Neetel Inside ニートノベル
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――作戦決行日のPM20:02。長引いた本日最後の会議を終えると馬場コーポレーション馬場夢人は首元のネクタイを緩めた。終始まとまりを欠く議題が続き、準悪魔の身とはいえ疲労が溜まっていた。

 質素な造りの椅子を立ち上がると馬場社長は窓際に立つ側近の日部ひゅうべ課長に声を掛けた。「本日はこれにて失礼する」社長室兼自室である十五階にある部屋に向かって歩き出そうとすると何やら下階の入り口の方で声が聞こえる。

 ふと立ち止まって耳を澄ますと日部課長が馬場社長を振り返って溜息をついた。

「馬場コーポレーションは村ブルのSレア排出率を上げろー!」

「これ以上違法なやり方で青少年からお金を毟り取るのはやめろー!」

「…デモ隊か?どうやら若い娘のようだが。アポイントは取ってあるのか?」

 馬場社長が日部課長に尋ねると彼は後ろに流した髪をかき上げて呆れたような顔で返答した。

「どうやら学生のようですね。当然、抗議デモのアポは取ってありません。黙らせましょうか?」

 会議室でふたりが話している間も地上からは「馬場コーポレーションは悪徳企業ー!」と抗議の声が夜の空に響いてくる。窓越しに馬場社長は声を張り上げる2人組の少女を汚物を見下すように眺めた後、踵を返した。

「まったく気苦労が多くて困る。速やかに対応しておけ」

「仰せのままに」

 入り口の前で立ち止まると馬場社長はドアを見つめながら日部課長に声を発した。

「一応用心しておこう。他の守護隊ガードナーを呼び寄せておけ」

「な、あのような小娘二人に守護隊を?…かしこまりました」

 社長がドアを開けると課長は深く息を吐き出して内線の子機を手に取った。


 PM20:06。地下一階の警備室には入社3ヶ月目の田中歴夫たなかれきお(23)が退屈そうに進まない時計の針を頬杖付いて眺めていた。非正規雇用とはいえ大企業での勤務に入社当時は心躍っていたが繰る日も関係者対応ばかりとなれば次第に仕事にも飽きが生まれてくる。

 彼が蒸れた警帽を被りなおすと机の上に置かれた受話器が鳴った。電話口の相手は低い声で新人の田中にこう告げた。

「正面玄関で学生二人がデモを起こしている。俺と風樹が黙らせてくるからお前は金田のジイサンと俺たちの代わりに正面口に立っておけ」

 ぶちり、と強い力で電話が切られると給湯室でコーヒーを煎れてきた壮年の警備員が田中に向かって話しかけた。

「おや、もうこの時間はお客さんこないはずだけど?」

「アポなしのデモが開かれたみたいです」田中が立ち上がって金田さんに事情を告げた。このような事件は最近立て続けに起こっており、さっきの様に水城さんから警備を代わってくれという依頼はこれまで何度かあった。

「なんだか嬉しそうじゃないか」

「いえ別に」

 衣文掛けから上着を取った金田さんに田中は意識的に強張った声を出す。一日中、地下で関係者対応を行っている田中にとってたまに任される正面警備はこの会社を自分が護っているという充実したやりがいがあった。

「ま、あの『悪魔組』の水城さんと風樹さんだ。すぐに帰ってくるだろう」

 正面口で隣に並んだ金田さんが新入りの田中に笑みを浮かべていった。ベテランの水城さんと風樹さんは腕っぷしが強く、社内では悪魔なんて呼ばれている。歓迎会で尋ねたところ「俺達は悪魔じゃねぇよ。その上の準悪魔だ」と冗談を言われ返答に窮してしまった事を田中は思い出した。

「しかし、遅いですね」

 田中がデジタル式の腕時計に目を落とす。PM20:31。二人がすぐ近くのデモ隊の方へ向かって二十分以上経っている。すると目の前に足取りが不安定なフードを被った不審者が会社の入り口を超えようと歩いてくる。

「恐れ入ります。入館証の提示を…」

 田中の声を無視して不審者が二人の間を割るようにしてその奥の自動ドアに向かって歩いて行く。すれ違い様にただならぬ悪臭を嗅いで「世を疎んだ浮浪者だろうか」と田中は相手の素性の予測を立ててみる。

「困りますよ!止まって!」警備員の使命感から田中はその男を後ろから羽交い絞めにするが尋常とは思えない力で振りほどかれ、その場で尻餅を付く。「こうなったら実力行使。コレ、一度使ってみたかったのよ!」

 金田さんが嬉々として腰から警棒を取り出すとそれを思いっきり不審者の頭に振り上げた。すると衝撃と共にごろん、と音を立てて不審者の頭が体から転げ落ちた。

「ひ、ひゃぁー!人を、俺は人を殺しちまったー!」

 並ぶようにして尻餅をついた金田さんと入れ違いで田中はその場を立ち上がった。頭を失ってなお、不審者はドアを開けて社内の奥に進んでいく。間違いない。アレは、人間じゃない!田中は震える手で胸ポケットのレシーバーを手に取った。


「こちら正面入り口、社内にゾンビが侵入!直ちに対応願います!」

「何言ってんだ?ゾンビ?ふざけてんのか?」

「こちら正面入り口!ぞ、ゾンビの大群が!タワーを囲んでいます…ぎ、ぎゃぁーー!!」


「何の騒ぎだ?」

 レシーバーの音声を聴いていた日部課長が窓の外を眺めると正面玄関を中心に異形の来客がタワーを取り囲んでいる。「これは一体、どういう事だ」一階の警備員が入り口に大挙したゾンビの塊がなだれ込むようにして上の階に向かおうとしている惨状を告げている。

「監視カメラの映像はどうなってる?」

「ダメです!何者かによって妨害されていて受信できません!」

「クソッ!セキュリティシステムの電源も切られている!」

「一体誰がこんな事を…!」

 口々にレシーバーから伝わる情報を受けて日部課長が目頭を押さえた。なるほど、デモ隊はあくまでも囮。本丸は最上階にある馬場夢人の首。日部課長は独自に持ったシステムで社内電源を復旧させると十五階に繋がるエレベータに乗り込んだ。


「ぬはははは!やった!やってやったぞ!ワシの可愛いゾンビちゃんたち!!」

 PM20:35。裏口から侵入し、非常階段を駆け上がる堅悟と四谷の後ろで久慈友和が焦点の合わない視線で大笑いを吹き上げた。「どうやら向こうは上手くいったみたいだ」堅悟と並ぶようにして四谷がしたたかに微笑んだ。

――数週間前、『英雄狩り』に興じていた四谷の元に猫と同じくらいの大きさの肉塊が転がってきた。つま先で蹴り上げてみるとそれはどうやら生きた人間のようだった。何者かによって強い幻術をかけられていたその人物は四谷に見苦しく命乞いをした。

 四谷は耳を貸さずにその幻術を解くべく魔力を放った。最初はただの興味本位だった。しかし分析すると永久に死ぬ程の痛みを受け続ける呪いとも取れる強力な魔法が罹っていた。自分以外にもこれだけの幻術を扱える人物がいるなんて!その時冷え切った心が確かに昂ったのを覚えている。

「結局、カードキーは必要なかったな」

 階段の踊り場で後ろを振り返って堅悟が軽口を叩くと一番後ろを走っていた菱村が緩んだ空気を窘めるように発言した。

「まだ何も無い遂げていないだろう。正面口の混乱に乗じてすんなりと裏口から侵入出来たが、そうでなければ変装してカードキーを使う場面もあったはずだ。気を引き締めろ」

「面倒臭い人だな」

 菱村より年下の四谷がちらりと後ろを振り返った後、堅悟に訊ねた。

「何であのふたり、こっち連れてきたの?海老名ちゃんと一緒に車内待機でも良かったんじゃない?」

「経験の浅い連中の面倒みんのもリーダーの仕事だろ。菱村!遅れてるぞ!悪魔見習いのお前に何が出来るか俺たちに見せてみろ!」

 一番乗りした堅悟が非常階段の終点である最上階のドアを開ける。「ボス前までエンカウントなしか。優秀、優秀」四谷が続いて閉まりかけたドアに手を掛ける。

「今の自分に何が出来るか、か」

 階段を登り終えて菱村は堅悟から送られた言葉を静かに噛み砕いていた。

       

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