきらぼうに答える堅悟だが、その表情はどこか吹っ切れたものがあった。
「俺はもう、こそこそと逃げ回るのはやめたんだ」
 このままの逃亡生活では先が無い。
 どこまで逃げても非正規英雄や準悪魔の因果からは逃れられない。
 ならば、そんなくそったれた因果は俺がこの聖剣で断ち切ってやる。
 堅悟は頭上を仰ぎ見た。
 準悪魔の牙城、デビルタワーが雄大にそびえたっている。
「カチコミだ! みんな、俺についてこい!」
 蝙蝠が竜を喰らうか。
 それも面白いかもしれん。
 堅悟は凄惨に笑うのだった。