第二十二話 DとE (混じるバジル)

――石動堅悟がリーダーを務める英雄と悪魔の混合軍、リリアックがデビルタワーに潜入する数時間前、敷地内の駐車場に停められた某テレビ局の中継車ではこの計画に参加する能力者達による綿密な打ち合わせが行われていた。首謀者である堅悟が席に座る面々を見渡して彼らに声を掛ける。

「全員、タワーの見取り図は渡したよな?潜入口と逃走通路を頭に入れておいてくれ」

「人数分のカードキーも用意してあるよ」

 席を立った四谷が手に取った入館用のカードキーをそれぞれに手渡して周る。事前に催眠効力を持つ『ヒュプノス』の能力で馬場コーポレーション社員から巻き集めたものだ。

「…とんでもない能力だな」

 受け取ったカードキーを握り締めて菱村が通り過ぎる四谷の背中を眺めた。けして広いとはいえない車内の片側に設置された複数のモニターを眺めていた此原燐を動物の耳がついたフードを被った少女がエンターキーを強く弾いて振り返った。

「社内の監視カメラの映像、ハックできたよ!」

「でかした!」

 燐を押しのけて堅悟が映像を伝受した一面のモニターを見つめる。「ひっ」気の弱い態度で今までキーボードを叩いていた少女が飛びのく。

 彼女は燐のコミュニティに所属する知り合いの準悪魔である。名前を海老名麗美耶えびなれびあと名乗り、電磁波を取得する体質を持ち、機械に詳しい。

 燐のような強大な戦闘力を所持していないため、一度は堅悟が参加を退けたが四谷が「テロリスト集団には参謀が必要」という助言を受けて最終的にメンバーに捻じ込んだ。

 その結果、彼女が受信した映像から見取り図以上の詳細な社内情報を取得する事が可能になった。中央のモニターでは会議室の映像が映っており、その長い机の奥には馬場夢人社長をはじめとして、蓮田専務などの重役たちが部下達の報告を受けて話し合いを進めていた。

「音声は拾えないのか?」

「そ、そこまではちょっと…」

「わー、見てみてセバスチャン!ハスターが映ってる!」

 後ろの席ではしゃぎ出したクトゥルフの声によって海老名の声がかき消されて堅悟がうっとおしそうに保護者代わりであるクトゥグアを振り返る。再び海老名に向き直って堅悟が彼女に問い質した。

「声が小さくて聞こえねぇよ。はっきり話せよ」

 殴り込みをかける直前の緊張感で血走った目を向けられた海老名がその場で固まって俯いてしまう。「こーら、ダメでしょリーダー。れびあたんを怖がらせちゃ」

 後ろから海老名を抱きかかえた真っ赤な洋服を着た大学生風の女性がなだめるような声を出すと堅悟は山辺莉愛と名乗るその女性と海老名に手を翳して謝った。

「よし、ここでもう一度今回の作戦を確認しよう」

 パーカーのフードを脱いだ四谷が参加者を見渡した後、堅悟の言葉を待った。ひとつ咳払いをして賢悟がその場を立ち上がる。何かのリーダーなど、この人生で一度も任された事は無い。

 その身に集められた数々の視線をまとって堅悟は声をあげた。この戦いは彼にとって自らの因果を断ち切る為の闘い。もう誰が悪魔でも天使でも英雄だろうが関係ない。ひとりひとりが首謀者である堅悟の言葉に自らの境遇を重ねて作戦の成功を胸の内で誓った。

 これは逃亡生活を続ける堅悟同様に世間から好奇の目を向けられ、他の能力者に虐げられ生きてきた彼らにとっての聖戦でもあった。堅悟の想いのこもった“演説”を聞き終わるとサブリーダー的立場である四谷が手の平をぱん、ぱんと二回叩いて彼らに向かって声を張った。

「主題に戻ろう。今回の目的は馬場コーポレーション社長である馬場夢人の暗殺。装甲三柱であるバハムートを路傍の石である我々リリアックが撃破したとなれば天界もとい悪魔界も無視はできない。
それどころか現世にも大きなどよめきが起こるだろう。馬場コーポレーション二代目社長の凄惨たる死は政治経済に大きなダメージを与えるはずだ」

「…どうやら本気で馬場社長、いやバハムートを殺るつもりでいるようだ」

 席に深く腰掛けていたクトゥグアが少し目を見開いて足を組み替えた。「何か?」四谷に問われてクトゥグアは静かに目を瞑る。今更止めるつもりはない。四谷が話を続ける。

「見取り図とカメラの映像を基に二手に分かれて最上階の社長室を目指す。囮となる軍は正面口から、僕と堅悟先輩は裏口から潜入する。決行は本日20:00丁度。全てが終わった後に犯行声明をこの中継車から配信する」

「ちょっと待った」

 四谷の声を遮るように菱村がその輪の中で立ち上がった。「あまりにも与えられた指示が少なすぎる。それに一緒に行動する関係だ。お前たち全員の能力を知っておきたい」

「その必要はないんじゃない?」

 学生服を着た菱村に顔を向けずに新しいロリポップに口をつけた燐が感情の無い声を漏らした。「私達は警備の目を集めるために暴れる囮要員。後ろのふたりが大将討ち取るまで時間稼げばそれでオッケーでしょ」

「し、しかし」

「どうしたびびってんのか?今更後戻りは出来ねぇぞ」

「…お前らの馬鹿さ加減に呆れていただけだ。国家予算レベルの金を日に動かす大企業の社長暗殺か。面白い。やってやる」堅悟に焚きつけられ菱村はその奇妙に変形した右手を握る。

「キミからシオンちゃんの妖気を感じたときはびっくりしたよー」ティンダロスの生体を体内に取り込んで準悪魔に成ったのちに狩りに来た英雄に襲われ死に体であった菱村を安全な所に運び出し“修復”を依頼したのはシオンが生前に面識を持った山辺莉愛だった。「その節は世話になった。礼を言おう」菱村は席に座り込んで車の一番奥に座る目深にフードを被った人物を振り返った。

「今回の作戦のキモはあんたにかかってる。期待してるぜ」

 堅悟が声を張り上げるとその男はフードの奥で表情を歪めてニィと笑った。「時間だ。始めよう」来るべき時が来て四谷がメンバーを集めると堅悟が車のドアに手を掛けた。

「戦おう!天使や悪魔だのくだらねぇ区別はもう必要ない。人として生きるそれぞれの未来の為に!」

 堅悟の合図によって勢い良く中継車の左スライドドアが開く。宵闇の空を切り裂いてそびえたその塔の下に九頭の蝙蝠が羽ばたいた。