Neetel Inside ニートノベル
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「どうしたんだい?さぁほらハグだよ!」
「い、いや…それはいい」

奴との初対面時、『反逆軍』の面子を一掃して見せたその実力の高さから只者ではないと踏んでいた。事実、奴はカイザーと同じく装甲三柱の一角であったのだからその強さも頷けるものではあった。
「君が石動くんだね、話はカイザーから聞き及んでいるとも。だが残念、今カイザーは多忙でね!代理として僕が助けに来たのさぁ」
「助けにって…なんでアンタが」
「うん?カイザー言ってなかった?僕ことマーリン率いる『穏健派』はカイザーと手を組んだって話」
そう言われて、彼との酒の席でそんな話を聞いていたことを思い出した。だが、
「俺はまだ答えを返していない。アンタらの目的に同意も協力も示しちゃいない。助けられる謂れはねぇぞ」
カイザーの掲げる『天使悪魔間で起こる戦争の終結』という大目的への参入を求められた堅悟だったが、それへの返答はカイザーの再来まで持ち越しとなっていた。
つまり今、この場にいるのはただのはぐれ英雄と大物悪魔という構図でしかない。敵同士であって味方では決してない。
「先行投資というやつさ。そもそもここで殺されちゃ仲間にしようもないしね!あー、あと」
人差し指を立てて、マーリンは助言を与えた。
「今後の為にも言っておくけど、この先は独りっきりでやってけるほど温くはないよ?カイザーみたいな例外は別としてさ」
言って、立てた人差し指と親指を擦り合わせてパチンと打ち鳴らす。すると彼の背後で四体の死骸がひとりでに発火して燃え広がった。
「はい火葬完了っと。そんじゃ僕はこれでー」
「……おいちょっと待て」
あっさり去ろうとしたマーリンを呼び止める。まだ、訊いておきたいことがある。
カイザーの言い分には、その言葉の奥には秘められた想いがあった。それを堅悟は感じ取っていた。
だけれどこいつは、コイツからは。
何も感じない。
「何を考えてやがる、テメェは。カイザーに与する真意を言え」
「…きみの存在は戦況をより愉しい方向へ引っ掻き回してくれる。僕はそう確信しているから、かな?頼ってくれたまえ、これでも三柱の一角を担う魔術師だ。きみが必要とする時、また手を貸そう」
胡散臭い悪魔だと、この時から疑ってはいた。詐術師の間違いではないのかと。
だから利用するだけしてやろうと思っていた。奴が送り込んできた四大幹部の二体も、デビルタワー攻略最終盤になって用済みだったから好きに泳がせた。
結果を見れば、やはり判断が甘かったと言わざるを得ないだろう。



ーーーーー

「結構な有り様だな」
「お互い様だろ」

翼の力を借りて上った高層ビルの屋上の端。フェンス越しに見える眼下の風景を眺める包帯だらけの堅悟の背後から、音もなく銀鋼の悪魔が現れた。
堅悟は振り向かず、後頭部目掛けて放り投げられたビール缶をノールックで受け取りぷしゅっと音を立てて開ける。
すぐ隣で白い羽根を広げて浮遊する翼が咎めるような目で堅悟を見下ろした。
「堅悟さま、こんな明るい内から飲酒など」
「固いこと言うな翼ちゃん。そういう約束だったんだからよ」
しかし律儀な男である。前回の別れ際の応酬をしっかり覚えていたようだ。翼とは逆の側に立ち、もう一本持っていたビールを開けた。
まだ缶ビールには口を付けず、横目でカイザーの全身をざっくり見回す。
あの装甲悪鬼が手傷を負っているところを、堅悟は初めて見た。
「昨日、アンタには手間を掛けさせちまったみたいだな。すまねぇ」
「リザの件なら気にするな。どの道『デビルバスターズ』をタワーに向かわせるわけにはいかなかった」
昨夜、間遠和宮が単身でやって来た段階で予想はしていた。あれだけの騒ぎを見過ごす大英雄様ではなかったはず。やはり組織立って動いていたのだ。
意図せずカイザーを裏方として『デビルバスターズ』の勢力足止めに奔走・酷使させてしまったことには素直に感謝と謝罪をせねばならなかった。
無論彼を呼び出した用件はそれだけに済まない。
「用意が済んだら出向くと言ったろうに、まさか悪魔と英雄の混同組織とはな。さらにバハムート討伐の大金星。やはり面白い男だよ、君は」
「マーリンの野郎にも似たようなこと言われたよ。知らず、あのクソの掌で踊ってたらしい」
「言うのが遅れた私の責任だ、気に病むな」
昨夜の名残から黒煙立ち昇る遠方のタワーを並んで睨みながら、労うように気遣うようにカイザーが言う。
「装甲三柱の中でも一番厄介なのがマーリンだった。バハムートなどはまだ扱いやすい方だ、あれは武力によるシンプルな権威で統率していたからな…。だが、マーリンは別だ。武に拘らず詐術話術奇策奇術権謀術数あらゆる手を使う。そのうえ、刹那的な快楽主義者だ」
「そこまで分かっていながら何故あれと手を組んだ」
「分かっていたからだよ、元よりあれを実質的な戦力として数えてはいなかった。近い位置で監視すると共に他の悪魔勢力に『三柱同士が結託した』という脅威でもって牽制と抑止の歯止めを掛けて身動きを封じるのが本来の狙いだった」
ピリピリとした空気に居たたまれなくなってきたのか、翼がしきりに太陽に同化しそうな光翼を開いたり閉じたりしている。
開けたはいいが、まだこのビールを胃袋に流し込むわけにはいかない。
「リザ達の足止め後、タワーに潜り込んでハスターと会ったよ。やはりマーリンと繋がっていた、それに奇妙なことにバハムートの死体が忽然と消えていたらしい。何か覚えは?」
「俺らは知らねぇけど、たぶんあの小娘と執事の仕業だろ。ってかよくハスターが口を割ったな」
「問答無用で襲ってきたさ、無事な社員からニャルラトホテプまでな。…利き腕を落としたところでようやく話してくれた」
化け物かよ、と口の中だけで呟く。だが『過激派』の本陣でそれだけの大立ち回りを演じたカイザーの無双っぷりというのも想像に難くないのが恐ろしいところだ。
情報はこの辺りで打ち止めだろう。となれば本題。
いい加減、堅悟もこれ以上ビールが温くなるのは我慢ならなかった。
これを飲む。その覚悟はあるし、もう決まっている。
「前の話な、乗るよ。アンタの大願と俺達の悲願は極めて似た道の先にある。手を組もうぜカイザー」
「助かるよ。今となっては私が『リリアック』に加入するのが手っ取り早い話なのだろうが、それはやめておいた方が無難だろう」
「おそらくな。アンタは『無所属のカイザー』が一番動きやすいはずだ。組織に与するとアンタお得意の単騎機動力が落ちる。今回みたいにアドリブで合わせてくれりゃいい」
ようやくの本題は、呆気ないほどあっさりと締結された。掴んでいた缶ビールを持ち上げると、鏡合わせのように同じ動きでカイザーが缶を掲げていた。
「目下、すべきは」
「早急な魔術師の撃破、ってことで」
すっかり汗をかいて水びたしになった缶同士が、カコン、と。
間抜けな音を立ててぶつかった。

       

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